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フルシティロースト

とても幸せなそうな人

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「……だったら、近くにお気に入りのお店が。そこでいいでしょうか。すごく今日はそこの気分で行く予定だったんですよ」
 その店は路地裏でこぢんまりとした感じで営業している定食屋。そこなら高くても千円で、大抵の物は六百円代でお腹いっぱい食べられる。女の子を連れていくようなお店ではないかもしれないけれど、逆に女の子である煙草さんとデートっぽい場所に行くのも不自然に感じたから。
 それにそのお店に連れていっても、やはり煙草さんは気を悪くする様子もなく好奇心旺盛な様子で昭和な空気漂う店内に視線を巡らせ楽しそうだ。カウンターとテーブル席四つだけあり、老夫婦がずっと切り盛りしてきたようなお店で、壁には少し色の変わった手書きの定番メニューが書かれ、それに重なるように本日のオススメが書かれた紙が貼られている。
「メンチカツ定食で、清酒さんは?」
「焼き魚定食頂きます」
 六百四十円だけど結構旨い。
 そう答える俺にフンフンと頷く。
「はい! あとビールも飲まれますよね?」
 その言葉に俺は頭を横にふる。
「私は大丈夫です! でも煙草さんはどうぞ飲んで下さい」
「遠慮しないでくださいよ! 飲みましょうよ! せめてそこまで奢らせてください」
 俺の言葉を遠慮ととったようだ。
「いえ、実は私下戸で、お酒がまったく飲めないんですよ」
 俺の言葉に、目を見開き驚く煙草さん。そこまで驚かなくてもとも思う。
「その顔で、その名前で!!」
 名前は兎も角、どういう顔だというのだろうか?
「呑兵衛な顔に見えますか?」
「いえ、ビールは少し違いますけど、ウィスキーとかバーボンをクールに飲んでいるイメージがあります」
 それって、どういう男と思われているのだろうか? イマイチ分からない。格好付けたキザな男? ってこと?
「チョコレートボンボンで酔っ払って寝てしまうくらい弱いです。でも煙草さん飲まれたいなら気にせず」
 そう言うと煙草さんは恥ずかしそうにする。そして定食二つだけを注文する。
「いえ、私も呑兵衛ではなく嗜む程度なので、必ず晩酌で呑むぞ~ってことはないので……。
 それにしても素敵なお店ですね」
 何十年も変わらず時間が止まってしまったかのような佇まいで、お世辞にも綺麗とは言えないこのお店をそう言える煙草さんも奇特な人物である。
「そう言って貰えて良かった。『こんな汚いお店に連れてくるなんて信じられない!』なんて言われたらどうしようかとも思っていましたから。こここんな感じで安いけど、料理は意外と美味しいんですよ」
「汚いは失礼ね! しかも意外とって? まあ綺麗じゃないけど」
 女将さんが笑いながら俺の定食を持ってきてそう言ってくる。今日は白身魚の西京味噌着けだったようだ。ふんわりと香ばしい香りで、俺は空腹を思い出す。
「申し訳ありません、レトロな味わいでしたね」
 言い直した俺に、女将さんと煙草さんが笑う。
「しかし、清酒くんもデートにカワイイ彼女こんな店に連れてくる?」
 その言葉に『いえいえいえ!』と速攻否定の言葉を煙草さんがいれる。
「仕事関係でお世話になっている者なのです。そんな関係ではありえませんので!! 断じて!
 でもこのお店本当に素敵です! なんか落ち着くというか、懐かしいというか」
 その言葉に女将さんがクスクス笑う。
「ありがとうお嬢さん、はいメンチカツ定食」
 煙草さんはやって来た定食を見て目を見開く。揚げたての為にまだ音を立てているメンチカツを惚れ惚れ見つめる煙草さん。
「ぉぃしそぉ」
 お行儀良く手を合わせお辞儀して箸をメンチカツにいれる。メンチカツの切れた所から肉汁が皿に溢れてくるのを見て煙草さんの目が輝き、唇から小さい感嘆の声が上がる。一口食べて煙草さんは目を見開き小さく手をバタバタし出す。熱かったのだろうか? そして俺と視線が合うと、ハフハフしながらもメンチカツを指さしてから指で『O(オー)』の文字作り美味しい事を伝えてくる。
「ハァ~とってもジューシーでそして甘くて美味しいですよ! コレ!」
 一口目を飲み込んでから煙草さんはそう感想を漏らす。熱がっていたのではなくて、喜んでいたようだ。
「あっ写真とっておけば良かった!」
 早速買ったばかりのスマフォを構え、なんとか食べてない部分だけを切りとり真剣な顔で撮影している。早くも活用しているようだ。そして安心したのか再び食事を楽しみ出す。別に普通に食べているのに、煙草さんは何故かやたらに幸せそうだ。多分後ろからみても喜んでいる様子が伝わってきそうで、フワフワの髪の一本一本までルンルンしている感じ。おそらくは結婚式場でライスシャワー浴びている花嫁よりも幸せそうな顔をしている。七百四十円のメンチカツ定食を食べながら。
 こんな顔で食べられると、メンチカツが異様に美味しそうに見えるから不思議だ。

ガタ

音がして見るとテーブルに餃子が置かれていた。
「はい、カワイイお嬢ちゃんにサービス」
「え! ありがとうございます! わ~餃子もおいしそうですね!」
 不思議だ。俺はここ通うようになって一か月くらいたたないと、こういったオマケはついてこなかったのに、煙草さんは何故か初回からそういう特典を受けられているようだ。このお店でこういうカワイイ女の子が珍しいというのもあるのかもしれないけど、あんなに自分が作ったものを美味しそうに食べてもらえたらお店としたらその可愛さも倍増なのかもしれない。
「このメンチ、とても甘くて美味しいのですが、どうしてなのですか?」
「ん~? 多分、玉葱を炒めたのを多めに入れているからかな~」
「なるほど~だからこんなに柔らかくて優しい味なんですね!」
 煙草さんはニコニコと女将さんと会話を弾ませている。
「あと、ここって実は漬物も旨いんだ! このお店秘伝の糠床につけてあるらしくて」
 煙草さんは俺の方を見て『そうなんですか!』と言いお漬物を一枚食べて感動した顔する。このリアクションの早さがわかり易いし、反応見たくて話しかけてしまう。
 大将も同じたもったのだろう珍しく会話に参加して、四人で和やかなというレベルは超えたにぎやかな夕食を楽しむ事となった。
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