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シナモンロースト

苦手な事

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 昔から、人付き合いは下手ではないものの、得意でもなかった。気の合うヤツとだけつるんで楽しんできた。仲良くなれるのは、大らかで俺のズケズケとした物の言い方にムカつく事もなく笑って受け入れてくれるか、逆にそう言った言葉に敏感に反応して口論を楽しめる相手。そして面倒臭そうな奴は最初から避けてきた。
 比較的似た性格で個性的な人が集まる大学においては気ままな人間関係を築いてきたが、会社というものは今まで通りにいかない。組織の中での行動になるので、より本音と建前を分けた行動が求められ、業務用の清酒正秀というモノが出来上がっていった。最初の方こそ仕事している自分を楽しめていたが、最近業務用の俺の姿が何とも上っ面な感じで嫌になってきている。
 後輩への指導は俺にとって面倒な業務の一つ。鬼熊さんらからはチョクチョク『その言い方はない』と言われてきたが、実は俺なりにかなり言葉を選んで行ってきたつもりである。本音の言葉でいくと面倒な事態を引き起こす事になるというのは、バイト時代にしっかり学んできたから。俺としては全うな言葉で今更言うまでもないような事を注意しても、泣き出す、キレられ、むくれられる。ひどい場合は次の日から来ないとか『お前ら、もうガキという年齢ではないだろ!』と言いたくなるが、所謂バイト気分の奴に何言っても無駄という事もあるのか? そういうタイプの人とは揉める事も少なくなかった。
 営業スマイルというものが、客相手ではなく身内である仕事仲間にも必要である事を学んだ意味でも、バイトは貴重な体験となった。
 当たり前だが社会人になって二年目以降から後輩は毎年入ってきた。皆営業に配属された事からも、それなりに度胸あると認められた人ばかりの筈で、日常会話はそれなりに楽しく交せてしていても、仕事の話をすると何故か皆緊張する。俺が資料を出すと『何か、ミスありました?』と強張った顔で返してくる。そんなにネチネチと注意した覚えはないのに、何故そこまで顔色を変えるかが分からない。

 仕事先で知り合い付き合い始めた初芽に、俺の外面を聞いてみた事があったけれど『抜け目ない営業マンで、ものすご~く皮肉屋に見える』という言葉が返ってきた。社内とは異なり、さらに自分では紳士で接していると思う営業先での自分をそう表現された事は自分でも心外だった。
『そんな変に鎧なんて着ないで、素のままでいれば良いのに、その方が貴方は素敵よ。私は裸の正秀を見てみたい』
 そう言い目細め初芽は俺に向き直る。
『初芽の前では、俺はいつも裸だろ?』
 そういう意味ではないと、怒られると思ったがその時何故か初芽は悲しそうな顔をして笑い顔を横にふった。
『そうやって何か気取っているのよね。だから私が脱がしてやろうかな?』
 初芽は俺に手を伸ばし、上着のボタンを外し始める。俺も自分でボタンを外そうとすると初芽は悪戯気な目で首をふり『ダメ! 私が脱がしたいの!』と笑う。

