カッコウの子供

白い黒猫

文字の大きさ
上 下
15 / 15
カッコウの子供

日常の中で

しおりを挟む
 陽一が爆発させていた感情が落ち着いたのを見守ってから、辺りを見渡す。
 「龍麒くん?」

  コン

 小さな音が聞こえた。私はソチラを見て微笑む。
 「ありがとう、龍麒くん」

  ……コン

「リュウキ、ごめんね」
  陽一がソチラを見てそんな事を言う。龍麒が何か言ったようだ。
 「分からないけど、なんとなく……ゴメン。
  そしてアリガトウ」
  何か孝之と私には聞こえない会話をしているようだ。ウン、とかウウンとか顔を動かし陽一はお話しをしている。
 「もう、あんな事ママに言わない。だから大丈夫」
  そう龍麒に話している陽一。その様子に私は少し驚く。
 「ママ、ごめんなさい。
  イラナイなんて言って。あれ嘘なの!
  だからママはオレをイラナイなんて言わないでね」
  真面目な顔でちゃんと私に謝ってくる陽一に私は一瞬呆然とする。このとんでもない経験は陽一に色々な事を考えるキッカケを与えたようで、少し大人になったように見えた。私は我に返り笑顔を作りゆっくりと頷く。
 「もちろんよ!
  でもね、陽一。言葉ってすごい力持っているのよ。良い言葉は自分や他の人を幸せにするけど、悪い言葉は人を傷つけるし、困った事になってしまう事がある。
  だから今度から何かお話するときはちゃんと考えて話すのよ」
  そう話すと陽一は真面目に大きく頷いた。身をもって体験したからよく分かるのだろう。
 「私は陽一の事大好きよ! 龍麒くん、優しい貴方の事も大好き」
  手を大きく子供二人分広げると陽一が私に抱き付いてくる。左側に一人分空けた感じで片方に寄った形で。私に抱き付いてから空いた方の空間をチラリとみて笑った。何も見えないその空間。僅かだけど温かい何かを感じた気がした。

  こうして幽霊の子供との不思議な共同生活が始まった。龍麒の姿は相変わらず見えないけれど、少しだけその気配は分かるようになった。この生活で一番変わったのは陽一なのかもしれない。私や他の家族に以前より甘えて愛情を示すようになり。他人に興味をもつようになった。我儘も少なくなった。言わなくなったというより言った後龍麒に何か怒られているようですぐにモゴモゴして謝ってくる。龍麒がシッカリ兄としての役割を果たしているようだ。
  龍麒は? というと、四歳で死亡したとはいえやはりこの世界にいる時間が四年も陽一より長いこともあり世間を良く見ているしお兄さんだった。自分の立場というのを哀しい程理解していて、お舅夫婦や夫がいるところでは静にしていて、私や陽一の前だけ私に構ってくる。私との会話は、陽一がいる時は陽一が代弁して、そうでない時は『はい』『いいえ』だけでなくノックの合図のバリエーションも増え、陽一の玩具のお絵かきボードを使ってひらがなで色々私に話しかけてきた。時々孝之も遊びにきて、タブレット端末を使い陽一と龍麒と三人で上手くコミュニケーションをとり遊んでいたようだ。

  そんな平和な日々を過ごしていたがある日、プッツリと龍麒の気配を感じなくなった。陽一に聞いても『いない!』と言う。陽一がオロオロしながら家中探したけど見つかない。私も名前を呼びながら家中探したが、あの気配をどこにも感じられなかった。そしてロフトに行くと折りたたまれた紙を見つけた。私が龍麒に教えてあげたキリンの形に折った折り紙が壁にたてかけられるように置いてあった。そっと手に持ってみる。
 
「みんなへ」

  龍麒の文字がきりんの首の所に書いてある。私はそっと開くとやはりそれは手紙だった。

 「ママ、よういち、
    たかゆきにいちゃんへ

 いっぱいわらった
  たのしかった
 ありがとう
  なんかもういかないとダメなんだって
         だからいくね
 みんな だいすき 
         ばいばい】

