カッコウの子供

白い黒猫

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カッコウの子供

違和感

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 喉の渇きで目を覚ましてベッドサイドを見るが、ペットボトルは空になっている。
 私はまだ少しふらつく身体を起こしてキッチンに飲み物を取りに行く事にした。
 三階でドタドタと何かが走り回っている音がする。陽一が遊んでいるのだろう。
 キッチンに洗い物がたまっているのを見て溜息つきつく。
 姑はまだ本調子ではないので、男メンバーだけがキッチンを使うと荒れ放題になる。
 先ずは冷蔵庫を開けて水のペットボトルを出し、その冷たさを喉で楽しむ。
 渇きが癒された事で事で少しだけ元気になった気がした。
  洗い物だけてもしておいた方が良いだろう。パジャマの袖を上げてからお皿に付いた食べ物をブラシで落とし食洗機に並べていく。そして食洗機のスイッチを押してからさてこの後どうするかと荒れ切ったキッチンを見渡す。
熱で怠さから上手く回らない頭で考えていると一階で音がする。階段を登ってくる二つの足音。
 「ママ?! ダメだよ! ちゃんと寝てないと」
  陽一の声が響く。帽子に紺色の制服という格好して舅と並んでいる所から、今幼稚園から帰ってきたようだ。
 さっき上で聞いた音は気のせいだったのだろうか。まだ熱のせいでどこかボーとしている私に陽一が近づいてくる。
 「ママ? 大丈夫? まだ身体熱いよ! お仕事しないで早く寝て。お掃除はボクがするから。ね!」
  私の手を持ちそう言いながら見上げてくる陽一の姿に何故か違和感を覚える。
 今まで私が風邪で倒れようが、体調悪くてフラフラになっていようが気にしなかった息子が、いつになく私を心配してくれている。
 その事を嬉しいのだが、熱の所為か感情が思ったよりも動かない。
 私を案じている視線に気が付き、私は心配そうに見上げる陽一に無理やり笑みを作り返す。
 「お水飲みに来たついでにチョットお皿を食洗器に入れただけよ。すぐにベッドに戻るから大丈夫」
  私は陽一の頭を撫で、舅に色々面倒をかけていることを謝り、寝室に戻る事にした。
 その後陽一がもってきてくれたお粥を食べて、薬を飲んでまた眠り、起きたら夕方になっていて卵粥を食べて薬を飲んでまた眠る。
 ふと暗い部屋で目を覚ますと、上の階で子供がバタバタ動く音がした。時間をみると夜中の二時過ぎ。
 「まったく、陽一ったら」
  そう声を出してしまうが、しかし上まで怒りにいく元気もなくまた眠ってしまった。
  次の日から姑さんが動けるようになった為に朝は上げ膳下げ膳という贅沢な生活で過ごす事ができた。
 陽一の事を聞くと昨晩は舅と仲良く一緒に寝て朝一緒に散歩まで付き合ったらしい。
 舅曰く祖父として『威厳を出してガツンと叱ったら陽一も分かってくれた』らしくて、それで二人の仲もより強まったという。
 「私達も反省したのよ。陽ちゃんの子育てを手伝っているつもりが、逆に子供と遊ぶという楽しい事だけやっていて躾をしている貴方の邪魔をしていたんだと。
 折角大人がいっぱいいるのだから、甘やして可愛がるだけでなく、みんなで見守り育てていかないと! と思ったの」
  その言葉に私は涙が出そうになった。もう一人で抱えなくていいのだと。
 これからはちゃんと舅夫婦にも色々相談して、一緒に陽一と向き合っていきたいと姑に言葉を返し自分の今までのつらかった気持ちを打ち明けたことで心が軽くなった。
 ストレスが減ったのが良かったのだろうその日休んだら体調もすっかり良くなった。私の家事子育て中心の日常生活が戻ってきた。いや戻ってきた筈だったのだが私はそれからの生活に戸惑う事になる。

