愚者が描いた世界

白い黒猫

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~そして愚者は歩き出す~

6-6<新国王の誕生>

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 議長であるメクレンブルグ公爵の進行で会議は淡々と進んでいく。メクレンブルグ公爵は政治の方の中心であるヴァーデモンド公爵と軍事を担当するブルーム公爵家に次いでアデレードにおいての地位を持つが、良くいえば穏健派、悪く言えば日和見主義で自ら積極的に動く事をしないためにヴァーデモンド公爵、ブルーム公爵に比べ存在感はかなり薄い。議長であるものの、ボソボソとした喋りでその言葉は聞き取りにくい。しかし見事にまで形式に乗っ取った会議である為、そんな進行でも議会は問題なく進んでいく。ウィリアム王の死を悼み黙祷を捧げられ、続いて王妃によるただ形式通りに書かれた王位継承任命状が読み上げられ、それに対して皆の承認の意志を問う。
  恐ろしい程、淡々と王位継承の議題が進められていく事に、フリデリックは恐怖すら感じる。そしてフリデリックに対しての議題に関わらず、フリデリック自身の意見を一切求められる事もない。もともと王位継承権争いは最後の決議前に行われるものであるし、アデレードの王位継承の手順が複雑な事もおり、水面下で争いは行われることもあり議会の上であまりそこで揉めた事は少ない。戴冠式の直前に行われる承認の儀式はほぼ儀礼的なものでしかない。ましては今回対立候補がいない事で荒れる要素もないのだ。
  王族ということで隣に座るレジナルドとの距離は一尺程(一メートルちょっと)あり遠い。会議中なので話しかける事もできない。眼が合うと少し細められ、顎で会場の方を示される。『キョロキョロしてないで前を見ていろ』と言う事なのだろう。スムーズに進行していく議会で、言葉を発する者も極僅か。殆どの者が観劇してきるかのようにそのやり取りをみつめうっすら笑みを浮かべているか、ゆったりとやる気も感じられないような虚ろな様子で見つめている。フリデリックは皆のように笑みを浮かべることものんびりしていること出来るはずもない。そして視線をテーブルの上に下ろす。そこには、議会の前に渡された、王となった後にここでフリデリックが行う宣誓の文が書かれた紙がある。個性もなにもない、形式通りで何の熱い想いも感情も込められていないその文章。それを唱える自分を想像したくない。
  王ってそもそも何なのか? フリデリックは改めて考える。こんなにも誰がなっても構わない、誰であっても誰も気にしないそんな存在だったのか? フリデリックが求める王の姿はどういうものだったのか? 今、ここでは思い浮かべる事すらできない。
  議会の皆が突然拍手の音が沸き起こったことで、フリデリックはハッと顔を上げる。皆が立ち上がり笑顔でコチラを見ながら拍手をしている。それが決議によりフリデリックがアデレード七代目国王となった瞬間だった。ぼんやりとした顔で室内の人の顔を見つめるフリデリック。その皆の笑顔だけが浮き上がりお面のように見えてくる。ここにいる皆の心がまったく見えない。笑っている形なのに感情が見えない。ふと隣を見ると、レジナルドとブルーム親子は拍手をしておらず、ただ議会室を静かに眺めている。フリデリックの視線に気がついたようで、バラムラスと視線が合うと元帥らしい人懐っこい明るい笑みを向けてきた。普段なら嬉しい笑顔なのだが、今この状況でそのような表情されてもフリデリックは困ったような表情だけしか返せなかった。
  こういう時の拍手には何か回数が時間にルールがあるのだろうか? 同じタイミングでスッ皆がその手を止める。ただ一人を除いて。
  キリアン・バーソロミューだけが、あのフリデリックが苦手とする笑みを浮かべたまま拍手を続けている。同じ仮面のような笑みでも、そこに強い感情が見える。けっして悦びとか愉しさとかという良い感情ではない何かがその表情にはある。
