1 / 51
~序章~
<愚か者の絵>
しおりを挟む
王宮宝物殿の一室で、学芸員見習いのマルケスは一枚の絵に見入っていた。
百年ほど前の時代の凱旋式の様子を描いた絵画である。アデレード王国が他国からの侵攻をうけた数少ない事件だったこともあり、歴史的意味も大きく、絵画、詩、歌といった様々な形で現代に伝えられている。侵攻してきたマギラ皇国の軍を見事を撃退したレゴリス大将の活躍を誰もが讃え、国そのものが歓喜で揺れ、皆祝賀ムードで沸き一週間ほどアデレードには夜というものが無かったとまで言われている。
この絵画はその凱旋式を描いているモノなのだが、このような凱旋式の絵画があると言う事を初めてマルケスは知った。
凱旋式を描いた他の作品が、煌びやかな式典の様子、厳かに演説するウィリアム王、猛々しく行進をするレゴリス大将の雄姿といったものを題材にしているのに、この絵画に描かれているのは名もなき民衆。興奮しながら式典を楽しむ民衆を繊細ながら瑞々しいタッチで表現されている。描かれた民衆の歓楽に満ちた表情が素晴らしく、絵から彼らの声が聞こえてくるようだ。
「先生、コレは?」
思わず驚きの声を発し、師であるウォルフ・サクセンの方に向き直る。
「フリデリック・ベックバードが十三歳の時に描いた作品だ」
マルケスは僅か十三歳の少年がこのような絵を描いた事に驚くが、その名に首を傾げる。ベックバードというのは王家姓であることから、その人物は王族の一人であるはずなのに、その名に記憶はない。
「金獅子レジナルドの従兄弟だった人物で七代目アデレード王国、国王だ」
マルケスは首を傾け、必死にその単語から連想される人物を思い出そうとする。
「もしかして『腰抜け軟弱フリ』ですか! しかも彼って即位していましたっけ?」
マルケスは驚く。『腰抜けフリとは』百年程前大陸全体が戦乱に陥りアデレードが最も揺れたあの時代、王族でありながら全てを放り出し無為に生きた無能の男として世間一般では認識されている人物だったからだ。あの様々な伝説を残した激動の時代において、唯一何の証も残さず凡庸に生きた男。あの時代を舞台にした物語や劇においても、情けない卑屈な男として表現されている事が多く、良い印象はない。名前より愚か者を意味する『フリ』の渾名のほうが有名である。
劇において、他の者が国の為命をかけて戦っている時に、場違いな雰囲気で優雅にお茶を飲み、キャンバスに向かい絵を描いているといった演出されていることはあるが、あの腰抜けフリがこんな絵画の才能を持っていたと言う事にただただ衝撃を覚えていた。
「おいおい、学芸員を目指すなら、歴代の国王の名と在位くらいちゃんと知っておきなさい。確かにフリデリック・ベックバードは一般的にあまり印象が良くないが、私はなかなか面白い人物だったと思う。生まれた時代が悪かっただけで、あんな時代じゃなければ良き王になっていたのではないかとさえ思っている」
歴史をそれなりに勉強してきたマルケスだが、フリデリック・ベックバードが王だったという認識がない。歴史の教科書においても王としての表記はなく、大公という地位にあった筈。王に継ぐ地位でありながら、内憂外患を見て見ぬふりをして逃げた。腰抜けフリが良き王の器を持っていたならば、あの多くの英雄が登場し活躍した時代に、国の為に立ち上がる事もせず、何故道楽的に生きる事が出来たのか? 納得いかない顔のマルケスにウォルフは愛しげに笑う。あまりにも感情を真っ直ぐ出す様子が面白かったのだ。
「フリデリック・ベックバードは何も成さずに、残さなかったのではない。彼は何よりも素晴らしい仕事をした。あの時代の空気を今の時代しっかりこのように伝えている。
私は、フリデリック・ベックバードは歴史を作る男ではなく寡黙な歴史の記録者だったのでは? と思っている」
マルケスは師匠の言葉に、目を見開く。そして改めて、先程の凱旋式典の絵を見直す。その絵には、その式典にいたフリデリック・ベックバード自身の歓喜の想いと、民衆に対する優しさと愛に満ちている。民衆にも何も興味なく、自分勝手で卑怯な男が、こんなにも優しい絵を描くのだろうか?
