バッドエンドはもう来ない……

白い黒猫

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死から一回、逃げてみる

迫る時

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 ゼルマがみんなに受け入れられてから数日が経った。
 エーアストから移住してきたパルレさんは、このテンプルムでも冒険者ギルド職員に就職し、毎日元気に働いている。
 今までの経験も活かせるし、総合ギルド長のヨシュアさんにもパルレさんのことはよろしく伝えておいたので、今後も安心して仕事ができるはず。
 すでにここでの生活にもすっかり慣れたようだ。

 エイミーさんも就職場所が決まったので、近々カイダからこっちへ引っ越すための作業をする予定だ。
 これは僕も手伝うので、それほど困難ではないだろう。荷物は全部『空間転移スペースジャンプ』で持ってきちゃうしね。

 ちなみに、エイミーさんが選んだ職業は料理人だ。
 僕らがカイダ国を出たあと、エイミーさんは料理を一生懸命勉強していたら、なんと『料理』スキルを習得することができたらしい。
 よほどの根気と才能がなければ技能スキルは出てこないのに、それを数ヶ月で習得するなんて、相当頑張ったんだと思う。
 まだレベル1らしいけど、スキル持ちはその道では食いっぱぐれることはないので、これも問題なく暮らせるだろう。


 そして今日もゼルマのもとに、血を飲ませに訪れた。
 みんなにバレてからは、吸血行為は1日置きにしてもらったので、2日ぶりの血にゼルマは喉を鳴らして飲んでいる。

「飲み放題と言ったのに、1日置きにしちゃって申し訳ないね」

「ふん、きひゃまの血にゃど、別に3日おひでも問題にゃいわ!」

 あ、いらないとは言わないんですね。それに、3日置きでは問題ないけど、4日置きだと不満があるのかな。
 相変わらずツンツンと強がってはいるけど、一応少しは素直になっているんだろうか?

「……ふー満足したぞ。しかし小僧、貴様女たらしのくせに、あの下女どもに頭が上がらぬようではないか。だらしのない男だ」

「彼女たちは下女じゃなくて仲間だよ。それに、頭が上がらないってわけじゃ……」

 いや、これは当たってるか。
 実際、彼女たちには全然頭が上がらないもんな。

「全く、貴様はいったいどういう勇者なのだ。弱くはないようだが、貴様の力がサッパリ分からぬ。まあ女たちにこき使われてるようでは、まだまだ未熟者だな」

「はい、仰る通りで……精進します」

 うう、するどい指摘に、もはや逆らう気力も起こらない。薄々自分でも気付いてたけど、僕には亭主関白は無理だろうな。
 カインやイザヤみたいな、女性に対するあの自信って、どうやったら身につくんだろう?
 そういえば、父さんも母さんの尻に敷かれているような感じだし、女性に弱いのは僕の血筋なのかもしれない。

 そうだ、両親といえば……。

「ねえゼルマ、キミのお父さんやお母さんは生きてるの? 復活してから会いには行ったかい?」

 封印されている間に長い年月が経ってしまって、ゼルマも家族のことが気になっているんじゃないかと。

「親のことなど知らぬ。ワシが封印される前は生きとったが、あれから3000年も経てば、すでに討ち倒されているやもしれぬな」

「ええっ!? 気にならないの?」

「ワシら吸血鬼一族は、血縁者に対してそれほど情は感じぬ。子も数百年に一度しか生まぬし、基本的には単独で生きていく。よって、親といえどもほとんど他人同然だ。ワシの故郷はここよりかなり遠方ゆえ、確かめに行くのも億劫だしな」

 なるほど……その辺は人間の常識には当てはまらないんだろうな。
 不死ならではの感覚なのかも。
 もしも吸血鬼が情に厚くて、一族で結託してどんどん子を増やして襲ってきていたら、人類はとっくに滅んでいたかもしれないな。


「それじゃあゼルマ、また2日後に来るよ」

「あ、ああ、分かった。だがその、なんだ、血を飲む以外でも……」

「え? なに?」

「……いや、なんでもない。2日後でもなんでも好きに来るがよい。べ、別に明日でもワシは構わんがな、ひ、ひまだから相手をしてやってもよいぞ」

「……? よく分からないけど明後日でOKだね? それじゃあ」

「ちょ、まっ……そ、だっ……おぅ……なっ、こ……ほうぅ」

 ゼルマはなんかオロオロとしながら落ち着かない様子でモゴモゴ言ってるけど、あまり長居しないようにしてるので、さっさと帰ろう。
 っとその前に、せっかくだから1ヶ所だけ寄り道していくか。


