23 / 35
第四種接近遭遇
なわばりに異変あり
しおりを挟む
部屋で今日もフリース生地のルームウェアにドテラというお寛ぎスタイルで自由に過ごす。
音楽を聴きながらパソコンに向かってボチボチとキーボードを叩いていた。
ネットを見ている訳ではなくて、今日取材をしたお店に関する記事を書いているのだ。
自分の部屋で私に選ばれたモノに囲まれ人の目を一切気にせずいられる空間は最高に寛げる空間である。
私が許可しなければ何者も立ち入る事が許されない私だけの聖域。いや、言い過ぎか、縄張りである。
自分のお気に入りのモノを貯め込んでのほほんと寛いでいると、自分も巣が必要な動物である事を実感する。
『東京で一人暮らしをする二十代の女性の部屋』
そういう言葉だと洗練されていてお洒落な部屋を想像されてしまうかもしれない。
持ち主の経済力の関係で部屋はワンルームで六畳と余り広くない。家具はベッドとテーブルしかなく、ワインの木箱を組み合わせて棚代わりにしている。
値段で選んだ為にお洒落さからほど遠いグリーンの無地のカーテンに、ベージュのカーペット。
カーテンは、もう少し同じ価格でも可愛いモノを買いたかった。
『独り暮らしで、いかにも女の子というカーテンにすると危ない』
という母の教えには逆らえず無難なモノにしてしまった。
女の子らしいといったら、お気にいりのKOSEN社のぬいぐるみ達。それとファンシーな猫の抱き枕や、クッションのみ。それでも私にとっては何処よりも愛しくて心落ち着く場所。
「あっ」
プツンと小さな音がして目の前ディスプレイがいきなり暗くなる。ジジーと鈍い音が段々小さくなりノートパソコンが完全に停止した。その後何度も電源ボタンを押す。しかしパソコンは起動することもなく、私は黒くなったディスプレイを前に溜め息をつく。
このアクシデントに対して私がショックは確かに感じていた。しかしこうも落ちついているのは、その予兆を感じていたからだ。
このパソコンは、大学時代から使っていて古いもの。何となく動きが怪しいのを騙し騙し使っていた。
大事なデータは外付けHDに既に移動させていた事もあり、作業が強制中断させられた事以外の被害はない。
とは言え今の三十分程の間に書いていた文書がなかった事にされたのは悲しいものである。逆に前半部分はUSBメモリーにセーブされているからまだ傷も浅い。
まだ頭の中に文章があるうちに、手帳の新しいページを開きアナログで作業を続行する。
スマフォで入力とも考えたが、チマチマとフリック入力で長文を打つのはキツイ。
スマフォ入力だと思いついた文章を形にするまでのタイムラグが少し辛い。
別に急ぎ仕事なわけではないものの、取材を終えたばかりである今だからこそ表現できるモノがある。そんな気がして家で原稿を書いていた。
明日テキストデータの状態である必要はない。
文章を書き上げ一息をつき、改めて動かなくなったパソコンに視線を戻し、再び溜め息をつく。
念のためもう一度電源ボタンを押してみるがまったく反応はなかった。
覚悟をしていたとはいえ、学生時代から五年も付き合ってきたパソコンのこういう姿は何とも悲しい。
多分それだけ古い為に修理という訳にもいかないだろう。ソフトもこの古いパソコンのOSの関係で対応してくれていないものも出てきていた。
これを期に新しいパソコンを買うべきなのだろう。私は手を合わせそのパソコンに感謝の気持ちを示した。
だってコレは学生時代の青春から卒論、就職活動も供に乗り越えてきた相棒である。
『とうとう、私のパソがご臨終になりました。別れは予感していたものの、実際その時がくると寂しいものですね』
一人でこの切ない気持ちを抱えているのも辛い。だから清酒さんにそうメールを打ち報告し少し悲しみを紛らわす。
お湯を沸かし、母お手製の柚子茶をいれてその香りに癒されていたら、スマフォが着信を伝え震える。
清酒さんからで、仕事が終わり帰路についている所らしい。時間は十時半少しすぎ。こんな時間まで仕事とは大変そうだ。
そんな相手にどうでも良いメールをした自分が恥ずかしい。
「お疲れ様です。こんな時間までお仕事とは大変ですね」
そんな想いから、そう声をかける。
『年度末だからね』と何でもないように流される。
残業で大変だとか、疲れたとか言う言葉は出てこない。
『それより、ついに壊れたんだ。
それにしても最期まで看取る程使うとはタバさんらしいとうか……。
パソコンが無い状態で大丈夫?』
データの逃がしを一番に勧めてくれたのも清酒さんである。
買い換えも勧めてくれていたものの、まだ使えるからと私が延ばし延ばしにしていた。
「まあ大丈夫です。メール・ネットはスマフォでみられますし、原稿を書くのもアナログでも出来ますから。
ソレで乗り切ります。そして適当なパソコンを買うことにしますから」
冬のボーナスは手つかずだから、買う予算はある。しかしウン万単位の出費と思うと溜息がでる。
『……適当って、大丈夫?
