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ニュー・クロップ
心休まらない休憩室
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「灰野のヤツ本当にムカつくよな! 細かいしイヤミなんだよ! 重箱の角つつくみたいにミス見つけてきてそれを、ワザワザ皆の前で指摘してきやがって――」
高澤商事の専務の息子だという男を中心に 数人の男性が、マメゾンの珈琲サーバーの置いてある休憩室において悪口で盛り上がっている。 俺はその言葉を聞き流しながら、備品の在庫をチェックして、量も少なく煮詰まってしまっていた珈琲を捨てガラスサーバーを洗い、新しい珈琲をセットし直す。
冷静な表情を装いながら、内心はかなり苛立っていた。高澤商事は歴史もある大手一流企業ではあるが、社長・専務が会社と同じ名前であるのから分かるように高澤一族が牛耳ったワンマン経営の会社。その為か未だに昭和の古臭い気質が残っている会社である。 コネ入社がこのご時世で平気で行われ、自己顕示欲が強く妙にプライドだけが高い人が多い。それで仕事が出来るならば良いが、お勉強は出来たのだろう、弁だけは立つものの人間として残念としか言いようのないイタい人も結構いる。
こんな誰もが訪れる場所で自分のポカで上司に怒られた事を怒り不満をぶちまけているコイツらがその代表格。専務の息子である高澤ナンチャラとかいう男は、俺が別に名前を聞いたわけでもないのに、そう自分から名乗ってきてその取り巻きとともに、 俺に横柄な態度で接してくる。 何をもって自分らが優秀で人の上に立つべきだと勘違いしているのかわからないが、自分らより先に女性が出世したのが気に入らないらしい。『女のくせに可愛げがない。媚びだけで出世して偉そうに威張っている』と文句たれる。この言葉の前半と後半で理屈が通ってない事にも気が付いていないようだ。
この会社にいくと、ここにいつもいるのを見て、仕事しているのか? 暇なのか? とも思う。新しい珈琲を入れて振る舞うと、偉そうな態度で珈琲を受け取り、『アンタは、 ヘラヘラして珈琲を配っていたらいいから楽でいいよな』と、いったような蔑んだような言葉を返してくる。俺は営業スマイルでその言葉にいつも無難な言葉で応えるだけ。
俺に対して用事があるとは思えないのに、 俺を引き留め聞きたくもない会社への不満、 女上司の悪口を聞かせてくる。人を貶める事で自分が上に立った気になっている最悪な野郎達である。元来、人と話しをするのは好きな俺であるが、ここでの会話は苦痛でしかない。
しかもソイツらが話題にしている生意気な女上司は俺の彼女である灰野初芽とあれば尚更である。知らないから話しているのだろうし、俺もコイツらに初芽についての余計な情報を与える気もないから、コイツらは今日も俺相手にも、悪口に花を咲かせている。そして何とも非生産的な無駄なだけの時間が刻まれる。
「私は羨ましいですけどね。美人上司に叱られるという状況、それはそれで楽しそうで」
そんな発言をすると高澤は微妙な顔をした。同調してもらいたかったのだろうが、客先でそんな言動をするバカな営業がいるはずもない。そんな時、コイツらの上司である棚瀬部長が入って来たことで気まずそうに散っていった。先に顔を見せておいたから、そろそろ俺の所に来てくれるとは思っていたものの、いい加減キレそうになっていただけに助かった。
「清酒くん、ちょっと良いかな相談があるのだが」
棚瀬部長に誘われミーティングルームに連れていかれる。
「いつも不快な思いをさせてしまって申し訳ないね」
棚瀬部長がそう謝ってくる。別に俺と初芽との事を知っての事ではなく、あいつらの上司として当然の言動なのだろう。俺は営業スマイルを浮かべ顔を横に振り、あえて話題を仕事に戻す。棚瀬部長からある企業との顔繋ぎを依頼されていたのだが、まず話を通した段階での反応を報告する。
