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永久へと続くやり取り
繋がらない二つの時間
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この幾度も繰り返される先に何があるのか?
俺の予想では分岐してしまった今日の先に明日はない。そのように思っている。
縦軸に伸びる通常の時間。そこに横に螺旋を描き伸びていくのが俺や永遠達の時間。その横に伸びていく時間が元の流れに戻れるのか、離れていく一方なのかは謎。そして今の俺の時間は未来にも過去にも伸びていない。
「オレもそう思ってるよ。そう思いたいというのもあるけど」
ジョニーはそう言って儚い雰囲気で笑う。ジョニーは映画俳優。前に壊れたと永遠達から聞いていたが、最近復調したらしい。
「少なくとも今の俺とヒロシは繋がってはいない。そういう意味では、トワが羨ましいよ。
俺も君と直で繋がりたい」
ジョニーは手を伸ばしモニターの俺をさすっているようだ。
「こうして話せているじゃないか。顔を合わせて」
俺はそういう言葉を返す。
絶望から、ループして戻る度に自殺を繰り返していたそうだ。俺との連絡が再開されたと聞いて生きる気力を取り戻してくれたと聞いた。
とはいえ、弱々しく微笑む彼はどこか痛々しいものを感じる。映画においては癖のある嫌な男を演じる事の多いジョニーだが話してみると優しくて穏やかな人物だった。だがその優しさと繊細さが、果てなき自殺行為に追い込んで居たのだろう。
「ヒロシ、君は本当に一年前俺からのメッセージ受け取ってないのか? 俺のメッセージは君に届いていないのか?」
俺は苦笑し顔を横に振る。今日ジョニーらからメッセージやメールは来ないし、一年前に突然見知らぬ外国人から連絡が来たなんて記憶もないし、そんな記憶が突然生まれる事もない。
「そんな、いきなり有名な俳優である君から連絡来て、それを覚えてないなんて有り得ないだろ? まして俺は君のファンだったからそんな事を忘れる訳ない」
飛行機のメンバーがそれぞれ持つ端末から一年前という時間にいる筈の俺にずっとアプローチしてみたらしい。しかし俺の元にはそんな連絡は来ていない。何故か永遠とのみ連絡がつくというのに。
不思議な事に俺のメッセージは一年後の日時を示し永遠に送られて、永久のメッセージは一年前の日付けで新着として届く。
逆に飛行機のメンバーによる俺のFacebookやTwitterに書き込みやメッセージは、一年前の俺に送信されているようだ。彼らの時間において表示され、送った相手の俺は彼らにリアクションは返しているらしい。
しかし俺には突然見知らぬ複数人の外国人から連絡を受け取ったというそんな記憶は無いし、俺のSNSを遡ってもそんなやり取りは見られない。
永遠以外のメンバーからの働きかけは彼らの世界だけで完結しているのか……それとも俺の別の時間軸に繋がっているのか……。
俺の未来だけでなく過去も量産されているという果てしなく途方もない話を考えると眩暈を覚える。
そんな時間は無いと考える方がスッキリ出来るが、その考え方は考え方で激しい虚無感を生み出す。
「君が無事で良かった。俺が君を狂わせてしまったのではないかと……良かった……本当に良かった……君が無事で良かった……ヒロシ……ヒロシ……」
ジョニーの表情が虚ろになっていき、俺の名前を呼ぶだけになってくる。
「ジョニー、ヒロシはそんな柔な男では無い! 分かったたろ?
本当に無事だったと。
今日は疲れただろ。すこし休もう」
そのジョニーに精神科医のレイが話しかけシートから立たせ連れていった。
代わりに海軍中将であるウォーレンがシートに座ってきた。
長身で体格もよくそれなのに粗野な感じはない。
飛行機行方不明のニュースの被害者情報によると、祖父の代から軍人でエリート軍人一族育ち。それだけあって品と貫禄がある。青い目も冷たさより温かさを感じる。そんな人物。
「ヒロシありがとう。お前お陰でアイツもかなり戻ってきた。
今日お前と話せた事でかなり彼の精神状態もさらに良い方向に変わってくると思う」
「大丈夫か? ジョニーは」
「この状況も俺たちの事も拒絶し内なる世界に閉じこもってしまっていたんだ。
しかしあそこまで回復した事は俺達にとっても大きな喜びだ。
希望で心を取り戻せた。素晴らしい事だろ?
