カッコウの子供

白い黒猫

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カッコウの子供

イラナイ子供

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 その後、部屋が荒らされるという悪戯は消えたが、私に付きまとう音は続いていた。陽一に見つかると怒られるからだろうか? それは私一人の時にばかり起こった。

  コン

 何故だろうか、その音に愛しさを感じる。そんな音がしたら私もテーブルや壁を同じように叩く。

  コンココン

 そう音がしたから、

  コンココン

 同じような音を返すと、さらに陽気なリズムで帰ってくる。気持ち悪い筈の現象に対してそんな遊びをしている私も変だと思うが、その音を無視することはできなかった。
  そんな生活をしていたある日、弟からいきなりスマフォに連絡がくる。仲が悪い訳ではないが、あちらは仕事しているし、私も家の事で忙しくてそんなに頻繁に電話のやり取りをするような関係ではなかった。しかも平日の昼間に弟が電話かけてくることはめったにない。不思議に思いつつ電話を出ると、弟らしくなく声が重く挨拶してからの言葉が続かない。
 「孝之、どうしたの? 元気?」
 『ああ、俺は元気。姉貴の方はどう? おかしな事とか変わった事とかない?』
  すごく切羽詰まったような聞き方が不自然である。
 「みんな元気よ。何? ……その【おかしな事】とか……【変わった事】って……」
  そう恐る恐る聞いてしまう。そう言われて思い当たる事はあるが、それを今弟に言っても仕方がない気もした。
 『陽一、最近変じゃない? 変わらない?』
  そう向こうから聞いてこられて私は身体が震えるのを感じる。
 「な、なんで、アンタがそれを?」
  慌てて認めてしまう言葉を返すと、『あ~やっぱり』という声と大きな溜息が聞こえる。
 「あんた、何で分かったの? 何を知っているの?」
  詳しい事を聞く為に、陽一のお迎えをを姑夫婦に任せ、駅前のファミレスで待ち合わせることにした。

