愚者が描いた世界

白い黒猫

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~終章~

<とある酔狂者の絵>

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 愚かな王子はどうしようもないっ
 一人じゃなにも出来ないバ~カ!
  一人で着替えも出来ません~
  一人じゃ何にも決められない~♪

 森の中そんな子供の歌声が響いていた。これは最近子供達の間で流行っている歌。この歌は【愚かな王子】がどうダメなのかを好きに考えリズムにのって繋いでいくという言葉遊びの歌。サムと妹は適当な言葉を気儘に交互に続けながら畑への道を歩いていた。

  言葉もまともに話せませ~ん♪
 一人で外も歩けやしない~♪
 最低最悪バカダメお~じ~♪

 素直に歌を楽しむ妹とは違いサムはあまり面白くはなかった。ムカつきながらヤケクソ気分でこの歌を歌っていた。すると妹は『具体的に何がダメか分からないから、最後のはナシよ!』とか細かく評価してつっこんでくるからますますイラつく。

  新王が即位したという事でなんか村中が浮かれまくっている。父親とか大の大人がはしゃいでいる様子が気持ち悪くて堪らない。最低最悪な大馬鹿王子ではなく、英雄とも言える存在のレジナルド様が王になった事が嬉しいのは理解できるが、めでたいといっては酒を皆で飲んで夜を明かしてしまい朝起きれない日が戴冠式後続いた。そして最近では改革だとかいって会合が多くよく集まっている。張り切ってくれるのは良いがそれで自分達の仕事が増えてたことが困ったところ。
  最近は晴れた日が続いているために水の管理が大変なのだ。そんな時期に何浮かれているのかと思う。畑までくると、畑の横に大きさの違う二つの人影が見えた。近づいてみたがどちらも見慣れぬ顔で。体格がやたらいい男と、サムより少し大きい年に見える子供。
  もしかして野菜泥棒か? と思い近づくが、子供は自分が見た事もない光沢のあるシャツとなんか刺繍が無駄にあしらわれた黒のパンツという出で立ちで、革製でつま先の尖ったピカピカなブーツを履いている。そして肌が信じられないくらい白く、サラサラの薄茶の髪でここらの女より小綺麗な感じでヒョロヒョロして弱っちい感じ。その子供は何が楽しいのか、嬉しそうに畑を見つめていた。そして大柄の男は黒っぽい地味な服を着ているものの、革製のベストに長ブーツを身に着け、腰には剣を下げている。コチラも豪華ではないものの、自分達が着ている布とは明らかに違う質の高そうな服を着ている。
 (ヤバイ、こいつら貴族だ)
  サムはその二人を前に焦る。貴族の奴らがきて、馬で走り回り遊び半分で畑を荒らしていったとか、我儘三昧で無茶な命令をしてきて仕事にならず、思い通り動かないと怒る。貴族が畑にくると禄な事にならないと聞いている。収穫前の畑を荒らされたら非常に困る。しかも貴族にやられたら泣き寝入りしかない。
 「な、何か?」
  どう話しかけていいのかもわからず、サムは恐る恐る声をかける。
 「君の畑かい?」
  サムの声に子供は振り向き、優しく聞こえる大人びた声でそう聞いてくる。
 「いえ、地主様の畑です」
  納得したように頷くその様子は、ノンビリとしたものだ。細い身体、今まで何も荷物持ったことないのでは? と思う程細く白い指。こんなんでコイツどうして生きてきたのか? こんなんで畑とか耕せるのか? とも思ったが貴族がそんなことをする訳はないと思い出す。
 「綺麗な畑ですね」
  貴族の子供はそんな事をウットリとしたように言ってくる。単なる仕事場でしかない畑、そんな風に見たことがなかったのでサムは戸惑う。そして改めて畑を見ると、太陽の下で伸び伸びと元気に成長しているトマトやナスの畑があるだけ。まあ、緑も濃くて、トマトの実もいい感じに赤くはなってきている。言われてみたら【綺麗】といえないこともないかもしれない。
 「ま、あ、です……か?」
  貴族の子供はそんなサムにクスクスと笑う。
 「美しいですよ。全てが生き生きしていて。なんか元気な気持ちになりませんか? この景色」
