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~そして愚者は歩き出す~
6-7<決断の時>
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退位を求める書類と共に用意されていたのは、レジナルドを王にするための後継指名任命書。
これは貴族と王家が共に権利を守るためのシステムの一つ。貴族は王の承認は出来るが任命は出来ない。王族が一方的に貴族の爵位を取り上げる事が出来ないのと同様、貴族は王を任命する事が出来ない。任命できる立場の者が誰もいない時以外は。つまりは引き摺り下ろす為にフリデリックは祭り上げられたということだ。
キリアンがフリデリックを引き摺り下ろす行動に出ることは、まだフリデリックも想定は出来た。しかし自分が慕い信頼してきたテリーとレジナルドが、なぜキリアンの呼びかけに応じたのか理解出来ない。
噂に疎いフリデリックの耳にもレジナルドとキリアンの間の不仲は聞こえていたし、テリーとキリアンも険悪な関係に見えていた。それが何故こうなったのが困惑し、レジナルドに縋るように視線を向けるが、レジナルドはその視線に金の瞳を真っ直ぐ返して来るだけで何も言葉をくれなかった。
先ほどのどこか白けた冷たい目の色をさせていた議員の顔が一転している。ギラギラとした闘志が宿っていて、それらの人が表情と言葉でフリデリックを否定する言葉を次々と発してくる。部屋の三分の二の人はフリデリックを否定して、残りの三割は状況についていけず動揺し、五割が自分の将来の為にどう動くべきかを悩み、残りは必死になってフリデリックを擁護している。しかしその擁護している筈の人もフリデリックの事などまったく考えておらず、今の体制を維持するために必死に反論を試みている。つまりはフリデリックという人物そのものを認め、王としようとしている人は誰一人いないという状況。更にそれだけの反対派が団結することでもう一つ起こりえる恐ろしい状況にも気が付き眩暈を覚え倒れそうになる。
フリデリックは再びレジナルドの顔を見るが、もう隣の従兄弟など気にしてもいないようで、冷静な様子で議内のやり取りを見つめている。王位を強引に奪おうとすれば簡単に出来たのに、あえて議会を通すという手に出たレジナルドの思惑を考える。
レジナルドの見つめる先ではヴァーデモンド公爵らとキリアンを中心とした反フリデリック派が意見をぶつけあっている。いやキリアンは理路整然と意見を述べているが、「生意気な!」「黙れ!」「ふざけるな!」といった言葉しか発しないヴァーデモンド公爵とは、まともな討論にすらなっていない。フリデリックも冷静を務め議会内を観察する。
「フリデリック王こそが正当なる後継者です。ウィリアム前王と伝統あるヴァーデモンド公爵家の血をひくこれ以上ない血筋」
こういう時、意外とクロムウェル侯爵の方がまだ意見らしきものを発言できるようだ。
「国民の間でも、幼く何の政治に関しての経験もない人物が王のなることについて不安が広がっています。そういった不安はやがて大きな不満に繋がり政治そのものに支障を与える危険性もあります。
それにレジナルド様もウィリアム前王の甥であり、あのリチャード王太子のご子息。血筋的には全く問題はありません。
既に上級大将として国外でもその存在を知らぬ人はいない程活躍されています。軍を率いる能力だけでなく、外交能力も高く既にその知略でアデレードを守り続けてきてくださっているレジナルド様以上に今この国を導ける方はいません」
ぼんやりしたクロムウェル侯爵の意見に比べて、キリアン語る言葉の方が説得力はある。
「フリデリック様を王にと推されている方にお聞ききしたいです。
血筋以外にフリデリック様には何があるのですか? フリデリック様が王でなければならぬと主張されるその根拠を教えて下さい」
キリアンは冷静にフリデリック擁護派の理論を潰していく。そうしたうえで向けられたらその質問に部屋は静まり返る。皆がヴァーデモンド公爵らの意見を待つ。
フリデリックもジッとヴァーデモンド公爵の顔を見つめる。しかし興奮し顔を真っ赤にしたままヴァーデモンド公爵は震えているだけで答えない。それもそうだろう。フリデリック自身もそんな質問に答えられるわけがない。
