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イタリアン・ロースト
まず今すべきこと
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プライベートモードの俺と仕事モードの俺どちらも同じ俺の筈だが、俺はかなり切り替えがハッキリしている方なようだ。
昨晩も会社で抱えた怒りやムカつきは、煙草さんに会っていた間は吹っ飛んでおり、会社につくと昨日の延長で思考が動いていく。今日の場合は嫌でも昨日の会社での出来事が他の人との会話によって気持ち的に巻き戻されるから特にそういう状況になっているのだろう。
ロッカーの所で皆に労いたわりの言葉をかけられ、グループでは鬼熊さんから労ねぎらいの言葉をかけられる。俺はそれらに苦笑を返すしかない。そしてどうしたものかと思う。俺の感情論の事ではなく、上司として猪口をどうするか? アレを一人前の営業に育てるなんて、俺でなくても難易度高すぎる業務だ。そういう事が一番得意な鬼熊さんですらてこずっているのだから。
カフェエリアでエスプレッソを淹れていると塩がやってきたので俺は、昨晩のお礼を言いながら彼に珈琲を淹れて渡す。
「お前の仕事っぷりがスゴイことを、改めて実感したよ」
そう言うと塩は照れたように顔を横に振る。コイツの不思議な所は人や周りは良く見えているのに自分が分かってない。自己評価が何故か低い。
「いや、俺のやり方ってその場その場の対処だけで、根本的な解決をはかれない事が多いから。
問題先送りで。誤魔化し誤魔化し今の状況をなんとかしていくのではなく、君みたいに出来たらなと思うよ」
まあ、優しすぎるのが塩の弱点といったら弱点。それ故に澤ノ井さんの下で苦労している。かといって俺も何か建設的な事をしている訳ではない。自分のやりたい事が出来ない事を誤魔化し、中途半端な立場に甘えている。同時に思う、俺はこの営業で何をやり、残せたというのだろうか? 仕事はそれなしにしていたけど、ずっと開発に行きたいとゴネていただけ。そして来年移動の道が見えて来た今、改めて営業での自分というものを考えてしまう。
「変わらないよ。俺も。結局文句垂れてかき乱しているだけのところも多いから」
塩は笑い顔を横にふる。猪口のように傷痕遺す気はないが何かを残したいと想う俺もいる。鬼熊さんに話すと何驕った事言っていのと笑われるだろう。
「でも、色々ズバリと言える君が羨ましい」
そんな話をしている時にコチラにズカズカ近付いてくるモノがいる。猪口だ。
「昨日なんで電話にでてくれなかったんですか?
……もしかして、まだ怒ってます?」
首を傾げ上目遣いをしてくるこの顔、なんでこんなにムカつくのだろうか?
「は? 電話?」
「はい! 昨晩清酒さんとお話したくて電話かけたのですが」
俺の電話番号なんて教えてないし、なんだ? 気持ち悪い。
「俺君に俺の電話番号教えた覚えはないですが」
猪口は『はい』と頷く。
「教えてくれなかったから、会社の携帯に昨日かけたんですよ。それなのに出てくれなくて」
俺はポケットに入れた社用携帯を取り出しディスプレイを見て顔をしかめる。確かに昨晩の十二時チョット前という時刻に猪口から電話かかっている。コレをバイフレーションモードにしておいて良かったらと思う。昨夜の煙草さんの部屋でコイツの電話受けたら気分も最悪になっていてムードも台無しになっていた。
「で、こんな非常識な時刻に何の用事だったのかな?」
そう冷たく聞くと猪口は肩を竦め少しおびえた仕草さをするが、仕草だけで怯えているように見えない。
「昨日清酒さんずっと険しい顔してたじゃないですか。だから誤解をとこうかと。私昨日の事本当に悪気なんかなくて……だから許して貰いたくて」
俺はフーと息を吐く。目を細めて猪口を見下ろす。
「本当なんです! それにそこまで大変なことにはならなかったから良かったじゃないですか」
お前が言うかと思う。確かに昨日塩がやんわり『大変な事にならなかったから良かったけど……』とは言っていたが……。
「いや、充分大変事になっていたよ」
珍しく塩がツッコんでいる。
「別に俺は君が悪意もっていたか、面白半分で色々触って壊してしまったかなんてどうでも良い事」
「え……?」
俺がそう言うと猪口は俺の言葉にポカンとした顔を返してくる。実際関係ない。どちらにせよありえないし、ムカつく話。
「俺が君に怒りを感じているのはそこだけでない。君は色々やらかしてくれるけど、その事に関して迷惑をかけた人にまったく謝意を示す事がないよな? 君の気儘な行動がどれ程周りに迷惑と面倒掛けてきているか理解しているのか? そんな状況に関わらず君が誰かに申し訳ないという感情を示したり、謝っているのを聞いた事が無い」
俺の言葉に、大きな目をますます大きく見開く。
「え、でも。失敗するのは……私……新人だから仕方がないじゃないですか!」
俺は思わず舌打ちしてしまう。新人だからこそ、失敗しないように動くものだろう! 失敗して当然と動いてどうするのか。
「人に迷惑をかけたら謝るというのは、社会人としてというより、人として当然の事では?
