愚者が描いた世界

白い黒猫

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~巣の外の世界~

4-2 <交差する視線>

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 バラムラスの執務室に、三人の連隊長が呼ばれた。今回、フリデリック王子の講師に任命されたナイジェル・ラヴァティとガイル・ウィロウビーとテリー・コーバーグである。三人とも何故呼ばれたのか理解しているようで、ナイジェルとガイルは苦笑しながらテリーは表情を消し思い詰めた様子でバラムラスとレジナルドの前に立つ。
 「三人とも、ご苦労だった。どうだ? 一回目の授業を行ってみて」
  バラムラスの言葉に、一番年上のナイジェルが真っ先に口を開く。
 「王子は素直な気質の方ですね。学ぼうという意思もあり良い生徒という感じです」
  バラムラスは頷きながら、他の二人の言葉を促す。
 「まああの陰謀渦巻くあの環境で、よくあそこまで純に育ったもので」
  皮肉っぽいガイルの言葉に、ナイジェルもククっと人の悪い顔で笑う。ある意味不敬ともいえる言動を、バラムラスはあえて諌めることもせず、テリーへと視線を向ける。聞いた事に即座に的確な言葉で応えてくるテリーにしては珍しくその口を開かない。
 「お前は、授業をやってみてどうだった?」
  テリーは口角を上げ笑っているような表情を作り顔を横にふる。
 「……目も開いてない小鳥の雛に、さあ飛んでみろと、惨い事言っているような気分でした」
  その言葉に他の二人の連隊長は、ニヤニヤと楽しそうに笑うがテリーは冗談めかして言った訳ではないようで、表情も消し黙り込む。バラムラスは、それ以上の言葉を発することのないテリーを眼を細めて見つめる。
  バラムラスとしては、金環の眼で、元老員、そしてフリデリック王子がどう見えるのか? それが知りたくて、あえてテリーをフリデリックにぶつけてみたのだ。隣に眼をやると、レジナルドは小さく溜息をつく。
 「レジナルド様」
  テリーがそんなレジナルドを真っ直ぐ見つめ問いかける。
 「今回、どういった意図が働きフリデリック王子に剣術と兵法を学ばせることになったのですか?」
  バラムラスはあまりにも捻りもなく真っ直ぐな質問に思わず苦笑する。レジナルドもよくバラムラスに対して行ってくる手で、正面から聞きたい事を投げかけてきて、その返答というよりその時の感情の動きを読んで意図を探ってくる。
 「必要があると感じたからだ。フリデリック王子は、お前等も見ての通り、ああいう状況だからな」
  レジナルドはらしくない困ったような顔で笑う。部下もいる前で、こんな表情をするのも珍しい。
  正確にいうと、今回の件を元老員に持ち掛け、進めたのはバラムラスである。
  レジナルドにとって、フリデリック王子というのは、かなり複雑な位置関係にいる人物である。王子と王弟子、王位継承権はフリデリックの方が上である。しかしその資質はというと……。
  ここで、剣技や兵法を学ぶことで、フリデリック王子が成長してくれればそれはそれでよし、もしダメならばコチラとしても考えないといけない。
  バラムラスはふと、自分をジッと見つめる二組の金の眼に気付く。人の心を見通すといわれている金の瞳に見つめられバラムラスはニッコリと笑み作り、その二組の瞳に応える。初めに視線を外したのはテリーで、その視線をレジナルドへ移動させ、上司二人の意思を読み取ろうとしているようだ。レジナルドはテリーへと視線をやり、そしてナイジェルとガイルへとその視線を動かす。
  ナイジェルとガイルは、レジナルドの視線を受け、同じ結論に達し同じ意思を固めたように見える。それはバラムラス自身も、ある程度予測し二人に求めていたものであろう。しかしレジナルドは、そしてテリーは何を思う? そしてどう動く? バラムラスは黙って二人しか分からぬ金の眼の会話をする二人の様子を静かに見続けた。
  この時の視線の流れが、フリデリックの未来をどう動かしていくのかは、フリデリックは勿論、ここにいた聡慧な五人すらも見通せていたわけではなかった。
  実際それぞれが想定した未来とややズレたものへと時代は流れていく。これはこの五人の見通しが甘かった訳ではなく、時代の流れが彼ら思った以上に急速に変化と選択を求めていくことになったからだ。
 「テリー、そんな難しい顔するな、もっと気楽に仕事を楽しめ」
  バラムラスは、何やら考えている幼い部下に、人好きのする笑みを投げかける。
  テリーは口角を上げ笑みをつくり、静かに頭を下げる。
  楽しめというのも難しいのかもしれない、テリーの今国におけるどう動いても注目される立場からいうと、面倒なだけなのだろう。
  報告もおわり、三人は部屋を退室することになる。
 「テリー」
  部屋から出る直前の小さな部下にレジナルドが呼び止める。しかし二人はその何の会話も交わさずしばらく見つめ合い、テリーはお辞儀をし部屋から出て行った。
  部下を送り出してから、レジナルドが珍しくキツイ目をバラムラスへと向けてくる。
 「楽しめですか……今回の件ブルーム元帥が、一番楽しまれているようですがね」
  レジナルドが態々、二人っきりの時に役職名で呼んでくることにバラムラスは苦笑するしかない。本気で怒っているようだ。
 「いえ、私は最良の道を、フリデリック王子に示したつもりなのですが」
  今のフリデリックは、未熟過ぎる。次期王となる事を考えると彼に成長してもらわねばレジナルドとしても困る所なのだ。
 「まあ、アイツには色々学んでもらわねばならないのは確かだ。しかしテリーをそこに入れたのは貴方の大きな失敗だったかもな」 
  バラムラスは、地位こそは自分より下であるものの、敬愛し侍する人物の言葉に眉を顰める。
 「貴方が何故、そこまで今回の件を懸念するもか私には分かりません。半年間テリーを見ていましたが、あの子は冷静にどういう事でも対処できるだけの能力も、冷酷に物事を進められる度胸もある。それに元老院も神の子を第一王位継承者の側に置く言い訳も出来て満足でしょう」
  レジナルドは苦笑して、首をふる。
 「冷静さと冷酷さね……」
  バラムラスは、その言葉の次に来る言葉を待ったがレジナルドは窓の外へと視線をやりそのまま口が開くことはなかった。 
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