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脱出の為の破壊

導く明日と、追いすがる今日

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 明日香は部屋にくると俺を置いて、直ぐに処方箋を持って買い物に行ってしまう。
 俺はテレビをつけ、カバンからタブレットを取り出しもう一度ダウンロードした動画を見ながら、情報を収集する。
 スズタンはマスコミにも動画を見つけられた事で再び注目されている。いや前回以上に皆からその存在を注目されていると言うべきだろう。コメントの数も段違い。
 殆どがテロにも近い行為に関する非難のコメント。スズタンはそのどれにも反応を返していない。その後の更新もない。
 書き込まれたコメントは正義から来るコメントというより、多数派に乗り大騒ぎしたいだけの野次馬な空気を感じる。
 スズタンの行動以上の異常性と歪んだ醜い人間の心を感じた。そこには建設的な意見も、未来志向の話もない。ただ人を攻撃して楽しむ言葉のみの羅列。正義のフリしたイジメの光景。以前のアイドルへの愛を語るツイートにまで攻撃が入っていた。
 スズタンのアカウントの狂乱騒ぎも唐突に終わる。アカウントそのものが見れなくなったからだ。凍結されたようだ。ネットの掲示板では犯人と特定され色々彼について調査がなされていた。
 アイドルグループ【ニャンニャン麺】のミライちゃんの熱狂的ファン。Twitterの相互フォローだったとされる友達のアカウントから顔も晒され初めていた。
 掲示板の人の解析によると、負け組人生を歩くオタクの男が暑さにやられてブチ切れた。そう言われていてネットで親しくしていた人や、彼が好きだというアイドルにまで攻撃されだしている。
 俺はため息をつく。昨日までのツイートは、ライブを満喫しミライちゃんを愛する仲間との打ち上げを楽しみ最高に幸せそうだった。それが何故こんな事に?
 俺は再びため息をつく。
 玄関の鍵が開く音がした。明日香が帰ってきたようだ。明日香は俺がテレビでモンドのニュースを見ながらパソコンをいじっているのを見て顔を顰める。
「今日だけでも、そう言うのを見ないでゆっくりして」
 明日香はリモコンをとりテレビを消し、ノートパソコンを閉じてしまう。
「何があったのか、何故あんな事が起きたのか知りたいんだ。でないと俺は先に進めないような気がする」
 そう訴える俺に明日香は悲しげな顔をする。
「もう、犯人は特定されているので捕まるのも時間の問題。貴方が悩んだり動かなくても彼は捕まる。そしたらその理由も解明される。
 それに貴方が救った男性。様態は安定したとニュースで言ってた。歩道橋にいた親子もマスコミのインタビューに答えていた。貴方への感謝を口にしていたわ。それだけ元気をとり戻している。
 もう十分貴方は出来ることをした! それでいいでしょ?」
 外でも明日香も色々と情報は入れていたようだ。子供に言い聞かせるように俺に話しかける明日香を見つめ返す。
 火災と竜巻だけならば、素直に従えただろう。しかし俺が関わっている問題はそれだけでは無い。今日しか入らない情報もあると思うと気になって仕方がない。明日が来てくれるなら、単なる大変だった過去のこととして流せるが……。
「……でも俺は気になるんだ。大した情報が入るとは思えないが……自分で調べて納得したい」
 明日香はため息をつき「お昼の用意するわ。何か食べて薬は飲まないとね」と離れていった。
 ネットでは、あの動画が撮影されたとする席と、席からのアングルで撮った写真等が公開されたりと、勝手に足取りを追う人も出てきている。
「スズタンを見つけて捕まえろ!」とゲームのようなノリになっている。
 明日香が作ってくれたお子様ランチのようにフォークのみで食べられるお昼を食べている間も、テレビは同じ情報と映像を流し、ネット以上に役に立たない考察を述べるのみ。