  怪訝そうにするヴァーデモンド公爵の視線をうけキリアンはその笑みを深める。『失礼』と小さい声で告げ拍手をし続けていた手を止めフリデリックの方に改めて顔を向ける。
 「フリデリック陛下、この度は、ご即位おめでとうございます」
  キリアンは恭しい仕草のお辞儀をする。それは美しい上品な所作だが、フリデリックへの敬意を全く感じない。
 「早々で申し訳ありませんが、我々有志一同から陛下にはご検討していただきたき事案があります」
  今日は賓客も多く訪れていることもあり王位継承のみがその議題と聞いていたのでフリデリックは戸惑う。ヴァーデモンド公爵らも唖然とした顔をしているから、イレギュラーな事なのだろう。レジナルドは? と見るとキリアンを見て苦笑しているが不快な表情はしていなかった。その隣でブルーム親子は笑い、慌てるヴァーデモンド公爵を見つめている。
 「陛下! フリデリック陛下聞いておられますか?」
  キリアンの呼びかけにフリデリックは我に帰る。【陛下】という敬称に違和感しかない。
 「はい、しかし未熟な私に重大な事案に応えられるのでしょうか」
  フリデリックの言葉にキリアンは目を細め嬉しそうに笑う。猫科の動物が獲物をいたぶる時の表情に似ていて、フリデリックは若干の恐怖を覚える。
 「はい、寧ろ陛下にしか、出来ないこの国を救う重大な決断をして頂きたいのです」
 「バーソロミュー! 正気か? まだ戴冠式も迎えてないんだぞ!
  もし議会にのせたい議案があるなら、まず私を通せ! 私が吟味して議会にかけるかどうか決める」
  そう叫ぶヴァーデモンド公爵に、キリアンは優雅に頷く。
 「はい、近隣諸国からの賓客も出席する戴冠式前だからこそ議題に挙げさせてもらいました。時間がなく事前に公爵にご連絡せずに今発言している事についてはお詫びいたします。しかし、今、せねばならぬ重大な案件ですのでご理解して下さい」
  ここまで心が篭っていない【謝罪】の言葉もないだろう。自分に忠実な存在と思っていたキリアンの行動に動揺の方が強いのか口をパクパク動かすが言葉はない。キリアンはそれでヴァーデモンド公爵との会話は終わりとばかりに視線を外し、議会秘書を呼ぶ。手元にあった書類を議長に渡すように命じる。手にした書類を見て目を見張った議会秘書は議長にその書類を渡す為に駆け足で移動した。議長を務めるメクレンブルグ公爵もその書類を見て驚愕の表情を浮かべ一枚一枚震える手で捲り、視線を並んで座るブルーム公爵、ヴァーデモンド公爵、フリデリック王、レジナルド王弟子の間を忙しく動かす。議会に緊張した時間だけが流れる。
 「何がその紙に書かれておる!」 
  クルムウェル侯爵が耐えきれずそう叫ぶと、メクレンブルグ侯爵は身体をビクリと震わせる。
 「フリデリック王の退位を求める嘆願書でございます。元老院議員合わせて百十一名の署名の入った」
  フリデリックは言われた事の意味が分からず固まる。
 「…………何と……今、言われました?」
  聞き返すフリデリックに畏まったようにメクレンブルグ公爵は頭を下げ同じ言葉を繰り返す。元老院の議員は現在ある一定以上の役職にあるもの及び爵位をもつ家の代表百七十五名から構成されている。王と国政の補佐機関であると同時に王と同格の権力をもつ。元来は王と国民が対等に国を築く為のシステムであり、同時に両者の暴走を止める役割も担ってきた。
  嘆願書といえばそう大した力を持たぬように思えるが、百名を越す署名が付いている事の意味が大きすぎた。元老院で意思決定権をもつ人物の半数を遥かに超える者が、フリデリック退位を望んでいるという事になる。
 「ば、馬鹿な! バーソロミュー! 目をかけてやったのに! 裏切りおって! 恩知らずがぁー!」
  真っ赤な顔をしたヴァーデモンド公爵にキリアン冷たい笑みを返す。