 俺は、駐車場に車を止め昼間から回想するのには相応しくない記憶を振り払う為に頭をふる。今から向かうのは高澤商事。休憩室で珈琲をセットしていると棚瀬部長が、嬉しげに近付いてきて俺を応接室へと誘う。こういう感じで近づいてくる時は、用件があるという事である。俺は笑顔で応じて棚瀬部長へとついて行くことにした。
 案の定、ある企業への顔つなぎの話だった。
「何件かは仲良くさせて頂いております。お話をする事は出来ます。しかし、あくまでも私が出来るのは」
 棚瀬部長は笑う。こういう話は『大丈夫です、任せて下さい!』と大見栄きって言える話ではない。だからあえてこういう言い方をしておく必要がある。
「それぞれ癖のある経営者で、簡単に話に乗ってくれる程甘い相手ではないことは分かっている。ただ現状だと高澤の名前出しても、受付の段階で門前払いに近い状態にされる。せめてどういうこちらのちゃんとした意図を理解してもあった上でアクションをかけたいだけだから」
  棚瀬部長の言葉は当然だろう。今の時代、根回しなしで仕事をもっていける程甘くない。
「分かりました、興味をもってもらえそうな部署に直接、話題を振ってその反応をみてみようかと思います」
 棚瀬部長は俺の言葉に、顔をホッとした感じで緩ませる。
「そうか! 頼む。反応が悪かったとしても、どう悪かったのかというのを教えてくれると助かる」
  俺は了承の意図を込めて頷く。日常会話と共にこういう会話をしている所が、抜け目ない営業マンと見えてしまうのかもしれない。俺は棚瀬部長と別れて、休憩室を再び覗いてみる事にする。さっき入れたばかりなので、もう無くなっている事はないとは思うものの、珈琲が新しいとなると態々飲みに来る人とかも意外といるのでそれを確認するためだ。すると、既に空にされていたようで、新たに珈琲をセットしている女性の姿が見えた。ショートヘアーで、黒のクールなスーツ姿の女性。後ろ姿でもそれが初芽だと分かる。俺はその背中にそっと近づく。そして声かけようと横から覗き込み、何も言えなくなる。
 琥珀色の液体がガラスサーバーに落ちていくのを。白い顔の初芽の猫のような瞳が思い詰めたように強く激しい感情が宿している。サーバーに珈琲が満ちていくにつれ、彼女の中の怒り悔しさ悲しさが彼女の中に募っていくように思えた。たぶん悔しさで泣きそうになるのを必死で耐えているのだろう。思わず抱きしめなくなる程、何時もとは異なり、か弱く痛々しく感じた。でも彼女の職場でそんな事出来る訳もない。俺の存在に気がついたのか、こっちをハッとしたように見上げる。
「あら、マメゾンさんいらしていたのね」
 初芽はニッコリと笑みという仮面を被る。俺もそれに営業用スマイルを返す。
「はい、申し訳ありません、珈琲をいれさせてしまって」
 初芽はプイと顔を背け再びガラスサーバーに視線を戻す。
「別に、貴方の手を煩わせる程の事でもないから。それに貴方の仕事は、珈琲を煎れるところまで入ってないから、余計な事しなくても良いのに」
 当たり前だけど、機嫌もかなり悪いようだ。俺にこういう姿を見せた事も、気まずいのだろう。
「ええ、まあ」
 もう液体が落ちなくなったというのを見計らって、初芽はガラスサーバーを手にしてマグカップに注ぎ、挨拶もしないで俺から離れていった。その背中が俺に『こんな姿を見ないで! さっさと消えて!』と訴えていた。俺は結局何も出来ずに、高澤商事を後にするしかなかった。車に帰り、大きく深呼吸するが気分がスッキリする訳でもない。スマフォを取り出し初芽にメールをしようかとも思ったが、今何を彼女に言える? 俺は五分ほど悩んで止めてポケットにスマフォをしまいエンジンをかけた。

 今まで付き合ってきた女性も、ハッキリ物言うタイプでキツめの子が多い、というかそう言う子としか付き合った事がない。 キツいタイプが多いだけに激しく喧嘩して別れたパターンも少なくない。
 初芽もかなりキツいタイプだが、不思議と大喧嘩したことがない。二人が爆発する前にどちらかが冷静になり何となく回避してきている。向こうの方が年上である事もあるのだろうし、喧嘩した結果別れを切り出されるのを俺が恐れている所もあるのかもしれない。だから余裕などないのに背伸びして自分を大人の男に見せようと必至なのだ。多分そんな俺の事なんて、彼女にはお見通しなのだろう。
 そして今まで付き合ってきた女性と大きく異なるのは、落ち込んでいるとき、悲しんでいる時に構われる事を異様に嫌がる。別にウザく俺が構うわけではない。ただ愚痴りたいなら話を聞いてあげたいと思うし、そう言う時くらいは甘えて欲しいと思うのに、初芽は『年下の癖に生意気言って』と笑って、何もなかったように振る舞おうとする。無理しているのが見え見えなのに。それが見えているだけに俺の態度も不自然なのだろう。しかし、互いに何でもないかのような恋人同士を演じる。何とも滑稽な状態である。色々考えている内にjoy walkerのあるビルの駐車場に到着した。俺は駐車スペースに車を停め、気分を入れ替える為に深呼吸をした。
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