幼稚園で習わなかったかな? そんな事も出来ないってどういう事? 難しい事でもないだろ?」
「せ、清酒くん」
俺の言葉で涙ぐんできた猪口を見て塩が止めようとするが俺は続ける事にする。
「それに、君が今までしまくっていたミスは、君が仕事を適当にやっているから起こったようにしか俺にはみえない。
俺は新人が仕事が出来ない事は仕方が無いと思うし、理解はしている。しかし仕事を面白半分で適当にしかしない人は許せないし認めない」
猪口の大きな目からポロリと涙が流れる。
「そんな! ヒドイです! 私はいつも一生懸命頑張って仕事やっています。
ちょっとミスが多いのは認めます! だから私が頑張っている事まで否定されるなんて悲しいです」
コイツ自己弁護をする時はやたら弁がたち、自分は悪くないといった内容の言葉を返してくる。コレがより俺をムカつかせている。
「悪いけど、俺にはそういう風にまったく見えてない。仕事中にネットサーフィンしたり、仕事放り出しで人とどうでもよいおしゃべり呆けていたりと、遊んでいる所しか見てないしね」
俺の言葉に一瞬ギクリとした顔したのに、それを誤魔化すように派手に泣きはじめた。普通泣き顔って大人なら隠そうとするものだと思うけど、猪口は俺の方を見上げたまま涙を流し続ける。しかもアイメイクを崩さないように拭う動作が、さらに涙を嘘くさく感じさせる。塩は困ったような顔をして俺を見る。先程『色々ズバリと言える君が羨ましい』と言っていた言葉撤回されていそうだ。でも、俺はどうでも良い相手、関わりたくもない相手がどう傷つこうが気にしないし、寧ろトコトン言ってやりたい質の人間。
「で、君のその涙ってどういう涙?
まさか、ただ怒られて自分が可愛そうだよねという意味で泣いていないよな?