  お貴族様の考えることは分からない。サムは頬をどう動かしてよいか分からず、ヒクヒクさせてしまう。相手がそれ以上に言葉を続けることがなかったのでソッと離れて井戸へと向かう。そこで妹と二人で水をくみ上げ畑に埋められた竹に繋がった桶へと注いでいく。父親が考えたシステムで畑まで水を運ばなくても水を畑に撒けるという素晴らしい仕組みなのだ。とはいえ子供の自分には、井戸から水をくみ上げるはなかなかの重労働。桶を落としそれを滑車で持ち上げ桶へと移す。単純な作業だが、力がかなりいるので大変なのだ。妹と二人で協力しあって、その作業を進めていく。
 「あの、お手伝いしましょうか?」
  いきなり後ろから声をかけられてサムはビクリと身体を震わせる。振り向くと見た事もないような紫の綺麗な瞳が自分を心配そうに見つめている。
 「いえ、そんな!」
  慌てるサムに貴族の子供はニッコリと笑う。
 「お手伝いというか、どうか一緒にお仕事させてもらいませんか? 私に畑の事教えていただけませんか? 勉強したいのです」
  思わず助けを求めるように妹を見るがキョトンとしたまま固まっていて役に立たない。そこで貴族の子供の連れに視線を向けるがその人物は優しい感じで笑っているだけ。サムの表情に気が付きその連れの子供に話しかける。
 「井戸の水汲みは子供の手では大変そうですので私がやりましょう、フリ……様は他の作業を手伝わせていただいたらどうですか?」
  助けになっているのかなっていないのか分からない事を大男が言ってくる。まあ力仕事の水汲みを代わってもらったのは助かった。草抜きとか虫取りといった作業を始めることにする。しかし貴族の子供は雑草を抜くにも草に申し訳なさそうな様子で抜き、虫が出てくる度に悲鳴をあげ腰を抜かした感じになるなど、微妙に使えない。それでも一生懸命な様子で手伝ってくれているので文句は言えなかったし、なんか憎めないというか怒れないそういう雰囲気をもっていた。それに大きな男の方は力もあり、いろんなことにいちいち戸惑う子供とは違ってかなり役にたったので、結果その日の午前中の仕事はかなり捗った。
  逆に二人の綺麗な洋服が泥で汚れ、貴族の子供の白くて細い指が爪の中までドロドロになり、さらに細かい切り傷だらけになってしまった事で、なんか申しわけない気分にもなった。しかしそんなのを気にする様子もなくニコニコしている。男のものとは思えない白くキメの細かい肌を見ていると、つくづく自分と違う世界の人間だと思う。
  お昼ご飯の為に一旦家に帰るため二人と別れ、午後森での作業の方をしてから、夕方畑に戻ると、二人はまだそこにいた。貴族の子供は畑に向かっで折りたたみ式の椅子に座り何かをしている。少し離れた所で男が木の凭れてその様子を見守っている。サムの姿を認め、少し微笑んできてそのまま貴族の子供のほうに視線を戻す。
  何しているのかと近づくと、木で組んだ台に紙をおき筆を動かしている。貴族の子供は絵を描いていた。それを見て妹がホウッと声をあげる。サムも言葉に出さないけれど驚いていた。
 「お兄ちゃん、すごーい! 絵お上手なのね」
  妹の言葉に相手は照れた顔を返す。サムも言葉には出さなかったが感動していた。自分たちがいつもなんでもなく見ている世界が、この貴族の子供にはこんな素敵な風景に見えているのかとも驚いた。
 「ねえ」
  そうコチラにも同意を求める妹にサムはコクコクと頷く。
 「オマエ、すげぇんだな!」
  そう言ってから、相手の名前を知らなかった事に気が付く。
 「あっ、俺、サムっていうんだ、コイツはミア」
  名前を聞く場合は、自分から名乗れ! そう父親から教えられていたのでサムはそう切り出すことにする。相手はニコリと笑う。
 「あ、私はフリ……ックです。そしてコチラは私の護衛してくれているダンケ」
  護衛とやらの名前は聞きとれたが、肝心の相手の名前が上手く聞こえなかった。
 「フリーベック?」
  なんとなく聞こえた感じで聞いてみる。ダンケが顔を顰めたので、しまったとサムは内心思う。違ったようだ。しかし子供は顔を傾けてから少し考え、何故か嬉しそうに笑う。
 「いい、それって」
  状況が分からず、ダンケと子供に視線を交互に走らせる。自分が言った名前で合っていたのか? それで何がいいのか?
 「フリー・ベック。良い名前だと思いませんか? 自由気ままという感じで。素敵な名前です。気に入りました」
  お気楽で気ままそうなところは、合っているかなと思いサムは素直に頷いた。そしてその子供の事はそれからフリーと呼ぶことになった。