フリデリックの目からみてレジナルドは完璧である。統率力、智力、政治力、交渉力。既に王として必要な能力を全てもっているだけでなく、圧倒的なカリスマ。黙ってそこに立っているだけで、みな従いたくなる。そんなオーラを生まれついて持っていた。
フリデリックが敵うわけも無い。一方フリデリックは子供で何の実績もなく、今の状況にも青ざめた顔で惑うだけ。
キリアンを援護するかのように共に叫びながら意見を言う貴族の様子にもフリデリックは危うさ感じ恐怖を覚える。
言葉は和らげているがフリデリックに対する嫌悪に近いその不安不満は今までウィリアム王のヴァーデモンド公爵らで築き上げてきたものが生み出したもの。それがストレートにフリデリックに向けられている。国は元老院と王国軍で分裂しているのではなく、もっと複雑な意思により更にバラけ混乱している。ヴァーデモンド公爵らが支配コントロール出来る状況を明らかに超えている。
「それが理だからです! 慣習にのっとった道こそが余計な争いも産まずに物事を円滑に進めます」
必死な様子で叫ぶクロムウェル侯爵の言葉に室内から呆れと失笑の声があちらこちらから起こる。
現に不満がこうして起っているだけに、『何を言っているんだ? コイツ』という感じで場内が白ける。
フー
大きな溜息が横から聞こえる。レジナルドが不快そうに眉をよせクロムウェル侯爵を真っ直ぐ見つめる。金の瞳に見据えられクロムウェル侯爵の身体が強ばる。レジナルドは一旦クロムウェル侯爵から視線を外し、室内をゆっくりと見渡す。その事で部屋は静けさと沈黙が支配する。皆が緊張感のある表情に戻り、全員の視線がレジナルドに集まる。あれほど荒れていた議会をレジナルドは視線だけで支配する。悠然と視線を巡らせクロムウェル侯爵その視線が戻る。
「クロムウェル侯爵、私は幸か不幸かこんな金彩眼をもって生まれてきた。
この私には嘘や誤魔化しの言葉は一切通じない。
本音で話せ。
また、お前達が我々王族を軽ろんじており、愚弄しているというのなら私もそれなりの対応をさせてもらう」
ちらりのフリデリックに視線を向け【我々】という言葉を使った事にフリデリックは僅かな救いを感じた。
侯爵から目を離さないレジナルドと、その視線に縫い止められたかのように動けないクロムウェル侯爵は無言で見つめ合う。部屋は暑くもないのにクロムウェル侯爵の顔からダラダラと汗が流れる。そしてヘナヘナと腰を抜かし椅子に座り込む。
しかしヴァーデモンド公爵はまだ議長席の隣で呻き声を挙げたまま、その目の闘志は宿らせたまま、皆を睨みつけている。
感情が高まり過ぎているのか言葉を発する事もなく議長席に襲いかかるように近づき、垂らされていた紐を荒々しく引っ張る。
カラカラァ~
不快な高めの鐘の音が鳴り響く。鐘を鳴らしながら殺意の籠った目をレジナルド、そしてキリアンに向けヴァーデモンド公爵はニヤリと笑う。その紐によって鳴らされた鐘は議会に警護の者を呼び寄せる為のもの。
議長のメクレンブルグ公爵だけが慌てて止めようと動くが、紐を離さないヴァーデモンド公爵と取り上げようとするメクレンブルグ公爵によって鐘は鳴り続ける。
ここで武器を持った人の乱入を許したら、議会は収拾のつかない事になる。一部の貴族も慌てで立ち上がり騒ぎに巻き込まれないようにと部屋の奥に移動する。フリデリックも立ち上がりオロオロとするが、あの嘆願書に署名した議員らはまったく動じることもなく座ったまま。
それなりの時間鳴らされ続けたのに、衛兵が全く突入してくる気配がないことに気が付きヴァーデモンド公爵の顔に焦りが見え始める。紐から手を離し、フラフラと入り口へと向かうヴァーデモンド公爵。扉を大きく開け放ち叫ぶ。それと同時に回廊の反対側の扉が開きコチラに一人向かってくる者がいた。フリデリックは目を見張る。
「ヘッセン! よく来た! お前でもいい! バーソロミューの小僧らが反乱を企ておった! ヤツを切れ!」
その言葉にフリデリックの心に冷たいものが広がる。扉の外をみると剣を手にしたダンケがそのままコチラに近付いてくる。
「ダンケ! ダメだ! ここに来てはいけません!」
フリデリックの声が聞こえたのか、その足を止める。ダンケがフリデリックの方を見つめ笑いかけてくる、その事にホッとしたのも束の間。ダンケの身体がゆらりと揺れそのまま前のめりに倒れてくる。その背中に矢が刺さっていた事に気が付きフリデリックは悲鳴を上げた。