未熟な自分が歯がゆくて泣いているならいいけど、そうでなかったら本当に救いようがない人だね」
俺はそう言い放ってから、猪口の前から離れる事にする。煙草さんとの熱い夜と、今の猪口との短いやり取り。体力的には前者の方が疲れる事だと思うのに、疲労感は後者の方が大きい。
「猪口さん、清酒くんの言葉はキツめだったかもしれないけど。それは上司としては伝えなければなない事だったと俺は思う。
だから君ももう少し自分の仕事の仕方を見直してみるべきなのでは?」
放っておけばいいのに、俺のフォローをしようとする塩。そのタイミングで早朝会議から帰ってきた佐藤部長らが帰ってくる。流石に大泣きしている猪口にどうしたのかと尋ねてくる部長に塩が応える。
「清酒くんが猪口さんの勤務態度を注意していたのですが、それが少しキツメだっただけで」
かなり表現を控えめにした塩の言葉に、猪口は顔をあげ佐藤部長に何か訴えようと口を開ける。
「私は……」
「お前また何かやらかした? 良い年した大人が仕事で怒られたくらいでオイオイ泣くなんて恥ずかしいと思わないのかよ!」
澤の井さんの大きな声で遮られ猪口はビクリとして言葉を詰まらせる。今まで散々嫌味をストレートに言ってくる澤ノ井さんは猪口がこの営業で一番苦手とする相手で、口喧嘩も勝てないのを分かっているのでそのまま黙り込む。
佐藤部長は苦笑して鬼熊さんに視線をおくり、猪口を任せ俺をミーティングルームに呼び事情を聞いてきた。俺は冷静に佐藤部長と澤ノ井さんに昨日猪口がやらかした事と、さらに私用で会社の携帯を使ってきた事を報告すると、流石の佐藤部長も驚いた顔をして、澤ノ井さんは露骨に顔を不快そうに顰める。俺以上にああいうタイプ嫌いなだけに、そういう感情がストレートに出ている。
「それって、もうすぐにでも首に出来るレベルではないか?」
確かに今回の猪口のしでかした事はかなりヤバい内容。会社のデーターを業務と関係なく見て触るというのは確かに重大な規定違反にも思えるが、それが罪となるほどまでかというと難しい所である。実際に壊したのは会議の資料だけで他は致命的な問題は見つからなかった。
見える立場にあるものが、そのデーターを見ただけ。となると難しい。しかも解雇というのは、なかなか企業にとってもマイナスも多く取りにくい手段でもある。
マメゾンにおいては同じ部や課と業務を同じにするグループ毎に共有でサーバーをもち、かなりのデーターを覗けるようにはなっていた。流石に人事査定といった機密的なモノは見られる人物に制限かけられているが、営業においては取引先の情報など共有しなければならない事も多く、また様々な情報を受け渡しも楽という事でそのようになっていた。個でなく組織で仕事していく為にサーバー内で仕事のデーターを管理するシステムとなっている。勿論誰もがそれが仕事で利用されているものだと理解しているから取り扱いは慎重だし、それぞれサーバーにある個人フォルダーを誰の許可なく勝手に見るとかいう事はありえない。
「そういう状況なので、俺としては猪口という人間を営業に置いておくことの方が怖いです。指導に関してはお手上げで、指導でなんとかするレベルを超えています。
営業としてどうだと語る以前の問題で、社会人として問題行動が多すぎます。むしろいるだけで、フォローという厄介過ぎる仕事が増えてグループにとって迷惑でしかないし、営業にとってマイナスの要因しかありません。
交代の人の手配を待たなくて良いので、営業から外して下さい。実際今、猪口には怖くて何か仕事を任すという事も出来ないので、営業の仕事まったくしていませんから、いなくなっても問題ありません。逆に色々問題行動が多すぎて、その事で仕事が増えていて厄介なだけです」
そこまで一気に語ると、聞いていた佐藤部長はフーと溜息をつく。
「君や鬼熊くんの報告書もちゃんと読んでいるし、私自身彼女の行動をしっかり見ていて状況は理解しているつもりだ。
そして君たちにいらぬ苦労かけているのも分かっているし、ちゃんと働きかけ私も動いている。
だからもう少しだけ我慢してくれ」
佐藤部長の言葉に俺はハァと溜息をつく。
「とりあえず、二度と猪口さんのIDにはデーター類を触れないように制限をかけておく。そして実際営業として動いていないから携帯も必要ないだろうから返却をさせる」
俺は溜息をつく。話を聞きながら澤ノ井さんが鬼のような巨悪な形相になっている。
「思った以上に猪口くんの評判が広がってしまい引き取り先がなかなかみつからなくてね。まあ今回の事で人事にさらにプレッシャーをかけるよ。清酒くんそんな不満そうな顔するな。
