スモークキャットは懐かない?

白い黒猫

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シティーロースト

暗転する世界

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 俺は持っていたノンアルコールビールの缶をテーブルに置く。 
 「好きだよ。本気で」 
 「だったら、なんで諦めるの!! その気持ち彼女にガンガン伝えてさ、別れる事やめて、続ければいいじゃん!」
  清瀬くんらしいあまりにもシンプルで素直な言葉に俺は笑ってしまう。なんかホッとしたから。しかし俺は顔を横にふる。 
 「そうする事で、俺が彼女を幸せに出来るならそうしているよ。だけど俺だとダメなんだよ」 
 「ダメなんかじゃない! 二人はとても楽しそうだってし、仲良かったし、愛し合っているんだろ? 今も!  ……初芽さんこないだ泣いてたんだってそう言うことだし ……」
  俺は首を傾げ清瀬くんを見る。 
 「先々週の日曜日にウチに来たんだ。
 正秀さんと別れた事も話していて、泣いていた ……。
 といっても美奈とお話していて、俺は席外していたから全部聞こえたわけではないけど、正秀さんがまだ好きだから泣いていた。
 結局正秀さんを傷付けてしまっただけだと ……。
  今日も、ウチに初芽さん泊まってるんだ。だから今からいかない? そしてヨリ戻そうよ、ね?」 
  縋るように清瀬くんは俺を見上げてくる。しかし俺は顔を横に振った。 
 「多分ここで仲直りしても、結局はまた別れるだけだ。何度か分けて別れるよりも此処で別れるのが正解だろう」 
  清瀬くんは、少しムッとした顔をする。 
 「初芽と俺の間には何ていうかな? 溝というか壁がある。
 俺はそれを超えて彼女の心に寄り添えない。それは初芽が悪いんじゃなくて、俺が力不足なんだよ。 
 だから初芽は俺を心から頼れない。心を開けない。
  その場その場で気晴らし出来るように楽しませる事は出来ても、根本的な所の解決に導けない、本当の意味で支えられない。
 何も出来ないんだ俺は。俺では初芽を幸せに出来ない。それを思い知った」 
  別れを切り出されて、俺なりに初芽との関係を分析して出た答えはコレだった。
 だからこそ悔しかったし、情けなかった。
 怒っていた清瀬くんは、思いの外語ってしまった俺の言葉に複雑な表情になってくる。そして缶ビールを煽り、フーと大きく息を吐く。
 「俺は馬鹿だから、色々考えるのは苦手だし出来ない。
  何なんだろうこのややこしさ。お互い好きならばそれでいいじゃん ……それが全てで、それが一番大事な事だよね?」 
  清瀬くんの言葉は、本当に聞いていて気持ち良い。
 そう言いきれる彼が眩しく感じ、同時にそう言えない自分という男が女々しく感じる。 
 「馬鹿なプライドかな。
 自分の惚れた女は自分の力で幸せにしたいって。
 苦しんでいるなら俺で助けたいし、困っているなら俺が支えたい。でもソレを初芽は一切許してくれない。
 そこがもどかしいし悔しい。そして不満に思えてしまう。
  ずっと互いにその事を感じていた。この関係には未来がないってダメになるって気付いていた」
  清瀬くんは、酒気の帯びた赤い目で俺をジット見つめてくる。そして何やらウーンと考え込む。
 「その言葉聞くと、俺って本当に利己的なんだなと思ったよ。俺はそんな風には考えなかった。そんな発想すらなかった。
  ほら、だって美奈って強いじゃん、だからそう言う意味では最初から俺は必要とされてないし……。
 お父さんの事も一人で乗り越えてしまった、俺は状況を分かってもなかったから、支えてもあげられなかった……。
  分かった時に何も役立たたない自分に若干の悔しさもあったよ! 
  ても! ソレ以上に俺が強く楽しく生きていく為に美奈が欲しかった。
 美奈の幸せというより、自分の幸せを求めたんだと思う。だからそう考えられる二人は、本当に大人なんだと思うよ。
  でも大人として生きるってメンドイね」
  かなり酒が回っているようで、俺に話しかけるというより独り言のような感じで呟く。 
 「多分そこが秀くんの格好良さであり、鬼熊さんが惚れた所なんだろうね」 
  俺と本当に真逆な思考回路している清瀬くんが、今の俺にはたまらなく羨ましくも思えた。
 彼なら俺の様に悩まず、先ず行動してぶつかっていっていくんだろう。
 出来るならそうしたいけど、理性がセーブする。さらに初芽を追い詰めて傷つけるだけだと分るから。
 「え、そんな」 
  目の前で清瀬くんが、酒のせいでなく顔を真っ赤にして慌て出す。 
 「多分、鬼熊さんは君のそういう所に救われて、元気を貰っているんだと思う」
  照れながらも、清瀬くんは嬉しそうな様子で、俺に新しいノンアルコールビールの缶をススっと差し出してくる。
 「そんな! 俺、格好悪いし!! 単細胞だし、どちらかというとウジウジして女々しいし、いつも美奈に甘えてばかりだし……。馬鹿だし。
  でも正秀さんは、そうみてくれた? 俺こんなにガキっぽいけど――」
  なんか、話がズレてきてようだ。しかし初芽から話が離れた事で内心ホッとする。
 「子供っぽいんじゃなくて、純粋でまっすぐなんだよ君は。そんな人だから鬼熊さんも心を許せて委ねられるんだと思うし、向けた愛情に対して相手が最もうれしいと思う形で返せる二人に見える」
  恋愛に失敗したばかりの男が、何偉そうに素敵な結果出したカップルの解説を始めているんだろうか?
 改めて分析してみると、この夫婦は逆になんと絶妙な組み合わせだったんだろうかと思う。
 互いにとってこれ程愛し甲斐のある相手はいない。想いを最も嬉しい形で返しあっている。そんな夫婦である。 
  互いが互いの存在がツボで、隣にいるだけで楽しくて幸せなんだろう。
  俺達と違って……。ふとした拍子に感じる相手のもの言いたげだけの表情。そしてその言えない言葉が募っていき重荷となる。
  俺の言葉に顔を輝かせて喜び、上機嫌になった清瀬くんは、惚気話としかいいよいもない話をしはじめる。
 ストレートに愛を表現してくる男と、そんな男を優しく包み込むように愛する女。
 幸せな夫婦の話は、俺の今の心を少しだけ暖かくしてくれた。 それが直属の上司の話というのは悩ましい所ではあるが気は紛れた。