 スズタンの名前と顔が一般公開されよりスズタンを探すゲームは過激になっていく。
 名前は鈴木天史。名前は【たかし】と読むらしい。俺より年上の三十六歳。誕生日は一月十一日。彼を知る人は、優しくて穏やかな人だと言い、信じられないと口々に言う。
 ネットで少し尖った政治批判しているような発言は普段はしていないようだ。そんな声も多くの『鈴木天史は悪魔のような殺人鬼』『最悪な狂人』という声に押しやられる。
 俺は必死な様子で、作業する鈴木の様子を思い出していた。
 あの様子の鈴木天史は穏やかで優しい男には見えなかった。
 鈴木天史はキャンプ等で使うガスのスプレー缶とガソリン等の発火温度の低い液体を使い放火したらしい。
 特別な時限装置を使わなくても今の季節照りつける太陽が歩道橋の鉄鋼の温度を求める温度まで上昇させる。
 よく分からない専門家が、ガスのスプレー缶が車内等に放置したことで爆発した事例等を取り上げながら、今回の放火のメカニズムを簡単に説明している。
「ヒロくんは、プログラマーだから物事を何でも理論的に考えようとしているけど……この世界ってそんなにシンプルでわかりやすいものでは無いと思う」
 共にテレビを見ながら明日香はそんな事を話してくる。
「この鈴木という人物にせよ、そう。
 きっかけは何だかあったかもしれない。
 でも普通だからとこういう事までしない。
 今世間で騒がれているあおり運転でもそうでしょ。そこに理論なんてない。不条理で非論理的な感情とかいったものがそこにあるだけ。
 それに理論的求める事に何の意味があるの?
 マスコミとか世間はそこに、幼少時代のトラウマとか、お得意の心の闇とか言って落とし所をつけるだけ。
 ヒロくんはこの事件にどういう決着を求めているの?」
 俺以上に現実的な所のある明日香の言葉に俺は悩む。
「難しいな、俺にも分からない。
 でもこの中で俺なりの答えが、見つかれば未来に行ける」
 本気の想いをオブラートに包んで答えた。明日香はそんな俺に困ったような顔をして俺の頭を撫でる。
「俺は子供じゃないぞ」
「今日のヒロくんは特に子供みたいだから。ムキになって頑な」
「悪い」
 謝る俺に明日香は苦笑する。それ以上何も言わなかった。
 テレビでは、新しいネタもなくなったのだろう。繰り返される同じフレーズと映像。
 痛み止めのせいか意識が朦朧としてくる。気がつけば意識を飛ばしていた。

 夕方にリビングのラグの上でブランケットを被った状態で目が覚める。
 薬の効き目か、痛みはやや和らいでいるが、腕の先、胸、頬と広い範囲が嫌な感じで相変わらず痛い。
 おでこに貼られた冷えピタが気持ち良い。頭痛と身体のダルさで俺は熱を出していたことに気がつく。
 テレビは消えており、明日香が自分のパソコンに向かって電話をかけながら何やら作業をしている。俺のせいで中断された仕事をここでしているのだろう。
 俺の視線に気がついたのか明日香が俺を見て心配そうな顔で近付いてくる。
「ごめんなさい 起こしてしまった? どう? 身体は」
「大丈夫だよ」
 言いながら身体を起こすが、明日香は何故か睨んでくる。そして俺の頬や首を触り顔を顰める。
「まだ熱あるじゃない。熱冷ましも処方して貰っているからそれを飲もうね」
 俺から離れて冷蔵庫に行きミネラルウォーターのペットボトルをとってくる。そして蓋をあけテーブルの上におく。
 指まで包帯に巻かれていると、薬を出す事すらも難しい。先程手間取っていたのを見ていたので明日香は薬を取りだし俺に手渡してくる。
 なんか情けない。明日香の機嫌が悪いように見えた
「悪かった。今日も色々忙しかったんだろ? それなのにこんなに面倒かけて。俺は子供じゃないんだからほっといて仕事に戻ってくれ。俺は大丈夫だから」
 明日香は俺の言葉にフーと息を吐く。
「私の仕事の方はいいの!
 それよりヒロくんって……どういう状況でも大丈夫としか言わないよね。
 私はそこがもどかしいし腹立たしい。
 そして自分の事をより人の事ばかり!