君や私がしなくても速攻このあと澤ノ井くんが襲撃して脅してくれるだろしね」
佐藤部長の言葉に澤ノ井さんはンッと声をだし佐藤部長を見るが、ニヤリという顔を返されてしまう。
「『ナルハヤでヨロ~♪』 と君が笑顔で言えば一番効果あるかなと思って」
澤ノ井さんは複雑な顔をしている。逆に言われなくても、人事部に速攻でアタックしそうな澤ノ井さんの勢いをうまい具合に挫いておく所は流石である。澤ノ井さんの顔が鬼からヒグマくらいの怖さに戻っている。今の営業二課で澤ノ井さんをここまで上手く操れるのは佐藤部長くらいである。
「清酒くんは情報基盤センターに依頼宜しく。そして私からも猪口くんに色々話をしておいた方がいいだろう。基盤センターに行く前に声かけてココに来るように言ってくれないかな」
佐藤部長はそんな言葉で俺と澤ノ井さんを部屋から退室させた。
部屋を出ると皆の視点が集まる。俺は肩をすくめて何でもないと皆にアピールしておく。猪口はというとまだ自分の机の所でベソベソしながら鬼熊さんの言葉を聞いているようだ。そんな猪口をみて顔を顰めている澤ノ井さん。
「澤ノ井課長、笑顔で! そしてナルハヤで動いてもらえるように宜しくお願いします。ウチの課の為に」
そう茶化すとギロリと睨まれた。俺は肩を竦める。
「お前流石あの佐藤部長の下で五年やってきただけあるな、良い性格しているよ。
まっ穏便に頑張ってくるよ」
そう言ってから出口に向かう澤ノ井さんを見送ってから俺は自分のグループに戻る。戻ってきた俺を猪口は少し責めるような眼つきでチラっと見上げてくる。『こんな風に女の子泣かせたのですから謝ってください』と言いたいのだろうが、そこはサラッと無視して二コリと笑ってみせる。
「猪口さん、あちらのミーティングルームで佐藤部長が貴方とお話したいそうです。すぐ行くように」
俺の言葉に猪口の顔が少し引き攣るが、立ってスゴスゴとミーティングルームに消えていった。俺は簡単に鬼熊さんにミーティングルームでの会話を報告すると。苦笑を返されてしまった。しかし俺としては猪口と言う存在はもう限界だった。一日でも早く営業から追い出したい。鬼熊さんも気持ちは同じだと思う。先ずは猪口を排除して正常なグループに戻す。俺がすべき事はここだろう。
とりあえず再犯を防止するために情報基盤センターに猪口のID権限の変更を依頼しに行くことにした。
昨晩も会社で抱えた怒りやムカつきは、煙草さんに会っていた間は吹っ飛んでおり、会社につくと昨日の延長で思考が動いていく。今日の場合は嫌でも昨日の会社での出来事が他の人との会話によって気持ち的に巻き戻されるから特にそういう状況になっているのだろう。
ロッカーの所で皆に労いたわりの言葉をかけられ、グループでは鬼熊さんから労ねぎらいの言葉をかけられる。俺はそれらに苦笑を返すしかない。そしてどうしたものかと思う。俺の感情論の事ではなく、上司として猪口をどうするか? アレを一人前の営業に育てるなんて、俺でなくても難易度高すぎる業務だ。そういう事が一番得意な鬼熊さんですらてこずっているのだから。
カフェエリアでエスプレッソを淹れていると塩がやってきたので俺は、昨晩のお礼を言いながら彼に珈琲を淹れて渡す。
「お前の仕事っぷりがスゴイことを、改めて実感したよ」
そう言うと塩は照れたように顔を横に振る。コイツの不思議な所は人や周りは良く見えているのに自分が分かってない。自己評価が何故か低い。
「いや、俺のやり方ってその場その場の対処だけで、根本的な解決をはかれない事が多いから。
問題先送りで。誤魔化し誤魔化し今の状況をなんとかしていくのではなく、君みたいに出来たらなと思うよ」
まあ、優しすぎるのが塩の弱点といったら弱点。それ故に澤ノ井さんの下で苦労している。かといって俺も何か建設的な事をしている訳ではない。自分のやりたい事が出来ない事を誤魔化し、中途半端な立場に甘えている。同時に思う、俺はこの営業で何をやり、残せたというのだろうか? 仕事はそれなしにしていたけど、ずっと開発に行きたいとゴネていただけ。そして来年移動の道が見えて来た今、改めて営業での自分というものを考えてしまう。
「変わらないよ。俺も。結局文句垂れてかき乱しているだけのところも多いから」
塩は笑い顔を横にふる。猪口のように傷痕遺す気はないが何かを残したいと想う俺もいる。鬼熊さんに話すと何驕った事言っていのと笑われるだろう。
「でも、色々ズバリと言える君が羨ましい」
そんな話をしている時にコチラにズカズカ近付いてくるモノがいる。猪口だ。
「昨日なんで電話にでてくれなかったんですか?