 ◇◇◇


「ユーリ様、またいらしてくださいね」

 帰り掛けに寄ったのは、以前山賊から救い出した女性たちが住んでいるところだ。
 ゼルマの住居からそれほど遠くないので、ついでに顔を出すことにした。まあ眷女のみんなも連れて、度々様子を見に来てはいるけどね。

 女性たちには農地を与えて、そこで国家として依頼した作物を作ってもらっている。
 収穫に特化したゴーレムも渡してあるので、作業的には問題ないとは思うけど、男手が一切ないので少々心配なんだよね。
 山賊に囚われていた頃と違って、女性たちはすっかり健康と美しさを取り戻しているので、そろそろ旦那さんを持ってもいいとは思うんだけど……。

 彼女たちは相当酷い目に遭わされたので、少なからず男性恐怖症になっているのではないだろうか。
 心の傷が癒えるまでまだまだ時間が掛かるかもしれないけど、いずれいい人を見つけて幸せな家庭を築けることを祈ってる。


 さて、用事も済ませたし王城に帰ろうかと思ったところ、少し離れた場所をてくてくと歩く5~6歳くらいの少女が視界に入った。
 少女はアピよりも小さい100センチ程度の身長で、オレンジ色の髪を2本の三つ編みにして垂らしている。

 こんな街外れで、小さな子が1人で行動していることにも驚いたが、それよりも目に付いたのはその背中だ。
 その少女は、自分の身体よりも大きな荷物を背負って歩いていたのだ。

 こんな子が背負えているんだから中身は軽いんだろうけど、それにしても見た目のインパクトは大きい。
 こんな大荷物を背負って、いったいどこへ行こうとしているのか。
 そのまま立ち去るのも薄情な気がしたので、少女に声を掛けてみようとしたところ……。

「あうっ!」

 少女が躓いて転んでしまった。
 前方に倒れ込んだ少女の背に、大きな荷物がのし掛かる。

「キミっ、大丈夫かい!?」

 僕は慌てて少女へと駆け寄る。
 そこで僕は再び驚いてしまった。

 転んだ拍子に少女の荷物から飛び出たその中身は、なんと多数の剣だった!
 その数ざっと30本。それが少女の頭部を覆い隠すように散らばっている。
 剣は通常サイズよりも大きいくらいで、どう見てもこんな小さな子が背負えるような重さじゃないぞ?
 荷袋に軽量化の魔法も掛かっている様子はないし、どうなってるんだ?

 とりあえず、僕は落ちた剣を拾い集める。
 あ、これミスリル製だ! なるほど、見た目よりはだいぶ軽いのか。
 それでも、この本数をこんな少女が背負うのは相当キツいはず。ましてや歩いて移動するなんて、ちょっと信じられない。
 目的地は近くなのかな?

「うう~あたいとしたことがとんだ失態を。あ、拾ってくれてすまないでしゅ」

「キミ、こんなにたくさん剣を持ってどこに行くの? 良かったら運ぶの手伝うよ?」

「だ、大丈夫でしゅ。どうぞお構いなくでしゅ」

 少女はそそくさと剣を受け取りながら、僕の申し出を断ってきた。
 少し迷惑そうにしてるから、1人で運ばなくちゃいけない理由でもあるのかもしれないけど、ちょっと気になるところだ。

 それにしても、これほどミスリル製の剣を持ってるなんてすごいな。
 安いお店で買ったとしても、相当な金額になるぞ。こんな子供に運ばせるにしては、あまりにも高価すぎる。
 それに、剣自体の出来もなかなか素晴らしく……って、ちょっと待て!


「これ、ドマ・ギンガイムの剣じゃないの!?」


 僕は思わず叫んでしまった。
 数十年にわたって超一流の剣を作り続けたという、謎の天才鍛冶師ドマ・ギンガイム。
 解析してみると、やはりそのドマ・ギンガイム作の剣だった。それも30本全部だ。
 こんな少女が、ドマ・ギンガイムの剣を大量に持ち歩いてるなんて!?

「ぼ、坊主ぼうじゅっ、なぜそれを!? い、いや、なんでもないでしゅ、拾ってくれてありがとでしゅ」

「あ、待って!」

 少女は剣を全部受け取ると、急いで走り去っていく。
 あの重さの荷物を背負っているのに、とんでもない速さだ。

 これはさすがに普通じゃないな。間違いなくただの子供ではないだろう。
 どうも何かを隠したいようだし、色々と気になることもある。
 ひょっとして、ドマ・ギンガイムさんと何か関係のある子なのでは?

 ストーカーみたいで申し訳ないが、こっそりあとをけてみよう。
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