ヴァーデモンド公爵も叫び一気に青ざめた顔で後ずさりをする。
「ダンケェ~! ダンケェ! 何故……」
名前を連呼するが、ダンケはピクリとも動かない。慌てて立ち上がり席を離れようとするフリデリックの腕が掴まれる。見るとレジナルドが腕を伸ばしフリデリックを捕らえている。
「彼は大丈夫だ。死んではいない。俺が見たところ眠っているだけだ」
「本当にダンケは無事なのですか?」
確認のために問うと、レジナルドは頷く。そこにはいつも自分を見守る家族としてのレジナルドの瞳があった。フリデリックの心も落ち着いていく。
「今あいつが何者かに傷を負わせるような事になったら面倒な事になる。
こういう形で止めたのだろう。
それより今はお前がすべき事をしろ! お前個人として、そして王族としてどうしたい?」
頭に手をやり身体を大きく揺らしながら『どういう事だ』『何故だ』と言葉を繰り返し混乱しているヴァーデモンド公爵に皆の注意が向いている中、レジナルドがそっとフリデリックに問いかけてくる。
『己が思うまま、信じる道を生きろ』
先日レジナルドがフリデリックに告げた言葉の意味を改めて考える。
「ほんとに何処まで貴方は浅はかで愚かなのか」
ヴァーデモンド公爵を嘲笑うキリアンの声が聞こえる。そのキリアンの瞳に、フリデリックへ向けられていた以上の憎悪の感情をフリデリックは見る。そんなキリアンを窘めレジナルドは、ダンケの後やってきた衛兵ダンケの手当を命じ下がらせる。
当然のようにレジナルドの命令のみ従う衛兵の様子で、もう元老院そのものがレジナルド勢力の手に落ちていることを、この議会にいるもの全員が察する。当然といったら当然だ、王国軍も含む議会の三分の二の勢力が手を組んだら、少数派となった側が敵う訳もない。ヴァーデモンド公爵派だった貴族も諂うような顔をレジナルドに向け始め、ますます孤立していく貴族主義者たちは、ただ汗を流すしかできなかった。
「ヴァーデモンド公爵、どうぞ落ち着かれ下さい。顔色も悪いようですから、椅子におすわりになった方が良いのかもしれませんね」
バラムラスがヴァーデモンド公爵に穏やかに声をかけ、王国軍の部下に命じて席につかせる。
「貴様、こんな真似して、タダで済むとは思うなよ!」
バラムラスの言葉に我に返ったのか、まだそんな事を言う公爵にバラムラスは苦笑し、肩を竦める。この状況で自分が出来る事はフリデリックが出来る事は一つだけ。静かに深呼吸をする。
「ヴァーデモンド公爵、ここは議会です。
建設的な話をしましょう」
静かなフリデリックの声が議会に響く。政敵であるバラムラス・ブルーム公爵を睨みつけていたヴァーデモンド公爵はハッとしてフリデリックに視線を向ける。
「貴方には感謝してきます。
今までも父を支えて下さった。
そして皆さんも、今までも国のために尽くしてくれた事、改めてお礼を言わせて頂きます」
ヴァーデモンド公爵は絶句し異様なものを見るかのようにフリデリックを見ている。
冷静にシッカリとした口調で語り出したフリデリックにクロムウェル侯爵の表情が安堵したものになる。
「いえ、それが我々臣下の勤め。これからも皆で貴方様、いえフリデリック王を支えていきますので貴方は今回の事に惑わされる事なく、どうか王としての道をお進み下さい」
遜った様子で頭を下げるクロムウェル侯爵にフリデリックは悲しげな笑みを向ける。
「王族の一員として私が最も望むのは、国の平和と政治の安定。それだけです。
求めるのも王位という地位でなく、国の平穏です」
フリデリックの言葉にクロムウェル侯爵は目を見開く。
「私は皆様のいう通り、若輩者ですし無能と言われても仕方ないでしょう」
「しかし、貴方は正当なる王! その権力と王として国を動かす力を持っています。
早まって馬鹿な決断をされないで下さい! 王として貴方が望む政治を行えば良いだけです」
叫び訴えるクロムウェル侯爵にフリデリックは柔らかい笑みを返した。そこには、先ほどまでの顔を青褪めさせ震えていた子供はいなかった。
「クロムウェル侯爵、私を現状を顧みず権力に固執し、国を分裂させるという馬鹿な真似させたいのですか? 私はそんな愚か者にはなりたくない」
ヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵がまだ気がついていない事をフリデリックは気が付いていた。ここでフリデリックがどう決断しても、レジナルドが王になる未来は変えられない。