……もしかして、まだ怒ってます?」
首を傾げ上目遣いをしてくるこの顔、なんでこんなにムカつくのだろうか?
「は? 電話?」
「はい! 昨晩清酒さんとお話したくて電話かけたのですが」
俺の電話番号なんて教えてないし、なんだ? 気持ち悪い。
「俺君に俺の電話番号教えた覚えはないですが」
猪口は『はい』と頷く。
「教えてくれなかったから、会社の携帯に昨日かけたんですよ。それなのに出てくれなくて」
俺はポケットに入れた社用携帯を取り出しディスプレイを見て顔をしかめる。確かに昨晩の十二時チョット前という時刻に猪口から電話かかっている。コレをバイフレーションモードにしておいて良かったらと思う。昨夜の煙草さんの部屋でコイツの電話受けたら気分も最悪になっていてムードも台無しになっていた。
「で、こんな非常識な時刻に何の用事だったのかな?」
そう冷たく聞くと猪口は肩を竦め少しおびえた仕草さをするが、仕草だけで怯えているように見えない。
「昨日清酒さんずっと険しい顔してたじゃないですか。だから誤解をとこうかと。私昨日の事本当に悪気なんかなくて……だから許して貰いたくて」
俺はフーと息を吐く。目を細めて猪口を見下ろす。
「本当なんです! それにそこまで大変なことにはならなかったから良かったじゃないですか」
お前が言うかと思う。確かに昨日塩がやんわり『大変な事にならなかったから良かったけど……』とは言っていたが……。
「いや、充分大変事になっていたよ」
珍しく塩がツッコんでいる。
「別に俺は君が悪意もっていたか、面白半分で色々触って壊してしまったかなんてどうでも良い事」
「え……?」
俺がそう言うと猪口は俺の言葉にポカンとした顔を返してくる。実際関係ない。どちらにせよありえないし、ムカつく話。
「俺が君に怒りを感じているのはそこだけでない。君は色々やらかしてくれるけど、その事に関して迷惑をかけた人にまったく謝意を示す事がないよな? 君の気儘な行動がどれ程周りに迷惑と面倒掛けてきているか理解しているのか? そんな状況に関わらず君が誰かに申し訳ないという感情を示したり、謝っているのを聞いた事が無い」
俺の言葉に、大きな目をますます大きく見開く。
「え、でも。失敗するのは……私……新人だから仕方がないじゃないですか!」
俺は思わず舌打ちしてしまう。新人だからこそ、失敗しないように動くものだろう! 失敗して当然と動いてどうするのか。
「人に迷惑をかけたら謝るというのは、社会人としてというより、人として当然の事では?
