愚者が描いた世界

白い黒猫

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~見えてきたのは~

5-10 <見ていなかった風景>

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 重苦しい空気の中では時間はひどく曖昧に不規則なテンポですぎていく。
 丸一日待っているような気もしたし一時間も経ってないような感じで、その時のフリデリックの時間に対する感覚は完全に崩壊していた。
  扉が開き、『一命は取り留めた』という医師の言葉を聞きフリデリックはホッとしたものの、その後通された寝室で見た顔色も白く視線の合ってない痴呆症の患者のような表情の父親の姿に愕然とするしかなかった。
  呼びかけるがゆるく瞳を動かすが、家族の声に応える様子もなくただ『ア~』とか『ウ~』いった声を時々喚くだけ。誰も目からみてもそれはもう人の理性を持ち合わせていない存在だった。
  医師の話では元通りになるどころか、今の状態では命を維持するだけの栄養と水分を摂取するのが難しく、一週間以上生きる事は出来ないだろうという事だった。
  結局、公式には『王は無事意識を取り戻した。大事をとってしばらく療養する』とだけ発表することにして、真実は伏せられた。
  フリデリックは日に日に目に見えて窶れていく父を見て溜息をつく。元々ふくよかだったウィリアム王だったが丸かった身体はみるみる萎むように小さくなっていく。
  王の一大事だというのに、この部屋を訪れるのは医師とフリデリックくらいである事実にもフリデリックは溜息をつく。
 王妃と元老院はフリデリックを王として祀り上げ新体制を作り上げる準備に忙しそうだ。
 そして王の死のタイミングも元老院の都合に合わせて発表するつもりだろう。
 フリデリックはというと、周囲に王が危篤状態であることを隠す為に通常通りの行動を義務つけられる。父が療養中ということでフリデリックまでもが王宮を離れる訳にもいかず、講師を招いての講義中心の生活を過ごしている。
  一週間持たないと言われたウィリアム王だったが十日を過ぎてもまだ息はしていた。
 喉から無理矢理水分と栄養を取らされ生きている父親は、もう人ではないものとなっていた。
 とはいえ、その状態でも生きているという事でフリデリックは守られている事実にも気づかされる。
 ウィリアムが王である間は、まだ王子でいられる。その事に今は救われていた。
  今日は剣技の授業。そこでフリデリックはテリーに合い今後の事も含めて相談したい縋りたい、そう思い向かった修練室でフリデリックを迎えたのはナイジェル・ラヴァティだった。
 「ナイジェル殿、こんにちは。
  ……あのテリーは?」
  戸惑いの表情を見せるフリデリックにナイジェルは明るい笑みを返す。
 「申し訳ありません、コーバーグは連合軍が怪しい動きがあるという事で国境の方に向かっておりまして」
  あからさまに落胆した様子のフリデリックに苦笑する。
 「私ではご不満かもしれませんが、今日は心を込めて教授させていただきます」
 「宜しくお願いします」
  フリデリックは申し訳ない気持ちになりつつ、テリーの予定をさり気なく聞いてみるが、『それは連合の動き次第という所があるので何ともいえない』という答えが返ってきて気抜けしてしまう。
  そしてもう一人今対話したい相手グレゴリーの講義も、グレゴリーの兄でもあるクロムウェル侯爵も訪れた事で、二人で話す事も出来なかった。
 そしてクロムウェル侯爵の言葉から、自分にいよいよ王としての地位が重くのしかかってきている現状に息が詰まってくる。
 同時に王が倒れていても誰も困っておらず、何の問題もなく国が回っているという事実にも怖くなる。
  今のフリデリックに出来る事は、一日でも長く父に生きてもらう事を祈るだけだった。
 一日訃報が届かなかった事に感謝しつつ、明日の事を祈る。
 しかしそんな日々が永遠に続く訳もなく、父が倒れて二十七日後の深夜、父の死がフリデリックに伝えられた。
  そしてフリデリックの人生で最も苦悩に満ちた孤独な時間が始まる事となった。