フリデリックが彼らの要望を拒絶すれば少数派であるフリデリックとヴァーデモンド公爵派は力尽くで引き摺り下ろされるだけ。応じれば表向きは平和で世間にも混乱を見せない形でそれが行われる。
二択のようで、選択の余地はない。しかしアデレードとフリデリックにとってはその選択は大きな意味をもつ。その権利をフリデリックに与えてくれた事の意味。それこそがフリデリックが国の為に唯一出来る責務。国を蝕む要因と共にこの国の政治から去るという事がフリデリックに、与えられた役割。
フリデリックは深呼吸をして正面を向く。
「こちらの嘆願書、しかと読み潜考させて頂きました。
国を想い愛した者たちの想い胸に届いております。それを受けて、ここに私フリデリック・ベックバートは王位を退き、隣にいるレジナルド・ベックバートを後継者として任命する事を宣言します」
隣の従兄弟と視線を合わせ、目を伏せる。レジナルドはフリデリックを見つめ返し、ゆっくり頷き、立ち上がり胸に手をやりフリデリックに頭を下げる。
歓声とヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵の悲鳴の上がる中フリデリックは二つの書類にサインを入れた。その用紙が議長であるメクレンブルグ公爵の元に届けられ読み上げられ印が押される。
本日二度目の王の承認審議にかけられアデレード八代目国王が誕生した。
同時にフリデリックの王としての時間はあっけなく幕を閉じた。かくしてフリデリックは一刻も満たないという、アデレード史上最も短い在位を持つ人物という不名誉な記録をもつこととなった。
これは貴族と王家が共に権利を守るためのシステムの一つ。貴族は王の承認は出来るが任命は出来ない。王族が一方的に貴族の爵位を取り上げる事が出来ないのと同様、貴族は王を任命する事が出来ない。任命できる立場の者が誰もいない時以外は。つまりは引き摺り下ろす為にフリデリックは祭り上げられたということだ。
キリアンがフリデリックを引き摺り下ろす行動に出ることは、まだフリデリックも想定は出来た。しかし自分が慕い信頼してきたテリーとレジナルドが、なぜキリアンの呼びかけに応じたのか理解出来ない。
噂に疎いフリデリックの耳にもレジナルドとキリアンの間の不仲は聞こえていたし、テリーとキリアンも険悪な関係に見えていた。それが何故こうなったのが困惑し、レジナルドに縋るように視線を向けるが、レジナルドはその視線に金の瞳を真っ直ぐ返して来るだけで何も言葉をくれなかった。
先ほどのどこか白けた冷たい目の色をさせていた議員の顔が一転している。ギラギラとした闘志が宿っていて、それらの人が表情と言葉でフリデリックを否定する言葉を次々と発してくる。部屋の三分の二の人はフリデリックを否定して、残りの三割は状況についていけず動揺し、五割が自分の将来の為にどう動くべきかを悩み、残りは必死になってフリデリックを擁護している。しかしその擁護している筈の人もフリデリックの事などまったく考えておらず、今の体制を維持するために必死に反論を試みている。つまりはフリデリックという人物そのものを認め、王としようとしている人は誰一人いないという状況。更にそれだけの反対派が団結することでもう一つ起こりえる恐ろしい状況にも気が付き眩暈を覚え倒れそうになる。
フリデリックは再びレジナルドの顔を見るが、もう隣の従兄弟など気にしてもいないようで、冷静な様子で議内のやり取りを見つめている。王位を強引に奪おうとすれば簡単に出来たのに、あえて議会を通すという手に出たレジナルドの思惑を考える。
レジナルドの見つめる先ではヴァーデモンド公爵らとキリアンを中心とした反フリデリック派が意見をぶつけあっている。いやキリアンは理路整然と意見を述べているが、「生意気な!」「黙れ!」「ふざけるな!」といった言葉しか発しないヴァーデモンド公爵とは、まともな討論にすらなっていない。フリデリックも冷静を務め議会内を観察する。
「フリデリック王こそが正当なる後継者です。ウィリアム前王と伝統あるヴァーデモンド公爵家の血をひくこれ以上ない血筋」
こういう時、意外とクロムウェル侯爵の方がまだ意見らしきものを発言できるようだ。