幼稚園で習わなかったかな? そんな事も出来ないってどういう事? 難しい事でもないだろ?」
「せ、清酒くん」
俺の言葉で涙ぐんできた猪口を見て塩が止めようとするが俺は続ける事にする。
「それに、君が今までしまくっていたミスは、君が仕事を適当にやっているから起こったようにしか俺にはみえない。
俺は新人が仕事が出来ない事は仕方が無いと思うし、理解はしている。しかし仕事を面白半分で適当にしかしない人は許せないし認めない」
猪口の大きな目からポロリと涙が流れる。
「そんな! ヒドイです! 私はいつも一生懸命頑張って仕事やっています。
ちょっとミスが多いのは認めます! だから私が頑張っている事まで否定されるなんて悲しいです」
コイツ自己弁護をする時はやたら弁がたち、自分は悪くないといった内容の言葉を返してくる。コレがより俺をムカつかせている。
「悪いけど、俺にはそういう風にまったく見えてない。仕事中にネットサーフィンしたり、仕事放り出しで人とどうでもよいおしゃべり呆けていたりと、遊んでいる所しか見てないしね」
俺の言葉に一瞬ギクリとした顔したのに、それを誤魔化すように派手に泣きはじめた。普通泣き顔って大人なら隠そうとするものだと思うけど、猪口は俺の方を見上げたまま涙を流し続ける。しかもアイメイクを崩さないように拭う動作が、さらに涙を嘘くさく感じさせる。塩は困ったような顔をして俺を見る。先程『色々ズバリと言える君が羨ましい』と言っていた言葉撤回されていそうだ。でも、俺はどうでも良い相手、関わりたくもない相手がどう傷つこうが気にしないし、寧ろトコトン言ってやりたい質の人間。
「で、君のその涙ってどういう涙?
まさか、ただ怒られて自分が可愛そうだよねという意味で泣いていないよな?
未熟な自分が歯がゆくて泣いているならいいけど、そうでなかったら本当に救いようがない人だね」
俺はそう言い放ってから、猪口の前から離れる事にする。煙草さんとの熱い夜と、今の猪口との短いやり取り。体力的には前者の方が疲れる事だと思うのに、疲労感は後者の方が大きい。
「猪口さん、清酒くんの言葉はキツめだったかもしれないけど。それは上司としては伝えなければなない事だったと俺は思う。
だから君ももう少し自分の仕事の仕方を見直してみるべきなのでは?」
放っておけばいいのに、俺のフォローをしようとする塩。そのタイミングで早朝会議から帰ってきた佐藤部長らが帰ってくる。流石に大泣きしている猪口にどうしたのかと尋ねてくる部長に塩が応える。
「清酒くんが猪口さんの勤務態度を注意していたのですが、それが少しキツメだっただけで」
かなり表現を控えめにした塩の言葉に、猪口は顔をあげ佐藤部長に何か訴えようと口を開ける。
「私は……」
「お前また何かやらかした? 良い年した大人が仕事で怒られたくらいでオイオイ泣くなんて恥ずかしいと思わないのかよ!」
澤の井さんの大きな声で遮られ猪口はビクリとして言葉を詰まらせる。今まで散々嫌味をストレートに言ってくる澤ノ井さんは猪口がこの営業で一番苦手とする相手で、口喧嘩も勝てないのを分かっているのでそのまま黙り込む。
佐藤部長は苦笑して鬼熊さんに視線をおくり、猪口を任せ俺をミーティングルームに呼び事情を聞いてきた。俺は冷静に佐藤部長と澤ノ井さんに昨日猪口がやらかした事と、さらに私用で会社の携帯を使ってきた事を報告すると、流石の佐藤部長も驚いた顔をして、澤ノ井さんは露骨に顔を不快そうに顰める。俺以上にああいうタイプ嫌いなだけに、そういう感情がストレートに出ている。
「それって、もうすぐにでも首に出来るレベルではないか?」
確かに今回の猪口のしでかした事はかなりヤバい内容。会社のデーターを業務と関係なく見て触るというのは確かに重大な規定違反にも思えるが、それが罪となるほどまでかというと難しい所である。実際に壊したのは会議の資料だけで他は致命的な問題は見つからなかった。
見える立場にあるものが、そのデーターを見ただけ。となると難しい。しかも解雇というのは、なかなか企業にとってもマイナスも多く取りにくい手段でもある。
