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~巣の外の世界~
4-5 <真の勇者>
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兵法の授業においては、他の科目と同じように優秀な生徒であったフリデリックだが、実技を伴う剣術においては情けないほど劣等生だった。内向的な性格な上に運動神経が鈍いために、かなり残念な状態になっていた。
同じ実技であっても、馬術やダンスは寧ろ品のある動きを褒められる程のレベルまで出来るのだが、剣術は武術であることから人を攻撃するといった要素がどうしようもなくフリデリックの性質とあってないのだ。
流石に一月たち、最初にならった剣を抜きそれを左右に振り下ろしてから鞘に収めるという動作は問題なく出来るようになったが、木刀で人形を殴ったり藁の束を斬りつけたりといった動作をしていると、どうしてもへっぴり腰になるのだ。
ましてはテリーが打ち付けてくる剣を受けるのも、フリデリックにとってはかなりの威圧感と怖さがある。
テリーとしてはかなり配慮してフリデリックを傷つけないように気を遣ったその訓練も、后である母からしてみたらとんでもない状況だったようだ。たまたま目撃したことで、テリーを解任しろという騒ぎまで起こり大変な事になった。そういった事もあり、テリーからしてみてもかなり扱いに困る生徒なのだろう。
逆にテリーに対して斬りかかる訓練を始めたが、フリデリックが人に向かって木刀であっても振り下ろすということを躊躇うために、成長が殆どみられない訓練の日が続いていた。
授業が終わり、修練場の隣の庭園のバルコニーでフリデリックはテリーとともにテーブルでお茶を飲みながら休んでいた。
「先日、ナイジェル殿からゼルフィアでの戦いについて教えて頂きました」
テリーは口角をあげ笑うような表情だけを返すが、何も言わなかった。
「あんな戦術を思いついて、戦われるとは感動してしまいました。やはり貴方は凄い方なのですね。私だったら、何も出来ずただ、逃げ出す事しか出来ないでしょう」
その言葉にテリーは、小さく頭を横にふる。
「別に私は、取り立てて偉い事をしたつもりはありません。大切な人を守りたい、国を守りたいと思う事は普通の事でしょうに。貴方はそうではないのですか?」
テリーの言葉にフリデリックは、思わず動きを止めてテリーの顔をまじまじみてしまう。
「それは思います。でも私には何の力もない。守る事も戦う事もできない」
フリデリックはその言葉を本気で言ったのだが、テリーは大きな溜息をつく。
「それこそ私も何も力などありません。受刑者でしたし、子供です。でも戦わねばならぬ理由がそこにあったから私は戦いました。貴方は王族です。しかも次期王となるお方だ。だからこそ私よりも、戦うべき理由も大きいのではないですか? 私よりも守らねばならぬもの、導かねばならものがあるのではないですか?」
その言葉にフリデリックは言葉につまる。
「王族であるなんて事は、何の意味もない。敵から民を守る事も、ましては敵を倒すことも。だから何もできない」
そう弱々しく言葉を返すフリデリックを、テリーは痛ましそうに見つめる。フリデリックはこの時ほど自分が情けないと思った事がなかった。『聡明だ!』 、『王子様』ともてはやされているものの、自分は民の為に何もすることのできない単なる一人の弱い子供でしかないと。
「ならば、何のために剣を私から学んでいるのですか? 何を守るために、そして何と戦うために?」
その言葉に、フリデリックは深く悩む。
(戦う? マギラやアラゴールと戦うために? 自分が?)