「国民の間でも、幼く何の政治に関しての経験もない人物が王のなることについて不安が広がっています。そういった不安はやがて大きな不満に繋がり政治そのものに支障を与える危険性もあります。
それにレジナルド様もウィリアム前王の甥であり、あのリチャード王太子のご子息。血筋的には全く問題はありません。
既に上級大将として国外でもその存在を知らぬ人はいない程活躍されています。軍を率いる能力だけでなく、外交能力も高く既にその知略でアデレードを守り続けてきてくださっているレジナルド様以上に今この国を導ける方はいません」
ぼんやりしたクロムウェル侯爵の意見に比べて、キリアン語る言葉の方が説得力はある。
「フリデリック様を王にと推されている方にお聞ききしたいです。
血筋以外にフリデリック様には何があるのですか? フリデリック様が王でなければならぬと主張されるその根拠を教えて下さい」
キリアンは冷静にフリデリック擁護派の理論を潰していく。そうしたうえで向けられたらその質問に部屋は静まり返る。皆がヴァーデモンド公爵らの意見を待つ。
フリデリックもジッとヴァーデモンド公爵の顔を見つめる。しかし興奮し顔を真っ赤にしたままヴァーデモンド公爵は震えているだけで答えない。それもそうだろう。フリデリック自身もそんな質問に答えられるわけがない。
フリデリックの目からみてレジナルドは完璧である。統率力、智力、政治力、交渉力。既に王として必要な能力を全てもっているだけでなく、圧倒的なカリスマ。黙ってそこに立っているだけで、みな従いたくなる。そんなオーラを生まれついて持っていた。
フリデリックが敵うわけも無い。一方フリデリックは子供で何の実績もなく、今の状況にも青ざめた顔で惑うだけ。
キリアンを援護するかのように共に叫びながら意見を言う貴族の様子にもフリデリックは危うさ感じ恐怖を覚える。
言葉は和らげているがフリデリックに対する嫌悪に近いその不安不満は今までウィリアム王のヴァーデモンド公爵らで築き上げてきたものが生み出したもの。それがストレートにフリデリックに向けられている。国は元老院と王国軍で分裂しているのではなく、もっと複雑な意思により更にバラけ混乱している。ヴァーデモンド公爵らが支配コントロール出来る状況を明らかに超えている。
「それが理だからです! 慣習にのっとった道こそが余計な争いも産まずに物事を円滑に進めます」
必死な様子で叫ぶクロムウェル侯爵の言葉に室内から呆れと失笑の声があちらこちらから起こる。
現に不満がこうして起っているだけに、『何を言っているんだ? コイツ』という感じで場内が白ける。
フー
大きな溜息が横から聞こえる。レジナルドが不快そうに眉をよせクロムウェル侯爵を真っ直ぐ見つめる。金の瞳に見据えられクロムウェル侯爵の身体が強ばる。レジナルドは一旦クロムウェル侯爵から視線を外し、室内をゆっくりと見渡す。その事で部屋は静けさと沈黙が支配する。皆が緊張感のある表情に戻り、全員の視線がレジナルドに集まる。あれほど荒れていた議会をレジナルドは視線だけで支配する。悠然と視線を巡らせクロムウェル侯爵その視線が戻る。
「クロムウェル侯爵、私は幸か不幸かこんな金彩眼をもって生まれてきた。
この私には嘘や誤魔化しの言葉は一切通じない。
本音で話せ。
また、お前達が我々王族を軽ろんじており、愚弄しているというのなら私もそれなりの対応をさせてもらう」
ちらりのフリデリックに視線を向け【我々】という言葉を使った事にフリデリックは僅かな救いを感じた。
侯爵から目を離さないレジナルドと、その視線に縫い止められたかのように動けないクロムウェル侯爵は無言で見つめ合う。部屋は暑くもないのにクロムウェル侯爵の顔からダラダラと汗が流れる。そしてヘナヘナと腰を抜かし椅子に座り込む。
しかしヴァーデモンド公爵はまだ議長席の隣で呻き声を挙げたまま、その目の闘志は宿らせたまま、皆を睨みつけている。
感情が高まり過ぎているのか言葉を発する事もなく議長席に襲いかかるように近づき、垂らされていた紐を荒々しく引っ張る。
カラカラァ~
不快な高めの鐘の音が鳴り響く。鐘を鳴らしながら殺意の籠った目をレジナルド、そしてキリアンに向けヴァーデモンド公爵はニヤリと笑う。その紐によって鳴らされた鐘は議会に警護の者を呼び寄せる為のもの。
議長のメクレンブルグ公爵だけが慌てて止めようと動くが、紐を離さないヴァーデモンド公爵と取り上げようとするメクレンブルグ公爵によって鐘は鳴り続ける。
