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~巣の外の世界~
4-3 <絵の中で止まった時間>
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マルケスは自分も手袋をはめ、フリデリック・ベックバードのスケッチブックを丁寧に捲っていく。
そこには繊細なタッチで描かれた、彼が当時見つめてきた人物達の姿が現れる。その人物の横に描かれた日付と人物の名が、絵同様繊細で美しい文字で表記されている。日付から言うとフリデリックが十四歳頃の品のようだ。
ダンケ、マール、ウィリアム王、王妃・グレゴリー、金獅子のレジナルド等自分でも名を知る歴史上の有名な人物から、歴史に埋もれていった人達。彼らがスケッチブックの中で生き返る。そのフリデリック・ベックバードのスケッチブックに最も多く登場するのがテリー・コーバーグである。
テリー・コーバーグは芸術家としてのフリデリックの創作意欲を掻き立てる最高の存在であったようで走り書きなような物から、詳細に書き込まれた物まで数多くの姿がそこには残されていた。ただ明らかにモデルをして描いたダンケやグレゴリーの作品とは異なり、記憶の中から呼び出し描いた物のようで、その姿には動きがあり、表情のわりに、衣類の書き込みが明らかに少ない。
国内では真の天使とまで讃えられたその人物は、まだ十代である筈なのにその表情はあどけなさはなく、達観したような大人びた目をしていた。
「先生、フリデリックは何故、テリー・コーバーグをこんなにも、描く事が出来たのですか? 確かに同じ時代を生きてますが、二人の接点は全くなく寧ろ対立関係にあったと記憶してますが」
ウォルフは穏やかに笑い首をふる。
「どの時代のフリデリック・ベックバードの日記にも、テリー・コーバーグに対しての敬愛と感謝の言葉しか書かれない。またフリデリック・ベックバードは少年時代剣技をテリー・コーバーグに師事していた事もあるので、それなりに近しい存在だったのかもしれない」
「え? ナイジェル・ラヴァティではないのですか? フリの剣技の師匠といったら! だからこそナイジェルはあのような非業の死を遂げたはずです」
「実際に兵法と剣術の講師として選ばれた人物は三人でいたようだ。そのうちの二人が、テリー・コーバーグとナイジェル・ラヴァティだったようだ。あの事件で、その二人が相対することになってしまうのも、不思議な運命の悪戯なのかもしれませんね」
マルケスの大好きな小説においても、そのシーンはドラマチックに描かれている。その時、当事者の一人であるはずのフリデリック・ベックバードがどうしていたか、思い出せない。
床をみるみる赤く染めていくナイジェル・ラヴァティ。血に濡れた剣を手に立ち尽くすテリー・コーバーグ。そして、フリは? 先日みた演劇の舞台では、舞台の角で腰を抜かし情けないほどガタガタ震えていただけだったような気がする。
「たしか、そのスケッチブックに、ナイジェル・ラヴァティを描いたものもあったな」
ウォルフは、そう言って、数ページ先のページを示す。そこには腕を組んだ精悍な顔立ちをした男性が爽やかな笑みを浮かべていた。横にナイジェル・ラヴァティと書かれている。これが、反逆者として立ち上がることでレジナルドへ忠誠を示した騎士ナイジェル・ラヴァティその人。
「面白いものですね、ナイジェル・ラヴァティとテリー・コーバーグ。同じように国を愛し、王国軍でレジナルドに仕え、恐らくは同じものを求めていたのに真逆の人生を歩んだ」
マルケスは、その言葉を聞きながら、ナイジェル・ラヴァティのスケッチに視線を戻した。恐らくはそんな未来も知らないであろう、その人物は絵の中からマルケスに晴れやかな笑みを返すだけであった。
そこには繊細なタッチで描かれた、彼が当時見つめてきた人物達の姿が現れる。その人物の横に描かれた日付と人物の名が、絵同様繊細で美しい文字で表記されている。日付から言うとフリデリックが十四歳頃の品のようだ。
ダンケ、マール、ウィリアム王、王妃・グレゴリー、金獅子のレジナルド等自分でも名を知る歴史上の有名な人物から、歴史に埋もれていった人達。彼らがスケッチブックの中で生き返る。そのフリデリック・ベックバードのスケッチブックに最も多く登場するのがテリー・コーバーグである。
テリー・コーバーグは芸術家としてのフリデリックの創作意欲を掻き立てる最高の存在であったようで走り書きなような物から、詳細に書き込まれた物まで数多くの姿がそこには残されていた。ただ明らかにモデルをして描いたダンケやグレゴリーの作品とは異なり、記憶の中から呼び出し描いた物のようで、その姿には動きがあり、表情のわりに、衣類の書き込みが明らかに少ない。
国内では真の天使とまで讃えられたその人物は、まだ十代である筈なのにその表情はあどけなさはなく、達観したような大人びた目をしていた。
「先生、フリデリックは何故、テリー・コーバーグをこんなにも、描く事が出来たのですか? 確かに同じ時代を生きてますが、二人の接点は全くなく寧ろ対立関係にあったと記憶してますが」
ウォルフは穏やかに笑い首をふる。
「どの時代のフリデリック・ベックバードの日記にも、テリー・コーバーグに対しての敬愛と感謝の言葉しか書かれない。またフリデリック・ベックバードは少年時代剣技をテリー・コーバーグに師事していた事もあるので、それなりに近しい存在だったのかもしれない」
「え? ナイジェル・ラヴァティではないのですか? フリの剣技の師匠といったら! だからこそナイジェルはあのような非業の死を遂げたはずです」
「実際に兵法と剣術の講師として選ばれた人物は三人でいたようだ。そのうちの二人が、テリー・コーバーグとナイジェル・ラヴァティだったようだ。あの事件で、その二人が相対することになってしまうのも、不思議な運命の悪戯なのかもしれませんね」
マルケスの大好きな小説においても、そのシーンはドラマチックに描かれている。その時、当事者の一人であるはずのフリデリック・ベックバードがどうしていたか、思い出せない。
床をみるみる赤く染めていくナイジェル・ラヴァティ。血に濡れた剣を手に立ち尽くすテリー・コーバーグ。そして、フリは? 先日みた演劇の舞台では、舞台の角で腰を抜かし情けないほどガタガタ震えていただけだったような気がする。
「たしか、そのスケッチブックに、ナイジェル・ラヴァティを描いたものもあったな」
ウォルフは、そう言って、数ページ先のページを示す。そこには腕を組んだ精悍な顔立ちをした男性が爽やかな笑みを浮かべていた。横にナイジェル・ラヴァティと書かれている。これが、反逆者として立ち上がることでレジナルドへ忠誠を示した騎士ナイジェル・ラヴァティその人。
「面白いものですね、ナイジェル・ラヴァティとテリー・コーバーグ。同じように国を愛し、王国軍でレジナルドに仕え、恐らくは同じものを求めていたのに真逆の人生を歩んだ」
マルケスは、その言葉を聞きながら、ナイジェル・ラヴァティのスケッチに視線を戻した。恐らくはそんな未来も知らないであろう、その人物は絵の中からマルケスに晴れやかな笑みを返すだけであった。
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