本当にありがとう」
そう言われ俺は顔を横に振るしかない。俺は何もしていないし出来てない。
俺より長く、さらに機内という鎖された空間でいる彼らの苦痛は俺どころではないと思う。
飛行機のメンバーは皆、つくづく器がでかいというかタフな人達だと思う。残った人はではあるが。
ウォーレンとCAのリンダはそんな日々の中で愛を育み結婚したという話は驚きではある。このような状況下で真に寄り添える人が居ることは羨ましい。
二人にはそれぞれ伴侶や子供が地上にいる。そんな事をここで言ってしまうのは野暮というものだろう。
彼らに必要なのは、今その場所で触れ合い助け合える関係の相手だから。
リンダに、ウォーレンとの関係が羨ましいと言ったら笑われた。彼女からしてみたらオレの事が羨ましいと。
「ウィルの方が断然いい男だから旦那はもういいけど……息子には会いたいわ!
愛していると伝えて思いっきり抱き締めたてあげたい」
そんな事を言う彼女に何も言い返せなかった。俺の悩みが理解出来なくても、何か察して抱きしめ慰めてくれる明日香の存在は、俺にとって何よりもの救いで癒しである。俺は愛する存在には会えて、触れて、向き合える。例え無かったとされる時間でも。
しかし飛行機のメンバーはそれも出来ない。それでなくても飛行機の中での生活は気が滅入る。
でなくでも果てしなくくり返しの時間を過ごすこの異常な状況は少しずつ人を狂わしていく。
狂い方も人それぞれでスズキやタカハシのように歪んだ欲望を剥き出しにして他者への攻撃性を高める者。ジョニーのように自己崩壊し、自分を壊そうとする者。
どちらにしても時間がくるとその行為の意味はなくなり攻撃対象は甦る。虚しい行為だがそれを繰り返していくしかなくなる。
俺はどちらの方向で狂っていくのか? それを考えることも恐ろしい。
飛行機の彼らは娯楽と情報に飢えていた。俺がそんな彼らにしてあげられる事は少ない。
俺は彼らが少しでも楽しく過ごせるように俺は映画や本等のデータを送り楽しませ、愚痴を聞く。そして彼らからしてみたら一年後の世界の情報を流す。
逆に俺にとってもこの対話はなくては困るもので、特にカウンセリングは俺の心を大きく助けてくれていた。
相談することは高橋の事。既にかなりオカシイとは思っていたが、それはまだまだ予兆の段階だったと痛感する。彼女は一日一日の変化は微々たるものだが時間を重ねる毎に、狂気を深めていっている。
高橋は相変わらず鈴木を殺し続けているようだ。そして何食わぬ顔で会社に来て、俺に無邪気に接してくる。
「分からないんだ。彼女からしてみたら見知らぬ相手にどうして、あそこまでの強い殺意を抱けるのか?」
そう漏らすとウォーレンは悩んだ顔をする。精神科医ミラーことレイだけでなく、ウォーレンも仕事柄多くの部下を見てきたこともあり、こういうことを相談をしやすかった。
何だかの理由で記憶を消失した今。以前は共に集う仲間でもあった鈴木との接点はわずかで、鈴木本人に対しての感情はないはず。
高橋に探りを入れてみてが、俺のように以前のループは記憶まったくはないようだ。
「一つは記憶はなくても、鈴木への感情や想いは残っているのかもしれない。
何か物凄く嫌な印象を過去にスズキはタカハシに与えた。セクハラしたとか、または彼女の目の前でお前を殺したとか……」
ウォーレンの言葉に俺は嫌な汗が流れるのを感じた。
暗く怪しい視線で高橋を見るようになっていた鈴木。高橋もそれに気が付いていたのだろう、より俺を頼り常に俺から離れなくなった。
「あったかもしれない……スズキはタカハシに邪な感情を抱いていた事があった気がする」
何故か寒さを感じて震えてくる。
「だったら、スズキの自業自得。思いっ切りリベンジを楽しませたらいい!」
気楽にそんな事を言うウォーレンを俺は睨んでしまう。
「お前はもう散々タカハシとスズキを救おうとトライアンドエラーを繰り返しきた。
それでも二人はお前の期待を裏切り、愚かな行動に走っていく。お前は充分頑張ったんだ!