なんとも気不味い沈黙が降りる。
「フリデリック王子、お久しぶりです」
微妙な空気を破るように、明るい声が庭園に響く。颯爽と若者二人がフリデリックに近づいてくる。二人を止めようとダンケが動くが、フリデリックは不要と仕草で示す。
黒い髪と瞳の人物がフランクリン・バードと茶髪に鳶色の瞳の人物がリチャード・セイルである。
その二人は名家の子息であることから、フリデリックの友人としての選ばれている人物で、討論の授業を一緒に行ったり、馬術の授業で共に遠出したりといった感じで付き合っていきている。とはいえ、年齢も彼らの方が高いことと、フリデリックが内向的な性格であることからそういった状況以外で会話した事があまりない。
「サー・テオドール・コーバーグ、初めまして」
そう話しかけてくるフランクリンに、テリーは困った表情を示す。テリーが多くの功績からナイトの称号を受けるという話を聞いていたので、早くもそう呼ばれているようだ。
実のところ、功績だけでなく金環の眼を持つその存在をアデレードが手中にしているという事を対外的に示すための王国軍の思惑と、フリデリックの講師を務める人物へ箔をつけたいという元老員の狙いがあっての事。それらを全て理解しているだけに、テリーとしてもそういう表情しか出来ない。
「ただ、コーバーグとだけ呼んで頂ければ」
丁寧だがやんわりとそのような言葉をテリーは返す。
「お二人とも、どうして今日はコチラに?」
フリデリックの問いに、二人は顔を見合わせ、テリーに視線を投げる。
「あの、コーバーグ殿に是非お会いしたくて」
確かに二人がフリデリックに会いに来ることが今までなかっただけに、フリデリックは納得する。テリーは口角をあげる。
「貴方の活躍知り、俺達、感動しております」
いつも斜に構えた感じで、フリデリックと異なり大人な雰囲気をもつ二人の目が子供のように輝く。テリーは二人よりも年齢も低いのに関わらず冷静で大人びた視線を返す。
「それで、俺達も王国軍で戦いたいのです! 貴方様からレジナルド様に口利きいただけないでしょうか? 剣も得意です。絶対活躍してみせます」
確か二人は今年で十九歳になったはず。中央で文官の職に代々ついてきた家に育った二人の口からそんな言葉が出てきた事にフリデリックは驚く。
テリーをチラリとみると、柔らかい笑みを浮かべているものの、どこか悲しげな表情である。
「私のような若輩者が、レジナルド様に人事の事など口出しする事など出来ません。でも王国軍の勇者に会わせて差し上げる事は出来ます。そこでお二人の意志を改めて示して頂くという感じでよろしければ」
柔らかい口調でそう言うテリーに二人が無邪気に喜ぶ。テリーはそんな二人を冷静な視線で眺めた後に、フリデリックの方に向き直る。
「フリデリック様にも、是非ごお会いして頂きたい、一緒に行かれませんか?」
テリーの提案にフリデリックは驚くが、テリーが王国軍の勇者と呼ぶ人物に会いたいと想い頷く。
※ ※ ※
近衛のダンケら数人を伴い、テリーに導かれ四人は街方面へと移動する。王国軍司令室の方に向かうと思っていたがフランクリンとリチャードも不思議な顔をする。テリーはフードつきのマントを被る。街の者が皆テリーの姿をみとめ笑顔を返していく。それに穏やかな笑みで応えながらテリーは街の西へと向かう。街の西の外れにある建物に迷う事もなくテリーは入っていく。いつも馬車で通り過ぎるだけの街を実際に歩くことができ、フリデリックは一人キョロキョロと視線を走らせ、活気に満ちた市井の人々の姿を楽しんでいた。人々が楽しそうにしているその平和な様子がフリデリックには溜まらなく嬉しかった。テリーは人々に話しかけられ挨拶を返すものの、足を止める事はなくまっすぐと目的の場所を目指しているようだった。テリーは大きな青い塔のついた大きな建物へと入っていく。
その建物は西の教会。アルバートには教会が4つある。中央エリアにある王族や貴族が利用するものが東西に二つ。城下町に一般国民が利用する教会が東西に二つ。東にある教会と西にある教会は同じ神を奉っているモノだがその役割は大きく異なる。生命の源である太陽が東から昇り西に沈んでいくように。この世界でも人は東で生まれ、西で死んでいく。出産、洗礼、結婚を司る東の教会、そして死を司るのが西の教会。
その教会の棟の下に併設された病院のある一画へとテリーは皆を誘う。戸惑う皆も、恐る恐るその部屋に入り思わずそこに広がっている光景に身体をすくませる。多くの人物がその部屋にあるベッドに横になっている。しかしそこにはまともな人間の姿をした人物は居なかった。 体中が火傷を負ってるのか、体液で汚れた包帯で全身覆われたもの。頭があり得ない形で歪んでいるもの。手や足がないもの。そういった者達が苦痛に顔を歪めうめいている。皆に共通して感じるのは、彼らの寿命はもう長くないであろうという事。西の教会にいるというのはそういう事なのである。
「コチラにいる人は、皆アデレードの為に勇敢に戦った真の英雄です」
テリーは、呆気に取られている三人に静かにそう説明する。
