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白い黒猫

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相方募集中

これはキュンときた

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 六月の末、梅雨明けの気配もない。蒸し蒸しとしてた空気は相変わらず。身体がベタベタとして気持ち悪い。世間にはクールビスという風潮はあるものの、俺はそうする訳にはいかない。それが営業という仕事の辛い所。暑い外から戻ってきた俺にとって部屋の涼しさは天国のように思えた。
 グループに戻ると、備品を届けにきたであろう三階みはしさんが、明るい笑顔で迎えてくれた。三階さんにとって勝手しったる営業の部屋。自分用だけでなく俺用のアイス珈琲まで用意してきて渡してくれる。お礼を言う俺にニッコリ笑い鬼熊さんの隣に座った。
 どうやら鬼熊さんに相談という名の愚痴を言いに来たようだ。猪口は相変わらず猪口らしく問題を起こしているらしい。

 アイツはミスしても言い訳ばかりするのは相変わらずなようだ。しかも女性だらけの職場。アイツお得意の甘えてうやむやにするという手は通じない。
 優しく甘やかす人が皆無の女の職場だけに、ぶりっ子もしたら、かえって相手を怒らせてしまう。もともと女性からは愛されるタイプではなかった。
 大変だろうな~と横で聞いていた。俺は同情しながら三階さんを見ていると、突然三階さんがコチラを見てきたからバチリと目が合う。三階さんの瞳がスーと細められた。
「はぁ~どうせなら相方くんを異動してくれれば良かったのに。貴方だったら座っているだけでいいわよ! いるだけで職場のみんなのテンションも上がるし! 職場が一気に素敵になりそう! 可愛がってあげる! 今からでもいいから、猪口と替わらない?」
 三階さんの言葉に俺は、ハハハハと乾いた笑いを返すしかできない。
「ウチのやっとしつけの終わった子、取らないでくれる?」
 鬼熊さんの言葉もあんまりである。こういう年上女性の会話は、男が下手に口を挟まないほうがよい。俺は細かい書類作業を始める事にしてPCを立ち上げる。

「そういうならばね! あの猪口も、もう少しちゃんとしつけしてから異動させてくれればよかったのに」
 そんな事を言われると、鬼熊さんも苦笑するしかないだろう。しかし教育は鬼熊さんはむしろ厳しめにやっていた筈なのだが……。
「努力はしたのよ! ウチにいるときよりもマシになっっている感じです。三階ちゃんあの子を育てる才能あるんじゃない?」
 三階さんは鬼熊さんの言葉に思いっきり顔をしかめる。
「ですよ! 仕事を自分から探して何かしようとするなんて、すごい進歩ですよ」
 参加するつもりなかったのに、うっかり言葉を挟んでしまった。三階さんは大袈裟に溜め息をつく。
「それで、仕事をさらにややこしくしていることが多いのよ! 少しは真面目に仕事するようになったのは私のお陰ではないのでは? 今回の異動であの子なりに何か思う所があったのではない? それに私の所には同期の子もいるのよ。その子らはもうちゃんと仕事しているから、焦りも出てきたのかもしれない。でも使えない子なのは変わらないわよ――」
 散々愚痴を垂れて満足したのか、三階さんは四階にある庶務に戻っていった。

 去る者がいれば、来る者もいる。営業部の入り口から三階さんと入れ違いに清酒さんと仲間が入ってくるのが見えた。
 経理の仲間は猪口の代わりに俺のグループに配属されていた。仲間は一般職入社だが、実は総合職志望だったらしい。営業部に配属された意気込みが猪口とはまったく違っていた。必死という感じで鬼熊さんや清酒さんの下で頑張っている。
「お客様の所での仕事は、珈琲を届けるだけだと思うな。そこでの会話こそが需要。何を今、欲しているのかををこから察するんだ。
 相手に求められる営業をしろ。特にメーカーや広報といった業種の職場は、常に何かを探している所がある――」
 清酒さんの言葉を真面目な顔で頷く仲間の顔は、経理で仕事していた時のような明るさはない。