もう割り切って考えろ。高橋をコントロールして支配することを」
永遠は俺に五回自己紹介したと言っていた。全て思い出せてないが、俺は五回この現象を忘れている事になる。
「俺はそもそも何故か過去を忘れたのか?」
そう聞くとウォーレンはらしくなく視線を逸らす。
「兎に角今の状況は、今までお君が導いた未来の中で最もベターなモノだ」
飛行機のメンバーは皆口を揃えてそういう。狂った男を嬉々として殺し続ける女。それを見続ける事のどこが良い状況だというのか?
「君が事態を操りやすい環境だろ? 君は優しすぎるから人を殺し続ける事は出来ない。
それを代行してもらえ、その事によりタカハシの内に秘めたドス黒い感情の発散もできている……。
あの二人はどう君が気を遣い接しても、狂うんだ。
レイが言うことには……このループ現象の特徴は人の本質を浮き彫りにしていく」
「狂気が二人の本質だと?」
ウォーレンは頷く。
「スズキは自己顕示欲が強く自己中心的。そしてタカハシは愛情に飢えている分、どこまでも貪欲に愛を求める。元々そういう要素があるから異常な環境に置くと地が出てくる。戦場でもそうだ。極限状態になればなるほど人は取り繕われなくなり本性を出してくる」
そう一気に言ってレイは溜息をつく。
「こちらの世界もそうだった。最初に狂ったのは元々薬もやっていたロックスターの男。
キャシーやリンダを襲い、暴れるようになり手が付けられなくなっていった。自分の欲望のみに正直なクズ野郎だった」
だんだん重くなる身体、暗くなっていく視界。激しく焼けるような痛みだった筈の腹の刺傷。そのだんだん痛みが鈍く感じなくなっていく。意識も遠のいていく。
人が暴れ布の裂ける音、悲鳴を上げ続ける高橋の声……。
嫌な記憶が蘇ってくる。また痛みを伴い見えてくる悍ましい過去。高橋の上に覆い被さって卑猥に動く鈴木の姿がだんだんぼやけていく……。鈴木を止めないと……高橋を助けないと……そう想いながらも闇に堕ちるように意識を無くす俺。
「宙!」
永遠の声が、割り込んでくる。画面でこちらを覗き込み心配そうに見つめる永遠の姿が見えた。
俺が他の人と話をしていても、永遠は近くにいてその会話を聞いているようだ。
「大丈夫か? 宙、落ち着け!
いいか余計な事に心を持っていかれるな。
ループの中、平常心で居続けられるコツはな、出来る限りフラットに物事を考え、細かい事を気にするな! レイみたいに無神経で能天気でいろ。
何か嫌な事思い出したとしても、それは所詮過去の事。もう気にするな」
脳裏に蘇ったのは、鈴木に犯されている高橋の姿。俺は身体の震えを必死に抑える。
高橋がその時の感情を残しているのなら、鈴木に殺意を覚えていて当然である。
「俺は、過去に高橋を守ってやれなかった。それをなかった事として今の状況をよしとしろと?」
永遠は困ったような顔をしてこちらを見つめ、ウォーレンはは俺を見てため息をつく。
「ヒロシは頭も良いし、そして善良な人物だ。だからこそ悩むのだろうし辛いだろう」
二人は何かを言おうと口を開ける。先に言葉を発してきたのはウォーレンだった。
「だがお前にとってどちらが耐え難い?