 こういう時くらい自分の事だけ考えてよ。熱を出したという事はそれだけ身体が無理したってことなの! 
 今日くらい私の事なんて考えず、自分の事だけ考えて!」
 明日香は俺の頭を撫でながら子供に言い聞かせるような優しい口調で語りかけてくる。
 俺は笑顔を作り、もう一度謝り「分かった」と返した。明日香にまた溜息をつかれてしまった。
「貴方が寝ている間に部長さんから電話があったわ。
 一週間休めって。診断書をみて考慮した上の判断だから、来てもタクシーで追い返すから来るな! って」
 俺は溜息をつく。
「私は暫くコチラで暮らし貴方が無茶しないか見張らせてもらいます!
 私に迷惑とか、私の仕事の事を考えるなら大人しくして!
 それなら私は昼は出かけ普通通り仕事をします」
「……分かった大人しくするから! 明日香が仕事に集中出来るように」
 明日香は俺の言葉に満足したのか頷き、「よろしい!」と言って離れていった。
 しかしテレビをつけ俺が自分のパソコンを開くと振り返り睨んできた。
 テーブルの上のスマフォが震える。割れた画面を見るとすっかり覚えた高橋の番号。
 俺は無事な肌の部分を使いでる。
「高橋! どうかしたか?」
 そう出ると小さい声で挨拶する高橋の声。
「大丈夫か?」
『いえ、佐藤さんこそ大丈夫ですか?』
「ああ大丈夫だ。薬をのんだからか、楽になった」
 俺の【大丈夫】という、声に離れた所から眉を寄せる明日香と、暫く沈黙する高橋。
『今……お一人ですか?』
 物言いたげな明日香の表情。
 少し低いトーンの高橋で何となく高橋の言っていた大丈夫の言葉の意味が違っていることに気がつく。
「いや、今さっきお前とも会った……彼女も一緒だから、俺の方は大丈夫だ」
 フーと溜息をつく音。
『…………それなら……安心です』
 何で俺はそう言う意味での信用はないのだろうか?
「お前の方こそ大丈夫か?」
『大丈夫ですよ! 色々調べ物する事もあったから……アイツの事はかなりわかりましたね……。
 あっ。佐藤さん!!』
「ん?」
『アイツ捕まりました!! スズタンこと鈴木天史』
「え?! 本当か? それ」 
 俺はテレビを見ると上に速報が流れていた。
 情報番組で呑気に健康体操をしていたらしいスタジオが慌ただしくなっていた。
「速報です! 新しい情報が入りました! 緊急手配中の鈴木天史が警察に確保されたもようです」
「みたいだな」
 そう返しテレビを見入ってしまう。
「本日十七時十七分、渋谷にてモンド放火犯と見られる鈴木天史が逮捕されたようです」
 暫くはその情報だけを繰り返すアナウンサー。スタジオにいるタレントは「危険な犯罪者が早く捕まってこれで一安心ですね」と当たり障りのない意見を言うのみ。
『佐藤さん、私達どうなるのでしょうか……アイツの目的は何なのでしょうか!』
 高橋が電話越しにそんな言葉を言ってくる。
「それは分からない。あの場所を壊したかったのか、たたムシャクシャしてやっただけなのか」
『モンドは竜巻の前に少し壊れていましたよね? あれで私達に明日は来るのでしょうか?』
 それは今日が終わらないと分からない。
「今の俺達に出来る事は、状況を見守る事だけだ」
『そうですね……。
 あの……もし……明日がまた来なくても……佐藤さんは一緒にいてくれますよね。また電話しても大丈夫ですか?』
 俺はその言葉に笑うしかない。同じ日を繰り返す異常事態。
 その悩みを共有し共に挑めるのは高橋しかいない。
「勿論だよ! 電話は時間も気にせずかけてくれ!