  ファミレスで顔を合わせた弟は私の顔をみて頭を下げる。
 「ゴメン、知らなかったといえ俺トンデモない事してしまったかも」
  とりあえず顔を上げさせて話を聞く事にした。
 「実はさ、俺の今住んでいる部屋って、異常に家賃が安いんだよ。同じ建物の他の部屋は実は俺の部屋よりも三万円も高いみたいだし」
  思いもしなかった事を報告されて、私はポカンとする。弟の部屋は二階の角部屋で一人暮らしにしては広く住み心地がよさそうな感じである。それが何故そんなに安いのか? とも思う。
 「実は事故物件だったようで、四年前に死体が発見されたという曰くアリ物件。その後何人か入居者がいたけど、誰もが長続きしなかったとか。一年以上どころか、三か月以上住んだのは俺だけだったとか」
 「はぁ。そうなの」
  そう言う以外、何があるのだろうか? 私は間抜けな言葉を返す。
 「俺って昔からそういうの疎いし、見えない人間だから気にもしていなかった。でも部屋には、やはりいたらしい」
  そこで言葉を返す孝之に私は唾をのみ込む。
 「いるって、何が?」
 「……幽霊」
  二人の間で沈黙が下りる。そして孝之は話しだす。考えてみたら色々オカシイ所はあったようだ。
 牛乳とか出しっぱなしで出かけた不味かったなと思って帰ってきたらちゃんと冷蔵庫に入っていたり、何処にしまったかなくしてしまって探しまくっていたのものが外に出て部屋に戻るとテーブルの上にチョコンと置いてあったり、酒飲んで部屋でそのまま玄関で寝てしまって朝おきたら毛布がかけられている。遊んだ事無い筈のゲームを誰かが遊んでいた形跡があったという事があったと。
 そんな話を聞いても私は首を傾げるしかない。心霊現象ってそんな平和なものなのだろうか? 普通そういう曰くアリ物件の部屋にいる幽霊ってもっと恨み言を言ってきたり、呪ったりと怖いことをしてくるものではないだろうか?
 「あのさ、その部屋で見つかった死体ってどういう状態だったの?」
  そう聞くと孝之は少し顔を翳らせる。カバンから何やら数枚の紙の入ったクリアファイルを出し私に渡す。そこには新聞記事や雑誌のコピーが入っていた。『大良桐おおよしきり市のアパートにて餓死した子供の遺体発見される』という文字が飛び込んでくる。無責任な母親に放置された末に、衰弱し死亡した【龍麒りゅうき】という名前の男の子の記事に私は絶句する。母親は、新しい恋人との生活に浮かれていて子供の事もすっかり忘れ遊んでいたようだ。『だって彼氏が子供要らないって言ったから。邪魔だし、家に置いていったの。そして着替えとりに帰ったら死んでたから、面倒だからほっといた』と母親はトンデモない事を取り調べの時言ったらしい。
  四歳の子供が母親に見捨てられ一人で死んでいった。その遺体も三カ月放置されされる。そんな惨い事がなんで起こったのか? その子供の事を思うと身体が震える程の怒りと哀しみを覚える。
 「その子が幽霊になってその後も俺の部屋に住み続けていたようだ。そして俺の部屋で一緒に暮らしていてDSとかで楽しんでいたみたい。で、その DSで気に入っていたゲームも姉貴の家に持って行ったから、それでついてきてしまったんだと思う」
  馬鹿な話と言うべき内容だが、私には。私に嬉しそうに甘え、必死に愛を求めてくる今の陽一の様子が私の中で次々の映し出される。家族に飢え愛される事に飢えた子供の行動だ。
  どうやらその龍麒くんは陽一の声で孝之にも電話したことで、孝之も異変に気が付いたようだ。それで色々調べてから孝之は私に伝えてきたという。
  今家にいるのは、陽一とは明らかに違う子供だ。母親の帰りをずっと部屋で待ったまま死んでいった龍麒という少年。雑誌のコピーにある上目遣いで少し弱気な感じでカメラを見つめる写真の少年の表情は、今家に陽一と名乗っている子供とよく似ていた。
  今家にいる子供は顔とか身体は確かに陽一なのだが、その中身は理屈とかではなく違う子だと私の本能が告げている。あの子が龍麒くんだとすると、陽一は?
  あの怪奇現象起こしている存在がすぐに頭に浮かぶ。あの感情的で思い通りいかないと爆発してジタバタするという短絡的な感じ。アチラの方が明らかに陽一らしい。

  二人ですぐに家に向かう事にした。リビングで幼稚園から帰ってきていた子供に私達は笑いかける。
 「タカユキ兄ちゃんこんにちは!」
  良い子の挨拶をする子供に孝之は優しく笑う。
 「電話で言ってたゲーム持ってきてやったぞ」
  孝之に子供は嬉しそうに笑い近づく。
 「ありがとう! でも今日、お仕事でないの? 大丈夫?」
  相変わらず相手の事を気遣う言葉を言ってくる。
 「お休みの日にお仕事頑張ったから、代わりにお休みもらったんだ。ところでDS大事にしているか? どこにあるのかな」
  そう話しかけ孝之は上手く子供を三階にあるロフトへと誘導する。舅と姑の目のないところで話したかったから。狭いロフトに私と孝之と子供の三人で丸くなって座る。
 「ちゃんと大事につかっているよ! ほら」
  そう笑ってくる子供に孝之は笑う。
 「そうだね、エライエライ。最近ママのお手伝いもしているんだってなエライよ龍麒くん」
  孝之の言葉に嬉しそうに頷いてから、龍麒はハッとしたように顔を強張らせる。
 「え、あの、ボク、陽一だよ。どうしたの? タカユキ兄ちゃん。龍麒って誰のことを‥…」
  孝之は二コリと笑う。
 「陽一って、俺の事そんな可愛く呼ばないし、もっと生意気な子供だよ」

  ドンドンドン

 孝之がそう言うと、壁を叩くそんな音がすぐ側で聞こえる。龍麒はキッとソチラを睨みつけた。そして孝之に視線を戻し必死な様子で自分は陽一だと言い張った。同時に壁や床を叩きまくる音が部屋に響いた。
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