スモークキャットは懐かない?

白い黒猫

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イタリアン・ロースト

交わって満たされて

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 お陰で久々にゴキゲンなお仕事が始まる。
 イベントはチョコレートの新作の試食とっモニターが目的で、珈琲も一緒に振る舞いのんびり楽しんでもらいながらアンケートを書いてもらうという内容。
 簡易カフェと化した会場をエプロンつけてレティーの女性社員とともにウェイトレスとして忙しそうに走りまわる煙草さんの姿を楽しみながらコーヒーを用意するのが俺の役割。
 レティーさんがどちらかというとクールな感じの女性が多い為に、明るく親しみのある笑顔で接する煙草さんの個性がより際立って見えた。
 すれ違うレティーさんにもニコリと笑いコミニュケーションをとり会場を見渡しちゃんと状況を見てから動く煙草さんの仕事ぶりに感心もする。
 人慣れしてなくて軽く空回りしている所もあった新人時代からから知っているだけに、その成長に感動に近い感情を抱く。
 仕事上で知り合っているとはいえ煙草さんと一緒に仕事をしたという事はないだけに、彼女の仕事ぶりを見るというのも新鮮だった。
 珈琲の準備をしながら、手がまわらなくなっている所をさりげなくフォローすると、俺を見て嬉しそうに二コリと笑い、声を出さず唇の動きと表情で感謝の意思を伝えてくる感じがまた楽しい。
 こういう身体を動かす仕事も良い息抜きになってよいものだ。
 昔、社内恋愛をしていたときは、一緒に働くという事が色々煩わしくて懲りていたのだが、こういう感じでイベントな仕事を一緒に仕事をするというのは新鮮でなかなか悪くない。
 しかし……浮かれた気持ちを抑えて澄まして仕事しているだけに、煙草さんという存在を余計に意識してしまい、何というか……余計に欲しくなる。
 そして俺の部屋では料理してくれるときも、洋服が汚れたらいけないからとエプロンを着てもらうのも良いかなとかも考えてしまう。
 意外と女性のエプロン姿って良いものだというのを再確認した。

