サトウヒロシ

白い黒猫

文字の大きさ
上 下
6 / 9
不快ニ暑イ夏

明ルイ未来ノ爲ニ

しおりを挟む
「ねえ、なんか臭くない?」 
 自習室で俺はそんな声を聞きハッと我に返る。自分はいつの間に此処にいたのだろうか? とボンヤリ思う。最近は兎に角勉強する、その事の為にだけ生きているようでそれ以外の事は自動でロボットのように無意識に行っている所がある。もしかして臭いって俺なのだろうか? 俺はお風呂にちゃんと入っていたのかと思い出そうとするが記憶がボンヤリしている。自分の匂いを嗅いでみるが何の香りも匂いも感じられない。大丈夫そうだ。俺は机の上に視線を戻す。
「え? しないけど、どんな匂い?」
 後ろに座っていた女の子の二人がコソコソと話を続けている。
「なんか焦げ臭いというか、肉が焼けたような匂いというのかな」
「アンタ昨日、焼肉を家族で食べにいったって言ってたじゃん! それが残っているのでは」
「えーちゃんとお風呂入ったし洋服も着替えたし。違うよ~!
 それにそういう美味しそうな、良い匂いじゃなくて……」
 そんな下らない会話を聞いて時間を無駄にした。俺は舌打ちをして再び勉強に没頭する事にした。もう遊んでいる暇なんてない今年こそ大学に受かり、こんな状況からオサラバしないといけない。俺は勉強に一層勤しむ事にする。
 集中していた為に俺はその後、自習室に入ってきた人が腰を抜かして大騒ぎした事も気にしなかった。もう雑音に邪魔されるのはゴメンだ。
「ゆっ幽霊っ! ……そっそこに……見えないの? 皆は?」
 自習室が何故か大騒ぎになっているようだが、俺は馬鹿らに付き合あうつもりはないので、そのまま勉強を続けた。
 閉室時間まで勉強をして予備校を後にする。夏バテのせいだろうか? なんか身体に力が入らない。今日はさっさと休んだ方がよいのかもしれない。身体を壊してしまったら元も子もない。俺はユラユラとした足取りで家路を急ぐ。お腹も空いていないので、今日は食事もとらずに真っ直ぐ部屋に帰ることにする。アパートのある細い路地に入って俺は首を傾げる。俺の行く手を阻むように黄色いテープが張られていたからだ。そしてその向こうには焼けて原型も留めていないアパートであったモノが夜の闇の中でボンヤリ見えた。

 ザッ ザッ ザッ

 呆然とその風景を見つめていると、箒で地面をはく音がする。見ると焼き焦げた細い身体の人間が掃除をしている。その仕草からそれが一〇一号室のお婆さんだと気がつく。全身熱傷であること以外はいつも通りの様子である。嫌こんな夜も更けた時間に掃除もオカシイのかもしれない。
「おかえりなさい、遅くまで大変ね。
 昨晩は本当に大変だったわよね」
 所々焼け残った肉部分から体液を流しながら相手は、明るくそう俺に挨拶してくる。声を聴いて、やはり一〇一号室の婆さんだと納得する。そして別の事が気になる。昨日? 何があったのだろうか? 俺は考える。思い出せない。浮かんだのは揺らめく赤い色のイメージ。
 壁を舐めるように広がる炎。
           他の部屋から聞こえる悲鳴。
    俺を襲う夏の暑さどころではない熱。
                  息をすればする程苦しくなる呼吸……。
 俺は頭を横に振る。前に視線を向けると俺の下の階の夫婦と思われる人影が二体喧嘩をしている。近くで子供らしい影が声を押し殺して泣いている。蹲ってブツブツいっている人影もいる。コチラはおそらく俺の隣の部屋の住民だろう。
 ………………………………俺は我に返ル。なんダいつも通りの鬱陶しい日常ソのまんまジゃないか。
 何の問題モない。俺は安堵スる。
 ソれより、何時まデも何呆けてィるんだ。隣でハまだ婆さんが昨晩、自分が如何に大変だッたカを話し続けテいる。こんナ婆さんと話シている場合でハない。今日ハさっサと寝て、俺ハまた明日モ勉強を頑張ラないといケない。俺はアパートのあッた方へとフラフラと歩キだス。
 明日ノ為に……今日ハ、もウ眠ロう、ハやク
   コんナ状況かラ抜ヶ出ス為ニ……。