俺の仕事は様々な会社に足を踏み入れる事で、それなりの人脈も出来ていく。その人脈が更に新しい顧客へと繋げられているのは勿論、顧客同士の橋渡しとなる事でそれぞれの仕事を発展させるお手伝いをしていた。そうやって広がっていき、繋がっていく関係も面白く、そう言う意味では営業という仕事は楽しかった。それなりに能力も認められて、仕事も楽しんでいるならば、 このまま営業一筋で頑張るという選択もある。三年を越えた時の佐藤部長との個人面談の時、俺が入社当時と全く志望を変えてなかったのを知り、残念そうに顔を歪めたのにも気が付いていた。散々面倒を見てもらい、目をかけてもらいながら貴方の下では働きたくないと言ってしまう俺も薄情だとは思う。 でもそれでは嫌だという想いが心の奥底から沸き起こってきていて、それを封じる事が出来ない。
棚瀬部長との話合いも終わり帰りに休憩室を覗くと、初芽が珈琲をサーモタイプのマグカップに注いでいた。俺は不自然でない程度に笑顔を作り軽く頭を下げて、彼女はカップを少し捧げて、『いただきます』と唇を動かして少しだけ笑う。
会社にいる初芽は、いつも目がつり上がっていて、ただでさえキツク見える顔を、ますます怖い顔にしている。 付き合ってもいなかった時は、結構激しい口調で部下を叱っている様子を何度も見ていただけに、その印象は『怖い女』というのしかなく、どちらかというと苦手なタイプだった。
直属の上司からはその仕事ぶりは認められていても、横に無意識にポカをして、意識的に妨害して足を引っ張る人がいるような環境だったら、気を抜けずストレスも溜まりそういう顔にもなるだろう。しかも会社そのものの考えが古く女性が 今以上活躍することをよしとしていない。よくこんな環境で彼女は頑張っていけているなと思う。そんな辛そうな初芽の様子を目の当たりにして、ただ見ている事しかできないから、この会社に行くのは気が重いのだ。初芽も俺にそんな現状を見られるのも嬉しくはないようだ。極力目を合わせないようにして俺をやり過ごす。この会社での俺と初芽は、単なる顔見知りで知人よりも遠い他人である。そんな関係の人間で部外者である俺が初芽にしてあげられる事は、出来る限り美味しい珈琲を淹れておく事だけ。それがどれくらい彼女を救えているのか? ただ乾いた喉を潤す事だけだろう。俺は高澤商事を後にして、車に乗りこみ溜め息をつく。もう一度深呼吸をして気分を入れ換え、車のキーを回した。
高澤商事の専務の息子だという男を中心に 数人の男性が、マメゾンの珈琲サーバーの置いてある休憩室において悪口で盛り上がっている。 俺はその言葉を聞き流しながら、備品の在庫をチェックして、量も少なく煮詰まってしまっていた珈琲を捨てガラスサーバーを洗い、新しい珈琲をセットし直す。
冷静な表情を装いながら、内心はかなり苛立っていた。高澤商事は歴史もある大手一流企業ではあるが、社長・専務が会社と同じ名前であるのから分かるように高澤一族が牛耳ったワンマン経営の会社。その為か未だに昭和の古臭い気質が残っている会社である。 コネ入社がこのご時世で平気で行われ、自己顕示欲が強く妙にプライドだけが高い人が多い。それで仕事が出来るならば良いが、お勉強は出来たのだろう、弁だけは立つものの人間として残念としか言いようのないイタい人も結構いる。
こんな誰もが訪れる場所で自分のポカで上司に怒られた事を怒り不満をぶちまけているコイツらがその代表格。専務の息子である高澤ナンチャラとかいう男は、俺が別に名前を聞いたわけでもないのに、そう自分から名乗ってきてその取り巻きとともに、 俺に横柄な態度で接してくる。 何をもって自分らが優秀で人の上に立つべきだと勘違いしているのかわからないが、自分らより先に女性が出世したのが気に入らないらしい。『女のくせに可愛げがない。媚びだけで出世して偉そうに威張っている』と文句たれる。この言葉の前半と後半で理屈が通ってない事にも気が付いていないようだ。
この会社にいくと、ここにいつもいるのを見て、仕事しているのか? 暇なのか? とも思う。新しい珈琲を入れて振る舞うと、偉そうな態度で珈琲を受け取り、『アンタは、 ヘラヘラして珈琲を配っていたらいいから楽でいいよな』と、いったような蔑んだような言葉を返してくる。俺は営業スマイルでその言葉にいつも無難な言葉で応えるだけ。