スズキを殺させ続ける事と、タカハシを止めてスズキにテロ行為を繰り返させ続ける事。
俺達の世界での狂人の存在は直に危険に繋がる。だからそんな選択の余地はない。狂った存在を物理的に止めて排除するしかない。
しかし君は選べる。どうなんだ?」
冷静な低い声の軍人であるウォーレンの言葉に俺は言葉を返せなかった。無関係の人が無惨に殺される様子をける事なんて出来る筈もない。例えそれが無かったことになる事でも。自分の身体が燃える痛みと苦しみ、刺されて死へ堕ちていく恐怖。
俺も体験したが、殺されるその苦しみと痛み。与えられる感覚はホンモノなのだ。
二択のようで、この選択は俺には一つの道しか選べない。よりマシに思える方。
「もう一つ君には道はあるけどね……」「トワ!」
永遠の言葉を遮りウォーレンは肘掛に座っていた永遠を押しのけ遠さげようとする。そんなウォーレンにニコリと微笑みかけるが睨みかえされている。
「宙、コレだけは言わせてくれ。
君はもっと自分を大切にしなさい。
そして忘れないで君には俺達がついている」
永遠が引っ張られているのか視界から消えていった。その様子を呆然と見ていた俺にウォーレンは誤魔化すように笑う。
「トワは、人を喰った所がある。
元気なら冗談と笑って流せるけど、今君は動揺している。君に余計な負担をかけたくない」
そんなウォーレンの言葉に、「失礼な……君らから見える俺はそんなに、性格悪い?」と永遠のノンビリとした声が聞こえる事から見えない所で揉めている訳ではないようだ。
「ヒロシ、トワの事は今は気にすることはない。
お前が最も辛くない道を選べ。
キツかったらいくらでも話は聞いてやる。無理はするな。いいな。そして一緒に高橋の対処も考えてやる」
レイが顔をだし、俺を気遣うように話しかけてくる。厳しい事を皆言ってくるが、それは俺の為なのだ。
俺がさんざん苦しんできた殺害行為をしなくて済む今の状況をウォーレンらが歓迎しているのは、俺を思っての事。俺の心を守ろうとしてくれている事は痛いほど伝わってくる。
それだけに、何もそれ以上余計な事は言えなくなった。
レイはやはり高橋の精神状態が気になるようだ。俺が安全に過ごせるように高橋を余計に刺激せずにやり過ごす会話術をアドバイスしてくる。
皆の言う通り、鈴木を高橋に殺させ、高橋だけを警戒する。という現状の道を行くしかない。
結局俺はその道を進み、理解し難い思考にズブズブとハマって狂気を増していく高橋を見守るというか見張る堪らなく気持ち悪い日々を過ごす事になった。
俺の予想では分岐してしまった今日の先に明日はない。そのように思っている。
縦軸に伸びる通常の時間。そこに横に螺旋を描き伸びていくのが俺や永遠達の時間。その横に伸びていく時間が元の流れに戻れるのか、離れていく一方なのかは謎。そして今の俺の時間は未来にも過去にも伸びていない。
「オレもそう思ってるよ。そう思いたいというのもあるけど」
ジョニーはそう言って儚い雰囲気で笑う。ジョニーは映画俳優。前に壊れたと永遠達から聞いていたが、最近復調したらしい。
「少なくとも今の俺とヒロシは繋がってはいない。そういう意味では、トワが羨ましいよ。
俺も君と直で繋がりたい」
ジョニーは手を伸ばしモニターの俺をさすっているようだ。
「こうして話せているじゃないか。顔を合わせて」
俺はそういう言葉を返す。
絶望から、ループして戻る度に自殺を繰り返していたそうだ。俺との連絡が再開されたと聞いて生きる気力を取り戻してくれたと聞いた。
とはいえ、弱々しく微笑む彼はどこか痛々しいものを感じる。映画においては癖のある嫌な男を演じる事の多いジョニーだが話してみると優しくて穏やかな人物だった。だがその優しさと繊細さが、果てなき自殺行為に追い込んで居たのだろう。
