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BEFORE

甘えを卒業する前にする事

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 安住さんはあれから数度帰ってきてはキーボ君二号を嬉々としてやっている。やはり元々キーボ君をやりたかったからだろう、そのモチベーションも高く文字通りキーボ君の姿で走り回っている。
 今も楽しげに大声あげて走る中学生の後を『キーボ~♪』と叫びながら追いかけて遊んでいた。

 俺はその様子を見守った後溜息をつく。酔っぱらいが大暴れした為に荒らされてしまった根小山第二ビルヂング前での作業をようやく終え、何時もより疲れてしまったからだ。割られた看板の撤去と、破片が広範囲に散っていた為に念入りに掃除する必要もあった。その酔っぱらいは、真田さんが捕まえてくれたというので、犯人の連絡先はわかるので柳牛の看板と進学塾の看板の修理代を請求する為にも派出所にその被害を改めて報告に行き商店街を北に上る。取りあえず今日無事開店できたものの柳牛さんとしても腹立たしい事だろう。その事を考えるとまた溜め息が出てくる。
 色々考える事もあって、一仕事したわりにお腹が余り空いてない。しかし午後からの事を考えると何か食べておいた方が良いだろう。今日はサッパリとしたものを食べたいので『とうてつ』に入る事にする。
 暖簾潜ると、籐子女将が優しい笑顔で迎えてくれてチョットだけホッとする。冷や汁昼定食があったのでそれを注文する。そして再び溜め息をつく。
 女将がそんな俺を見て笑う。
「どうしたの? そんな溜め息ついて」
 そんなに大きな溜め息ついたのかと恥ずかしくなり笑顔で誤魔化す。
「いや、柳牛の被害が酷かったので、あれがウチの前の方だったらあんな酷い事になる前に止められたのに」
 柳牛寿司の入った第二ビルヂングは裏通りにある。あの辺りは会社が多く、お店関係が閉まれば通りが無人となる。だから発見も遅れ酷い有り様となった。ビルの上の進学塾が終わったかなり後だったのが不幸中の幸いである。子供達にもしもの事があったらそれこそ大変だし、夢いっぱいの子供に酔っぱらったダメ大人の姿は教育にも良くない。
「酷かったみたいね。柳牛さんお店は大丈夫なの?」
 俺は頷く。
「ガラスは割られていましたが、朝一でとりかえてもらえました。それでランチ営業にはなんとか間に合あいました。壊された看板はまだそのままですが」
 そう言っていると、『とうてつ』の前に奇声を挙げた中学生が走り抜けその後を二号さんがスピードも衰える事なく追いかけていた。さっき見てから五分程経っているけれどまだ追いかけっこで遊んでいるようだ。みんな本当に元気だ。
ユキくんは、一緒にやらないの?」
 籐子女将はお店の前を走り去った青い風から俺に視線を戻しそう聞いてくる。俺は頭の中で、笑いながら駈ける子供とその後を楽しげに追いかける二体のキーボ君を想像して頭を横に振る。
「安住さんが、折角自由に楽しくやっているのに邪魔したら悪いです。とてもあの動きについていけないので、迷惑になりそう」
 そう言って笑顔を作った。籐子女将は苦笑する。
「でも、安住さんが出来ない時は、替わりに頑張りますよ」
 そして言って自分でなんか傷つく。籐子女将は少し困ったような顔をする。
「あのね、逆だと思うんだけど。透くんのキーボ君がいての二号では? 二号だけだと、この商店街の品格を疑われそうだし、透くんの一号がいるから、二号のあのヤンチャも許されると思うけど」
 俺の感情を見透かされたのかもしれない。籐子さんにはそう言う表現で、一号を持ち上げてくれる。俺は笑みだけでその言葉に答える。あらゆる感情を笑って誤魔化す。俺の悪い癖。
「あんな風にしょっちゅう婦警さんに連行されるマスコットが、この商店街の象徴というのもね~」
 女将の視線に釣られて通りを見ると、駅前派出所の婦警の京子さんと二号さんが仲良く手を繋いで歩いていた。キーボ君の格好でも彼女とデートしているなんて、安住さんは本当に自由な人だと感心する。とはいえ安住さんは、ただの能天気な人でない。自分の夢を叶えるために必死で努力してその一歩を踏み出した所である。そして今現在もその目的の場所で、必死で頑張っている努力家らしい。商店街の様々な人が、彼の事を『あいつは昔からわんぱくで』と言いつつ、愛情タップリに教えてくれた。
「俺も頑張らないと!」
 脈絡もなく、そんな言葉を言ってしまった俺を不思議そうに女将が見つめてくる。その視線に恥ずかしくなり顔を伏せる。
「いや、午後から就職の面接なので。
 俺もいつまでもこの商店街の皆さんの優しさに甘えているわけにはいかないしね。
 就職してここを出て自立して、一人で生きていけるようにしないと」
 何故か籐子女将は悲しげな顔をする。
「……透くん、あのね」
 いつも笑みをたたえて優しく暖かい雰囲気の女将が、俺をジッ強く見つめてくる。そんな変な事言った覚えはないけれど、怒らせてしまったのだろうか? 慌ててしまう。
「……あの、籐子さん?」
「何で、甘えたら駄目なの? どうして一人で生きなきゃなんて事を言うの?」
 思いもしない言葉に、何て言葉を返して良いのか分からない。両親は共稼ぎだった事もあり。何でも一人でやりなさい、我が儘はいけません、甘えるなんて恥ずかしい。早く自立しなさいと言われて育ってきた。
「第一、透くんは全然人に甘えてない。すごく下手。
 そんな言葉、人にシッカリ甘えて、他人に迷惑のひとつでもかけてから言うべきだと思う」
 籐子女将はそう言い切りクルッと背中を向けて去っていった。呆然としていると、籐子女将がまだ少し怒ったような顔で定食の載ったお盆を持って戻ってくる。
 何か申し訳なくて、頭を下げやってきた料理を見ると、何故か冷や汁定食にはついてこない筈の刺身と大きいだし巻き玉子がついている。
「え、コレは……」
 籐子女将はキッと睨んでくる。
「『わ~ありがと~♪ 頂きます!』と笑顔で言って食べればいいの!」 
「……ありがとうございます。ありがたく頂かせて頂きます」
 そう怖ず怖ずと答えると、籐子女将はニッコリいつもの笑顔をして頷き去っていった。
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