 今日であっても何か気になった事があったら電話しろ」
『……あり……がとうござい……ます』
 高橋の途切れがちの声に鼻を啜る音。
「高橋、大丈夫か? 泣いているのか?」
 俺の声に、夕飯をつくっていた明日香が心配そうに振り向く。明日香の唇が、『大丈夫?』と動く。俺は眉を寄せるしかない。高橋に声をかける。
『大丈夫です! ただ鈴木の奴が捕まってなんかホッとしたのと……佐藤さんと話していて気が抜けたというか……』
 電話ごしで分かり辛い。なんでだろう気が抜けてホッとした雰囲気には思えない。
「何かぶちまけたい事あれば、何でも言えよ。一人で抱え込むな」
『ありがとうございます。でも大丈夫です。
 佐藤さん、今日はおつかれですよね。ゆっくり休んで下さい』
「高橋。お前もだぞ。無理はするなよ」
 高橋は『はい』と返事を返して電話を切ってしまった。俺はため息をつく。
「あの子、どんな様子だった?」
 そう聞いてくる明日香に俺は眉を寄せるしかない。
「かなり参ってそうではあった。
 お前が『大丈夫』ばかり言う俺にムカつくと言ったのも分かったきがした」
 明日香は俺の言葉に笑う。
「……あの場所で別れる直前の様子がさ……」
 明日香は続きを待つように首を傾げる。
「迷子になっている子供のように見えた」
 明日香は「そうね~」と頷く。
「あの時そのまま一人にさせるべきではなかったのかなと……自分が非情な対応してしまったような気がしてならない」
 俺は離れていくタクシーの中でずっと俺を見ていた高橋の姿を思い出す。
「でもあの子は今日一人で考える事を選んだ。だから今は心の内を誰かに聞いてもらいたいというタイミングではなかったのかも。
 それに友達とか家族とかそう言う事話しやすい人は他にいるでしょうし。
 彼女には彼女の都合とタイミングがある。
 だから貴方は、もっと大きな視点でドーンと見守ってあげた方があの子には楽かも」
 俺はフーと溜息をつく。
「女心って難しいな。
 女の子の部下って、彼女が初めてだけにそういう距離感のとり方が難しい。会社で普通に仕事している分には問題ないけど、それ以外の場面になると改めて考えると難しいな
 野郎相手なら仕事で、落ち込んていても飯でも連れて行ってあげて話を聞くという感じでいけるけど。女の子相手だとセクハラ、パワハラとかになってしまうらしいし」 
「最近はセクハラ、パワハラは女性相手だけには限らないらしいけどね。彼女いるの? とか聞くのもダメと言うし……。
 貴方の今回の相手に相談先として新しい一つの選択肢を持たせるその形で正解だと思う」
 俺は明日香の言葉に頷いて納得するしかない。
 その日は結局高橋からは電話はなかった。
 そして捕まった鈴木天史は取り調べに対して『今日は疲れた。明日になれば全てを話す』と繰り返すのみでそれ以上何も言わなかったらしい。
 彼がいたのは渋谷の交差点を見下ろせるあの有名なカフェ。そこで珈琲を飲みながら長い時間のんびりとスクランブル交差点を見下ろしていたという。その様子があまりにも普通で誰も気が付かなかった。というかあの場所は皆群衆は眺めているが、そこにいる自分以外の個人は気にしない場所でもあるから。
 俺はと言うと熱を更に上げ、明日香にベッドへ強制的に寝かされた。
 共に横に寝ている明日香の心配そうな表情。
「大丈夫だから、そんな顔をするな」と言うと眉を寄せられる。
「今日くらい子供のように、甘えてよ」
 そう言う明日香に俺は縋りたくなるような泣きたくなるような気持ちが芽生えるが必死に抑える。時間は二十三時五十八分。
「明日香、手を握ってよい?」
 明日香が目を丸くする。
「痛いでしょ?」 
「それでも明日香と手を繋ぎたい。明日香を感じたい」 
 明日香はフフと笑い、両手を俺の右手に添える。俺の手を優しく包み込むかのように。
 俺は手が痛むのも構わず明日香の手を握る。明日香はダメでしょと怒るが俺はただ明日香の名を呼び笑いかける。
 明日香は何も言わす微笑み俺の手に触るか触らないかの優しいタッチでキスをした。
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