スモークキャットは懐かない?

白い黒猫

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ライトロースト

いるべきポジション

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 日曜日、休みであっても六時半にはスッカリ目が覚めていた。身体に染み付いた習慣のようなものでどうしようもない。俺は隣で眠る初芽に視線を向け、気持ち良さげに眠っている事にホッとする。
 結局、初芽が起きない事もありそのまま俺も鬼熊さんの家に泊まってしまった。同じように酔いつぶれた清瀬くんと初芽を前に、鬼熊さんは今夜初芽と清瀬くんのどちらと同じベッドを使うのが良いかと選択させられ、初芽と眠る事を選択した。清瀬くんにしてみたら朝起きたら隣に俺がいたら嫌だろうし、俺も初芽の方が良い。お陰で今日は猫に邪魔されずに初芽の寝顔を楽しめる。
 三十分程そうしていると、扉越し廊下の方から人が動き始める音がする。もうこの家での朝は始まったようだ。流石に人様の家でダラダラしている訳にはいかない。上司の家であればなおさらである。
 廊下を出ると、パンツ一丁の清瀬くんが頭を拭きながら歩いていた。
「あっすいません、起こしちゃいました?」
 清瀬くんの言葉に俺は首を横にふる。
「おはよう。目は覚めていたんだ。それで人の気配感じて出てきただけ」
 清瀬くんはなる程と頷く。
「だったらランニング行くとき誘えば良かったかな」
 ニコニコ笑いそんな事言ってくる清瀬くんにイヤイヤと首を横にふる。
「楽しそうだけど、着替えないとキツいかな」
 清瀬くんはフフと笑う。
「俺の服は微妙にサイズ合わなさそうですしね」
 微妙どころか、身長差が十センチ弱あるのでちょっと無理だろう。そして俺の視線が不自然だったのか、不思議そうに見上げてくる。
「いや、やはり身体は凄いなと思って。筋肉がカッコいい」
 清瀬くんはほぼ裸だった為に、引き締まって割れた腹筋などがモロに見え、ついそちらを見入っていた。ボディービルなどの筋肉とは異なり、一つのスポーツを極めた結果ついた筋肉はしなやかで綺麗だと思う。
 俺の視線に清瀬くんは照れて『イヤイヤ大した事ないっす』と答える。
「今日はパンツ穿いていて良かった。練習中の癖でシャワー浴びた後、真っ裸で部屋の中歩いて、美雪に怒られるんです」
 鬼熊さんの名前そういえば、『美雪』だったと思い出す。
「筋肉といったら、ウチのチームのサムソンのが最高ですよ! やはり黒人は筋肉の質が違う感じで、スッゲーカッコいいの」
清瀬くんについて話しながらキッチンへと向かうことにした。