  その手紙を読みながら、泣いていると陽一もやってくる。
 「ママ? どうしたの? リュウちゃん、やっぱり見つからない?」
 「龍麒くんは、還ったみたい」
  陽一は首を傾ける。
 「帰るって? タカユキの所に」
  私は頭を横に振る。
 「龍麒くんのような子供が本当に還るべき所に」
  陽一にはまだ難しいのだろう。
 「また会えるの?」
  私は二コリと笑い陽一を抱きしめる。なんとなく私の雰囲気から何か状況を察したのだろう。
 「リュウキ、もしかして死んじゃったの?」
  私はその言葉に一瞬どう答えるか悩むが頷く。人の死とは何をもって定義するべきなのだろうか? 陽一は顔をクシャクシャにして泣きはじめる。私はその身体を再び抱きしめ背中を撫でる。
 「でもね、このバイバイは悪いことではないの。
  龍麒くんが生まれ変わって新しいお父さんとお母さんに会うためのサヨナラだから。
  本当に幸せになるためのサヨナラだから」
  そう言うと陽一は少しだけホッとした様子で泣きながらも笑った。その表情から龍麒を想い気遣う気持ちを見て感じる。陽一に龍麒が遺したモノは大きかった、彼の優しさや思いやりというのは陽一にちゃんと受け継がれ、陽一を成長させてくれた。私はまた子供を喪ってしまったけれど、愛しいと思える大切な存在を一人増えたのだと思うべきなのかもしれない。
  その日を境に元の生活が戻る。気が付くとつい気配を探していて、それを感じられないのが分かると寂しくなる。そんな事を繰り返していくうちに龍麒のいない日常にも慣れていきそれが日常となる。龍騎の事が薄れたわけではなく楽しかった事だけが心に残り穏やかに思い出せるようになった。
  TVのニュースでは、相変わらず子供が被害者となる哀しいニュースは流れ、世の中は龍麒の生きていた時とあまり変わっていない。
  そんな中でも人には少しづつ変化はあるようだ。陽一は相変わらず子供で我儘で雷を落とす事も多いが、次々と新しい体験をして学び、緩いペースではあるが確実に成長はしている。
  孝之は、来春結婚するという。相手同じ会社にいる女性で、私と違っておっとりした可愛らしい子で孝之とお似合いに思えた。そして龍麒と出会ったあの部屋で早くも一緒に暮らしている。
  月日は幼児を少年にして、青年に【夫】という肩書を与え新しい家族を産み出していく。

  そして私は? 変わらず単なる主婦のまま。しかしあの後も色々とトンデモナイ事をしでかす陽一にと付き合っていくうちに神経も図太くなってはきたようだ。陽一が私達大人とのふれあいによって成長していくように、子供達が私を母親を鍛え成長させていってくれる。そう思うと苛立つ事は変わらないが、子供の我儘、ままならぬさも許せてくるものである。
  前よりもこの母親という職業を楽しめるようになったのが私の一番の成長なのだろう。
  陽一の為にも、こんな未熟な私を『ママ』と呼んで慕ってくれた龍麒の為にも、【母親】という仕事を頑張るしかない。
 「ママただいま~」
  元気に帰ってきた陽一の姿を見て私は溜息をつく。お腹部分からジーパンの前は寝そべったのだろう、土で汚れていて、顔には派手な引っ掻き傷。私の呆れ顔も気にせず、ヘラリと能天気に笑いオヤツを求めてくる。コレはこんだけ明るく笑っているのなら苛められたというのではないだろう。喧嘩して来たのではなく、この独特なひっかき傷から野良猫と遊んで扱いが粗く怒らせた結果なのだろうと推理する。男の子なので洋服汚してくるのは、まあ良しとしよう。しかし悪気はないだろうが小動物への乱暴な扱いは注意しないといけない。
  まず状況を本人の口から聞くべきだろう。私は深呼吸してから、腰に手をやり口を開いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

リューズ

宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

アポリアの林

千年砂漠
ホラー
 中学三年生の久住晴彦は学校でのイジメに耐えかねて家出し、プロフィール完全未公開の小説家の羽崎薫に保護された。  しかし羽崎の家で一ヶ月過した後家に戻った晴彦は重大な事件を起こしてしまう。  晴彦の事件を捜査する井川達夫と小宮俊介は、晴彦を保護した羽崎に滞在中の晴彦の話を聞きに行くが、特に不審な点はない。が、羽崎の家のある林の中で赤いワンピースの少女を見た小宮は、少女に示唆され夢で晴彦が事件を起こすまでの日々の追体験をするようになる。  羽崎の態度に引っかかる物を感じた井川は、晴彦のクラスメートで人の意識や感情が見える共感覚の持ち主の原田詩織の助けを得て小宮と共に、羽崎と少女の謎の解明へと乗り出す。

歩きスマホ

宮田歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

焔鬼

はじめアキラ
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

限界集落

宮田歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

処理中です...