王族としてよりも、画家としてのフリデリック・ベックバードという人物にマルケスは興味を覚えた。
※ ※ ※
主な登場人物
※※※未来※※※
マルケス・グリント
見習い学芸員
ウォルフ・サクセンの弟子
ウォルフ・サクセン
宮内省 王立美術館 館長補佐
フリデリック・ベックバードという人物についての研究をしている
※※※過去※※※
フリデリック・ベックバード
アデレード王国の王子 十三歳 王位後継者第一位
後第七代アデレード王国 大公として世間で認識されている
レジナルド・ベックバード
アデレード王国の王弟子 二十六歳
フリデリックの尊敬する従兄弟
王国軍 金獅子師団師団長 上級大将 金彩眼をもつ
王位後継者第二位
ウィリアム・ベックバード
アデレード王国の六代目国王
フリデリックの父親
レゴリス・ブルーム
王国軍 紫龍師団師団長 上級大将
レジナルドの親友 王国元帥の息子
百年ほど前の時代の凱旋式の様子を描いた絵画である。アデレード王国が他国からの侵攻をうけた数少ない事件だったこともあり、歴史的意味も大きく、絵画、詩、歌といった様々な形で現代に伝えられている。侵攻してきたマギラ皇国の軍を見事を撃退したレゴリス大将の活躍を誰もが讃え、国そのものが歓喜で揺れ、皆祝賀ムードで沸き一週間ほどアデレードには夜というものが無かったとまで言われている。
この絵画はその凱旋式を描いているモノなのだが、このような凱旋式の絵画があると言う事を初めてマルケスは知った。
凱旋式を描いた他の作品が、煌びやかな式典の様子、厳かに演説するウィリアム王、猛々しく行進をするレゴリス大将の雄姿といったものを題材にしているのに、この絵画に描かれているのは名もなき民衆。興奮しながら式典を楽しむ民衆を繊細ながら瑞々しいタッチで表現されている。描かれた民衆の歓楽に満ちた表情が素晴らしく、絵から彼らの声が聞こえてくるようだ。
「先生、コレは?」
思わず驚きの声を発し、師であるウォルフ・サクセンの方に向き直る。
「フリデリック・ベックバードが十三歳の時に描いた作品だ」
マルケスは僅か十三歳の少年がこのような絵を描いた事に驚くが、その名に首を傾げる。ベックバードというのは王家姓であることから、その人物は王族の一人であるはずなのに、その名に記憶はない。
「金獅子レジナルドの従兄弟だった人物で七代目アデレード王国、国王だ」
マルケスは首を傾け、必死にその単語から連想される人物を思い出そうとする。
「もしかして『腰抜け軟弱フリ』ですか! しかも彼って即位していましたっけ?」
マルケスは驚く。『腰抜けフリとは』百年程前大陸全体が戦乱に陥りアデレードが最も揺れたあの時代、王族でありながら全てを放り出し無為に生きた無能の男として世間一般では認識されている人物だったからだ。あの様々な伝説を残した激動の時代において、唯一何の証も残さず凡庸に生きた男。あの時代を舞台にした物語や劇においても、情けない卑屈な男として表現されている事が多く、良い印象はない。名前より愚か者を意味する『フリ』の渾名のほうが有名である。
劇において、他の者が国の為命をかけて戦っている時に、場違いな雰囲気で優雅にお茶を飲み、キャンバスに向かい絵を描いているといった演出されていることはあるが、あの腰抜けフリがこんな絵画の才能を持っていたと言う事にただただ衝撃を覚えていた。
「おいおい、学芸員を目指すなら、歴代の国王の名と在位くらいちゃんと知っておきなさい。確かにフリデリック・ベックバードは一般的にあまり印象が良くないが、私はなかなか面白い人物だったと思う。生まれた時代が悪かっただけで、あんな時代じゃなければ良き王になっていたのではないかとさえ思っている」
歴史をそれなりに勉強してきたマルケスだが、フリデリック・ベックバードが王だったという認識がない。歴史の教科書においても王としての表記はなく、大公という地位にあった筈。王に継ぐ地位でありながら、内憂外患を見て見ぬふりをして逃げた。腰抜けフリが良き王の器を持っていたならば、あの多くの英雄が登場し活躍した時代に、国の為に立ち上がる事もせず、何故道楽的に生きる事が出来たのか? 納得いかない顔のマルケスにウォルフは愛しげに笑う。あまりにも感情を真っ直ぐ出す様子が面白かったのだ。
「フリデリック・ベックバードは何も成さずに、残さなかったのではない。彼は何よりも素晴らしい仕事をした。あの時代の空気を今の時代しっかりこのように伝えている。
私は、フリデリック・ベックバードは歴史を作る男ではなく寡黙な歴史の記録者だったのでは? と思っている」
マルケスは師匠の言葉に、目を見開く。そして改めて、先程の凱旋式典の絵を見直す。その絵には、その式典にいたフリデリック・ベックバード自身の歓喜の想いと、民衆に対する優しさと愛に満ちている。民衆にも何も興味なく、自分勝手で卑怯な男が、こんなにも優しい絵を描くのだろうか?
王族としてよりも、画家としてのフリデリック・ベックバードという人物にマルケスは興味を覚えた。
※ ※ ※
主な登場人物
※※※未来※※※
マルケス・グリント
見習い学芸員
ウォルフ・サクセンの弟子
ウォルフ・サクセン
宮内省 王立美術館 館長補佐
フリデリック・ベックバードという人物についての研究をしている
※※※過去※※※
フリデリック・ベックバード
アデレード王国の王子 十三歳 王位後継者第一位
後第七代アデレード王国 大公として世間で認識されている
レジナルド・ベックバード
アデレード王国の王弟子 二十六歳
フリデリックの尊敬する従兄弟
王国軍 金獅子師団師団長 上級大将 金彩眼をもつ
王位後継者第二位
ウィリアム・ベックバード
アデレード王国の六代目国王
フリデリックの父親
レゴリス・ブルーム
王国軍 紫龍師団師団長 上級大将
レジナルドの親友 王国元帥の息子
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『神山のつくば』〜古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー〜
うろこ道
恋愛
【完結まで毎日更新】
時は古墳時代。
北の大国・日高見国の王である那束は、迫る大和連合国東征の前線基地にすべく、吾妻の地の五国を順調に征服していった。
那束は自国を守る為とはいえ他国を侵略することを割り切れず、また人の命を奪うことに嫌悪感を抱いていた。だが、王として国を守りたい気持ちもあり、葛藤に苛まれていた。
吾妻五国のひとつ、播埀国の王の首をとった那束であったが、そこで残された后に魅せられてしまう。
后を救わんとした那束だったが、后はそれを許さなかった。
后は自らの命と引き換えに呪いをかけ、那束は太刀を取れなくなってしまう。
覡の卜占により、次に攻め入る紀国の山神が呪いを解くだろうとの託宣が出る。
那束は従者と共に和議の名目で紀国へ向かう。山にて遭難するが、そこで助けてくれたのが津久葉という洞窟で獣のように暮らしている娘だった。
古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー。

復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる