真夜中の黒猫

白い黒猫

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月夜に啼く

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 高層マンション上層階にある俺の部屋。窓の向こうにはやたら大きな月がボッカリと浮いていた。今夜の満月はいつになく馬鹿デカく見える。別に月にロマンを感じたり、想いを馳せたりといったセンチな趣味はない。しかし異様なまでに存在感を放つ月に圧倒され飲み込まれていくようなオカシな錯覚に囚われていた。
 流石の俺も今夜は感傷的になっているのかもしれない。

 そんな俺を玄関のベルが現実に呼び戻した。時計を見ると零時になるまであと二十秒といった所。誰かを訪ねるには遅い時間である。インターフォンのパネルを確認すると、そこにロングヘアーの女性の姿が映っていた。黒目がちの瞳がディスプレイ越しに俺を見つめてくる。その女性が首を傾げると艶やかなロングヘアーがサラサラと肩から滑り落ちるように動く。俺の指がその髪の手触りを思い出しゾワゾワとする。そして俺の身体が震える。馬鹿だと思うがその感情は怒りでも恐怖でもなく、喜びと疼きだった。

 今、マンションの玄関にいる女性の名前は月野あかり。俺の秘書で、そして俺の元恋人。俺が何もインターフォンで言葉を返さなかった事もあり、彼女もただ正面玄関で一人佇んでいる。
 俺の手は躊躇う事もなく施錠のボタンを押す。
 逸る気持ちで俺はドアを開けて彼女を待ち、近づいてきた彼女を抱きよせそのまま室内へと招きいれる。抱きしめた身体は驚く程冷たい。きっと外でずっと一人で俺の事を想い悩んでいたのだろう。愛しさが込み上げてくる。
 哀の色を帯びた黒く大きな瞳が俺へと向けられる。潤んだその瞳は俺という存在を求めて妖しく揺れた。その瞳に惹きつけれるようにキスをする。冷たかった唇も俺の唇と舌によりだんだん熱を帯びていく。最初遠慮しがちだった彼女の舌も俺に応えてくる。
 玄関で激しいキスを交わした後、俺は靴のままの月野あかりを抱き上げそのまま寝室へと急ぎベッドに彼女を横たえた。
 ベッドに俺も上がり、彼女の身体に覆い被さり存在を確かめるように頬を撫でる。その瞳に見つめられて身体がゾクゾクとしてきた。彼女の唇が何か言葉を紡ごうと開くが、俺はその言葉を聞きたくなかったのでキスで唇を塞ぎ、その身体を服の上から撫でていく。最初こそ腕を挟んで抵抗していたが、すぐに力を抜き俺に身を任せるようになってくる。俺はその事に満足し、ゆっくりとキスする場所を頬、耳、首へと移動させながらその服を脱がせていく。どれだけ寒い所にいたのだろうか? 彼女の素肌は驚く程冷たい。俺はその身体に焔を灯すように、キスして彼女に熱を与えていく。最初は耐えるようにしていた彼女だったが、だんだんと身体を震わせ、その唇からカワイイ声を上げ始める。俺に身体を巻き付け俺だけを求めてきた。俺はその様子にニヤついてしまう。俺が性の喜びを教え俺が開花させた。だから俺の手の中に入ってしまいさえしたらもう彼女は俺から逃げられない。

 月野あかり、コイツに手を出したのは決してお遊びでもなく、俺なりに真面目な気持ちだった。
 その名のイメージ通りお淑やかで落ち着いた雰囲気の女性で、その中身も今時珍しい大和撫子と言う感じ。整った顔のわりに職場では地味な存在。だが玉の輿狙いであらゆる意味でギラギラとして個と我が強い秘書課にいるので、ただ真面目に仕事に勤しみ変な色気も一切出してこない彼女は、逆に俺の目についた。控え目でありながらさり気ない気遣いのできる彼女を側に置くようになったのもそう言う理由からだった。他の秘書のように出しゃばらず自分の仕事ぶりをひけらかすこともせず、ただ俺が仕事しやすいように控えめに動く彼女は俺にとって最高の秘書であるとともに、気が付けば癒しの存在となっていた。俺なりに愛を感じたから口説き、彼女も戸惑いながらもそれを受け入れた。

 とはいえ真面目な彼女だけに、公私混同することもなく会社ではあくまでも俺の信頼できる秘書に徹してきた。そこもまた俺からしてみたら可愛らしかったし、正直余計な煩わしい問題を起こさず助かっていた。
 また奥手でそこまでの経験のなかった月野あかりを、俺の手で女にしていくという事も楽しかった。キスだけでも真っ赤になっている彼女の口内をゆっくりと犯し、その身体を撫で俺という存在を彼女に少しづつ刷り込んでいく。彼女の胸は勿論、小さな花芯、指とあらゆる所を俺の愛撫によってジックリと染め上げていくのも面白かった。羞恥と快楽と愛される喜びに震える様子が堪らなく可愛かったし、男の征服欲を満たしてくれた。普段あんなに真剣な表情で真面目に仕事している月野あかりが、俺の腕の中ではあられもない恰好で震え声をあげて乱れていく。その事も俺を最高に酔わせてくれた。いつでも従順でベッドの中では最高に淫乱でカワイイ。これ以上の恋人はいないのではないだろうか? 彼女も俺とのそんな時間を楽しんでいたと思う。
 二人っきりのプライベートの時間の草食動物を思わせるその瞳はいつも俺を酔わせて滾らせた。俺が愛を囁くと、その瞳を潤ませ幸せそうに笑うその表情が堪らなく好きだった。

 そんな平和な関係を一気に壊す出来事が起こってしまった。俺の結婚話である。俺としては、いわば政略結婚で利害関係だけで結ばれる関係。だからそこまでその事が俺と彼女の関係に何か亀裂を生むものなんて思ってもいなかった。
 しかし彼女は結婚の話を聞くと何故か微笑み俺にお祝いを言い、合いカギを返して別れを告げてきた。俺としては変わらずその関係は続けていくつもりだったが、月野あかりは違ったようだ。完全に単なる秘書に戻ってしまった。どんなに誘ってみても儚げな笑みを返し、やんわりとした口調で断って応じることもない。

 そうしている間にも結婚話は進んでいき、結婚式前日となっていた。仕事も充実し婚約者とも良好な関係を築いているのにかかわらず。俺の心の中ではどんどん飢餓感が膨らんでいた。婚約者や、他の女を抱いてみたが、まったく満たされる事はなかった。
 月野あかりはというと秘書業務を以前とまったく変わらぬ様子でこなし、公の場においては俺をしっかり支えてくれたが、プライベートでの関係は一切拒絶してくる。男の俺だげがその関係を引き摺り、月野あかりが平然としている事にも頭にきた。
 かといって彼女を配属変更させ自分から離すこともできずに、悶々とした時間を過ごしていた。
 それだけに結婚式前日の今日、彼女のこの行動は俺の心を躍らせる。ずっと耐えつづけてきた想いを持て余し、俺を求めにきてくれのだ。
 俺は半年ぶりになるその身体を貪るように愛した。俺の名前を切なげに呼ぶ月野あかりの声も俺をますます奮い立てる。俺は避妊具もつける余裕もなく、震える彼女の中に熱り立つモノを突き入れた。そして改めて感じる興奮と安堵感に俺は震える。
 涙を溢れさせた黒い瞳が俺を映すのを見ながら、彼女を突き上げていく。そうするともう月野あかりは言葉を発する事も出来ず、ただ振動に合わせて声を上げるだけ。その声は俺を感じてくれている証にも思えて俺はまずます激しく身体を動かした。
 月の明かりに照らされた部屋の中で、その白い身体はいつも以上に艶めかしく妖しく見えた。俺はその魅惑的な身体に貪りつくように口づけ腰を突きあげ、意識を飛ばすまで身体を求め続けた。

 俺はしつこく鳴る電話で起こされる。不快なその音に顔を顰め、電話を取ると俺の秘書室の室長をしている男の慇懃な声が聞こえる。
 所謂モーニングコールな訳だが、やはり男の声で起こされても嬉しくもなんともない。
 起きてサッサと支度して出ろという言葉を上司に対してとは思えな口調で告げて電話は切れた。俺は伸びをして改めて周囲を見渡す。流石に昨日したまま寝てしまったので身体中ベタベタして気持ち悪い。シーツもお蔭でドロドロである。しかしそこに肝心な存在がいない。俺の為に朝食でも作っているのだろうか? と思ったがリビングの方にそういう気配がしない。だとしたらシャワーを先に浴びにいったのだろうか? と考え汚れたシーツを引っぺがしてそれを手にバスルームに向かうが、そこにも誰もいなかった。洗濯機にシーツを放り込みスイッチを入れ俺はとりあえずシャワーを浴びる事にした。