そんな異様な光景の中テリーはフードを外し静かに奥にへと一人進んでいってしまう。両足の無い男突然に大声で喚き始める、テリーはその男にそっと近づきその男の頭を静かに撫でる。あれ程暴れるように動いていたその男はとたんに静かになり、安らいだ表情になり眠り始める。テリーは声をかけるわけでも労りの言葉をかけるわけでもないが、ただ優しく撫で見守るという感じで、重体の患者の中を移動していく。まるで癒しの天使のようにも見えた。その光景を見惚れるには、回りの風景が生々しすぎた。フリデリックはただ呆然とその光景のすべてを眺める。室内はなんとも生臭い気持ち悪い匂いに満ちていて、その匂いに酔いそうになる。
「ウグ」
隣にいたフランクリンは口を押さえ部屋を飛び出していく。悲惨な光景に吐き気を催したようだ。リチャードはフリデリックの隣で青い顔しながら病室を眺めていた。
ダンケは流石に顔色も変えずその状況を冷静に見ている。そしてフリデリックに気遣うように視線を向けた。
「フリデリック様、大丈夫ですか? 外に出られますか?」
その言葉に、フリデリックは首を横に振る。ゆっくり部屋に入っていき、一人一人の惨状をジックリと見つめていく。彼らは何を今思っているのだろうか? 近くを歩くフリデリックの姿すら見えていないようだ。戦場から戻ってきてなお、まだ激痛と死と戦っている。そんな彼らに言葉をかけることも、何もできずフリデリックは息を顰めながら静かに歩いていった。目を背けたい光景だけど、背けたら駄目だと言い聞かせる。これが戦術の授業で学んだ戦いの結果の一つであると、フリデリックは実感する。そして先程のテリーの言葉を考える。
『貴方は何を守りたいのか? 何のために剣をもつのか?』
ふと、視線を感じその方向を見ると、テリーがジッとフリデリックを静かな瞳でコチラを見つめていた。
同じ実技であっても、馬術やダンスは寧ろ品のある動きを褒められる程のレベルまで出来るのだが、剣術は武術であることから人を攻撃するといった要素がどうしようもなくフリデリックの性質とあってないのだ。
流石に一月たち、最初にならった剣を抜きそれを左右に振り下ろしてから鞘に収めるという動作は問題なく出来るようになったが、木刀で人形を殴ったり藁の束を斬りつけたりといった動作をしていると、どうしてもへっぴり腰になるのだ。
ましてはテリーが打ち付けてくる剣を受けるのも、フリデリックにとってはかなりの威圧感と怖さがある。
テリーとしてはかなり配慮してフリデリックを傷つけないように気を遣ったその訓練も、后である母からしてみたらとんでもない状況だったようだ。たまたま目撃したことで、テリーを解任しろという騒ぎまで起こり大変な事になった。そういった事もあり、テリーからしてみてもかなり扱いに困る生徒なのだろう。
逆にテリーに対して斬りかかる訓練を始めたが、フリデリックが人に向かって木刀であっても振り下ろすということを躊躇うために、成長が殆どみられない訓練の日が続いていた。
授業が終わり、修練場の隣の庭園のバルコニーでフリデリックはテリーとともにテーブルでお茶を飲みながら休んでいた。
「先日、ナイジェル殿からゼルフィアでの戦いについて教えて頂きました」
テリーは口角をあげ笑うような表情だけを返すが、何も言わなかった。
「あんな戦術を思いついて、戦われるとは感動してしまいました。やはり貴方は凄い方なのですね。私だったら、何も出来ずただ、逃げ出す事しか出来ないでしょう」
その言葉にテリーは、小さく頭を横にふる。
「別に私は、取り立てて偉い事をしたつもりはありません。大切な人を守りたい、国を守りたいと思う事は普通の事でしょうに。貴方はそうではないのですか?」
テリーの言葉にフリデリックは、思わず動きを止めてテリーの顔をまじまじみてしまう。
「それは思います。でも私には何の力もない。守る事も戦う事もできない」
フリデリックはその言葉を本気で言ったのだが、テリーは大きな溜息をつく。
「それこそ私も何も力などありません。受刑者でしたし、子供です。でも戦わねばならぬ理由がそこにあったから私は戦いました。貴方は王族です。しかも次期王となるお方だ。だからこそ私よりも、戦うべき理由も大きいのではないですか? 私よりも守らねばならぬもの、導かねばならものがあるのではないですか?」
その言葉にフリデリックは言葉につまる。
「王族であるなんて事は、何の意味もない。敵から民を守る事も、ましては敵を倒すことも。だから何もできない」
そう弱々しく言葉を返すフリデリックを、テリーは痛ましそうに見つめる。フリデリックはこの時ほど自分が情けないと思った事がなかった。『聡明だ!』 、『王子様』ともてはやされているものの、自分は民の為に何もすることのできない単なる一人の弱い子供でしかないと。
「ならば、何のために剣を私から学んでいるのですか? 何を守るために、そして何と戦うために?」
その言葉に、フリデリックは深く悩む。
(戦う? マギラやアラゴールと戦うために? 自分が?)
