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イタリアン・ロースト

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 週末は煙草さんが仕事でもらったという美術館の招待券で浮世絵の展示会を楽しむ。そのままショッピングモールでの散策を楽しみ、そのあと煙草さんの部屋でのんびりとした時間をすごす。
  煙草さんには失礼な話だとは思う。しかし猪口と違って煙草さんはなんでこんなに可愛いのだろうか? としみじみ感動する。
 煙草さんの一挙手一投足がイチイチ可愛らしくて俺を楽しませている。
 「どうしたの? 清酒さん……ニヤニヤして。なんかまたスケベな事考えているの?」
  夕飯も終わり部屋で二人でマッタリしてきたら、煙草さんがそんな事言ってくる。
 何だろう最近煙草さんは俺をエロいヤツのように言ってくる。ごくごく普通だとおもうのだが、何故こう言われるのかはよく分からない。
 ただシュチュエーション的にも時間帯的にもそういう雰囲気になる状況ではある。
 「いや別に、ただ煙草さんがカワイイなと思って」
  そう言うと照れたように顔を赤らめ視線を外す。そして横目で何故か睨んでくる。
 「本当の事なのに。どうしたの? 耳が赤くなっているよ」
  優しく抱き寄せ耳元に唇近付けてそう囁くと、ゾワゾワしたのか身体を震わせる。そんな様子も可愛らしい。
 そんな時、一緒に見ていたTVから聞いたことある声が聞こえる。
 「ただただ夢中で決めました~」
  テレビ画面ではいつの間にかスポーツニュースをやっていた。そこにヒーローインタビューを受ける清瀬くんの姿。どうやらゴールを決めたようだ。
 インタビューに答える声と共に相手ディフェンダーを振り切ってヘディングで押し込んだ清瀬くんが、そのまま走り出し左薬指にキスをしてその手を振り上げる映像がリプレイされている。
 「今日はゴールをとにかく決めたくて、攻めて攻めて攻めまくりました!!」
 お前ディフェンダーだろ! と思うものの、こういう形でも妻を喜ばせてしまう所はスゴイと思う。薬指にキスしてなんていかにも妻に捧げたというアクションである。
 「清酒さん、サッカーもお好きだったんですね!」
  テレビ画面をジッと見つめていた俺に、煙草さんが嬉しそうに聞いてくる。視線を戻すとニマニマしている。俺の新しい情報を知るとこんな顔をして喜んでいるようだ。
 「まあ好きかな? そして最近では縁があって松川FCの応援しているんだ」
 「松川FC?」
 煙草さんは首をかしげる。
 「ほら! 鈴木翔さんとかいるチーム。
  そうだ! こんど試合を見に行ってみる? 競技場で見るのも楽しいよ」
 頭の中で競技場で盛り上がる自分達を想像しているのだろう、ニマ~と笑い頷く。
 「楽しそうです! いいですね是非行きましょう!」
  俺はタブレットを取りだし、松川FCのホームゲームの試合を調べて二人で予定を組む。
 「この日は水色の服を着ていけばいいの?」
  俺は頷く。
 「そうだね、でも俺レプリカユニフォーム二枚持っているから貸してあげるよ」
 去年清瀬くんの番号のユニフォーム買っていたのだが、清瀬くんの背番号が今年から変更になり二十三から二番となったのでその記念でまた買った。
 そしてふと考える、俺の服をダボっと着る煙草さんの姿っていうのも、イイかもしれない。思わずニヤニヤする。
 いや試合の日まで待たなくても今度は俺の部屋に来てもらった時に、俺の服貸してさりげなく着せてみて楽しめばいい。
 煙草さんが料理を準備しやすく料理しやすいという事もあるのだろう。
 煙草さんの部屋で夜を過ごしがちだったが、来週は俺の部屋に過ごすことにしよう。その時は俺が料理つくって……。
 「……清酒さん? 何か私の顔ついていますか?」
 煙草さんの身体撫でながら、顔をジッと見つめていたようだ。俺は顔を横にふる。
「煙草さんに見蕩れていた」
 煙草さんが何か反応する前に、俺は赤く厚みのある唇にチュッと軽くキスをしかる。するとジトっと潤んだ目で見上げる煙草さん。
 怒っているというより照れているだけ。
 俺がニッコリ笑うと、恥かしくて文句言おうとしていたのだろうが耐え切れずフフと笑う。
 俺はその表情をOKの意味と取り、今度はもっと深いキスをする。煙草さんも俺の背中に手を回し行動で応えてきたので、俺は遠慮なくそのまま進むことにした。

 週末はそんな感じで思う存分煙草さんを満喫しての月曜日。
 俺が休日と逆の現象に悩まされることになる。あの煙草さんとドップリ過ごした後だと、猪口が余計に可愛げない憎々しい存在に見える。
 煙草さんによる癒し効果も半日持たない事も悲しい所。薬より毒の方が効果が強く感じるものだから。
  予定通り今週からより一層厳しさを増して接しているのだが、泣かすどころか、ちゃんと話聞いているのかも怪しいくらい笑顔でスルーする。