「ヒロシ、君は本当に一年前俺からのメッセージ受け取ってないのか? 俺のメッセージは君に届いていないのか?」
俺は苦笑し顔を横に振る。今日ジョニーらからメッセージやメールは来ないし、一年前に突然見知らぬ外国人から連絡が来たなんて記憶もないし、そんな記憶が突然生まれる事もない。
「そんな、いきなり有名な俳優である君から連絡来て、それを覚えてないなんて有り得ないだろ? まして俺は君のファンだったからそんな事を忘れる訳ない」
飛行機のメンバーがそれぞれ持つ端末から一年前という時間にいる筈の俺にずっとアプローチしてみたらしい。しかし俺の元にはそんな連絡は来ていない。何故か永遠とのみ連絡がつくというのに。
不思議な事に俺のメッセージは一年後の日時を示し永遠に送られて、永久のメッセージは一年前の日付けで新着として届く。
逆に飛行機のメンバーによる俺のFacebookやTwitterに書き込みやメッセージは、一年前の俺に送信されているようだ。彼らの時間において表示され、送った相手の俺は彼らにリアクションは返しているらしい。
しかし俺には突然見知らぬ複数人の外国人から連絡を受け取ったというそんな記憶は無いし、俺のSNSを遡ってもそんなやり取りは見られない。
永遠以外のメンバーからの働きかけは彼らの世界だけで完結しているのか……それとも俺の別の時間軸に繋がっているのか……。
俺の未来だけでなく過去も量産されているという果てしなく途方もない話を考えると眩暈を覚える。
そんな時間は無いと考える方がスッキリ出来るが、その考え方は考え方で激しい虚無感を生み出す。
「君が無事で良かった。俺が君を狂わせてしまったのではないかと……良かった……本当に良かった……君が無事で良かった……ヒロシ……ヒロシ……」
ジョニーの表情が虚ろになっていき、俺の名前を呼ぶだけになってくる。
「ジョニー、ヒロシはそんな柔な男では無い! 分かったたろ?
本当に無事だったと。
今日は疲れただろ。すこし休もう」
そのジョニーに精神科医のレイが話しかけシートから立たせ連れていった。
代わりに海軍中将であるウォーレンがシートに座ってきた。
長身で体格もよくそれなのに粗野な感じはない。
飛行機行方不明のニュースの被害者情報によると、祖父の代から軍人でエリート軍人一族育ち。それだけあって品と貫禄がある。青い目も冷たさより温かさを感じる。そんな人物。
「ヒロシありがとう。お前お陰でアイツもかなり戻ってきた。
今日お前と話せた事でかなり彼の精神状態もさらに良い方向に変わってくると思う」
「大丈夫か? ジョニーは」
「この状況も俺たちの事も拒絶し内なる世界に閉じこもってしまっていたんだ。
しかしあそこまで回復した事は俺達にとっても大きな喜びだ。
希望で心を取り戻せた。素晴らしい事だろ?
本当にありがとう」
そう言われ俺は顔を横に振るしかない。俺は何もしていないし出来てない。
俺より長く、さらに機内という鎖された空間でいる彼らの苦痛は俺どころではないと思う。
飛行機のメンバーは皆、つくづく器がでかいというかタフな人達だと思う。残った人はではあるが。
ウォーレンとCAのリンダはそんな日々の中で愛を育み結婚したという話は驚きではある。このような状況下で真に寄り添える人が居ることは羨ましい。
二人にはそれぞれ伴侶や子供が地上にいる。そんな事をここで言ってしまうのは野暮というものだろう。
彼らに必要なのは、今その場所で触れ合い助け合える関係の相手だから。
リンダに、ウォーレンとの関係が羨ましいと言ったら笑われた。彼女からしてみたらオレの事が羨ましいと。
「ウィルの方が断然いい男だから旦那はもういいけど……息子には会いたいわ!