なんとも気不味い沈黙が降りる。
「フリデリック王子、お久しぶりです」
微妙な空気を破るように、明るい声が庭園に響く。颯爽と若者二人がフリデリックに近づいてくる。二人を止めようとダンケが動くが、フリデリックは不要と仕草で示す。
黒い髪と瞳の人物がフランクリン・バードと茶髪に鳶色の瞳の人物がリチャード・セイルである。
その二人は名家の子息であることから、フリデリックの友人としての選ばれている人物で、討論の授業を一緒に行ったり、馬術の授業で共に遠出したりといった感じで付き合っていきている。とはいえ、年齢も彼らの方が高いことと、フリデリックが内向的な性格であることからそういった状況以外で会話した事があまりない。
「サー・テオドール・コーバーグ、初めまして」
そう話しかけてくるフランクリンに、テリーは困った表情を示す。テリーが多くの功績からナイトの称号を受けるという話を聞いていたので、早くもそう呼ばれているようだ。
実のところ、功績だけでなく金環の眼を持つその存在をアデレードが手中にしているという事を対外的に示すための王国軍の思惑と、フリデリックの講師を務める人物へ箔をつけたいという元老員の狙いがあっての事。それらを全て理解しているだけに、テリーとしてもそういう表情しか出来ない。
「ただ、コーバーグとだけ呼んで頂ければ」
丁寧だがやんわりとそのような言葉をテリーは返す。
「お二人とも、どうして今日はコチラに?」
フリデリックの問いに、二人は顔を見合わせ、テリーに視線を投げる。
「あの、コーバーグ殿に是非お会いしたくて」
確かに二人がフリデリックに会いに来ることが今までなかっただけに、フリデリックは納得する。テリーは口角をあげる。
「貴方の活躍知り、俺達、感動しております」
いつも斜に構えた感じで、フリデリックと異なり大人な雰囲気をもつ二人の目が子供のように輝く。テリーは二人よりも年齢も低いのに関わらず冷静で大人びた視線を返す。
「それで、俺達も王国軍で戦いたいのです! 貴方様からレジナルド様に口利きいただけないでしょうか? 剣も得意です。絶対活躍してみせます」
確か二人は今年で十九歳になったはず。中央で文官の職に代々ついてきた家に育った二人の口からそんな言葉が出てきた事にフリデリックは驚く。
テリーをチラリとみると、柔らかい笑みを浮かべているものの、どこか悲しげな表情である。
「私のような若輩者が、レジナルド様に人事の事など口出しする事など出来ません。でも王国軍の勇者に会わせて差し上げる事は出来ます。そこでお二人の意志を改めて示して頂くという感じでよろしければ」
柔らかい口調でそう言うテリーに二人が無邪気に喜ぶ。テリーはそんな二人を冷静な視線で眺めた後に、フリデリックの方に向き直る。
「フリデリック様にも、是非ごお会いして頂きたい、一緒に行かれませんか?」
テリーの提案にフリデリックは驚くが、テリーが王国軍の勇者と呼ぶ人物に会いたいと想い頷く。
※ ※ ※
近衛のダンケら数人を伴い、テリーに導かれ四人は街方面へと移動する。王国軍司令室の方に向かうと思っていたがフランクリンとリチャードも不思議な顔をする。テリーはフードつきのマントを被る。街の者が皆テリーの姿をみとめ笑顔を返していく。それに穏やかな笑みで応えながらテリーは街の西へと向かう。街の西の外れにある建物に迷う事もなくテリーは入っていく。いつも馬車で通り過ぎるだけの街を実際に歩くことができ、フリデリックは一人キョロキョロと視線を走らせ、活気に満ちた市井の人々の姿を楽しんでいた。人々が楽しそうにしているその平和な様子がフリデリックには溜まらなく嬉しかった。テリーは人々に話しかけられ挨拶を返すものの、足を止める事はなくまっすぐと目的の場所を目指しているようだった。テリーは大きな青い塔のついた大きな建物へと入っていく。