 仕事中だというのに邪な想いを抱きながらだったからかイベントの仕事もアッという間に終わりをつげる。
 会場の撤収作業も終わりすっかり寂しくなった会場を見渡し一息をつく。
 田邊さんとレティーさんに挨拶をしてから辞する事にする。
 控室となっている部屋へと向かうと、煙草さんの姿を見つける。煙草さんも今から帰るようだ。
 ついでなので煙草さんを会社に送る事にした。
 本心をいうとこのままホテルにいって二人で楽しむまではしないにしてもキスとかしたい所だが、流石にそういう訳にもいかない。というかそんな享楽的な行動出来る程自由人でもない。
 社用車の中に恋人というなんとも不思議なシチュエーションにムズ痒さに似た照れを感じていた。
 このまま離れるというのも心寂しいので、仕事終ってから俺の部屋でのデートに誘ってみることにした。
 煙草さんも同じ気持ちだったのか、ニッコリ笑いコックリと頷く。
 俺の方が遅くなりそうなので部屋の鍵を渡しておく。煙草さんはそれを受け取り、宝物のように掌で包むように持ち、口角に喜びを滲ませて笑っている。
 鍵を貸しただけでこんなに嬉しそうにするのなら、合鍵を渡したらどんな顔をするのだろうか?
 想像するだけでニヤニヤしてしまった。そのままJoyWalkerまでの短いドライブを二人で楽しみ『また、後で』と言って別れた。
 その日は、猪口も珍しく何も問題を起こさなかったので、一時間くらいの残業で平和に業務を終える事になった。
 LINEを確認すると、俺の部屋にもうついているようだ。俺は駅前のケーキ屋さんでプリンを買って部屋に急ぐ。
 部屋に誰か待っている所に帰るってむず痒いけれどなんか嬉しい。
 俺が玄関を開けると、煙草さんが笑顔で『おかえりなさい』と出てきたのにも感動してしまった。
 背広を脱いで着替えて戻ってくると、キッチンで何かを作っている煙草さんの後ろ姿がある。
 彼女は真面目に料理作業をしているだけなのだが、何かこういう後ろ姿ってそそる。
 俺はそっと近づき、態と耳元で話しかけると、煙草さんはビクリと身体を震わせて顔を少し怒った顔をするのが、そんな表情がまた男心をくすぐる。
 なんか新婚カップルみたいでコチラまで照れてしまう。二人でテーブルを用意して仲良く食事してと、嬉し恥ずかしい時間を過ごす。
 食事も終わり、俺の淹れた珈琲とプリンでデザートタイムを楽しんでいると、煙草さんが何故か俺をジーと見つめている事に気がついた。
 その視線に笑みを返そうとして俺は首を傾げている。いわゆる見惚れているとか、欲情しているとかいうのとはまったく異なる表情。
 大真面目な表情で、何かいいたげにジッとみている。猫が音のした方を見て探るようにみているようなあの目。
「ん?」
 俺は視線でその意味を聞いてしまう。
「あのさ、清酒さん、今そんなに、お仕事大変なの?」
 おずおずと突然そんな質問をしてくる。
 彼女が何を聞きたがっているのか分からず、俺が黙ったままでいるとさらに言葉を続けてくる。
「色々、トラブルがあって大変そうだなと思って……。
 それに、異動出来なかった事もそんなにショックだったの?」
 煙草さんは何を言っているんだろうか? というかそういう質問をしてくる意図が分からない。
 俺は少し混乱する。そしてその原因の一つを思い当たる。
「相方に何聞いた? ったくアイツ何ベラベラと」
 いったい、相方は何を煙草さんに吹き込んだんだ? 俺がそういうと、煙草さんは慌てて首をブルブル横に振る。
「相方くんは何も、ただ私が気になって聞いただけ! へ、編集長も、そ、そんな事言っていて」
 確かに羽毛田編集長も知っているだけに、その話を煙草さんにすることもあるだろう。
 しかし『相方くん【も】』ってやはりアイツが余計な事いったのだろう。
 そして俺の仕事の事とか異動の話について、煙草さんは何故心配するのではなく不満そうな様子なのかが分からない。ジーとした目で俺を見上げている。
 その瞳が初芽のよくしていたものにも似ているようで俺は焦る。俺に何かを訴えたいそういう瞳。
 別れを切り出される直前に特に感じていた目である。何か煙草さんにも不満を抱かせるような事をしていたのだろうか?
「……あのさ、それを聞いて私……清酒さんに対して何か……」
 煙草さんはそこで言葉を切る。それは続きを言うのを躊躇ったとか、感情を整理するためとかではなく、そのまま何故か『ウーン』と考え込んでいる。
 そして何か言葉が見つかったのか視線を俺に戻して口を再び開く。
「寂しかったというか、むかついたの。スゴク!」
 俺はその言葉に首を傾げるしかなかった。ムカつく? 何故?
 言った煙草さんも何故か驚いた様子で目を泳がせる。そして手にしたカップの珈琲をジッと見つめ何やら考え込んでいる。
 フーと息を吐いて、顔を上げてくる。
「清酒さん、そんなに悩んだり、苦しんだりしているのに、私にはまったくそれを見せてくれなかった。
 確かに頼りないけれど、心を開いてくれてなかったのかなと」
 そう言ってから、ハッと俺の顔を心配そうに見上げまた目を伏せる。
「あのさ、そういう意味ではなくて。どちらも俺の個人的な問題だし……。
 そんなのを彼女に晒す男って恰好悪くない?
 小さい男みたいで」
 そういう風には思っていなかった事と、今の言葉に対して怒っていない事を示す為に、俺は優しく聞こえる声色でそう話しかける。
 しかしそういうとまた顔を上げキッと睨んでくる。
 何故俺は怒られている? そんなに煙草さんが怒る事なのだろうか?
「狡いよ、清酒さんは! 私ばっかり恥ずかしい所みっともない所見せまくっているのに!
 自分はひたすら格好いい!
 不公平だよ! そんなの」
 あまりにも意外過ぎる言葉に俺は呆然としてしまう。不公平って?
「……俺そんなに、格好つけている訳ではないだろ?
 恰好悪い所もかなり見せちゃった気もするけど……」
 そう答えると、何故かブルブルと煙草さんは顔を横に振る。
「私は、清酒さんの格好いい所、優しい所、エロい所だけじゃなくて、もっといろんな面が見たいの!
 悩んでいるならばそれを隠さないで!
 怒りを抱えているのに平然とした顔をしないで!」
 そう必死な顔で張って訴えてくる煙草さんの言葉に俺はハッとする。
 一生懸命なその表情に初芽の寂し気な顔と重なる。
「私は清酒さんの一部だけじゃなくて、
 全てが見たいの!
 欲しいの! 
 ……私に清酒さんを全部、頂戴!」
 その言葉に、俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。

