愚者が描いた世界

白い黒猫

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~王子と剣~

2-1 <金環の瞳>

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 ブルーム元帥の招待をうけ、王子専用近衛隊隊長ダンケと共に訪れた王国軍司令部。
  通りがかった修練場は、剣のぶつかる音、怒号が飛び交い、荒々しい活気に満ちている。
  芸術を愛し、穏やかな生活を好むフリデリックにとっては、その空気は何とも居心地の悪いもので、むせ返る汗の香りが、酔いに似ためまい誘う。近衛隊長を勤めるダンケにとって圧巻な光景でも、フリデリックにとっては足のすくむ、怖気つくだけの光景でしかなかった。
 「流石……アデレードが誇る、ブルーム元帥の軍隊の訓練風景ですね! 個々のレベルが驚くほど高い!」
  真剣ではないものの、逞しい男達が闘志丸出しで互いを倒すために打ち合う。
  剣技を磨き今の地位を築いてきたダンケは、その光景は胸を躍らせ、少年のような瞳でその光景を見入っている。その横で、フリデリックは青ざめていた。フリデリックは顔を引きつらせ思わず後退さってしまう、修練場を見入っているダンケをそのままに、修練場から逃げるように陽光がみえるテラスへと走り出す。
  勝手に離れたことは不味い事も理解していたし、すぐにダンケの元に戻らねばならないと思うものの、室内の奥から伝わってくる暴力的な空気に足がすくみ一人佇んでしまう。
  震える足と、激しく動悸を感じる胸を落ち着けるために、目を閉じ大きく息を吸い吐く。
  ゆっくりと目を開けると、何者かが心配そうにフリデリックを見つめている。
 『天使!?』フリデリックの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
  黄金の髪に瑠璃紺の瞳の印象的なその少年。北方の遊牧民がするような、長い髪を額から後頭部にかけいくつもの細かい編み込みにして、後ろで一つに纏めるという髪型をしているため、黄金の鎖が頭部を彩っているように見える。そしてその顔は、今までフリデリックが見たその絵画に描かれた天使よりも美しい優しい顔立ちをしていた。
  その何より驚かせたのはその瞳で、深い湖を思わせる光彩は良く見ると黄金色で縁取られており、それがまずますその少年を神秘的な存在へとしていた。
  それは『金環眼』と呼ばれる聖なる印とされる瞳。
  その瞳は神の子が持つと言われる瞳。従兄弟のレジナルドのように絵の具を散らしたように金で彩られた金彩眼をもつ者は時々この世に存在しているものの、『金環眼』は物語の中にしか登場しない。もはや伝説の存在。
  その瞳をもつ人物を前にして、ただ呆然とするフリデリック。
 「ここで何をしているのですか?」
  その天使はフリデリックに落ち着いた静かな声で話しかけてくる。高名な職人の手で作られた笛を思わせる高め透き通った耳に心地よい声が静かに響く。
 「え……ブルーム元帥にお会いする為に来たのですが……え……と あの……」
  フリデリックは緊張に声が震えるのを感じ、その震えた情けない声が恥ずかしくなり頬を赤くした。
  天使はそんなフリデリックを暫く何も言わず見つめ、フッ柔らかい笑みを浮かべる。
 「あっ あと……連れの者とはぐれてしまって……」
 「とりあえず……ブルーム元帥の所に、ご案内いたしましょう」
  天使は優雅にフリデリックに礼の姿勢をとり、さっさと歩き出した。
  フリデリックは慌てて、その少年の後を追いかける事にした。
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