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第三種接近遭遇

ほろ苦い清酒

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 別れてから人と元彼鈴木隆史の話をするのは久し振り。
 別れた直後は、友人に悲し過ぎる顛末を漏らし泣き付いて慰めて貰った事はした。それ以後はその時の感情を押し殺し心の奥に封じ込めてきた。
 ここではその思い出という箱を一気に開放する。
 玲奈さんの情報によると、鈴木隆史は就職活動にことごとく失敗したという。
 卒業後故郷に戻り実家の酒蔵会社を手伝っているらしい。私達が今呑んでいるお酒がその会社の清酒。
「この酒を貴女と語り明かしながら呑みたかったの。それであの馬鹿男からうけた屈辱的過去ともオサラバ出来ると思って!」
 彼女がそう言い放つのに、私は素直に頷いた。
 冷静に考えてみたらズレている気もするのだが、そうする事で二人で乗り越えられる気がした。
 二人でその酒を敵の様に呑みながら、鈴木隆史の話で盛り上がる。
「カラオケでサザンの歌を桑田さんのモノマネで絶対歌うけど、それが似てないのよね」
「そうそう、しかも予約入れる時から自信満々て嬉しげで!」
 明らかに共通の思い出はないのに、鈴木隆史は一人な為に『分かる分かる! そうだった』と互いに頷きあい話題が尽きる事がない。笑うべき内容でもないのに二人でケタケタと笑いながらお酒を呑み続けた。
 少し笑い疲れて、二人で同時にはぁ~と溜め息をつく。
「アイツって本当に馬鹿だよね」
 『馬鹿』という言葉に、どうしようもない愛を感じる。その言葉とその言葉の奥にある想いが分かったので頷く。二人とも鈴木隆史の事が大好きだったから、傷付いた。
「あれから半年程後、アイツに話たい事があるって呼び出してきて何って言ったと思う? 無視したかったけど余りにも必死だったから話だけは聞いてあげることにしたの」
 私は見当もつかないので首を横に振る、
「兎に角平謝りで『馬鹿な事した』と、そして貴女と連絡が一切つかずどうしたら良いかって」
 私はポカンと玲奈さんの顔を見てしまう。
「私に聞くのもおかしいとは分かっていたみたいだけど、それだけ追い詰められていたみたい」
 ここで言うべき言葉が見付からなかったので黙ったままになる。
「知るか? って感じよね。
 それで逆に聞いてみたの。どちらが本命だったのか? て」
 ずっと知るのが怖かったけど、知りたかった言葉に私は緊張する。
「そしたら、『二人ともに本気だった』って。
 巫山戯ているわよね」
 玲奈さんは苦笑する。
「私に気を使ったのかと思ったけど、違っていた。
 ほらゲームみたいにさ、二つのパターンの人生を同時に生きているそんな気分だったって。アイツの人生かつてない程のモテ期の到来に舞い上がったとか。
 イケメンとは言い難い自分に可愛い女性がふたりも好きだと言ってくれている。
 半ば信じられないハッピーにトチ狂ったって。
 ああなって初めて自分がどれ程、最低な事をしたか気が付いたってさ。
 後になって自己嫌悪して深く傷付いて、ホント馬鹿! 私らの方が傷付きているっていうの!」
 玲奈さんはそういい放ち笑う。私も笑うしかない。
 鈴木隆史は大馬鹿だっただけで、狡いヤツでも悪いヤツでもなかった。
 その事を彼女との会話で再認識する。馬鹿でお茶目な所がたまらなく愛しくて好きだった。

 彼がした事は最低で、許せる事ではない。というか今の段階でも許す気には到底なれない。あの時受けた何ともドロドロした嫌な気持ちは、この奇妙でハジけた酒会で相殺できた気がした。少し心が軽くなる。
 玲奈さんも同じだったようだ。
 最後の方は話題から鈴木隆史は消える。それぞれの恋愛論や、仕事の事などに発展し最高に楽しく弾んだ時間を過ごす事になる。そして酒会は三時間程盛り下がる事もなく続く事となった。
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