俺に対して用事があるとは思えないのに、 俺を引き留め聞きたくもない会社への不満、 女上司の悪口を聞かせてくる。人を貶める事で自分が上に立った気になっている最悪な野郎達である。元来、人と話しをするのは好きな俺であるが、ここでの会話は苦痛でしかない。
しかもソイツらが話題にしている生意気な女上司は俺の彼女である灰野初芽とあれば尚更である。知らないから話しているのだろうし、俺もコイツらに初芽についての余計な情報を与える気もないから、コイツらは今日も俺相手にも、悪口に花を咲かせている。そして何とも非生産的な無駄なだけの時間が刻まれる。
「私は羨ましいですけどね。美人上司に叱られるという状況、それはそれで楽しそうで」
そんな発言をすると高澤は微妙な顔をした。同調してもらいたかったのだろうが、客先でそんな言動をするバカな営業がいるはずもない。そんな時、コイツらの上司である棚瀬部長が入って来たことで気まずそうに散っていった。先に顔を見せておいたから、そろそろ俺の所に来てくれるとは思っていたものの、いい加減キレそうになっていただけに助かった。
「清酒くん、ちょっと良いかな相談があるのだが」
棚瀬部長に誘われミーティングルームに連れていかれる。
「いつも不快な思いをさせてしまって申し訳ないね」
棚瀬部長がそう謝ってくる。別に俺と初芽との事を知っての事ではなく、あいつらの上司として当然の言動なのだろう。俺は営業スマイルを浮かべ顔を横に振り、あえて話題を仕事に戻す。棚瀬部長からある企業との顔繋ぎを依頼されていたのだが、まず話を通した段階での反応を報告する。
俺の仕事は様々な会社に足を踏み入れる事で、それなりの人脈も出来ていく。その人脈が更に新しい顧客へと繋げられているのは勿論、顧客同士の橋渡しとなる事でそれぞれの仕事を発展させるお手伝いをしていた。そうやって広がっていき、繋がっていく関係も面白く、そう言う意味では営業という仕事は楽しかった。それなりに能力も認められて、仕事も楽しんでいるならば、 このまま営業一筋で頑張るという選択もある。三年を越えた時の佐藤部長との個人面談の時、俺が入社当時と全く志望を変えてなかったのを知り、残念そうに顔を歪めたのにも気が付いていた。散々面倒を見てもらい、目をかけてもらいながら貴方の下では働きたくないと言ってしまう俺も薄情だとは思う。 でもそれでは嫌だという想いが心の奥底から沸き起こってきていて、それを封じる事が出来ない。
棚瀬部長との話合いも終わり帰りに休憩室を覗くと、初芽が珈琲をサーモタイプのマグカップに注いでいた。俺は不自然でない程度に笑顔を作り軽く頭を下げて、彼女はカップを少し捧げて、『いただきます』と唇を動かして少しだけ笑う。
会社にいる初芽は、いつも目がつり上がっていて、ただでさえキツク見える顔を、ますます怖い顔にしている。 付き合ってもいなかった時は、結構激しい口調で部下を叱っている様子を何度も見ていただけに、その印象は『怖い女』というのしかなく、どちらかというと苦手なタイプだった。
直属の上司からはその仕事ぶりは認められていても、横に無意識にポカをして、意識的に妨害して足を引っ張る人がいるような環境だったら、気を抜けずストレスも溜まりそういう顔にもなるだろう。しかも会社そのものの考えが古く女性が 今以上活躍することをよしとしていない。よくこんな環境で彼女は頑張っていけているなと思う。そんな辛そうな初芽の様子を目の当たりにして、ただ見ている事しかできないから、この会社に行くのは気が重いのだ。初芽も俺にそんな現状を見られるのも嬉しくはないようだ。極力目を合わせないようにして俺をやり過ごす。この会社での俺と初芽は、単なる顔見知りで知人よりも遠い他人である。そんな関係の人間で部外者である俺が初芽にしてあげられる事は、出来る限り美味しい珈琲を淹れておく事だけ。それがどれくらい彼女を救えているのか? ただ乾いた喉を潤す事だけだろう。俺は高澤商事を後にして、車に乗りこみ溜め息をつく。もう一度深呼吸をして気分を入れ換え、車のキーを回した。
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