 中途半端な時期での異動になった事と、最悪な前任者の後任という事。自分は大丈夫だというのをみせようと懸命だったのだろう。それにある程度出来る子だと判断された事もある。清酒さんも鬼熊さんも求めるモノのレベルが高い。最初からポンポンと仕事を任せられて大変だとは思う。電話がかかってきて清酒さんが離れた後に、仲間はノートに何かをメモってから、大きな溜息をついた。最初こそは『憧れの鬼熊さんや清酒さんの下で働けるなんて嬉しいです!』と脳天気な事を言っていたが、業務に入ってからはそのような軽口を叩く余裕が全くない。
「仲間! 俺は午後別件のアポイントが入った。だからメルディさんに行く前に、Joy Walkerさんに寄ってくれないか」
 電話を終えた清酒さんはメモを書きながら、仲間に話しかける。
「Joy Walkerさんなら俺行きますよ! 午後行くレティーさんのついででも」
 仲間が返事する前にそう言葉を発する。
 俺は今日若干余裕がある。これだけイッパイイッパイになっている彼女に、さらに仕事をさせるのは可哀想な気もした。それにJoy Walkerさんに行けば煙草さんと久しぶりに話せる。
「お前は物流管理部の方でやってもらいたい事があるからソチラをやってくれ。仲間はJoy Walkerさんを頼む。早めにお昼を取れ」
 そうアッサリと俺の言葉を退け、時計を見てから仲間にそう言い食事に出してしまう。何か俺に任せる仕事の書類を出している清酒さんの方に近付く。難しくはないけれど若干面倒な内容。確かに仲間にはまだ難しいと思われる仕事だった。でも多分コレは三十分もかからず終わる用件。今から物流管理部に行き用事を済ませばJoy Walkerの仕事も余裕でこなせそうだ。
「あの、清酒さん。仲間のヤツ、頑張り過ぎて余裕がなさそうだから。Joy Walkerさんの方も俺が行きますよ」
 俺の言葉に、清酒さんはチョット驚いた顔をするが、フッと笑う。
「だからこそ、アイツをあの会社に行かせるんだ。あそこなら当たりも柔らかいから仲間もそんなに緊張することなく仕事出来るだろう。今はとにかく色々な人と会って営業という仕事に慣れるしかない。そういう意味ではいい会社だと思わないか? 程よく弄ってくれる人もいるし。
 それにお前は、つき合いを始めたばかりのレティーさんとの関係を今は大切にして深めろ。
 向こうはお前を気に入っているだけに、更にお前を売り込んむんだ! そして次の仕事に繋げろ」
 その言葉を聞き、俺の心がジワジワと熱くなる。清酒さんてやはり凄い!
 仕事をただバシバシ与えて厳しくしているように見えてそうやって部下を見守っている。その事に感動してしまう。そういえば俺も新人時代に最初行かせてくれた会社って優しい人の多い会社が多かった。そこで楽しく仕事を始められていた。徐々にハードルを上げていってくれていた事に今更のように気が付く。レティーさんも、清酒さんが引き合わせてくれた相手。それを俺に交渉から担当まで任せてくれた。
「清酒さん……って」
 思わず名前を呼んでしまう。清酒さんは『ん?』と俺を見下ろしてくる。
「すっげー恰好良いですね! 素敵すぎる……」
 つい出た言葉に俺も言った後、後悔する。清酒さんはコチラを見たまま固まっている。
「あ……大丈夫か? お前。
 気持ちわるい」
 フリーズから溶け清酒さんは、我に返りそんな事言ってくる。言った事は本音だったけど、確かに気持ち悪かったかもしれない。
「あ、別に変な意味ではないですよ!
 ……ただ、今の言葉を聞いて、清酒さんの部下で良かった! って俺、心底思ったんです。感動したというか」
 俺は慌てて、正しく意味が通じるように補足する。
「……あ、ありがとう。それは嬉しいけれど、そういう思いは頼むから秘めていてくれ。戸惑う」
 清酒さんはそう言いながら頭を掻く。いつになく照れているその姿も、変な意味ではなくいいなと思ってしまった。
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