    ※   ※   ※

 口さがない友人によく言われるのは【あそこで上手く立ち回れば未だ王で悠々自適な生活していたのに。惜しかったな。後悔していないのか?】という言葉。その言葉に私は苦笑しながら頭を横にふり『今のこの国の状況を見ればわかるだろう? それが全ての答えだ』と応えている。
  私が後悔することがあるといえば、もっと前に自分がちゃんと国の状況に気付き行動すべきだった。家族とちゃんと向き合って対話できていたら、母と姉の愚かで痛ましい運命を回避できていたのではないか? という事。
  あの日々の中でもう一つ後悔があるとしたら、父の倒れた日の自分が周囲を見なかった事。
 『顔を上げてください。どんな未来が来るかを見極める為にも今をしっかり見て』
  テリーが私に告げたあの言葉、その後の自分への言葉ではなく、あの瞬間に対して言われた言葉だったと今だったら分かる。あの時顔を上げ周りを見ていたら、自分の運命は変わったとは思わないが、あの時自分はあの部屋にいた皆の姿を見るべきだった。
  あの時テリーが見て感じた光景、自分にはその半分も意味は分からなかったかもしれないがちゃんと見るべきだった。何故テリーが私を抱きしめる腕に力を込めたのか? その後一切の表情を消した人形のような貌で何を思っていたのか? それをちゃんと感じ見るべきだった。
  私の甘えの部分が一番強く出してしまった事で、私はあの瞬間、私がすべき事を放棄してしまった。私が自身で動き、決断すべき問題を人任せにした事が私の罪。結局は父と変わらぬ愚か者だったというべきだろう。
  私は未だに自分が生きながらえている事の意味を自分に問い続けている。生かされた事の答えを未だに求め続けていて、そしてその解は未だに出ていない。
             ――――フリデリック。ベックバード 六十七歳の時の日記 より ――――

 フリデリック大公は日記でこの時代の事をこのように振り返っている。
  しかし、あの時十四歳の少年に何が出来たのか? あの時代の彼が唯一出来て、すべき事は父親のダイエットだったのかもしれない。ウィリアム王は不健康な食生活の結果中途半端な時期に倒れ、家族皆に過酷な人生を負わせることとなった。
 【驕慢の奢侈王太后】【血塗れの残虐姫】【愚かな軟弱王子】
  ここまで酷い二つ名を持つ王族一家もいないのかもしれない。【アデレードの黄金の槍】と言われたレジナルドとは大違いである。自業自得な王太后は兎も角、純粋故に苦悩したフリデリック王子と、実直ゆえに暴走したエリザベス姫。十四歳と十六歳の子供が、あの当時の狡猾な元老院の大人達相手に何ができたのか? 同世代でいながらあれだけ世界への影響力と実行力をもつテリー・コーバーグという人物の存在こそが異常であったというべきかもしれない。
  そして家族が悲惨な道をたどる状況を作り上げた元凶というべきウィリアム王は、何の咎を受けることもなく、彼自身は長くはないにしても平和で幸せな一生をおくっていたというのも皮肉なものである。そしてウイリアム王の積上げた罪は全て、息子であるフリデリックが引継ぎ背負い受け入れた。フリデリック大公はつくづく損な性分なのかもしれない。
                ――――ウォルフ・サクセン 手記より――――

 ★   ★   ★

~5章完~

 五章の主な登場人物
フリデリック・ベックハード
 アデレード王国の王子 十三歳 第一王位後継者
  後生の人に『フリ(愚か者)』の名で呼ばれる

 テリー・コーバーグ
 アデレード王国軍の連隊長
  金環眼をもつレジナルドの部下
  フリデリックの剣術の講師

グレゴリー・クロムウェル
 フリデリック王太子の史学の教師 

レジナルド・ベックハード
 アデレード王国の王弟子 二十六歳
  フリデリックの尊敬する従兄弟
  王国軍 金獅子師団師団長 上級大将 金彩眼をもつ
 第二王位後継者

ウィリアム・ベックバード
 アデレード王国の国王
  フリデリックの父親

エリザベス・ベックバード
 アデレード王国の姫
  フリデリックの姉 十八歳

バラムラス・ブルーム
 王国軍 元帥 公爵家

レゴリス・ブルーム
 王国軍 紫龍師団師団長 上級大将
  レジナルドの親友 バラムラスの息子

キリアン・バーソロミュー
 元老員議員 按察官 伯爵家 二十一歳

ダンケ・ヘッセン
 フリデリック王太子近衛隊長 二十九歳

ナイジェル・ラバティー
 アデレード王国軍の連隊長
  フリデリックの兵法の講師
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