『今日だけは私に愛させて』
『もう、なんでそこで意地はるのかな』

 遠まわしで言われてきていた初芽の言葉の、本当の意味に今気が付かされる。
 そして目の前の煙草さんに視線を戻す。
 真っすぐ俺を射るように見つめてきているその瞳に俺は縫い止められたように、その視線から目を離せなくなる。
 別に今まで彼女の素晴らしさを分かっていたつもりだし、敬意をもって接してきてもいた。そして侮っていた訳でもない。でも今の彼女を前に、たまらない程心を震わせてしまっている自分に気が付く。
 今までもちゃんと愛していたつもりだが、それどころではない熱さと深さで煙草さんに参ってしまった自分を感じる。まさに心底惚れたという状態。
 自分より年下で、自分が導き守っていきたいと思っていた煙草さんに俺が心揺さぶれ、泣きたい程感極まってしまい言葉を返せない。
 ここまで俺を求めてくるというこんな情熱的な求愛をしてくるなんて……それ言われると敵わないだろう。
 『やられた』の一言である。そして湧きおこってくるのは堪こらえられない愛しいという感情。無意識のうちに手を伸ばし彼女を抱きしめていた。
「……まいった。凄い殺し文句だね。
 ……いいよ、俺の全部をあげる。
 だから、タバさんの全部を俺に頂戴」
 そのまま煙草さんを押し倒し、その唇にキスを落としていた。
 心も身体も煙草さんを欲してしまい止められてなかった。そんな俺に煙草さんは一瞬驚いていたようだがすぐに俺を受け入れるように抱きしめ返し、キスにも応えてくれてきたので、そのままソファーで抱き合った。
 一度爆発させ溶けあった事で、やっと少し落ち着くことができ、二人でソファーに寝そべったまま素肌で感じる煙草さんの柔らかい身体の温もりをノンビリ楽しむ。
 俺の上に寝そべりっていた煙草さんに俺はシッカリ自分の事を伝えたくて口をひらく。
「あのさ……誤解がないように言わせてもらうけど」
 俺の心音を聞くように胸に耳を当てていた煙草さんが少し顔を上げる。
「この二ヶ月の色々な事、言わなかったんじゃなくて、言う必要ないと思ってたんだ」
 言い訳ではないけれど、決して蔑ろにするつもりでやっていた事ではない事を説明する。
「それに君という存在がどれほど俺を救ってくれていたのか? だからここにいる心地よさに酔い、君の優しさに甘えてきていた」
 煙草さんは俺の言葉にキョトンとした顔を返す。
 そう初芽と破局の心の痛みを癒してくれたのも、仕事で悩む俺の背中を押してくれたのも、ただ漫然とした日常に色を与えてくれたのも煙草さんである。
「私は何も……」
 戸惑うような表情を返してくる煙草さんの頬に手をやり撫で、身体を起こし触れるだけの軽いキスをする。
「君の言葉が、笑顔が俺に力を与え元気にしてくれた」
「それは逆で……私の方が……」
 そう反論する煙草さんの唇に再びキスをする。
 顔を赤らめて黙った煙草さんに、俺にとって彼女がどれほど必要だったかを訴える。
「俺は、元々自分を晒すって事苦手な所あるから、そこに君が不満を覚えることもあるかもしれない。
 でも君になら俺という人間をもっと見てもらいたいから。これからは色々語り合いたいと思う。
 だからこれからも俺をもっと見て、感じて。
 そして俺にも君を感じさせて。」
 そう言葉を告げると小さくかわいく頷く。俺は再びキスを深め俺達は互いの身体を絡めていった。