キャンペーン等で誤魔化しているような商品を掴まされたりするなよ?』
そう言う感じのモノを狙うつもりだったので、私は思わず『う』と口ごもる。
電話の向こうで呆れたように溜め息をつく音が聞こえる。
『何か心配だから、付き合うよ。週末に一緒に買いに行こう』
改めて彼氏がいるという事の幸せをその言葉で感じた。
人に泣きつく程の事もなく、愚痴とも言えない事も聞いてくれる。こんな事でも心配して気遣ってくれる人がいる。
『激しく燃え上がる愛』というも良い。でもこういったチョットした喜びの積み重ね。それが人を幸せにしてくれるのではないか? とくだらない事を考えてニマニマしていた。
「いいの? 嬉しい! 清酒さんがいたら心強いし」
フッという笑い声が聞こえる。
「タバさん、そんなに機械強くはないよね? セットアップとかも大丈夫?」
私はその言葉にどう返事すべきか悩む。正直な所、弱くはないけれど、強くもない。文章読解能力もあるからジックリとマニュアルを読んでやれば一人でも出来る子。そう自分では思っている。
しかし今使っているスマフォの登録作業も手間取ったのは確か。その時一緒にいた清酒さんに手伝ってもらったのを思い出す。
『分かったセッティングまで面倒見てあげよう』
私の沈黙を苦手と判断したのか、清酒さんの声が聞こえてきた。理工系の男性って、こう言うとき堪らなく頼もしく感じる。
「宜しくお願いします!」
勢いでついそうお願いしていた。そしてある事に気が付く。
スマフォの設定とは違って、ノートだとはいえパソコンのセットアップ。という事は清酒さんは私の部屋にくるという事になる。
お部屋をなんとかしなければ! そういう考えが頭に浮かぶ。
そこまで散らかしている訳ではないが、人を招くとなるとそれ相応の準備がいる。
清酒さんを自分の部屋に招くのが嫌な訳でhない。しかし初めて彼女の家に遊びにいったらお洒落さもなくサッパリした空間。そこにぬいぐるみが転がっているだけの部屋だったらガッカリされないだろうか?
四年程彼氏のいない生活をしていた事が、女子らしさというものを低下させている。それがモロに部屋に表れていた。
それにパソコンのセットアップと面倒な事をさせて『ありがとう! ではまたね~』という訳にはいかない。
「清酒さん、何か苦手な食べ物ってあります?」
しまった、何か手料理をご馳走するという心の準備も出来ていない。先走って余計な事を聞いてしまった。
「え! 何もないよ。もしかしてタバさん何か作ってくれるの!」
嬉しそうな声に、いまさら引き返せない。
「え~まあ、でも料理はハッキリ言って上手くはないですが……」
私はハハハと力のない声を返す。そんな私の様子が電話だから見えていないのだろう。
『そんなの気にしないで。楽しみだ』とか上機嫌に言ってくる声を私はただ黙ってきいていた。
清酒さんがコンビニに入るという事で電話は終わった。
通話が切れ一人の空間に戻った部屋で私は大きく溜息をつく。
ネットで何か素敵な手料理を検索しようにもパソコンは壊れている。さてどうしようか?
