2 / 14
患者のアイドル。富士山さん
しおりを挟む「今日はまた綺麗やな~」
「天気も良いからね!」
「何が見えるんですか?」
「見なさい! 左のビルの向こうに見えるのが富士山!」
「まだ上の方に雪積もってんだな~真っ白だ」
「富士山はどちらですか?」
「ほら! 茶色い大きな建物の左! 山脈から飛び出ているのが富士山や!」
そんな賑やかな話し声で朝が始まる。時間は六時まわった所。何故そんなに皆が、明るく元気なのか俺には理解出来ない。
というのは、ここが病院で、その話している人が入院患者だから。
そして俺も等しく昨日からそのお仲間の入院患者。
しかしそんな元気でも、人と楽しくお話する気分でもない。
そう思っていると、隣のベッドのスキンヘッドのオッサンがやってきてカーテンの上の網になっている部分から声をかけてくる!
「兄ちゃんも来や~! 今日は最近稀に見るほど綺麗で見事な富士山見えとるんや!」
俺は用紙に今朝の体温を書き入れながらため息をつく。
行きたくもないが、行かないとこのオッサンはしつこそうだ。昨日の初対面から察していたが、このオッサンはグイグイくる。
多分ヤクザではあるものの悪い人ではないが、若干面倒くさい人なことは一日で分かった。
俺は重い身体で立ち上がりベッドから離れようとして引っ張られる。それで思い出す。
胸に付けられた携帯型心電図の存在を。青いメッシュのポーチに入れらてた機械を首から下げてから病室を出る事にした。
コレが何気にウザい。
ベッドの上で手のひらサイズとはいえ邪魔。油断すると落下させてしまう。
そしてうっかり存在を忘れて立ち上がると引っ張られる。電極が胸からウッカリ取れると看護師さんが飛んできて『取れてますよね~』と言ってつけ直しに来る。
すると眩い光の中で、ベージュのお揃いのパジャマを着た人達が窓の外を見ながら嬉しそうに話をしている。
皆何故そんなに楽しそうなんだろう? そう思う。
隣のスキンヘッドのオッサンもそうだが、点滴スタンドを連れている人も数人いてそんな状態なのに、態々ここに集い富士山を楽しんでいる。
でも、確かに遠くではあるものの富士山を実際見ると、なんか元気が少し出た気がした。
東京から西に向かう新幹線の中でも、乗客は窓から富士山が見えるとテンションを上げ、車内がなんか活気づく。
日本人の中にあるDNAがそうさせるのか、霊峰と言われるだけにそういう効果を持っているからか、富士山は人を元気にする。
俺はスマホを手に窓から見える風景を撮影した。
すると周りにいた人も撮影をしだす。突然始まる富士山撮影会。
おばあちゃんが窓にスマホを向けでカシャカシャカシャ……と音をたてている。何故連写モード? と思うが、他の人もそうなっている。
年寄りは何故何でも撮る時連写になるんだろうか?
「あの、お兄さん……コレでどうやったら写真取れるのかしら?」
おじいちゃんがスマホを手に聞いてきた。初めて触る【かんたんスマホ】。
「このカメラのマークをタッチするとこの画面になるので撮りたいものに向けて、この丸を押すと撮れますよ」
そう教えると別のおばあちゃんが話しかけてくる。
「【らいん】ってもので孫に写真送りたいけどどうすればよいのかな~」
「私も娘に送りたいので教えて~」
「撮った写真、どうやってみれるんだい?」
この中では恐らくは一番若い俺が、気が付くと囲まれていた。
スキンヘッドのオッサンは離れたところでニヤニヤしているのに助けてはくれなかった。オッサンも教えられるとは思うが身長も高くスキンヘッドの怖そうな人の所は誰も聞きに行かないようだ。
「皆さん~密になってます~集まらないで下さい~」
看護師さんから注意を受けて富士山撮影会+スマホ講座は終了した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
祭り心情
三文士
現代文学
地元の祭りを運営する若者、和也。町会長より運営する青年団の頭領をやれと指名されるが辞退を申し出る。代わりに兄貴分である礼次郎を推薦するのだが却下されてしまう。それでも和也が礼次郎を推すには複雑な理由があった。
夏祭りの町中で交差する、切ない人間の心情。
〖完結〗インディアン・サマー -spring-
月波結
青春
大学生ハルの恋人は、一卵性双生児の母親同士から生まれた従兄弟のアキ、高校3年生。
ハルは悩み事があるけれど、大事な時期であり、年下でもあるアキに悩み事を相談できずにいる。
そんなある日、ハルは家を出て、街でカウンセラーのキョウジという男に助けられる。キョウジは神社の息子だが子供の頃の夢を叶えて今はカウンセラーをしている。
問題解決まで、彼の小さくて古いアパートにいてもいいというキョウジ。
信じてもいいのかな、と思いつつ、素直になれないハル。
放任主義を装うハルの母。
ハルの両親は離婚して、ハルは母親に引き取られた。なんだか馴染まない新しいマンションにいた日々。
心の中のもやもやが溜まる一方だったのだが、キョウジと過ごすうちに⋯⋯。
姉妹編に『インディアン・サマー -autumn-』があります。時系列的にはそちらが先ですが、spring単体でも楽しめると思います。よろしくお願いします。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
反射鏡
司悠
現代文学
短編集
デジャブとジャメブの狭間に凪いでいくトンボたち、君たちもミトコンドリア・イブからの遺伝子の旅さなかだ。
(石英、長石、黒雲母より)
「シー」シーちゃんが唇のまえ、指一本立てた。
そして、「内緒だよ」と言った。
(シーちゃんより)
フランは炎を見ながら先祖から受け継いだ記憶をたぐっているのかな?
(ドンドンより)
「別れたら承知せぇへんぞ」と、炎を見つめながら真っすぐに言った。
その時、ぼぼぼっーと火が燃え上がったような気がする。その言葉は吉川の精一杯のプライドの炎だったのかもしれない。「ドンドンパンパン、ドンパンパン」吉川はまた歌い始めた。
(ドンドンパンパンより)
あぁ、それなのに、それなのに、今は家が建つ。様変わり、家が建つ。空が高く、ちっちゃい頃の宇宙につながっていくよ。もっともっと前、前世みたいな、その頃の話だ。
(ロシアンルーレットより)
朝、雪を見る。目覚めの雪は光に映え、静かに輝いている。眩しい、眩しいのだ。その光彩は、なにものをも甦らせ、なにものにも生を能える。
(あっ、おばば、おばば……より)
色っぽい、色っぽいーー 今夜のタマちゃん、凜とした色気。
癒しの音色、凜、凜、凜と鳴った。
ボクは月に向かって歩きたいような気分に、、、
(タマちゃんより)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる