愚者が描いた世界

白い黒猫

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~巣の外の世界~

4-4 <兵法の世界>

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 元々学ぶという事は好きなために、フリデリックは講義が増えるという事自体は苦痛でもなく寧ろ面白かった。実技を伴うテリーの剣術以外を除いての話ではあるが。身体を動かすことが苦手な内向的な性格にはどうしようもなく剣術というものがあってないのだ。一向に低いところで成長を見せないフリデリックにテリーも困っているというのが正直な感想だろう。
  兵法の方は戦術をナイジェル・ラヴァティが、戦史をガイル・ウィロウビーという感じで分担することになったようだ。しかし今はガイルが国境の警護に向かっているようで、最近はナイジェルが一人で兵法を教えている
「兵法において、最も負けないですむ方法っておわかりですか?」
  ナイジェルの唐突の質問に首をかしげるフリデリック。
 「え、相手よりも優位な環境を作るという事ですか」
  ナイジェルは、男らしい顔に爽やかな笑みをうかべ頷く。
 「ま、言ってしまえばそうなるでしょう。一番いいのは戦わないこと。その為には戦うことが無駄と相手にしらしめるそれに限るでしょう」
  そう、今のアデレードの防衛の仕方でもある。圧倒的な軍事力をもつことで敵を牽制してきた。外交による力も大きいが、それが他国から侵攻をうける事が殆どない大きな理由でもある。先日の授業でそう学んだ事をフリデリックは思いだす。
 「兵法において、奇跡というものが期待してはいけません。基本は相手よりいかに優位な環境で戦うかという事になります」
  フリデリックは真っ直ぐにナイジェルの顔を見つめ、言葉に一心に耳を傾ける。
 「相手よりも多くの兵力と武力を用意する。それが出来なければどうするのか? 分かりますか」
  フリデリックは静かに考え首をふる。
 「分かりません。何だかの戦術を講じて戦うしかないということですよね」
  ナイジェルは苦笑する。
 「ま、相手もそれなりの戦術を講じてきますから、それを上回る事を考えないといけないわけです。そうですね、先日のゼルフィアの防衛戦を例に考えてみましょうか。アレは兵法の考え方として非常に分かりやすい戦術での戦いですので。本来は参加してない私よりも、あの場にいたコーバーグかガイルから話を聞くのが一番なのでしょうが」
  まだまだ記憶にも新しいそのゼルフィアの戦いだが、圧倒的不利な状況でありながら何故アデレードはマギラに勝利することが出来たのかをフリデリックは全く知らない事に今気がついた。
 「あの戦いの状況はこうです、マギラは六千の兵で侵攻してきました。それに対抗するのは六百の義勇兵」
  言いながら、ナイジェルは紙の上に、ゼルフィアの牢獄のあたりの簡単な地形を描いた。中央に広くあいた空間に丸く存在するのが牢獄で、その空間から三本の道が伸びている。一つある大きい道は、アデレードの都市ザルムへと通じており、残りの細い二本の曲がりくねった道はすぐに一本の道へと続き国境へと向かっている。この国境からの道からマギラがせめてきたのである。
  そんな圧倒的な不利な状況でどう、対抗したというのだろうか?
 「殿下なら、どう守ろうとしますか?」
  そんなの、まったく思いもつかない。
 「え、ゼルフィアに立て籠もり、応戦するしかないですよね?」
  ナイジェルは皮肉っぽい笑みを浮かべ首を横にふる。
 「そんな人数差だと、堅強な要塞のような牢獄であっても、すぐに門を破られ突入されてしまいます。そうなるともうおしまいです。兵法に基本は先ほどお話しましたよね。敵よりも多くの兵力と戦力を用意する」
  フリデリックは頷く。しかし攻め来られた場合は、そんな事は言ってなどいられない。
 「もし出来ない場合、次のように考えるのです。『相手の兵力をいかに無力化するか』とね」
  しかし、どうそんな圧倒的な敵の兵力を無力化と言った事が出来るというのだろうか? 
 「いいですか? 六千の敵、それは驚異です。しかしね、それだけの部隊を生かして戦うにはそれだけの空間が必要なのですよ。
  たしかに、それだけの人数が普通に動くだけでも確かに広い空間が必要なのかもしれない。フリデリックは立ち上がり書棚から地図を取り出しゼルフィアの牢獄近辺のページを開く。より詳細な状況を知りたかったからだ。
  なるほど鉱山もあることから、渓谷地帯の間にある細い道しか人が通れるという場所ない場所なようだ。地図から頭の中で、その地方の風景を頭に思い浮かべる。
  そして、この地方は国境からつながる道は、ゼルフィア牢獄で止まっている。そしてアデレード中央へと向かう街道はゼルフィア牢獄から始まっている。つまり敵は牢獄内を通らないとアデレードを超えられないという事になる。自然の要塞ともいえる牢獄。しかしその要塞を生かすだけの兵力がない場合はどうするのか?
 「たしかに、大部隊を展開するのにはまったく向かない場所なのですね。もし戦うとなると、牢獄周辺の空間だけという事ですね」
  地図を見つめたあとに、そういった言葉を言ってくるフリデリックを少し驚いたような顔でナイジェルは見つめる。
 「となると、これらの細い道で迎え撃つしかないという事ですね」
  ナイジェルはフッと笑い頷く。
 「半分正解です。あの時テリー・コーバーグが行った戦術はこうです。ただでさえ少ないコチラの兵力を分散させる訳にはいかない。ということで片方の道は火薬を使って封鎖しました。そうした上で、コチラの道の細まった所で相手を迎え撃ちました」
  そう言い、ナイジェル一つの道にある、くびれたように細くなっている場所を指さす。その話を聞き、フリデリック何故テオドール・コーバーグがあの若さで連隊長になったのかを理解した。そんな戦術を十六歳の人間がたて、人を纏め率いて戦ったのだ。その事実から改めてテオドール・コーバーグという人物の凄さといったものを知る。
 「それを、コーバーグ殿が考えたのですか?」
  割れたあごをなでながらナイジェルは頷く。
 「どうも世間では、彼の神通力で敵を蹴散らかしたかのように言われていますが、実際は彼の知略によることが大きいのですよ。というより、戦場において、神の救いとか、奇跡とかはないです。一つの行為に対する当然と結果だけです。現に神の正義をかざすマギラの軍が必ず勝利するわけではないのからも分かるようにね」
  皮肉っぽくナイジェルは笑ったが、フリデリックにはその言葉を一緒に笑う事はできなかった。
  ナイジェルの言っていることは正しいのだろう。どちらに正義があるからではなく勝敗は決し、現にいくつかの国が、アウゴールとマギラに侵攻され占領されている。
 「では、フリデリック殿下」
  ナイジェルは首を傾げるように薄い青い瞳をむけてくる。
 「なんでしょうか」
 「テリーはマギラの兵はここで三日間食い止めることに成功しました。そしてそこにレゴリズ大将の師団が到着します。さらに味方は六千の兵力が加わりました。どう反撃していきますか?」
  フリデリックは、悩む。どのくらいの人数がこの土地で戦うのに適しているかも分からなければ、単純に人数が増え兵力が増えたのは分かるがそれがどのくらいの効果があるのかなんて予想もつかないからだ。
 「一緒に様々な想定をあげ、どうするのが良いかを考えましょうか。」
  ナイジェルの言葉にフリデリックは静かに頷く。
  数学や生物の講義とは異なり、兵法は考えるべき要素が多く複雑過ぎる。しかし学びがいのある学問であることは間違いない。この時はチェスの講義をうけているのと同じような感覚で、その複雑で深い世界を単純に楽しんでいた。
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