とりあえず部屋を掃除して女性らしい雰囲気にモードをチェンジさせなければと決意して動き出す。
音楽を聴きながらパソコンに向かってボチボチとキーボードを叩いていた。
ネットを見ている訳ではなくて、今日取材をしたお店に関する記事を書いているのだ。
自分の部屋で私に選ばれたモノに囲まれ人の目を一切気にせずいられる空間は最高に寛げる空間である。
私が許可しなければ何者も立ち入る事が許されない私だけの聖域。いや、言い過ぎか、縄張りである。
自分のお気に入りのモノを貯め込んでのほほんと寛いでいると、自分も巣が必要な動物である事を実感する。
『東京で一人暮らしをする二十代の女性の部屋』
そういう言葉だと洗練されていてお洒落な部屋を想像されてしまうかもしれない。
持ち主の経済力の関係で部屋はワンルームで六畳と余り広くない。家具はベッドとテーブルしかなく、ワインの木箱を組み合わせて棚代わりにしている。
値段で選んだ為にお洒落さからほど遠いグリーンの無地のカーテンに、ベージュのカーペット。
カーテンは、もう少し同じ価格でも可愛いモノを買いたかった。
『独り暮らしで、いかにも女の子というカーテンにすると危ない』
という母の教えには逆らえず無難なモノにしてしまった。
女の子らしいといったら、お気にいりのKOSEN社のぬいぐるみ達。それとファンシーな猫の抱き枕や、クッションのみ。それでも私にとっては何処よりも愛しくて心落ち着く場所。
「あっ」
プツンと小さな音がして目の前ディスプレイがいきなり暗くなる。ジジーと鈍い音が段々小さくなりノートパソコンが完全に停止した。その後何度も電源ボタンを押す。しかしパソコンは起動することもなく、私は黒くなったディスプレイを前に溜め息をつく。
このアクシデントに対して私がショックは確かに感じていた。しかしこうも落ちついているのは、その予兆を感じていたからだ。
このパソコンは、大学時代から使っていて古いもの。何となく動きが怪しいのを騙し騙し使っていた。
大事なデータは外付けHDに既に移動させていた事もあり、作業が強制中断させられた事以外の被害はない。
とは言え今の三十分程の間に書いていた文書がなかった事にされたのは悲しいものである。逆に前半部分はUSBメモリーにセーブされているからまだ傷も浅い。
まだ頭の中に文章があるうちに、手帳の新しいページを開きアナログで作業を続行する。
スマフォで入力とも考えたが、チマチマとフリック入力で長文を打つのはキツイ。
スマフォ入力だと思いついた文章を形にするまでのタイムラグが少し辛い。
別に急ぎ仕事なわけではないものの、取材を終えたばかりである今だからこそ表現できるモノがある。そんな気がして家で原稿を書いていた。
明日テキストデータの状態である必要はない。
文章を書き上げ一息をつき、改めて動かなくなったパソコンに視線を戻し、再び溜め息をつく。
念のためもう一度電源ボタンを押してみるがまったく反応はなかった。
覚悟をしていたとはいえ、学生時代から五年も付き合ってきたパソコンのこういう姿は何とも悲しい。
多分それだけ古い為に修理という訳にもいかないだろう。ソフトもこの古いパソコンのOSの関係で対応してくれていないものも出てきていた。
これを期に新しいパソコンを買うべきなのだろう。私は手を合わせそのパソコンに感謝の気持ちを示した。
だってコレは学生時代の青春から卒論、就職活動も供に乗り越えてきた相棒である。
『とうとう、私のパソがご臨終になりました。別れは予感していたものの、実際その時がくると寂しいものですね』
一人でこの切ない気持ちを抱えているのも辛い。だから清酒さんにそうメールを打ち報告し少し悲しみを紛らわす。
お湯を沸かし、母お手製の柚子茶をいれてその香りに癒されていたら、スマフォが着信を伝え震える。
清酒さんからで、仕事が終わり帰路についている所らしい。時間は十時半少しすぎ。こんな時間まで仕事とは大変そうだ。
そんな相手にどうでも良いメールをした自分が恥ずかしい。
「お疲れ様です。こんな時間までお仕事とは大変ですね」
そんな想いから、そう声をかける。
『年度末だからね』と何でもないように流される。
残業で大変だとか、疲れたとか言う言葉は出てこない。
『それより、ついに壊れたんだ。
それにしても最期まで看取る程使うとはタバさんらしいとうか……。
パソコンが無い状態で大丈夫?』
データの逃がしを一番に勧めてくれたのも清酒さんである。
買い換えも勧めてくれていたものの、まだ使えるからと私が延ばし延ばしにしていた。
「まあ大丈夫です。メール・ネットはスマフォでみられますし、原稿を書くのもアナログでも出来ますから。
ソレで乗り切ります。そして適当なパソコンを買うことにしますから」
冬のボーナスは手つかずだから、買う予算はある。しかしウン万単位の出費と思うと溜息がでる。
『……適当って、大丈夫?