 鬼熊さんもまだ眠っているようだ。清瀬くんは冷蔵庫を開けペットボトルを二本取り出し一つを俺に渡す。受け取った炭酸水を飲みながら話を続ける。
「しかし、ランニングとかしていて、ファンに囲まれたりしないの?」
 清瀬くんはブッと吹き出す。
「松川市ではたまに話しかけられる事はあるけれど、囲まれはしません。それに日本代表級でないと注目なんかされませんよ! 清酒さんもあの時俺がJリーガーなんて知らなかったでしょ?」
 そう言われると否定出来ない。苦笑だけを返してしまう。
「清酒さんの所は良いですよね。一緒歩いていても、ちゃんと恋人に見てもらえて。俺なんて姉弟としか思われないみたいで。俺、外見はこんなんだし、ガキっぽいし」
 俺はその言葉に首を横にふる。
「君はスゴいよ」
 清瀬くんはビックリしたように俺を見上げてくる。
「昨日、話をしてみて、男としてカッコいいと思ったよ」
 正直言うと、才能を持ち一日好きなサッカーをして最高に楽しく仕事していて良いよな! と羨ましいなと、軽く思っていた。しかし昨日の色々話を聞いてみるとそんな気楽な世界ではない。プロとしてチームに入団したものの、試合に出る機会も与えられず、やっと出た試合で怪我をして療養の日々。あげくにレンタル移籍でよそのチームを出されて、と活躍どころかくすぶっている時間が長く、順風とは言えない道を歩んできているようだ。去年あたりからようやくスタメンにも定着できるようになり、今年完全移籍で松川FCという自分の場所に辿りついた。それに比べて戦力外通告されるわけもなく、生ぬるい世界にいる。不満を抱えてグチグチしている俺が小さく感じた。
「なんか、昨晩俺、お酒入っていたし、結構恥ずかしい事一杯言っちゃったみたいで」
 清瀬くんは顔を赤くして、視線をそらす。
「厳しい職場だよな。自分自身で築いていくしかない。
 それに同僚が単なる仲間ではなく競争相手でもあるし。俺のいる世界はそれに比べたら甘いと思ったよ。そんな中で結果出してきているなんて、君はやはりスゴい奴だと感じたよ」
 ポリポリと清瀬くんは頭を掻く。
「好きだから選んだ道ですし、俺はサッカー以外何も出来ないから、これで生きていくしかない。
  確かに変な職場ですよね。互いの年俸は分かっているし。ポジション取り合っているのに、交わされる会話は馬鹿話!
 ……でも、清酒さんの職場も営業ですよね? ドラマとかのようにライバルと競い蹴落とし合いとかするんですか?」
 俺は笑って首を横に振る。
「余所は知らないけれど、うちの職場はそういう空気はないかな。ノルマもあるけれどグループでの目標設定となっているし、部全体で一つの目標に向かうという感じかな?」
 清瀬くんは、何故か楽しそうに聞いている。
「ウチと同じでチーム戦なんですね。さしずめ清酒さんはFWフォワードですか?
 そういうタイプに見える! 前線で冷静に機敏に切り込んで動くそんな感じ?」
 営業という職場は、会社としてはそういうポジションなのかもしれない。しかし、俺は?
「どうなんだろう? 
 俺はどちらかというと下がって全体を見る方が好きだけど。ってサッカーは授業ぐらいでしかした事ないんだけどね」
 自分が目指すポジションと違う所にいる事を改めて実感する。
「逆ですね。 俺はFWがいいな! 
 評価されやすいのはそっちですし!
 知ってます? プロのサッカー選手でもね、DFディフェンダーしている選手で、最初からDF目指している人って本当に少ないって。
 皆小学校中学校ではバリバリFWとかMFとかやっていて、より強い環境に入った時にポジションチェンジを求められるパターンが多くて。
 俺も元々FWだったし。先輩でもっと上手い奴がいてそこのポジションに入り込めない、そんな時にDFやってみないか? と言われてしまうと、試合には出たいから納得するしかない、そして気が付けばそのDFが定着しているという状況。
 だからこそ余計に敵FWの邪魔したくなる」
 悪戯っぽく清瀬くんは笑う。
「心にFWがいるからこそ、良いDFにもなれるというわけか」
「それ、カッコいいな、今度何かコメントに使おうかな」
 二人でフフフと笑いあう。男同士話も弾み気持ち良い穏やかな空間となっている。しかし心の中は複雑だった。清瀬くんという男が話せば話す程好きになってきて、会話も楽しい。
 それだけに、努力も惜しまず、悩みながらも自分の目指す道つかみ取りながら歩いていっている清瀬くんが格好良く、俺には眩しく見えた。
 そして、不満だけ抱えて足踏み状態の自分が情けなく見える。自分の状況は単なる我が儘なのだろうか? とも思う。でも自分がやりたい仕事は営業ではないし、営業やるならばマメゾンでなければならないという事もなく、何のためにマメゾンに入ったのだろうか? そう思い悩む今日この頃。俺は気分を入れかえるために手にしていた炭酸水を飲む。炭酸の刺激は対しても俺の気分を紛らせてはくれなかった。
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