マメゾンにおいては同じ部や課と業務を同じにするグループ毎に共有でサーバーをもち、かなりのデーターを覗けるようにはなっていた。流石に人事査定といった機密的なモノは見られる人物に制限かけられているが、営業においては取引先の情報など共有しなければならない事も多く、また様々な情報を受け渡しも楽という事でそのようになっていた。個でなく組織で仕事していく為にサーバー内で仕事のデーターを管理するシステムとなっている。勿論誰もがそれが仕事で利用されているものだと理解しているから取り扱いは慎重だし、それぞれサーバーにある個人フォルダーを誰の許可なく勝手に見るとかいう事はありえない。
「そういう状況なので、俺としては猪口という人間を営業に置いておくことの方が怖いです。指導に関してはお手上げで、指導でなんとかするレベルを超えています。
営業としてどうだと語る以前の問題で、社会人として問題行動が多すぎます。むしろいるだけで、フォローという厄介過ぎる仕事が増えてグループにとって迷惑でしかないし、営業にとってマイナスの要因しかありません。
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「君や鬼熊くんの報告書もちゃんと読んでいるし、私自身彼女の行動をしっかり見ていて状況は理解しているつもりだ。
そして君たちにいらぬ苦労かけているのも分かっているし、ちゃんと働きかけ私も動いている。
だからもう少しだけ我慢してくれ」
佐藤部長の言葉に俺はハァと溜息をつく。
「とりあえず、二度と猪口さんのIDにはデーター類を触れないように制限をかけておく。そして実際営業として動いていないから携帯も必要ないだろうから返却をさせる」
俺は溜息をつく。話を聞きながら澤ノ井さんが鬼のような巨悪な形相になっている。
「思った以上に猪口くんの評判が広がってしまい引き取り先がなかなかみつからなくてね。まあ今回の事で人事にさらにプレッシャーをかけるよ。清酒くんそんな不満そうな顔するな。
君や私がしなくても速攻このあと澤ノ井くんが襲撃して脅してくれるだろしね」
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「『ナルハヤでヨロ~♪』 と君が笑顔で言えば一番効果あるかなと思って」
澤ノ井さんは複雑な顔をしている。逆に言われなくても、人事部に速攻でアタックしそうな澤ノ井さんの勢いをうまい具合に挫いておく所は流石である。澤ノ井さんの顔が鬼からヒグマくらいの怖さに戻っている。今の営業二課で澤ノ井さんをここまで上手く操れるのは佐藤部長くらいである。
「清酒くんは情報基盤センターに依頼宜しく。そして私からも猪口くんに色々話をしておいた方がいいだろう。基盤センターに行く前に声かけてココに来るように言ってくれないかな」
佐藤部長はそんな言葉で俺と澤ノ井さんを部屋から退室させた。
部屋を出ると皆の視点が集まる。俺は肩をすくめて何でもないと皆にアピールしておく。猪口はというとまだ自分の机の所でベソベソしながら鬼熊さんの言葉を聞いているようだ。そんな猪口をみて顔を顰めている澤ノ井さん。
「澤ノ井課長、笑顔で! そしてナルハヤで動いてもらえるように宜しくお願いします。ウチの課の為に」
そう茶化すとギロリと睨まれた。俺は肩を竦める。
「お前流石あの佐藤部長の下で五年やってきただけあるな、良い性格しているよ。
まっ穏便に頑張ってくるよ」
そう言ってから出口に向かう澤ノ井さんを見送ってから俺は自分のグループに戻る。戻ってきた俺を猪口は少し責めるような眼つきでチラっと見上げてくる。『こんな風に女の子泣かせたのですから謝ってください』と言いたいのだろうが、そこはサラッと無視して二コリと笑ってみせる。
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俺の言葉に猪口の顔が少し引き攣るが、立ってスゴスゴとミーティングルームに消えていった。俺は簡単に鬼熊さんにミーティングルームでの会話を報告すると。苦笑を返されてしまった。しかし俺としては猪口と言う存在はもう限界だった。一日でも早く営業から追い出したい。鬼熊さんも気持ちは同じだと思う。先ずは猪口を排除して正常なグループに戻す。俺がすべき事はここだろう。
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