その建物は西の教会。アルバートには教会が4つある。中央エリアにある王族や貴族が利用するものが東西に二つ。城下町に一般国民が利用する教会が東西に二つ。東にある教会と西にある教会は同じ神を奉っているモノだがその役割は大きく異なる。生命の源である太陽が東から昇り西に沈んでいくように。この世界でも人は東で生まれ、西で死んでいく。出産、洗礼、結婚を司る東の教会、そして死を司るのが西の教会。
その教会の棟の下に併設された病院のある一画へとテリーは皆を誘う。戸惑う皆も、恐る恐るその部屋に入り思わずそこに広がっている光景に身体をすくませる。多くの人物がその部屋にあるベッドに横になっている。しかしそこにはまともな人間の姿をした人物は居なかった。 体中が火傷を負ってるのか、体液で汚れた包帯で全身覆われたもの。頭があり得ない形で歪んでいるもの。手や足がないもの。そういった者達が苦痛に顔を歪めうめいている。皆に共通して感じるのは、彼らの寿命はもう長くないであろうという事。西の教会にいるというのはそういう事なのである。
「コチラにいる人は、皆アデレードの為に勇敢に戦った真の英雄です」
テリーは、呆気に取られている三人に静かにそう説明する。
そんな異様な光景の中テリーはフードを外し静かに奥にへと一人進んでいってしまう。両足の無い男突然に大声で喚き始める、テリーはその男にそっと近づきその男の頭を静かに撫でる。あれ程暴れるように動いていたその男はとたんに静かになり、安らいだ表情になり眠り始める。テリーは声をかけるわけでも労りの言葉をかけるわけでもないが、ただ優しく撫で見守るという感じで、重体の患者の中を移動していく。まるで癒しの天使のようにも見えた。その光景を見惚れるには、回りの風景が生々しすぎた。フリデリックはただ呆然とその光景のすべてを眺める。室内はなんとも生臭い気持ち悪い匂いに満ちていて、その匂いに酔いそうになる。
「ウグ」
隣にいたフランクリンは口を押さえ部屋を飛び出していく。悲惨な光景に吐き気を催したようだ。リチャードはフリデリックの隣で青い顔しながら病室を眺めていた。
ダンケは流石に顔色も変えずその状況を冷静に見ている。そしてフリデリックに気遣うように視線を向けた。
「フリデリック様、大丈夫ですか? 外に出られますか?」
その言葉に、フリデリックは首を横に振る。ゆっくり部屋に入っていき、一人一人の惨状をジックリと見つめていく。彼らは何を今思っているのだろうか? 近くを歩くフリデリックの姿すら見えていないようだ。戦場から戻ってきてなお、まだ激痛と死と戦っている。そんな彼らに言葉をかけることも、何もできずフリデリックは息を顰めながら静かに歩いていった。目を背けたい光景だけど、背けたら駄目だと言い聞かせる。これが戦術の授業で学んだ戦いの結果の一つであると、フリデリックは実感する。そして先程のテリーの言葉を考える。
『貴方は何を守りたいのか? 何のために剣をもつのか?』
ふと、視線を感じその方向を見ると、テリーがジッとフリデリックを静かな瞳でコチラを見つめていた。
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