 「裏切る? 私は自分のすべき事をしているだけです。侯爵家として国に民に仕えるのが私の課せられた責務。
  今回の事も叛意ではなく、国を愛するからこその行動です。私のその熱き想いに同意し同じ想いをもつ者が多かったからこそ、百十名を超える者が署名して頂きました。コレは元老院議員の総意といっても過言ではない事案なのです。ご理解していただけないでしょうか」
  その言葉に先ほどの儀礼的なものとは違った熱のある拍手が沸き起こる。
  ヴァーデモンド公爵は席を立ち議長席まで荒々しい足取りで歩み寄りその書類を取り上げる。それをブルブルと震える手で睨むように見つめ、その視線をそのまま末席に座るある人物へと向ける。「やはり貴様か! あの時情けをかけてやったのに。やはりお前も処刑しておくべきだった」
  視線の先にいたテリー・コーバーグは、怒りで鬼のような形相となっているヴァーデモンド公爵に静かな視線を返すだけだった。憐れむようなその瞳にヴァーデモンド公爵の中で更に怒りが込み上がって来たのか、ますます顔を赤くする。
 「こんなもの認める理由にはいかない!」
  そう高らかに宣言し書類を破こうとするが、上質でしかも束ねられている紙を裂くのは普通の腕力でできる事ではない。
 「ヴァーデモンド公爵、元老院をずっと守って来られた貴方が、元老院法を軽視なさる行為を行うのですか?」
  バラムラスがやんわりと注意する。
  これほどの署名のついた嘆願書を個人的に破棄すると言うことは、元老院制を否定し自ら元老院にいる資格を放棄することとなる。
  議会秘書はそっと公爵からその書類を取り上げる。議長の指示でその束はフリデリックの元に届けられる。
  未だに状況が理解出来ないフリデリックはその書類をジックリ読んでいくことで皆の意図が見えてくる。しかしそれを理解したからフリデリックの気持ちは整理されスッキリするのではなくより衝撃を深めるだけだった。
 「ヴァーデモンド公爵は慣例を大切にされる気持ちは分かりますが、今大陸そのものが非常に不安定な情勢であり、そのことヴァーデモンド公爵にとっても大きな懸念材料となっているのではないでしょうか?
  連合軍の脅威だけでなく、同盟国にしても色々油断ならぬ動きをみせております。そんな不安定な状況下の国の舵取りをフリデリック王に出来るのか不安ではないのですか?」
  キリアンの言葉に会場中から『まさにその通り!』『我々に弱き王はいらない!』と同意の声が次々とあがる。
  フリデリックが書類をみて衝撃だったのは署名欄。最初に発起人であるキリアン・バーソロミューの名がある事とは当然なのだろうが、二番目に書かれているのがテリーの名前だった事。そしてそのまま反元老院側である王国軍所属の貴族の名前が並ぶのならまだ理解もできたが、その後続くのは元老院側と言われる人が並び後半からやっとブルーム公爵やミュラーなど王国軍の人間の名前が出てきて続いていく。ブルーム公爵側ではなく、ヴァーデモンド公爵派の者が分裂し立ち上がり団結し作成された嘆願書という事となる。と言うよりキリアンとテリーが組んですすめた案件。対立し合う二人が何故協力しあったのか? そこにもフリデリックは動揺する。嫌われている人からの否定より、慕っていた人からの否定は、ここ数日で疲労困憊しきっていたフリデリックの心をズタズタにした。
 「た、退任をすぐ願うなら何故承認した!」
  クロムウェル侯爵は叫ぶ。
  書類を読み先にその意味を理解していたフリデリックは目を閉じ、拳を握り締め返事の言葉を待つ。
 「それは我々には、王の任命権がないからです。だからこそフリデリック王にその大切な仕事をして頂きたいのです。
  この国で最も王に相応しいレジナルド閣下を後継者として任命して頂きたい」
キリアン・バーソロミューはよく通る声でそう告げ、ニイッと笑った。
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