愛していると伝えて思いっきり抱き締めたてあげたい」
そんな事を言う彼女に何も言い返せなかった。俺の悩みが理解出来なくても、何か察して抱きしめ慰めてくれる明日香の存在は、俺にとって何よりもの救いで癒しである。俺は愛する存在には会えて、触れて、向き合える。例え無かったとされる時間でも。
しかし飛行機のメンバーはそれも出来ない。それでなくても飛行機の中での生活は気が滅入る。
でなくでも果てしなくくり返しの時間を過ごすこの異常な状況は少しずつ人を狂わしていく。
狂い方も人それぞれでスズキやタカハシのように歪んだ欲望を剥き出しにして他者への攻撃性を高める者。ジョニーのように自己崩壊し、自分を壊そうとする者。
どちらにしても時間がくるとその行為の意味はなくなり攻撃対象は甦る。虚しい行為だがそれを繰り返していくしかなくなる。
俺はどちらの方向で狂っていくのか? それを考えることも恐ろしい。
飛行機の彼らは娯楽と情報に飢えていた。俺がそんな彼らにしてあげられる事は少ない。
俺は彼らが少しでも楽しく過ごせるように俺は映画や本等のデータを送り楽しませ、愚痴を聞く。そして彼らからしてみたら一年後の世界の情報を流す。
逆に俺にとってもこの対話はなくては困るもので、特にカウンセリングは俺の心を大きく助けてくれていた。
相談することは高橋の事。既にかなりオカシイとは思っていたが、それはまだまだ予兆の段階だったと痛感する。彼女は一日一日の変化は微々たるものだが時間を重ねる毎に、狂気を深めていっている。
高橋は相変わらず鈴木を殺し続けているようだ。そして何食わぬ顔で会社に来て、俺に無邪気に接してくる。
「分からないんだ。彼女からしてみたら見知らぬ相手にどうして、あそこまでの強い殺意を抱けるのか?」
そう漏らすとウォーレンは悩んだ顔をする。精神科医ミラーことレイだけでなく、ウォーレンも仕事柄多くの部下を見てきたこともあり、こういうことを相談をしやすかった。
何だかの理由で記憶を消失した今。以前は共に集う仲間でもあった鈴木との接点はわずかで、鈴木本人に対しての感情はないはず。
高橋に探りを入れてみてが、俺のように以前のループは記憶まったくはないようだ。
「一つは記憶はなくても、鈴木への感情や想いは残っているのかもしれない。
何か物凄く嫌な印象を過去にスズキはタカハシに与えた。セクハラしたとか、または彼女の目の前でお前を殺したとか……」
ウォーレンの言葉に俺は嫌な汗が流れるのを感じた。
暗く怪しい視線で高橋を見るようになっていた鈴木。高橋もそれに気が付いていたのだろう、より俺を頼り常に俺から離れなくなった。
「あったかもしれない……スズキはタカハシに邪な感情を抱いていた事があった気がする」
何故か寒さを感じて震えてくる。
「だったら、スズキの自業自得。思いっ切りリベンジを楽しませたらいい!」
気楽にそんな事を言うウォーレンを俺は睨んでしまう。
「お前はもう散々タカハシとスズキを救おうとトライアンドエラーを繰り返しきた。
それでも二人はお前の期待を裏切り、愚かな行動に走っていく。お前は充分頑張ったんだ!
もう割り切って考えろ。高橋をコントロールして支配することを」
永遠は俺に五回自己紹介したと言っていた。全て思い出せてないが、俺は五回この現象を忘れている事になる。
「俺はそもそも何故か過去を忘れたのか?」
そう聞くとウォーレンはらしくなく視線を逸らす。
「兎に角今の状況は、今までお君が導いた未来の中で最もベターなモノだ」
飛行機のメンバーは皆口を揃えてそういう。狂った男を嬉々として殺し続ける女。それを見続ける事のどこが良い状況だというのか?
「君が事態を操りやすい環境だろ? 君は優しすぎるから人を殺し続ける事は出来ない。
それを代行してもらえ、その事によりタカハシの内に秘めたドス黒い感情の発散もできている……。
あの二人はどう君が気を遣い接しても、狂うんだ。
レイが言うことには……このループ現象の特徴は人の本質を浮き彫りにしていく」
「狂気が二人の本質だと?」
ウォーレンは頷く。
「スズキは自己顕示欲が強く自己中心的。そしてタカハシは愛情に飢えている分、どこまでも貪欲に愛を求める。元々そういう要素があるから異常な環境に置くと地が出てくる。戦場でもそうだ。極限状態になればなるほど人は取り繕われなくなり本性を出してくる」
そう一気に言ってレイは溜息をつく。
「こちらの世界もそうだった。最初に狂ったのは元々薬もやっていたロックスターの男。
キャシーやリンダを襲い、暴れるようになり手が付けられなくなっていった。自分の欲望のみに正直なクズ野郎だった」
だんだん重くなる身体、暗くなっていく視界。激しく焼けるような痛みだった筈の腹の刺傷。そのだんだん痛みが鈍く感じなくなっていく。意識も遠のいていく。
人が暴れ布の裂ける音、悲鳴を上げ続ける高橋の声……。
嫌な記憶が蘇ってくる。また痛みを伴い見えてくる悍ましい過去。高橋の上に覆い被さって卑猥に動く鈴木の姿がだんだんぼやけていく……。鈴木を止めないと……高橋を助けないと……そう想いながらも闇に堕ちるように意識を無くす俺。
「宙!」
永遠の声が、割り込んでくる。画面でこちらを覗き込み心配そうに見つめる永遠の姿が見えた。
俺が他の人と話をしていても、永遠は近くにいてその会話を聞いているようだ。
「大丈夫か? 宙、落ち着け!