 事も終わりソファーで身体を寄せあったまま俺は、温かい気持ちに満たされていた。
 愛するだけでなく、人から強く愛されている事を実感するというのがここまで幸せを感じるものなのだろうか?
 俺に仔猫のように身を寄せまどろんでいる煙草さんの身体を撫でる。このぬくもりも心地よい。
「……ところでさ、タバさん」
 煙草さんは少し身体を動かす。
「ん?」
 煙草さんが顎を俺の胸にのせる。顎が胸につけて動かされるとそれがなんかくすぐったい。
「もう、お試し期間とっくに終わっているけど、大丈夫?」
 モゾモゾとして落ち着かないので煙草さんの顎と胸の間に手を挟みいれる。
「残念な事に、もうクーリングオフの行使出来る時期は過ぎちゃっているけど、後悔していないのかなと」
 今付き合い始め時そんな話をしていた事を思い出したようで、目が遠くをみるがすぐに俺に視線を戻し頷く。というか俺の胸に顎を押し付ける。
「それは、清酒さんも同じ事ですよ。もう返品不可です!」
 キッパリとした言葉でそう言いきられてしまう。
 俺が捕まえたのではなく、煙草さんにとっては俺を捕まえた事になっているようだ。
 俺は笑ってしまう。
「俺は一向に構わないけれど、タバさんはいいのかなと思って。
 このままいけば、別の意味で珍名ライフ続行になりかねないよ」
 煙草さんはハッとした顔をして、身体を起こして腕まで組んで考え込む。
 え? そこってそこまで悩む所なのだろうか?
 俺は余計な事考えさせないように煙草さんの腰を悪戯に撫でたりつついたりとチョッカイをかける。
 その動きに抵抗するように俺の腕を止めてくるので俺も身体を起こし煙草さんと向き合う。
「まあそれでも、良いような気がする」
 俺の目をしっかり見ながらそんな事を言ってくる。
「清酒さんの事が大好きだから、それ以上の、そしてそれ意外の理由もいらない。
 私は清酒さんが、ただただ欲しいし、ズッと一緒にいたい」
 なんて素敵な言葉を言ってくるのだろうか? 俺が今まさに言いたい言葉を返してくれる。
「俺もだよ。君を堪らなく愛している。
 ……熱烈な求婚の言葉は嬉しいけど、プロポーズの言葉は、俺からしたい。
 今度改めてちゃんとした形でプロポーズさせて」
 俺の言葉に、アレ? っと分かり易く戸惑う顔をするが、また視線を上に向け考えてからシッカリと頷く。
 流されやすいようで、意外とこういう時に一旦間を置いて考える人なようだ。そこがまた面白い。 
 俺は煙草さんの左手を取りその薬指にキスをする。
 すると煙草さんも俺の手を取り同じように左薬指にキスをする。愛の行為というより神聖なる儀式のように二人で手を取り合い特別な指の付け根にキスをし合い微笑みあう。
「ココに指輪を贈らせて下せて。
 これから俺と共に歩いて欲しい。煙草わかばさん、俺と結婚してください」
 そう告げると、煙草さんは華やかに笑いゆっくりと頷いた。
「はい! 喜んでお受けします!
 私からもお願いします。清酒正秀さん、私と結婚してください」
 一般的にプロポーズってお互いにし合うものだったのだろうか? そうは思ったけど俺は真面目な顔で頷く。
「喜んでお受けします」
 俺はそう答え、煙草の薬指にもう一度キスをしてそこに自分の左手を重ねた。二人で見詰め合い微笑み合いキスを交わした。

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