世界終わりで、西向く士

白い黒猫

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こんな世界の中で

廻る俺と、留まる兄

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 逆にこの生活の中で、俺が一番関わりたくない人物は兄の永留エイル。
 家においては暴君で、世間的から見たらアイドルオタクと呼ばれるタイプ。
 車椅子生活で自由に出歩けない兄は自分の部屋の空間を好きなものに染め上げて生活していた。可愛い女の子のポスターに囲まれて、モニターから好きなアイドルの映像をかけ続ける。
 ラジオとかでも身体障害者であることをあえて織り込んだ同情を誘う内容の投稿して、取り上げられ優しい言葉をかけてもらえる事が何よりも楽しみにしていたようだ。
 そのことで俺に自分は人気アイドルと知り合いであるかのようにLINEでよく分からない自慢してくる。
 殆ど会話もしない兄弟関係だというのに。
 一方的に寄越される暴言と、よく分からない自慢。
 兄と俺の兄弟関係はそんな何とも奇妙なものだった。
 
 実家で兄がかける大音量のポップで明るいアイドルの音楽は、俺にとってそれは騒音でしかなかった。
 そのこともあり俺自身は、あまりアイドルを好きになることもハマることもなかった。
 兄同様、兄の好む世界に苦手意識をもってしまったのかもしれない。

 部屋に閉じこもった生活を始めてから、アイドルであるミライの動画を観ることはした。
 彼女のグループニャンニャン麺のコミカルでポップすぎる曲は好きにはなれなかったが、テンション高くステージで歌う彼女はこれだけ人気出たのも理解できるど魅力的だとは感じた。
 自由に出歩けない兄にとって、元気に歌って踊るアイドルはとてつもなく夢のある素敵な存在だったのだろう。
 今の俺なら少しその気持ちはわかる。

 彼女が出演した二本の映画も観てみた。
 少女漫画が原作の乙女なラブストーリーと、少年漫画原作のSFファンタジー。
 最初の方は主人公の親友役。もう一つは主人公を支える健気なヒロイン。
 キャラクターは異なる役をそれぞれ良い味を出して演じている。しかしどちらもアイドルのミライのキャラクターの延長でオファーされ演じているように感じた。
 ニャンニャン麺の中で人気を二分しているのは明るい元気系なカレンと、ホンワカ癒し系のミライ。 
 ネットの動画のやり取りとか見ていると元々の性格というより、そういうキャラクターを演じているように見えた。

 それは自分を偽っているというより、表現者だから。
 アイドルとして、役者として、様々な形で彼女という存在を世界に発信している。
 アイドルなんて、可愛い子がその容姿を活かして事務所に言われるままに、ニコニコと歌っているだけなんて思っていたことは申し訳ないと思う。
 ミライはティーンの時から仕事をしてきただけに、様々ものを見て経験してきている分、見た目と異なり大人。
 兄は『○○ちゃんは、俺が支えてやってるんだ! 俺の言葉で元気になり、明日から頑張れる! っていつもいってくるんだぜ』的なことを言っていたが、彼女達は多分そんなに弱くない。
 ファンの多くが思っているような小さく守ってあげなきゃならないような弱い女の子ではなく、自分の足でしっかり立って前に進んで行く大人の女性だ。
 寧ろ支えてもらっているのは、兄の方なのだろう。

 ミライを救う一日を選ぶと、煩わしい事が一つあった。
 ミライと会話を楽しんでいる最中に画面にチラチラポップアップされる兄からのLINEの連絡。
 今日は特に上手くやり過ぎているようだ。いつもより通知が多い。
 怪我から免れたバイトくん達は俺が彼らを誘導した事を気が付いたのか、彼らも俺のお陰で助かったといったコメントをSNSで漏らしてしまったからネットで俺への注目がますます強まってしまっていた。
 俺が既読もせずにスルーしている事もあるが兄からの連絡が激しい。
 今日はウッカリブロックするのも忘れていた。

ーーー何がヒーローだよ! クソのくせにーーー

 全文は分からないが表示される最初の方の言葉からすると俺への文句なのだろう。

ーーーいい気になるなよ! ミライちゃんはお前なんて……ーーー

 自分の好きなアイドルと俺が仕事で知り合っていること。ミライを救ってヒーローになっている事。それらの事の全てが気に入らないようだ。
「そう言えばミライさんの出ていた映画みたよ。二本とも」

 ーーーお前は最低なクソ野郎な事を忘れるなーーー

「え? アイ・シテルもですか!」
 やはりミライから驚いたような言葉が帰ってくる。
 少年漫画原作の廻向時空は平行世界を行き来出来る主人公が自分のいる世界の破滅を止める為に行動する話で男性でも見やすいが、アイ・シテルは……完全にアイドル映画。
 ニャンニャン麺とメンバー全員が出演して恋だ! 愛だ! とワキャワキャしている内容。
 主演ではなかったのは原作の主人公のイメージとミライがあっていなかったから。
 ミライが演じたのは男子から高嶺の花的な女の子。そのせいで好きな人からも距離を置かれて悩んでいるという役となっていた。
「そちらは男の俺が、観てかなり照れる内容だったけど面白かったよ」

ーーー浮かれてんじゃねえぞ! お前はみんなから大バカ野郎のクソと笑れてるんだそ! ソレを認識しろよーーー

「土岐野さん、ニャンニャン麺とか、あまり興味無さそうでしたよね。それなのに観てくれたんですか?」
 ループに入る前の俺はニャンニャン麺は街で流れているのを聞いていて知っているレベルの認識だった。
 企画書に書かれていたプロフィールが、俺か知ってる彼女の情報。
「プロジェクトで御一緒すると聞いたから、配信されていたのを観ていたんだ。
 でもアイ・シテルまで男の俺が観ました! とか言うと気持ち悪がられるかなと」

 観たと言うと恥ずかしくなる作品のように言うのは失礼だったかなと送ってから反省する。

ーーーずっと目障りなんだよ! 死ね! 死ね! ほんとウザイやつーーー

「めちゃくちゃ女の子向けですからね~」
 爆笑している猫のスタンプが帰ってくる。
 ニャンニャン麺は女の子にも人気の高いグループ。
 そのファンの子はこの映画を観て盛り上がったのだろう。
 しかし男の俺にはムズ痒い過ぎる世界だった。

ーーームカつく! ムカつくんだよ! 廻の分際でーーー

「私のファンの男性は、キュンキュンしたと、喜んでくれたみたいです。
 でも土岐野さんからそんな言葉は出ませんよね」
 キュンキュンしたって、言葉じたい人生において使ったことすらない。
「まぁキュンキュンはしなかったけど、楽しめたよ」 

ーーースカしてんじゃねえよ! この偽善者!ーーー

「その内、土岐野さんでも、キュンキュンして貰えるような演技が出来るように頑張ります」
 意外とミライは負けず嫌いなのかもしれない。
「サムライのCMの女性はキュンはしないけどドキリとしたよ。凛とした雰囲気で」
「だったらやった甲斐ありました! 土岐野さんにそう思っていただけたなら!」
 幅広い男性に魅力をアピール出来たという、意味では今回の仕事は意味が大きかったのかもしれない。

ーーー早く死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!ーーー

 俺にはコチラの女性の方が、ニャンニャン麺の時や、二本の映画の時のミライよりも、ミライ本人に近い気がした。
 凛とした芯のある強さをもった大和撫子。
 今の俺とは違って彼女には様々な可能性と輝かしい未来がある。そこが俺には眩しい。

「土岐野さんの言葉で俄然や・る・気がでました! 明日から頑張れそうです」
 
ーーー今すぐ死ね! さっさと死ね! シネ! シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ……ーーー

 いつもは兄の言葉はスルーして流せていたのだが、流石に耐え切れなくなる。

『そんなにこの世界で生きているのが気に入らないのなら、お前が死ね! そして消えていなくなれ!』

 そう返して少しスッキリした。
 同時に感じる襲ってくるのは罪悪感と自分への嫌悪感。なかったことになる時間であってもそういう事を言ってしまた自分が嫌だった。
 だがそういう反応を返したことで兄からの通知は止む。攻撃的な癖に自分が攻撃されると弱いタイプの典型だから。

「ならば良かった。
 俺はしばらく自宅待機状態だから、俺の分も頑張って」
「任せて下さい! 土岐野さんの分まで、頑張りますから!」
「応援してるよ」
 俺は兄のアカウントを今更だがブロックして、そんな言葉でミライにエール返した。
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