愚者が描いた世界

白い黒猫

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~剣と誇り~

3-2 <王子の剣>

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 ダンケは、壁にかけられた剣に視線を巡らせている。
 「王子が使われる剣は、重くないタイプのものが宜しいですよね」
  フリデリックは、自分の細い腕を改めて眺めながら頷く。
 「我々と同じ、スバタにするか……細身のバスタードソードのどちらが使いやすいと思うのですが、どちらを手にされますか?」
  ダンケの質問に、フリデリックは悩む。
  そもそも自分が剣をもつというイメージがイマイチ掴めないだけに、その一歩上の段階のどちらが良いかと聞かれても検討もつかない。
 「我々近衛は、室内など狭い空間での戦う事を想定してスバタですが、広い空間で戦ったり、また相手と距離を置いて戦ったりしたいのでしたらバスターソードが良いかと思います」
  フリデリックの頭に、小柄の身体で二本の剣を持ち、軽やかに舞うように戦う、テリー・コーバーグ連隊長の姿が浮かんだ。
 「あ、あの……テリー・コーバーグ連隊長の剣は? 彼が持っていた剣は細くて軽そうに見えたのですが……」
  ダンケはやや困った顔をする。
 「クレイモアですね、あれは…………形状はやや違いますが、コチラになります」
  ダンケは壁から一つの剣を外し、フリデリックに捧げるように差し出す。
  恐る恐るフリデリックは、その剣を持ってみる。
  想像以上にそれは重かった。
  テリーはこんな重いものを両手に持って、軽々と戦っていたという事にフリデリックは驚く。
 「重い……」
 「まあ 鞘に入っている事もありますが、だいたいそんな重量ですね。あまり細いと強度の問題も出てきますので。
  私達がもつスバタも、時には盾を持って戦う事もありますので、片手でも扱いやすい事を想定しています。
  結果、スバタよりも若干軽いくらいの重量なのですよ」
 「ならばスバタとクレイモアって、どう違うの?」
 「スバタは一般的な剣であり、形もシンプルです。クレイモアは、この広がった柄の所を見ていただければ分かるように、ここで相手の剣を止めることも想定しています。
  クレイモアは剣であり、時には盾でもあるのです。使い方が広い分、使いこなすのに技術がいりますし、バスターソードなどの比べ、破壊力が低い為、この剣を効果的に使うには、スピードと身軽さも必要になります」
  確かに、テリーは軽々とした動きで相手を翻弄するように動いていた。
  相手の攻撃を華麗にかわしていたのも、彼が素晴らしい技術をもっていることの証明なのだろう。
 「なので、初めから使うには不向きな剣ですね」
  フリデリックはダンケの、らしくない作り笑いをしたソワソワとしたその様子が引っかかる。
  ダンケは、フリデリックからクレイモアを受け取り、元の場所に戻す。
 「ねえ……ダンケ……」
  フリデリックは、クレイモアをフリデリックから取り上げ、いそいそと片付けるダンケの後ろ姿にそっと声をかける。
 「はい」 
  剣を片付け、振り返った時のダンケはいつもの表情で、笑いかけてくる。
 「ダンケも、私がテリー・コーバーグの名を口にすると、他の者と同じような態度をするのですね? 何故ですか?」
  ダンケの表情から笑みが消える。そして酷く困った顔をする。
  そういう顔をさせたい訳ではなかったが、フリデリックはどうして知りたかった。
  自分の剣技と兵法の教師となる人物を選ぶ上で、共に彼らを見たダンケの言葉で聞きたかったのだ。
  王国軍の連隊長達との面談が終わったあと、多くの議員や貴族やフリデリック王子の元に訪れた。そして彼らが一様に、フリデリックがテリー・コーバーグの名を出すと顔を強張らせたのだ。その様子からフリデリックもテリー・コーバーグという人物が皆から警戒されている存在だと理解した。
 「彼は、確かに素晴らしい人物だとは聞いていますし、優れた剣技を持っています。……しかし若すぎます」
 「それだけではないですよね? 皆、私が彼を選ぶことがないように、別の者を薦めてくる何故です?
  ダンケ、貴方の正直な意見を聞きたいです」
  ダンケは、悩んでいるようだが、覚悟を決めたように口を開く。
 「私も何もなければ、候補としてあがっても、反対はしなかったと思います。でも……彼には色々、問題が多すぎます」
  ダンケは他の人物とは異なり、ボカシながらも本音を語ろうとしているのはフリデリックには伝わってくる。
 「彼が、マギラを撃退した義勇兵のリーダーであったことですか?」