  しかしその心温まる話をするのが、酔っぱらいとなると素面で聞くのがだんだんと辛くなってくるようだ。
 六回くらい同じ話をして繰り返して満足したのか、酔いが限界にきたのか、睡魔がきたからか、三時少し回った所で清瀬くんはリビングでうつ伏して眠ってしまった。
  声かけても起きないし、ベッドまで運ぶのも面倒なのでソファーになんとかのせ、ブランケットをかけてやる。
 逆に俺は妙に頭が冴え眠れない。だからこの夜の宴会で汚れた部屋を片付ける事にする。
 汚れた皿をシンクにさげ、空き缶をゴミ袋に放り込んでいく。するとまだ中身の入っているモノがあったのでそれを飲んで空ける。
  ビールの苦味を感じなから、フーと、テーブルの前に座りため息をつく。そして首を傾げる。身体に違和感を覚えたからだ。
 身体が熱くて心臓がバクバクしてきている。缶を見るとコレ俺が飲んでいたモノではない。ということは今飲んだのは本物のビール。
 目の前がクワングワンと揺れて視界が回り始めた。座っていたのでぶっ倒れる事ではなかったが床に寝転ぶ体勢になったのを感じた。
 フローリングが冷たくて心気持ち良いな、と思ったのを最後に思考も意識も途切れブラックアウトした。
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