キャンペーン等で誤魔化しているような商品を掴まされたりするなよ?』
そう言う感じのモノを狙うつもりだったので、私は思わず『う』と口ごもる。
電話の向こうで呆れたように溜め息をつく音が聞こえる。
『何か心配だから、付き合うよ。週末に一緒に買いに行こう』
改めて彼氏がいるという事の幸せをその言葉で感じた。
人に泣きつく程の事もなく、愚痴とも言えない事も聞いてくれる。こんな事でも心配して気遣ってくれる人がいる。
『激しく燃え上がる愛』というも良い。でもこういったチョットした喜びの積み重ね。それが人を幸せにしてくれるのではないか? とくだらない事を考えてニマニマしていた。
「いいの? 嬉しい! 清酒さんがいたら心強いし」
フッという笑い声が聞こえる。
「タバさん、そんなに機械強くはないよね? セットアップとかも大丈夫?」
私はその言葉にどう返事すべきか悩む。正直な所、弱くはないけれど、強くもない。文章読解能力もあるからジックリとマニュアルを読んでやれば一人でも出来る子。そう自分では思っている。
しかし今使っているスマフォの登録作業も手間取ったのは確か。その時一緒にいた清酒さんに手伝ってもらったのを思い出す。
『分かったセッティングまで面倒見てあげよう』
私の沈黙を苦手と判断したのか、清酒さんの声が聞こえてきた。理工系の男性って、こう言うとき堪らなく頼もしく感じる。
「宜しくお願いします!」
勢いでついそうお願いしていた。そしてある事に気が付く。
スマフォの設定とは違って、ノートだとはいえパソコンのセットアップ。という事は清酒さんは私の部屋にくるという事になる。
お部屋をなんとかしなければ! そういう考えが頭に浮かぶ。
そこまで散らかしている訳ではないが、人を招くとなるとそれ相応の準備がいる。
清酒さんを自分の部屋に招くのが嫌な訳でhない。しかし初めて彼女の家に遊びにいったらお洒落さもなくサッパリした空間。そこにぬいぐるみが転がっているだけの部屋だったらガッカリされないだろうか?
四年程彼氏のいない生活をしていた事が、女子らしさというものを低下させている。それがモロに部屋に表れていた。
それにパソコンのセットアップと面倒な事をさせて『ありがとう! ではまたね~』という訳にはいかない。
「清酒さん、何か苦手な食べ物ってあります?」
しまった、何か手料理をご馳走するという心の準備も出来ていない。先走って余計な事を聞いてしまった。
「え! 何もないよ。もしかしてタバさん何か作ってくれるの!」
嬉しそうな声に、いまさら引き返せない。
「え~まあ、でも料理はハッキリ言って上手くはないですが……」
私はハハハと力のない声を返す。そんな私の様子が電話だから見えていないのだろう。
『そんなの気にしないで。楽しみだ』とか上機嫌に言ってくる声を私はただ黙ってきいていた。
清酒さんがコンビニに入るという事で電話は終わった。
通話が切れ一人の空間に戻った部屋で私は大きく溜息をつく。
ネットで何か素敵な手料理を検索しようにもパソコンは壊れている。さてどうしようか?
とりあえず部屋を掃除して女性らしい雰囲気にモードをチェンジさせなければと決意して動き出す。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる