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フレンチ・ロースト
【なわばり】にて
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あの不味い珈琲を共に分かちあった事で澤ノ井さんと営業中の人との距離は縮まったかというとそうはならず、ズケズケとした物言いに、傷つきながらもそこは社会人らしく平静を装い反論もせず対応する営業二課の面々。寧ろ心壁を高く厚くして自衛を始めた事で距離は開いている。
一方、煙草さんと俺との距離がどこまで縮められたか? という問題もイマイチと言わざるを得ない。隙あらば晩御飯を一緒に食べてデートを重ねているが、二週間経とうというのに手を握るまで。良い年をした大人が何しているんだかと思うものの、少し踏み込んで見ると警戒というか緊張の色を見せる煙草さん相手。じんわり距離感縮めて『怖くないよ~。おいで~』とチョッカイかけていくのは、大人の女性相手というより本当に猫を飼い始めた気分である。警戒しつつもコチラを興味ありげに見つめ、ご飯食べると笑顔になり、お酒飲むとゴロゴロ喉を鳴らしているような顔でゴキゲンになり懐いてくる。気侭な所も猫っぽい。
良くわからない微妙な告白の前後で変わったのは、メールの数と一緒にいくお店のタイプ。今までのまま世界旅行続けていて行くのも楽しい事は楽しいが、折角ならデートらしい空気を楽しみたい。本当はもっと高級で大人っぽい雰囲気のお店にも連れていき色っぽい空気を演出したいが、煙草さんが頑として『割り勘』を主張してくる為にそういう店に連れていけないのだ。それに煙草さんが好きなのはカジュルでアットホームなお店。その為そういう店を探し選んで連れていくこととなり、そこに行き嬉しそうに目を輝かせる様子を楽しんでいた。
「そういえば、以前連れていっていただいた【さざんか】素敵なお店でしたよね~こないだの喫茶店【TEMPO】もですが」
そんなデートの時、煙草さんがそんな言葉を漏らす。
「どちらも、居心地の良い空間ではあるかな。だからつい何回も行ってしまう」
煙草さんはフフと笑い、熱々のチーズのかかったハンバーグを頬張り、熱さからバタバタする。俺は彼女に水の入ったグラスを渡す。それを飲んで落ちついたのかハ~と溜息をついて、またハンバーグに挑む。今度は先ほどより少し長め息を吹きかけて冷ましパクリと食べて二カッと笑っている。
「ああいうお店を見つけてくる、清酒さんの感覚というかセンスって素晴らしいですよね」
俺は笑って首を横にふる。
「いや、俺は単に個人で勝手に楽しんでいるだけで、そういう意味では君の方が鋭いし視点も面白いのでは? 以前取材一緒にして思ったよ。流石記者やっているだけあって色々鋭く世界を見ているって」
おだてたつもりはなく、本音だったのだが煙草さんは俺の言葉に思いっきり照れて下を向きハンバーグと向き合う。人の事は無邪気に誉め殺す癖に、自分は誉められ弱い。
「まぁ、私は仕事ですからそこはいつも気になるし、ネタ探し状態だから逆に不純に世界を見ているかもしれません……。
そういえば、清酒さんっていつもどんなお店に行かれるんですか? あといつもはどんな休日過ごされていますか? 大人の男性の私生活って興味あります!」
そう言われ俺は咽る。これは俺に興味あり、もっと知りたいという意志表示? それとも単なる仕事的な意味での興味?
「まあ行く店は、食べ物屋が多いかな。喫茶店一番良く訪れる店で、あと食事では基本こじんまりしたレストランとか定食屋によく行く感じ? 休日の過ごし方は、そんなに特別ではないかな? 洗濯して掃除して、ジム行ったり散歩したり」
そんな面白い事を話しているわけではないのに、煙草さんは目をキラキラさせて楽しそうに話を聞いている。
「ジム以外は同じなんですね! 休日の過ごし方」
ニコニコそう応える煙草さん。まあ社会人の休日ってこういうものだろう。
「ジムに行くということは、身体鍛えているんですか? ジョギングするとか?」
随分グイグイと色々聞いてくる。今日はビール一杯しか飲んでいないはずだが。
「運動不足解消の為が強いかな、ジョギングはしているけど流石に毎日はしてない。仕事でぐったりという事も多いし。最近鈍っているな~と思ったとき必死にしてみたりと」
煙草さんは何故か少し驚いた顔をするがすぐ、そのあと嬉しそうに笑う。
「チョット以外、なんでもキッチリしていて、優雅に新聞読みながらコーヒー飲んで、颯爽と過ごしている印象があって。でもそんな言葉を聞いてなんか親近感沸いたというか」
プッと吹き出してしまう。
「俺の印象って、随分ひどくない? 男だから結構ズボラな所もあるし、そんなに人間味のない奴に見えている?」
煙草さんは慌てたように否定する。
「逆ですよ! なんかビシッとしていていつも決まっているので、そういう自分に近い所知ってなんかホッとするというのでしょうか」
この子の中の良く分からない俺の位置づけって何なのだろうか? と思う。
「あのさ、逆にすごいプレッシャーかかるんだけど、俺っていたって普通の男だよ。ただ周りが呆れる程のコーヒーオタクというのが個性くらいの」
煙草さんはアレ? って顔をするが俺の何が面白かったのかクスクス笑いだす。
「私は清酒さんの珈琲好きな所は好きですよ。珈琲談義も面白いですし! 聞けば聞く程コーヒーが美味しく感じます」
なんでこういう事いってくるのか。この俺の心を絶妙に擽る言葉。しかし『珈琲好きな・所は』って?
「今度、清酒さんのお気に入りだという店に行ってみたいな。すごく楽しそうです」
ふんわり笑いながらそう言ってくる煙草さんに一瞬見惚れてしまった。俺が反応を返さなかった事に、煙草さんは首を傾げる。
「勿論! 私のお気に入りのお店も紹介しますよ! 二人で教え合うのも面白くないですか?」
フフフと思わず笑みが漏れてしまう。
「最高に楽しそうだね。君のお気に入りのお店、きっと素敵なんだろうね」
煙草さんはその言葉に照れ、目を逸らす。
「いえ、私の方は逆にガッカリされるかもしれませんが、清酒さんなら連れていっても良いかなと思って」
「君の好きな場所ってとても興味あるし楽しみだ。
タバさんの世界に入れてもらえるようで嬉しいかも」
俺の言葉に、目を丸くして、そのあと顔を真っ赤にした。
「私の世界なんてチッポケで、たいしたこともなく、すぐ周り終わってしまいますよ」
「だったら、俺の世界と繋げて広げてしまえばいい」
煙草さんは『おぉ~』と言葉を漏らす。
「なんか倍ところではなく広がりそうです! なんかスゴク楽しみになってきました!」
張り切っている煙草さんについニヤついてしまう。
「じゃあ、喫茶店で良ければ1軒、近くにあるから、早速行ってみる?」
俺の言葉に煙草さんは大きく頷いた。
扉がカランと音たてコーヒーのアロマが俺達を包む。マスターが俺の顔を見て二コリと笑いかけてくるのでカウンターの方に座る。サイフォン式の珈琲が楽しめるお店で、大学時代から通っているお店。
「あれ、珍しいね、一人じゃないなんて」
マスターの言葉に俺は苦笑する。たいていマスターに会いにいっているので、考えてみたらだれが連れていくというのは初めてかも。デートの時は彼女と話したいから仲の良い店員のいる店にはあまりいかなかったからだろう。
「もしかして、彼女さん?」
ニヤリと笑うマスターに、俺は頷き肯定をする。煙草さんは生真面目な様子でお辞儀して名乗り挨拶をしている。
いつものようにカウンター席に座り、今日は三人での会話を楽しむ。俺とマスターの珈琲談義をひたすら感心して煙草さんが聞くという状態だったが、楽しい一時を過ごす事が出来た。自分のお気に入りの場所に煙草さんが入る事でより愛しい所になった気がした。互いの【なわばり】とも言える場所を分かち合う。コレはなかなか良いモノなのかもしれない。
そして、互いの【なわばり】巡りデートが始まる事になる。煙草さんの紹介するお店は、テーブルが三つしかない餃子屋さんとか、小さな路地の先の民家を改装したカフェとか、普通だったら気付かず通り過ぎるようなお店がおおく。小さな店内でホクホクとしている様子は、お気に入りの場所で日向ぼっこしている猫のようだった。そして俺の気に入りのお店では今まで以上に目を爛々とさせワクワクと好奇心丸出しの様子で店を眺め『ここ好き~』という感情を笑顔で示してくる。
正式に煙草さんが企画担当になった【気取らずまったりカジュアルデート】そのもので、デートのワクワクは低いかしれないが、なんだかゆったりと楽しめた。その時間は時間で俺を満たしてくれて、職場での殺伐とした空気で疲れた俺を癒してくれた。
店員さんとの会話も楽しみオーダーしてから、煙草さんは俺に向き直る。
「ところで、すごく不思議なのですが、どのお店でも清酒さんって店員さんと仲良しですよね」
俺は言葉の意味が分からず首を傾げる。お気に入りのお店だけに、そういう状態なのは普通なのではないだろうか?
「どの店に行っても歓迎されるって、そのコツなんなのですか?」
俺は笑ってしまう。
「いや、それは向こうも客商売だからそりゃ歓迎するだろ」
煙草さんはウーンと悩んだ顔をする。
「どこでも常連として扱ってもらっていますよね。私なんて片思いである事が多く、行くたびにフラットな挨拶されて寂しく感じることありますもの。そりゃ週一とか毎日顔だしたりとかは出来ていませんが」
俺より店からしてみたらインパクトあると思われる煙草さんがそう言うとは意外である。
「まあ、コチラからしたら一つの店でも、店からしてみたら大勢の客の一人だからね」
「それは分かるのですが、毎回『初めまして』な顔されると寂しいものですよ」
ハァと溜息をつく煙草さん。
「そうだ! ネットのエッセイで面白い方法を提唱していたよ。お店と手っ取り早く顔馴染みになる方法」
俺の言葉に、丸い目が期待の色を帯びて輝く。瞳が『聞かせて! 聞かせて!』と言葉を発している。
「三日連続でその店に通うだけ」
「え……三日?」
思った通りの反応を示す煙草さんが可愛らしい。
「そう、三日連続通うと流石に店員さんにも顔を覚えて貰える。もちろん店側との友好的なコミュニケーションをしておく事は前提だけど。
コレって営業にも通じる手法で面白いと思わない。店側流石に三日連続同じ顔がきたらインパクトもあって覚えてくれるという」
成程と頷き、スマフォで、何やらメモっている。そしてスマフォから顔を上げて俺を、真っ直ぐ見上げてくる。
「もしかして、ソレを実行して常連客になっていったのですか?」
俺は苦笑して顔を横に振る。
「まあ気に入ったら短いスパンで通ってしまっていたのは確かだけど、結構俺店の人と会話しがちなのでそれで印象深めたのかも。君に紹介した店は大学時代から通っていたりする所もあったし。逆にそんなに通っていて顔覚えられていなかったら悲しいよ」
煙草さんが、クスクス笑う。
「勉強になります。大切なのはコミュニケーションとマメな顔見せ。私の仕事にも生かせそうなテクニックありがとうございます!
そう言えばドゥー・メチエってパン屋さんも清酒さんのお気に入りのパン屋さんですよね? よくFacebookやforce squareに登場しているので」
俺は頷く。ショーケースだけの小さなお店なのだが、その味の美味しさからちょっとした評判のパン屋さんなのだ。その為雑誌でも度々紹介されている。
「あそこのパンは旨いよ! Twitterとかみてみたら店長が真面目な人みたいで、パン作り、素材選びにまで拘って作っているのが味で分かる感じ。カスタードとかミートソースも業務用のもの使わず手作りしているみたいで、何食べても旨いんだ」
ついお気に入りの店の事で熱く語ってしまったがそれを煙草さんはニコニコ聞いている。
「楽しみ。実は来週の月曜日取材予定なんです。清酒さんもお薦めとなると、自信もって紹介出来ます」
明るく笑う煙草さん、俺はお薦めのパンの名前を告げ、煙草さんはそれをメモり『ついでにパンを買って帰り、翌日の朝食もドゥー・メチエさんにします』と答える。ごくごく穏やかで楽しいなわばりデートでの風景だった。
俺もよく知るパン屋。穏やかな店長と感じの良い店員さんのいる平和なお店。そして朗らかで性格の良い雑誌記者。この組み合わせで事件が起こるなんて誰が予想出来ていただろうか?
まさか俺のなわばりとも言えるその店にとんだ地雷が埋まっているなんてわかるはずもなかった。
一方、煙草さんと俺との距離がどこまで縮められたか? という問題もイマイチと言わざるを得ない。隙あらば晩御飯を一緒に食べてデートを重ねているが、二週間経とうというのに手を握るまで。良い年をした大人が何しているんだかと思うものの、少し踏み込んで見ると警戒というか緊張の色を見せる煙草さん相手。じんわり距離感縮めて『怖くないよ~。おいで~』とチョッカイかけていくのは、大人の女性相手というより本当に猫を飼い始めた気分である。警戒しつつもコチラを興味ありげに見つめ、ご飯食べると笑顔になり、お酒飲むとゴロゴロ喉を鳴らしているような顔でゴキゲンになり懐いてくる。気侭な所も猫っぽい。
良くわからない微妙な告白の前後で変わったのは、メールの数と一緒にいくお店のタイプ。今までのまま世界旅行続けていて行くのも楽しい事は楽しいが、折角ならデートらしい空気を楽しみたい。本当はもっと高級で大人っぽい雰囲気のお店にも連れていき色っぽい空気を演出したいが、煙草さんが頑として『割り勘』を主張してくる為にそういう店に連れていけないのだ。それに煙草さんが好きなのはカジュルでアットホームなお店。その為そういう店を探し選んで連れていくこととなり、そこに行き嬉しそうに目を輝かせる様子を楽しんでいた。
「そういえば、以前連れていっていただいた【さざんか】素敵なお店でしたよね~こないだの喫茶店【TEMPO】もですが」
そんなデートの時、煙草さんがそんな言葉を漏らす。
「どちらも、居心地の良い空間ではあるかな。だからつい何回も行ってしまう」
煙草さんはフフと笑い、熱々のチーズのかかったハンバーグを頬張り、熱さからバタバタする。俺は彼女に水の入ったグラスを渡す。それを飲んで落ちついたのかハ~と溜息をついて、またハンバーグに挑む。今度は先ほどより少し長め息を吹きかけて冷ましパクリと食べて二カッと笑っている。
「ああいうお店を見つけてくる、清酒さんの感覚というかセンスって素晴らしいですよね」
俺は笑って首を横にふる。
「いや、俺は単に個人で勝手に楽しんでいるだけで、そういう意味では君の方が鋭いし視点も面白いのでは? 以前取材一緒にして思ったよ。流石記者やっているだけあって色々鋭く世界を見ているって」
おだてたつもりはなく、本音だったのだが煙草さんは俺の言葉に思いっきり照れて下を向きハンバーグと向き合う。人の事は無邪気に誉め殺す癖に、自分は誉められ弱い。
「まぁ、私は仕事ですからそこはいつも気になるし、ネタ探し状態だから逆に不純に世界を見ているかもしれません……。
そういえば、清酒さんっていつもどんなお店に行かれるんですか? あといつもはどんな休日過ごされていますか? 大人の男性の私生活って興味あります!」
そう言われ俺は咽る。これは俺に興味あり、もっと知りたいという意志表示? それとも単なる仕事的な意味での興味?
「まあ行く店は、食べ物屋が多いかな。喫茶店一番良く訪れる店で、あと食事では基本こじんまりしたレストランとか定食屋によく行く感じ? 休日の過ごし方は、そんなに特別ではないかな? 洗濯して掃除して、ジム行ったり散歩したり」
そんな面白い事を話しているわけではないのに、煙草さんは目をキラキラさせて楽しそうに話を聞いている。
「ジム以外は同じなんですね! 休日の過ごし方」
ニコニコそう応える煙草さん。まあ社会人の休日ってこういうものだろう。
「ジムに行くということは、身体鍛えているんですか? ジョギングするとか?」
随分グイグイと色々聞いてくる。今日はビール一杯しか飲んでいないはずだが。
「運動不足解消の為が強いかな、ジョギングはしているけど流石に毎日はしてない。仕事でぐったりという事も多いし。最近鈍っているな~と思ったとき必死にしてみたりと」
煙草さんは何故か少し驚いた顔をするがすぐ、そのあと嬉しそうに笑う。
「チョット以外、なんでもキッチリしていて、優雅に新聞読みながらコーヒー飲んで、颯爽と過ごしている印象があって。でもそんな言葉を聞いてなんか親近感沸いたというか」
プッと吹き出してしまう。
「俺の印象って、随分ひどくない? 男だから結構ズボラな所もあるし、そんなに人間味のない奴に見えている?」
煙草さんは慌てたように否定する。
「逆ですよ! なんかビシッとしていていつも決まっているので、そういう自分に近い所知ってなんかホッとするというのでしょうか」
この子の中の良く分からない俺の位置づけって何なのだろうか? と思う。
「あのさ、逆にすごいプレッシャーかかるんだけど、俺っていたって普通の男だよ。ただ周りが呆れる程のコーヒーオタクというのが個性くらいの」
煙草さんはアレ? って顔をするが俺の何が面白かったのかクスクス笑いだす。
「私は清酒さんの珈琲好きな所は好きですよ。珈琲談義も面白いですし! 聞けば聞く程コーヒーが美味しく感じます」
なんでこういう事いってくるのか。この俺の心を絶妙に擽る言葉。しかし『珈琲好きな・所は』って?
「今度、清酒さんのお気に入りだという店に行ってみたいな。すごく楽しそうです」
ふんわり笑いながらそう言ってくる煙草さんに一瞬見惚れてしまった。俺が反応を返さなかった事に、煙草さんは首を傾げる。
「勿論! 私のお気に入りのお店も紹介しますよ! 二人で教え合うのも面白くないですか?」
フフフと思わず笑みが漏れてしまう。
「最高に楽しそうだね。君のお気に入りのお店、きっと素敵なんだろうね」
煙草さんはその言葉に照れ、目を逸らす。
「いえ、私の方は逆にガッカリされるかもしれませんが、清酒さんなら連れていっても良いかなと思って」
「君の好きな場所ってとても興味あるし楽しみだ。
タバさんの世界に入れてもらえるようで嬉しいかも」
俺の言葉に、目を丸くして、そのあと顔を真っ赤にした。
「私の世界なんてチッポケで、たいしたこともなく、すぐ周り終わってしまいますよ」
「だったら、俺の世界と繋げて広げてしまえばいい」
煙草さんは『おぉ~』と言葉を漏らす。
「なんか倍ところではなく広がりそうです! なんかスゴク楽しみになってきました!」
張り切っている煙草さんについニヤついてしまう。
「じゃあ、喫茶店で良ければ1軒、近くにあるから、早速行ってみる?」
俺の言葉に煙草さんは大きく頷いた。
扉がカランと音たてコーヒーのアロマが俺達を包む。マスターが俺の顔を見て二コリと笑いかけてくるのでカウンターの方に座る。サイフォン式の珈琲が楽しめるお店で、大学時代から通っているお店。
「あれ、珍しいね、一人じゃないなんて」
マスターの言葉に俺は苦笑する。たいていマスターに会いにいっているので、考えてみたらだれが連れていくというのは初めてかも。デートの時は彼女と話したいから仲の良い店員のいる店にはあまりいかなかったからだろう。
「もしかして、彼女さん?」
ニヤリと笑うマスターに、俺は頷き肯定をする。煙草さんは生真面目な様子でお辞儀して名乗り挨拶をしている。
いつものようにカウンター席に座り、今日は三人での会話を楽しむ。俺とマスターの珈琲談義をひたすら感心して煙草さんが聞くという状態だったが、楽しい一時を過ごす事が出来た。自分のお気に入りの場所に煙草さんが入る事でより愛しい所になった気がした。互いの【なわばり】とも言える場所を分かち合う。コレはなかなか良いモノなのかもしれない。
そして、互いの【なわばり】巡りデートが始まる事になる。煙草さんの紹介するお店は、テーブルが三つしかない餃子屋さんとか、小さな路地の先の民家を改装したカフェとか、普通だったら気付かず通り過ぎるようなお店がおおく。小さな店内でホクホクとしている様子は、お気に入りの場所で日向ぼっこしている猫のようだった。そして俺の気に入りのお店では今まで以上に目を爛々とさせワクワクと好奇心丸出しの様子で店を眺め『ここ好き~』という感情を笑顔で示してくる。
正式に煙草さんが企画担当になった【気取らずまったりカジュアルデート】そのもので、デートのワクワクは低いかしれないが、なんだかゆったりと楽しめた。その時間は時間で俺を満たしてくれて、職場での殺伐とした空気で疲れた俺を癒してくれた。
店員さんとの会話も楽しみオーダーしてから、煙草さんは俺に向き直る。
「ところで、すごく不思議なのですが、どのお店でも清酒さんって店員さんと仲良しですよね」
俺は言葉の意味が分からず首を傾げる。お気に入りのお店だけに、そういう状態なのは普通なのではないだろうか?
「どの店に行っても歓迎されるって、そのコツなんなのですか?」
俺は笑ってしまう。
「いや、それは向こうも客商売だからそりゃ歓迎するだろ」
煙草さんはウーンと悩んだ顔をする。
「どこでも常連として扱ってもらっていますよね。私なんて片思いである事が多く、行くたびにフラットな挨拶されて寂しく感じることありますもの。そりゃ週一とか毎日顔だしたりとかは出来ていませんが」
俺より店からしてみたらインパクトあると思われる煙草さんがそう言うとは意外である。
「まあ、コチラからしたら一つの店でも、店からしてみたら大勢の客の一人だからね」
「それは分かるのですが、毎回『初めまして』な顔されると寂しいものですよ」
ハァと溜息をつく煙草さん。
「そうだ! ネットのエッセイで面白い方法を提唱していたよ。お店と手っ取り早く顔馴染みになる方法」
俺の言葉に、丸い目が期待の色を帯びて輝く。瞳が『聞かせて! 聞かせて!』と言葉を発している。
「三日連続でその店に通うだけ」
「え……三日?」
思った通りの反応を示す煙草さんが可愛らしい。
「そう、三日連続通うと流石に店員さんにも顔を覚えて貰える。もちろん店側との友好的なコミュニケーションをしておく事は前提だけど。
コレって営業にも通じる手法で面白いと思わない。店側流石に三日連続同じ顔がきたらインパクトもあって覚えてくれるという」
成程と頷き、スマフォで、何やらメモっている。そしてスマフォから顔を上げて俺を、真っ直ぐ見上げてくる。
「もしかして、ソレを実行して常連客になっていったのですか?」
俺は苦笑して顔を横に振る。
「まあ気に入ったら短いスパンで通ってしまっていたのは確かだけど、結構俺店の人と会話しがちなのでそれで印象深めたのかも。君に紹介した店は大学時代から通っていたりする所もあったし。逆にそんなに通っていて顔覚えられていなかったら悲しいよ」
煙草さんが、クスクス笑う。
「勉強になります。大切なのはコミュニケーションとマメな顔見せ。私の仕事にも生かせそうなテクニックありがとうございます!
そう言えばドゥー・メチエってパン屋さんも清酒さんのお気に入りのパン屋さんですよね? よくFacebookやforce squareに登場しているので」
俺は頷く。ショーケースだけの小さなお店なのだが、その味の美味しさからちょっとした評判のパン屋さんなのだ。その為雑誌でも度々紹介されている。
「あそこのパンは旨いよ! Twitterとかみてみたら店長が真面目な人みたいで、パン作り、素材選びにまで拘って作っているのが味で分かる感じ。カスタードとかミートソースも業務用のもの使わず手作りしているみたいで、何食べても旨いんだ」
ついお気に入りの店の事で熱く語ってしまったがそれを煙草さんはニコニコ聞いている。
「楽しみ。実は来週の月曜日取材予定なんです。清酒さんもお薦めとなると、自信もって紹介出来ます」
明るく笑う煙草さん、俺はお薦めのパンの名前を告げ、煙草さんはそれをメモり『ついでにパンを買って帰り、翌日の朝食もドゥー・メチエさんにします』と答える。ごくごく穏やかで楽しいなわばりデートでの風景だった。
俺もよく知るパン屋。穏やかな店長と感じの良い店員さんのいる平和なお店。そして朗らかで性格の良い雑誌記者。この組み合わせで事件が起こるなんて誰が予想出来ていただろうか?
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