   フリーは近くの貴族の別荘に滞在していたようで、それからダンケと共にいる姿を度々見かけた。サムだけでなくいろんな人と交流を持ち、そして村や街の様々な場所で雑談を楽しんだり絵を描いている姿を人から目撃されていた。フリーには平民の暮らしが珍しいのか、なんでもないような事にいちいち驚き感動し、そして人の話をキラキラさせた目で聞いたり、一緒に何か作業したりとして、いつも楽しそうだった。

 『酔狂な、貴族の子供』

  それがフリーに対する皆の認識。
  しかしオカシナ子供だとは思われたものの、どこか恍けてなんか頼りなく守ってあげたくなる感じのせいか【フリー坊ちゃん】と呼ばれ、皆から構われ愛されていた。サムもフリーと話しているとそれまでつまらなかった世界がとてつもなく素敵なモノになったように感じて楽しかった。気が付けばフリーと過ごす時間が大好きな時間の一つになっていた。

  しかし一年後にフリーとの別れの日が来てしまう。別荘を去ることになったらしい。『それにいろんな場所を見てみたいから』とフリーは笑って言う。土地に縛られることもなく気儘に様々な場所に行けるフリーがサムはちょっとうらやましくも思う。そして皆から送られながら豪華な馬車にのってフリーは去って行った。土地から離れられないサムはただ見送り、フリーと出会った前と変わらぬ生活を送る。
  様々な仕事をしながら、初めてすることに失敗して慌てるフリーの姿を思い出し笑い、そしてなんか寂しくなる。
  サムがフリーと出会った前と変わったのは教会に良く行くようになったこと。フリーが描いてここに寄進した天使の絵がそこにあるから。神父様はその絵が飾られるようになり、教会来てくれる人が増えたと喜んでいた。絵は二枚あり太陽教会には生まれた子供を祝福しにくる天使の絵、月教会には倒れた兵士をお迎えにくる天使の絵。
  フリーの描いた天使は空から皆を見守るのではなく、ベッドに腰を下ろし母子を喜びに満ちた顔で抱きしめ、大地に俯し倒れている人の元に舞い降り地面に跪き動けなくなった兵士を慈しみの笑みを浮かべ自ら抱き起こしている。そういう感じで人と寄り沿うように描かれている。
  その二つの絵は、さほど大きいものではないが見ている人をなんか惹き付ける力があった。黄金の髪に金色の瞳をもつその天使の美しさと優しい表情は、学のないサムにはどう表現して良いか検討もつかない。『とにかく半端なくスゲエ綺麗』としか言いようがない。太陽教会の方が人気で人も多いので、サムは人が死に近づくと言うことで不吉だからとあまり人が訪れない月教会の方の絵を眺めることが多い。そのほうが一人でジックリで絵を見られるし、コッチの絵の方が好きだった。その絵を見ているとなんか泣けてくるのだ。

 『天使は微笑んでいるけれど泣いている』

  サムはそのように感じた。縋り救いを求めてきている兵士にやわらかい笑みを投げかけながらも心の中では泣いている。そんな表情を見ていると身体が震えて泣きたくなるのだ。天使は、苦しみ足掻く兵士の苦しみ痛み哀しみを受け入れ抱き、この死の瞬間を共有しているのだ。どんな状況の人でも天使は人を見捨てることなく見守ってくれる。この絵を見ているとそういう気持ちになれて元気が出た。
  サムはその絵の前に立ち、良く分からない感情が高まり、それがおさまるまでジッと絵を見つめつづけ、大きく深呼吸する。そして『よし!』そう声を出して教会を後にした。
  あの絵を見てから、外に出ると太陽の下で輝く何時もの町並みが生き生きと美しい景色に見えた。フリーが、紫の目を細め楽しそうに見つめている気持ちがなんか少しわかった気がした。
  サムが街に来たのは買い出しの仕事のため。しなければならない仕事もいっぱいある。買い物を済ませさっさと戻らないといけない。サムはもう一度深呼吸をして気合いを入れる。

  共におります~あなたはいつも~♪

 サムは元気は良いけど調子っはずれな讃美歌を歌いながら市場の方へ歩きだした。


  ★   ★   ★

 長い間、【愚者の描いた世界】にお付き合い頂きありがとうございました。
これにて【愚者】の物語は終わり【酔狂者】の物語が始まります。

フリデリックが見えていなかった外の世界がどうだったのか? ご興味ある方はムーンライトで連載中のレジナルド・ベックバードが主人公の【真白き風にそよぐ黄金の槍】で描かれています。もし良かったら読んでみてください。
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