  ダンケは驚いた顔をしたが、多くの者が理由に上げてきたのはそこだった。
  マギラ侵攻を食い止めた義勇兵、すなわち元囚人、罪人であった人物。そして犯罪者集団を束ねているような者が、教師となるのは問題があるということだった。
  とはいえフリデリックには、彼が罪人にはとても見えないし、そんな危険な人間にも思えない。何故テリー・コーバーグが投獄されていたのかも分からない。
 「……実際、彼が問題という事よりも……
 彼の存在が、様々な事の象徴となってしまっていることが。問題なのです」
 「象徴?」
  問いかけた時、部屋の扉が開く。
 「おお、王子ここにおられましたか?」
  振りむくと、宮内官を勤めるクロムウェル公爵が、いつもの人懐っこい笑顔で、部屋に入ってくる。
  クロムウェル侯爵の登場に、ダンケの顔を固くする。
  この話は公爵に聞かれると、ダンケの立場が悪くなるということだろう。
 「はい ダンケに、剣の説明を聞いていました」
  フリデリックは笑顔で振り向き、何事もなかったようにクロムウェル侯爵に答える。
  クロムウェル公爵は、ダンケの方を見ていなかったようだ。何の不信感も感じてない様子で、笑顔でフリデリックに話しかけてくる。
 「ほうほう そうでしたか? 何か気に入られたものありましたか?」
  ニコニコと笑うクロムウェル侯爵だが、本当に聞きたいのはその事ではないのだろう。その口調も軽い。
 「いえ……なかなか……剣が思った以上に重いのに驚いています」
  クロムウェル侯爵は、大袈裟に頷く。
 「まあ、王子が剣を覚えるのは、あくまでも王族の嗜みという事ですので、そこまで深く考えられなくても良いですよ」
  そしてハハハと笑う。
  フリデリックはその言葉に、ひっかかりを覚えてながらも曖昧に笑みを返した。
 「それより、剣術と兵法の教師の件ですが、王子も今回のような状態になり戸惑われているでしょう。
  なので我々が宮内官の方で連隊長の為人を吟味し、相応しい方を選びますのでどうでしょう? 任せて頂けませんか?」
 「それは、ブルーム元帥も、ご承知な事ですか?」
  クロムウェル侯爵の笑顔が、強ばる。
 「いえあの方は、時々こういった型破りな事され、周りを慌てさせて楽しむ所があります。
  流石に今回は、おふざけが過ぎているように我々は思っています。
  貴方様にはやや荷が重く、随分悩まれているとも聞いております。どうか元老院の方にこの件は任せて頂けないでしょうか?」
  フリデリックはクロムウェル侯爵の言葉を、じっくり頭の中で考える。そして静かに頭を横に振った。
 「私が未熟なばかりに、クロムウェル侯爵にご心配おかけして申し訳ないです。今回の件は、ブルーム元帥が私の成長を思い、課した課題と私は思っています。私はそれに自分の力で答えたいと思っています。私が今後、立派に王族として生きていく為にも。クロムウェル公爵も、どうか見守って頂けないでしょうか? 今回の件についても、色々クロムウェル侯爵からも、ご助言を頂けると助かります」
  クロムウェル侯爵の言わんとしている事と、望んでいる事は理解出来た。しかしフリデリックは今回の事に関しては、何故か大人しく従う気にはなれない。
  どちらかというと鈍く、カンも鋭いほうではないフリデリックだが、今回の事は自分で決めなければならない、そう感じたからだ。
  フリデリックは出来る限りクロムウェル侯爵に誠意をもって答えたつもりだが、あまり納得してはもらえなかったようである。ブツブツと何かをいいながら、部屋を出て行ってしまった。
  フリデリックは深くため息をつく。ダンケがそんなフリデリックの肩をポンと叩いた。
 「それで宜しいと思います。先ほどは余計な事を申し上げました。
  今回の件は、フリデリック様がもっとも良いと感じる道をお選びください」
  そう言ってダンケは頭を下げる。その行動にフリデリックは驚く。
 「フリデリック様が、剣を学び向き合うのを見守るのが私の勤めですから」
  顔を上げたダンケは真っ直ぐフリデリックを見つめる。剣の道を選び、生きてきた男の目がそこにはあった。ダンケにとって、剣は生きる道であり、意志。フリデリックが尊敬するレジナルドもそうだ。だからこそ彼らは自分だけの剣を持ち、自分の人生をそれで生きている。
  フリデリックは、果たして彼らのように、自分の剣に出逢えるのだろうか?
 「ダンケ、ありがとう。ならば貴方に恥じぬ事ないよう シッカリと歩まねばなりませんね」
  フリデリックは穏やかに微笑んだ。
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