 月野あかりの携帯に電話をかけてみたが【電源が入っていないか……】というお決まりのアナウンスが聞こえるだけで通じない。
 俺は迎えの車の中で、月野あかりにメールを送っておく。この夜で分かったからだ。もう俺達は互いなしでは生きていけない。だからこそ二人が今後関係を続けていくためにもちゃんと二人で話し合う必要があるから。
 ホテルに着き俺は皆に促されるままに着替え、チャペルで婚約者と誓いの言葉を交わし、披露宴へと突入する。そこで俺は違和感を覚える。会社関係者の中に何故か月野あかりの姿が見えない。
 六人の秘書が座るはずのテーブルには椅子が五つだけあって、他の女性秘書がその席についていた。
 キャンドルサービスに席に立ち寄った時に、月野あかりの事を聞いてみたら皆何故か困った顔をして体調を崩し急遽欠席したと教えてくれた。昨晩俺もタガが外れて無理させすぎたのかもしれない、と反省する。いや、それとも俺が結婚することを、今一人で泣いて耐えているのかもしれない。俺が結婚したからといって、何も変わらないというのに。俺の為に苦しみ泣いてくれているであろう月野あかりの事を想いほくそ笑む。

 何度かメールを出してみたが、月野あかりからは返事はなく俺はそのままハネムーンへと旅立つ。若干の鬱陶しさを感じるものの、妻となった女性との旅行をそれなりに楽しみ、帰国したら妻と新生活をスタートさせる。
 時差ボケを理由に、朝になってもまだ寝ている妻を後目にベッドを出て、シャワーを浴び着替え、迎えの車に乗って出社する。スマフォを確認するが、月野あかりからのメールは全く届いていなかった。拒絶されたとはいえ、今の俺には以前のような焦りはなかった。
 あの夜からも分かるように月野あかりは俺から離れられない。別れても会社を辞める事もせず、俺のそばに居続けていた事からも察するべきだった。彼女はもう戻れない。俺のいない生活には。その事を知らしめた上で、俺達は再びあの甘い日々を過ごすのだろう。俺はもう彼女を逃がす気などない。
 エレベーターを降り秘書達の挨拶をうけながら自分の執務室の椅子に座り首を傾げる。俺を迎えるメンバーに月野あかりの顔はなかった。
 そして珈琲をもってきたのも別の女性秘書で、その味は濃く不味かった。すぐに室長を呼びつけ俺は月野あかりが何故いないのかを聞いてみる。すると室長は顔を顰め苦し気に退社したと答えてくる。上司である俺の許可もなく勝手に決定したその事を怒ると、目の前の男は目を逸らして珍しく言いにくそうに月野あかりについて衝撃的な事実を伝えてくる。

 月野あかりは、亡くなってしまったと。

 俺は目の前に出された月野あかりの父親が書いた死亡退社届けを手に呆然とするしかなかった。そして退社日を見て更に愕然とする。その日は俺の結婚式の前日で、激しく愛し合った筈の日。
 俺のマンションに来た時には、もう彼女は亡くなっていた事になる。
 気になって聞いてみたが彼女の死は自殺ではなく、あくまでも事故で横断道路を渡っていた所に車が突っ込んできたらしい。しかし彼女が自殺ではなかったと聞いてみたところで、俺の心が晴れるわけもない。俺の目出度い日に流石に部下の死を伝えるのは縁起悪いという事で、父の指示で今までその事実を伏せられた。
 俺は訳が分からず会社を飛び出し彼女の跡を求める。
 月野あかりが眠っているという墓を前にしても全くその死が実感出来ない。
 だってこの手や腕や唇が彼女の感触をしっかり覚えているから。鼻腔にも彼女のあの甘い香りが残っている。そんな死なんて認められる筈もない。

 どうしたら再び彼女に会える? そしてあの身体を抱ける?

 フラフラと彷徨っていたら辺りはすっかり暗くなっていた。空を見上げると、大根を切り損なったかのような月がそこにあった。月のジンワリとした光が俺を照らす。

 満月が再びやってくる。

 俺は丸い月が輝く夜、あかりとの思い出のホテルの部屋を予約した。カーテンを全て開け月光だけに照らされた空間で彼女を待つ。
 時計の針がユックリ動き、ある時間をへと進んでいく。

 零時二十秒前を針が指す。

 控えめなノックの音が部屋に響いた。


 ※  ※  ※

 コチラの物語は【声なしの情景】という企画参加作品で
 5000字ピッタリで書く事
 台詞・台詞に準ずる描写を使用しない
 かならずR18に該当する性描写を盛り込む 等といった条件を元に描かれたものです。

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