  俺ノ、アカ……ルイ……

       ミ……ラ……ィ……ノ……

      タ……メ

        ……ニ……。

 ネ………ム……
  ……ロ……

     …………ゥ…………

       ……………

         ……

       、


          。

            。

           ・

         ・

      ……! 


    俺ハ、

  自分ヲ包ム

     異様ナ暑サニ、

  身ヲ捩ル。 

 言葉ニナラナイ音ガ
  俺ノ唇カラ発ッセラレテ、
     ソノ勢イデ飛ビ起キル。
        暑イナンテ超エタ熱ガ俺ノ全身ヲ襲ッテイル。
 ゴォゴォト音ヲ立テルアパートニ負ケズ俺ハ叫ビ続ケル。
 周リノ部屋カラモ同ジヨウナ叫ビ声ガ聞コエテイタガ、ソレモ直グ二呻キ声ヘト変ワリ、終イニハ聞コエナクナッタ。辺リハヤガテ静カニナリ、朝ガ来タ。隣ノ住民ハ最近更ニ独リ言ガ多イ、叫ンデイタリスルノデ、精神的ニモ更ニ危ナイ状態ニナッテイルノカモシレナイ。近づカないホウガ良いイダろう。下の階ノ夫婦が今日ハ朝から喧嘩シてイル。いい加減ニシテ欲シイ。子供が可哀想ダろうニ。

 ザッ、ザッ、ザッ 

 婆サんノ箒の音が聞コえル。イツモの様に近クを通るト婆サンは相変ワらず俺に話シ掛ケてきてウンザリとすル。
 俺は内心溜め息をつきながら婆さんとの会話を適当に切り上げ予備校に向がった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

教師(今日、死)

ワカメガメ
ホラー
中学2年生の時、6月6日にクラスの担任が死んだ。 そしてしばらくして不思議な「ユメ」の体験をした。 その「ユメ」はある工場みたいなところ。そしてクラス全員がそこにいた。その「ユメ」に招待した人物は... 密かに隠れたその恨みが自分に死を植え付けられるなんてこの時は夢にも思わなかった。

11:11:11 世界の真ん中で……

白い黒猫
ホラー
それは何でもない日常の延長の筈だった。 いつものように朝起きて、いつものように会社にいって、何事もなく一日を終え明日を迎える筈が……。 七月十一日という日に閉じ込められた二人の男と一人の女。 サトウヒロシはこの事態の打開を図り足掻くが、世界はどんどん嫌な方向へと狂っていく。サトウヒロシはこの異常な状況から無事抜け出せるのか?

茨城の首切場(くびきりば)

転生新語
ホラー
 へー、ご当地の怪談を取材してるの? なら、この家の近くで、そういう話があったよ。  ファミレスとかの飲食店が、必ず潰れる場所があってね。そこは首切場(くびきりば)があったんだ……  カクヨム、小説家になろうに投稿しています。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330662331165883  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5202ij/

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

○○日記

月夜
ホラー
謎の空間に閉じ込められ、手がかりは日記のみ……? 日記は毎日何者かが書き込み、それに沿って部屋が変わっていく 私はなぜここに閉じ込められているのだろうか……?

咎の森

しぃ
ホラー
その家には近づいてはいけない。

彼女は運命

karon
ホラー
 一目惚れした彼女に何としても近づきたい、霊能者に聞いてみたら彼女と運命があるという。困難を乗り越え彼女に急接近したら、とんでもない怪奇現象が。

終電での事故

蓮實長治
ホラー
4つの似たような状況……しかし、その4つが起きたのは別の世界だった。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」に同じモノを投稿しています。

処理中です...