ここで武器を持った人の乱入を許したら、議会は収拾のつかない事になる。一部の貴族も慌てで立ち上がり騒ぎに巻き込まれないようにと部屋の奥に移動する。フリデリックも立ち上がりオロオロとするが、あの嘆願書に署名した議員らはまったく動じることもなく座ったまま。
それなりの時間鳴らされ続けたのに、衛兵が全く突入してくる気配がないことに気が付きヴァーデモンド公爵の顔に焦りが見え始める。紐から手を離し、フラフラと入り口へと向かうヴァーデモンド公爵。扉を大きく開け放ち叫ぶ。それと同時に回廊の反対側の扉が開きコチラに一人向かってくる者がいた。フリデリックは目を見張る。
「ヘッセン! よく来た! お前でもいい! バーソロミューの小僧らが反乱を企ておった! ヤツを切れ!」
その言葉にフリデリックの心に冷たいものが広がる。扉の外をみると剣を手にしたダンケがそのままコチラに近付いてくる。
「ダンケ! ダメだ! ここに来てはいけません!」
フリデリックの声が聞こえたのか、その足を止める。ダンケがフリデリックの方を見つめ笑いかけてくる、その事にホッとしたのも束の間。ダンケの身体がゆらりと揺れそのまま前のめりに倒れてくる。その背中に矢が刺さっていた事に気が付きフリデリックは悲鳴を上げた。
ヴァーデモンド公爵も叫び一気に青ざめた顔で後ずさりをする。
「ダンケェ~! ダンケェ! 何故……」
名前を連呼するが、ダンケはピクリとも動かない。慌てて立ち上がり席を離れようとするフリデリックの腕が掴まれる。見るとレジナルドが腕を伸ばしフリデリックを捕らえている。
「彼は大丈夫だ。死んではいない。俺が見たところ眠っているだけだ」
「本当にダンケは無事なのですか?」
確認のために問うと、レジナルドは頷く。そこにはいつも自分を見守る家族としてのレジナルドの瞳があった。フリデリックの心も落ち着いていく。
「今あいつが何者かに傷を負わせるような事になったら面倒な事になる。
こういう形で止めたのだろう。
それより今はお前がすべき事をしろ! お前個人として、そして王族としてどうしたい?」
頭に手をやり身体を大きく揺らしながら『どういう事だ』『何故だ』と言葉を繰り返し混乱しているヴァーデモンド公爵に皆の注意が向いている中、レジナルドがそっとフリデリックに問いかけてくる。
『己が思うまま、信じる道を生きろ』
先日レジナルドがフリデリックに告げた言葉の意味を改めて考える。
「ほんとに何処まで貴方は浅はかで愚かなのか」
ヴァーデモンド公爵を嘲笑うキリアンの声が聞こえる。そのキリアンの瞳に、フリデリックへ向けられていた以上の憎悪の感情をフリデリックは見る。そんなキリアンを窘めレジナルドは、ダンケの後やってきた衛兵ダンケの手当を命じ下がらせる。
当然のようにレジナルドの命令のみ従う衛兵の様子で、もう元老院そのものがレジナルド勢力の手に落ちていることを、この議会にいるもの全員が察する。当然といったら当然だ、王国軍も含む議会の三分の二の勢力が手を組んだら、少数派となった側が敵う訳もない。ヴァーデモンド公爵派だった貴族も諂うような顔をレジナルドに向け始め、ますます孤立していく貴族主義者たちは、ただ汗を流すしかできなかった。
「ヴァーデモンド公爵、どうぞ落ち着かれ下さい。顔色も悪いようですから、椅子におすわりになった方が良いのかもしれませんね」
バラムラスがヴァーデモンド公爵に穏やかに声をかけ、王国軍の部下に命じて席につかせる。
「貴様、こんな真似して、タダで済むとは思うなよ!」
バラムラスの言葉に我に返ったのか、まだそんな事を言う公爵にバラムラスは苦笑し、肩を竦める。この状況で自分が出来る事はフリデリックが出来る事は一つだけ。静かに深呼吸をする。
「ヴァーデモンド公爵、ここは議会です。
建設的な話をしましょう」
静かなフリデリックの声が議会に響く。政敵であるバラムラス・ブルーム公爵を睨みつけていたヴァーデモンド公爵はハッとしてフリデリックに視線を向ける。
「貴方には感謝してきます。
今までも父を支えて下さった。
そして皆さんも、今までも国のために尽くしてくれた事、改めてお礼を言わせて頂きます」
ヴァーデモンド公爵は絶句し異様なものを見るかのようにフリデリックを見ている。
冷静にシッカリとした口調で語り出したフリデリックにクロムウェル侯爵の表情が安堵したものになる。