  舅と姑は約束どおり陽一に積極的に関わり道徳的な事を言って聞かせるなど躾教育にも参加してくれるようになった。
 いままで甘やかすことだけして、ややこしくなったら私に任せて逃げるという事しかしなかったのに比べ嬉しいい変化だし、ありがたい。
 私が違和感を覚え戸惑っているのは舅夫婦の事ではなくその二人の変化に対する陽一の反応である。
 舅と姑を舐めきっていた陽一の性格を考えると、そんな言葉なんて聞き流すか直ぐに煩がり跳ね付けるような言ってくる筈。
 その言葉を嬉しそうに素直に聞き、しかも自分からも質問して会話を楽しんでいる。
 今まではテレビやゲームばかりで、リビングのソファーに寝転んで、一人で遊ぶ事が多く私の事は召使程度にしか思っていない言動をしていたのに、やたら甘えてくるようになった。
 すぐに手を握りたがる、抱きつく、そしてお手伝いと称して私の側にいて、ニコニコしている。DSはというと、以前良く籠っていた三階のロフトに置かれたまま。
 掃除でそこを見るたびにその置かれている場所が変わっているので、遊んでいるのだと思うけど、私の前で遊んでいる姿は減った。遊んでいても私や舅や姑に遊んでいるゲームの説明をしながら一緒に遊ぶという感じになって前ほどは夢中には遊んでいない。
  その変化はどうしたものかと舅や姑に相談する。しかし『元々良い子だった。ママだけじゃなくみんなに言われる事で悪い事良い事が分かってきただけ』『お母さんが倒れた事で色々考える事があったのでは?』といった言葉が返ってくる。
 私にはそんな単純な事なのだろうか? と思う。言って聞く、周りを見て学び察してくれる子ならそんな今まで苦労していないし、私が倒れた事は今までもあったが、それでも我儘をぶつけまくってきたのが陽一。
 周りなんて全く気にせず自分の願望が一番で、それを曲げないのが陽一だった。しかし今の陽一は逆なのだ。
 周りをしっかりみていて、相手が喜ぶ事を一番に考え行動してくる。その行動が見事で大人の私も感心してしまうレベルである。
 人に自慢したくなるくらい可愛らしく出来の良い子の息子となっている。しかもその行動は子役の子供のような厭らしく計算高い感じではない。
 どこか必死で一途な想いからきているように見えた。皆に愛されようと一生懸命で、お礼を言ったり褒めたりすると、見てると目を細めてしまう程眩しい弾けた笑顔で喜ぶのだ。
 その幸せそうな顔を見ていると、何故か心を締め付けられるような哀しさを感じた。
 「最近、すごく頑張っているけど、陽ちゃん無理してない?」
  私は最近の陽一が気になりそんな感じで聞いてみると、途端に怯えたような顔をして縋るように見上げてくる。
 「え? 何か悪いことしていた? ボクの事嫌いになってないよね?」
  おずおずとした様子で私の腕を掴む。
 「違うの、陽ちゃんがすごく良い子だし、ママは陽ちゃん大好きよ!
  だから心配なの、ママやジイジやバアバの為に陽ちゃんが無理して頑張って辛くなっていないかなと」
  私の言葉に陽一はホッした顔をして笑う。どこか儚げな雰囲気の笑みで。
 喜んでいるような、哀しんでいるような複雑な心を現したような表情。
 陽一ってこんなに大人っぽい表情をする子だったのだろうか? もっと喜怒哀楽がハッキリした単純な感情で過ごしている子だった。
 「すごく幸せなの。ママの子供になって。そしてジイジとバアバとイッパイに優しくしてもらっていっぱい遊んでお話して。
 毎日が怖い程楽しい。幸せなんだ」
  陽一は私に抱き付いてくる。ギュウっと抱きしめる手が少し震えている。
 「だからママ、ボクを嫌いにならないで、捨てないで、いなくならないで」
  何なのだろう、このどうしようもなく弱々しくて保護しなくてはならないと思わせる小さな存在は。
 私がその時感じたのは母としての息子に対する愛というより、幼くか弱い者に対するもっと広い意味での慈愛の想いだった。
 「そんな事をする訳なんかないじゃない。息子を嫌いな母親なんていない。
  それに、こんな可愛い息子を手放す訳ないじゃない。陽一が嫌って言っても側にいるわよ!」
  その言葉に何故か陽一は震え私をさらに強く抱きしめてくる。
 「ボクの事、好き?」
  顔をあげて瞳を震わせながらそう聞いてくる。何がこの子をそんなに怯えさせているのか分からない。
 引っ叩いた事? それ以上に目の前の息子に対する違和感の方が強かった。
 コレは可愛らしい良い子なのだが、陽一ではないみたい。馬鹿な考えだと思うけど、その想いが私の心を支配する。
 「貴方の事大好きよ。でも無理に良い子でいなくてもいいのよ。貴方らしさはなくさないでね。我儘は子供の特権でもあるから」
  目の前の子供に対して『陽一』と呼ぶのを躊躇うものがあった。
 その違和感を必死で拭おうとするが、その事に成功することが出来なかった。
 何故かあの困った我儘な陽一の事が懐かしくてたまらなかった。
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