 コイツ日本人なのか? というくらい同じ日本語で話しあっているのに言葉が通じない。まだ猫や犬との方がちゃんとコミュニケーション取れるのではないかと思うほど互いの言葉が相手の中に入っていかないのだ。
 何かミスしたことを怒っていても『分かりました! 今度から気を付けま~す』と笑顔で答えて似た過ちを繰り返す。
 プライドは高そうで恥をかくのが嫌いに見えるので、あえて人の前でキツい言葉で叱ってみているが、コレもあまり堪えていないように見える。
 客先に出すのは流石に危なくて出来ないので、社内におつかいに出ししてみたらそこで横柄な態度で相手を怒らせて帰ってくる。ここで見えてきたのは猪口のダークサイド。
 俺に見せているのはまだ彼女の猫被ったカワイイ部分だったようだ。
 営業においてそれは見えていたが、人によりそのキャラを使い分ける。
 まず男性と女性相手で声のトーンが明らかに違う。また彼女の中でよくわからない人間の格付けがあり、庶務や経理や流通といった人達をあからさまに蔑んだ態度で接するようだ。
 オマケによくわからない方向での頑張りは見せ、電話をとったのは良い。
 担当でないのに勝手にその対応を行い大混乱を起こす。その尻拭いに走る毎日となっている。
 相方はというと、グループ内でも極力猪口との関わりを避けてしまった。
 お前教育係だろ! と怒鳴りたいが俺同様激しい敗北感と挫折を味わっているのだろう。
 それに相方は猪口が怒らせた関係各部者の人と関わらせる事で、悪口にならない形で猪口という人物の有様を訴えた。
 営業こそが最大の被害者であると思わせる事に成功させている。お陰で謝罪に訪れても、俺への当たりもやさしくなった。
 「清酒さんもお疲れ様です! 色々大変ですよね」
 他部署の新人にまで同情されるというのも頭が痛い。 俺は笑顔を見せつつ、確か鹿野とかいった女の子に簡単な挨拶だけをして業務の話に戻そうと試みる。
 鹿野は一言でいうと地味で大人しそうな女の子。研修も真面目に受けていたし、グループディスカッションでも皆の意見をメモで纏めるなど、働きも地味だが仕事はそれなりに出来そうに思えた人物。
  鹿野は意味ありげに俺の方を見上げ二コリと笑う。女が給湯室で集まってあまり良くない話をするときのアノ嫌な笑みに俺は少し警戒する。
 「あの、猪口さんの事ですが、清酒さんにはお耳に入れておいた方がよいかなと」
 俺が不快そうな顔をしたのに関わらず、その鹿野は言葉を続ける。
「あの、彼女って自意識過剰で、思い込み激しいじゃないですか。それで清酒さんに関してトンデモない事を言っていたので――」
 俺の反応関係なくしてきたその鹿野の話の内容にドップリと疲れる事になる。
 あの時、俺が態々名指しであの女を指名したことで、何を考えたのか猪口は俺が目にかけているととったらしい。
 それを叔父である牛島専務に電話で話したところ、専務は何を考えたのか俺の事を『社内でも評判の将来有望な男』とか説明したらしい。
 鹿野曰く『自分至上主義で、自分の事を最高の女と勘違いしている猪口』は『社会人に、なって付き合うなら出来る男よね! 清酒さんみたいな』と、新人研修で恐ろしい事を言っていたらしい。
 どこからツッコんでいいのか……。俺の嫌悪感を露わにした表情に鹿野が満足そうな顔をしたことも不快さをさらに強いものとする。
「もちろん私達、他の新人は、彼女の大きな勘違いだと分かっていますよ!
 最初に指したのだって彼女一番態度悪かったし。でもあの子はそういう面倒くさい子なので気を付けてください」
 心配そうな顔で言っているが、鹿野は大嫌いな相手を貶めて喜んでいる。
 万が一でも猪口の恋愛がうまくいくことがないように立ち回る。
 コイツは猪口と別の意味でヤバいというか面倒なタイプだと感じる。だから俺はあえて平静を装い笑う。
 「なんというか、どうでも良いこと教えて頂きありがとうございます。
 ところで仕事の事に話戻しても良いですか?」
 ここで鹿野と話をつづけるのも嫌なので、俺は用事をさっさと済ませここを去る事にした。

 俺は営業部に戻り、まずカフェエリアで濃いエスプレッソを飲み、心を落ち着けることにする。猪口を見ると、鬼熊さんから何か指示を受けている最中のようだ。
 鬼熊さんに対しての態度は何故か悪く、『は~い~』『分かりました~』という独特なムカつきを感じさせる受け答えをする。それが俺をさらに苛立たせる。あんな相手に冷静に見える顔で会話できる鬼熊さんを尊敬する。
 猪口を見ているとムカつくだけなので、目を逸らし溜息をついていると背中を激しく叩かれる。この激しく痛みを感じる叩きかたから、この部屋でもう一人ストレスを振りまいている存在が絡んできたことを察する。
 「俺、また業務中に怪我したくないんですが。馬鹿力であること自覚してもう少し加減してください」
 俺の言葉にハハと笑う澤ノ井さん。
「そんなヤワなヤツでもないだろ! お前は!
  しかしお前も大変だな~。あんなとんでもなく使えないだけでなく面倒な部下に持ってストレス溜まるだろ」
 大きい声で話すから、猪口本人にも聞こえているだろう。その事は本当の事だし自覚しろとも思うからそこはもう気にもならない。
 しかし別の意味でストレスを人に与えまくっている澤ノ井さんがソレを言うか? という周りの空気はこの人は気にしていないようだ。
 新年度になり、安いオアフィスへ結構の客が流れている。それで余計に澤ノ井さんのプレッシャーは強くなり、皆を疲れさせている。
 新規顧客を開拓するなど皆も頑張っているが、澤ノ井さんにとってはまたまだ努力が足りないと不満なようだ。
 澤ノ井さん、営業部の人双方からの愚痴を聞かされる事が四月になり倍増した。
 俺としてはその双方で顔をちゃんと付き合わせて話し合った方が良いと思うが、澤ノ井さんは一匹狼を気取り馴れ合う気はなく、営業部の皆は怯えている。
「だったら、そんな可哀想で頑張っている部下達をもう少し労わるという気持ちはないんですか?」
 俺が睨みあえて【達】をつけて訴えてみるが、態とか本当にソコに気付いていないのか、ただニヤリとした笑みを返してくる。
「ちゃんと気にかけているから、こうして声かけシバいているんだろ」
 あえてこういう返しをするのが澤乃ノ井さん。何も分からず馬鹿をやる猪口と違い、頭もよく見えて状況理解しつつ強引な行動するのが澤ノ井さんの恐ろしい所。
 そして俺の前に、筆ペンと香典袋を置く。
 「何ですか? コレ」
 「ん? お前こういうの得意だろ? 俺は字汚いから。
 ミラーナの後藤部長のお父さんが亡くなられたらしくて代表して通夜に行くことになったんだ」
 俺は溜息をつく。
 「別に得意でもないですが、普通の字でよければ」
 そして澤ノ井さんの名前が何だったか? と考える。ポケットからペンと紙を出し澤ノ井さんの前に出す。
「住所と名前コチラに書いて頂きますか?」
「住所までいるか?」
 適当な事言ってくる相手に俺は頷く。
「喪主が後藤部長でなかった時に、お香典返しにご家族が苦労するでしょう!」
「へいへい」
 肩を竦める、性格そのまま表したようなハネが元気で大きく筆圧の強い文字を澤ノ井さんは書いていく。
「……澤ノ井さん……名前【優人|《ゆうと》】なのですか! 優しさ皆無なのに!」
 俺の露骨な驚きの声に澤乃井さんがムッとした顔になる。【優しい人】ってどんだけ親の願い無視して育ったのか……。
 寧ろ猛斗とか、剛とかそういうそう言う感じである。
「お前が言うか? 下戸で清酒のくせに。
  【優れた人】という意味では合ってるだろ!」
 自分で【優れた】というか? まあコレが分かりにくい澤ノ井さんのギャグなのだが……。
 笑える人も少ないだろう。俺は肩を竦め、熨斗紙と封筒に澤ノ井さんの名前と住所と金額を書いていくことにする。
 ソレを澤ノ井さんは何故か嬉しそうに見ている。
 「おお、やはりお前に頼んで正解! いかにも【澤ノ井 優人】って名前の人が書いた感じの文字になった! 俺が書くより名前と字合ってると思わないか?」
 俺は苦笑する。
「何ですかソレ」
 早速封筒にお金を詰めている澤ノ井さん。そして立ち去り際に俺にそっと耳打ちする。
「ま、ちゃんと俺からも人事に文句言って働きかけてるから、もう少し辛抱しろ」
 そう小声で告げ去っていく。この人も基本会話というか自分の言いたい事だけ言って満足するタイプ。
 仕事に関して誰よりもシビアで本気で闘おうとする澤ノ井さんにとって、猪口は最優先で自分の手元から排除したい存在なのだろう。
 営業の横暴クマ男と傍若無人の猪女。
 意外と直接対決させると面白い事になるか? とも思ったがそう考えた自分を否定する。
 モンスター二体が暴れたら、モンスター以上に被害被るのはその近くに過ごす俺達である。
 少しでも穏便に退場願うように動かねばならないだろう。余計な煩わしさを増えたことに溜息をまたつく。
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