「いえ、それが我々臣下の勤め。これからも皆で貴方様、いえフリデリック王を支えていきますので貴方は今回の事に惑わされる事なく、どうか王としての道をお進み下さい」
遜った様子で頭を下げるクロムウェル侯爵にフリデリックは悲しげな笑みを向ける。
「王族の一員として私が最も望むのは、国の平和と政治の安定。それだけです。
求めるのも王位という地位でなく、国の平穏です」
フリデリックの言葉にクロムウェル侯爵は目を見開く。
「私は皆様のいう通り、若輩者ですし無能と言われても仕方ないでしょう」
「しかし、貴方は正当なる王! その権力と王として国を動かす力を持っています。
早まって馬鹿な決断をされないで下さい! 王として貴方が望む政治を行えば良いだけです」
叫び訴えるクロムウェル侯爵にフリデリックは柔らかい笑みを返した。そこには、先ほどまでの顔を青褪めさせ震えていた子供はいなかった。
「クロムウェル侯爵、私を現状を顧みず権力に固執し、国を分裂させるという馬鹿な真似させたいのですか? 私はそんな愚か者にはなりたくない」
ヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵がまだ気がついていない事をフリデリックは気が付いていた。ここでフリデリックがどう決断しても、レジナルドが王になる未来は変えられない。
フリデリックが彼らの要望を拒絶すれば少数派であるフリデリックとヴァーデモンド公爵派は力尽くで引き摺り下ろされるだけ。応じれば表向きは平和で世間にも混乱を見せない形でそれが行われる。
二択のようで、選択の余地はない。しかしアデレードとフリデリックにとってはその選択は大きな意味をもつ。その権利をフリデリックに与えてくれた事の意味。それこそがフリデリックが国の為に唯一出来る責務。国を蝕む要因と共にこの国の政治から去るという事がフリデリックに、与えられた役割。
フリデリックは深呼吸をして正面を向く。
「こちらの嘆願書、しかと読み潜考させて頂きました。
国を想い愛した者たちの想い胸に届いております。それを受けて、ここに私フリデリック・ベックバートは王位を退き、隣にいるレジナルド・ベックバートを後継者として任命する事を宣言します」
隣の従兄弟と視線を合わせ、目を伏せる。レジナルドはフリデリックを見つめ返し、ゆっくり頷き、立ち上がり胸に手をやりフリデリックに頭を下げる。
歓声とヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵の悲鳴の上がる中フリデリックは二つの書類にサインを入れた。その用紙が議長であるメクレンブルグ公爵の元に届けられ読み上げられ印が押される。
本日二度目の王の承認審議にかけられアデレード八代目国王が誕生した。
同時にフリデリックの王としての時間はあっけなく幕を閉じた。かくしてフリデリックは一刻も満たないという、アデレード史上最も短い在位を持つ人物という不名誉な記録をもつこととなった。
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72話で完結です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
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聖女は聞いてしまった
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そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。
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初期ステータスが0!かと思ったら、よく見るとΩ(オメガ)ってなってたんですけどこれは最強ってことでいいんでしょうか?
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気がついたらよくわからない所でよくわからない死を司る神と対面した須木透(スキトオル)。
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