いいか余計な事に心を持っていかれるな。
ループの中、平常心で居続けられるコツはな、出来る限りフラットに物事を考え、細かい事を気にするな! レイみたいに無神経で能天気でいろ。
何か嫌な事思い出したとしても、それは所詮過去の事。もう気にするな」
脳裏に蘇ったのは、鈴木に犯されている高橋の姿。俺は身体の震えを必死に抑える。
高橋がその時の感情を残しているのなら、鈴木に殺意を覚えていて当然である。
「俺は、過去に高橋を守ってやれなかった。それをなかった事として今の状況をよしとしろと?」
永遠は困ったような顔をしてこちらを見つめ、ウォーレンはは俺を見てため息をつく。
「ヒロシは頭も良いし、そして善良な人物だ。だからこそ悩むのだろうし辛いだろう」
二人は何かを言おうと口を開ける。先に言葉を発してきたのはウォーレンだった。
「だがお前にとってどちらが耐え難い?
スズキを殺させ続ける事と、タカハシを止めてスズキにテロ行為を繰り返させ続ける事。
俺達の世界での狂人の存在は直に危険に繋がる。だからそんな選択の余地はない。狂った存在を物理的に止めて排除するしかない。
しかし君は選べる。どうなんだ?」
冷静な低い声の軍人であるウォーレンの言葉に俺は言葉を返せなかった。無関係の人が無惨に殺される様子をける事なんて出来る筈もない。例えそれが無かったことになる事でも。自分の身体が燃える痛みと苦しみ、刺されて死へ堕ちていく恐怖。
俺も体験したが、殺されるその苦しみと痛み。与えられる感覚はホンモノなのだ。
二択のようで、この選択は俺には一つの道しか選べない。よりマシに思える方。
「もう一つ君には道はあるけどね……」「トワ!」
永遠の言葉を遮りウォーレンは肘掛に座っていた永遠を押しのけ遠さげようとする。そんなウォーレンにニコリと微笑みかけるが睨みかえされている。
「宙、コレだけは言わせてくれ。
君はもっと自分を大切にしなさい。
そして忘れないで君には俺達がついている」
永遠が引っ張られているのか視界から消えていった。その様子を呆然と見ていた俺にウォーレンは誤魔化すように笑う。
「トワは、人を喰った所がある。
元気なら冗談と笑って流せるけど、今君は動揺している。君に余計な負担をかけたくない」
そんなウォーレンの言葉に、「失礼な……君らから見える俺はそんなに、性格悪い?」と永遠のノンビリとした声が聞こえる事から見えない所で揉めている訳ではないようだ。
「ヒロシ、トワの事は今は気にすることはない。
お前が最も辛くない道を選べ。
キツかったらいくらでも話は聞いてやる。無理はするな。いいな。そして一緒に高橋の対処も考えてやる」
レイが顔をだし、俺を気遣うように話しかけてくる。厳しい事を皆言ってくるが、それは俺の為なのだ。
俺がさんざん苦しんできた殺害行為をしなくて済む今の状況をウォーレンらが歓迎しているのは、俺を思っての事。俺の心を守ろうとしてくれている事は痛いほど伝わってくる。
それだけに、何もそれ以上余計な事は言えなくなった。
レイはやはり高橋の精神状態が気になるようだ。俺が安全に過ごせるように高橋を余計に刺激せずにやり過ごす会話術をアドバイスしてくる。
皆の言う通り、鈴木を高橋に殺させ、高橋だけを警戒する。という現状の道を行くしかない。
結局俺はその道を進み、理解し難い思考にズブズブとハマって狂気を増していく高橋を見守るというか見張る堪らなく気持ち悪い日々を過ごす事になった。
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いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!
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