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世界の終わり方
未来を抱きしめて
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目覚まし時計の音。目を開けると自分の部屋だった。
アラームを止めて枕元で充電していたスマホを見る。
2020/07/11 05:30
今日からニシムクサムライ零にイベントが追加される日。
自分が死ぬという随分嫌な夢を見たものだと俺は苦笑する。
アイドルからメルアドを渡されたり、非業の死を遂げたりと、夢にしてもドラマを盛りすぎだろうと、自分で自分にツッコんでしまう。
いつものように朝食を食べて、着替えて仕事に向かう。
そこで俺はなんとも気持ち悪い想いをすることになる。
俺が夢だと思って体験した事と余りにも同じように人が動き話をしてくる。
夢同様に先輩の指示でタブレットを集めアプリをチェック。
空をチラリと見るが青く雨など降りそうもなく見える。
しかし夢の中の今日のこの時間はまだ晴れていた。
「ト~キノさ~ん♪ こんにちは~」
可愛い声が響く。
記憶の中と同じフワッとしたウェーブの髪にガーリーなレースのワンピースを着たミライが俺に笑いかけている。
「やぁ、ミライさんこんにちは。
今日はよろしくお願いします」
つい同じ言葉を返す俺。
「何をされているんですか?」
「今日から新展開なのでソレが注文システムに正しく反映されているかチェックです」
タブレットを興味ありげに覗き込んでくるミライ。
「そういうことって下っ端がするものでは無いの?」
「俺がその下っ端ペーぺーだから」
全く同じ仕草と表情で吹き出すミライ。
「才能溢れる若き名プロデューサーが?!」
俺が知っているままに進む状況が気持ち悪過ぎる。
「最初のコンセプトは俺だけど、それを実際に形にしたのは大先輩達。
俺はその様子を横で見て将来のために学んでいる最中なので、見習い状態ですよ」
内心動揺しながら、記憶の展開から離れたくて少し違う言葉を返す。
「フ~ン。ならば未来のプロデューサーという事?
将来仕事を貰えるように今から仲良くしておこうかしら!」
俺の顔をシゲシゲと見ながら悪戯げに笑うミライ。その視線がチラリとテーブルに向く。
ミライの綺麗な指が紙を置くところだった。
そのタイミングで雨が振ってきていたので、ミライのその行動には誰も気がついていない様子だった。
俺がその紙をとり、皆に見つからないようにポケットにしまう。
ミライは悪戯が決まった子供のように可愛い笑みを向けてきた。
その表情は余りにも無邪気で、そこに意地の悪い悪意は感じなかった。
「え、やだ雨? イベントなのに」
「この感じだと通り雨でしょ」
俺はそう答えながら緊張する。この流れだと非常にヤバい。
最初の雷が鳴る。
「大丈夫? ここだと雷こわいでしょうからミライさん建物の方に行きましょう」
雷に怯えるミライを労る体でここから離れる事にする。
周りを見るが、アレが落ちてくるであろう場所で作業していたのは俺だけだったようだ。
雷が鳴る度に俺にしがみつくミライと共に十メートル程テーブルから離れた所であの時聞いた激しい音と光が空間を支配する。
頭に過ぎるのは天井が割れた事で空間に降り注ぐガラスの雨。それが叫ぶミライの白い肌に赤い傷をつけていく光景。
天井が割れる音と同時に俺はミライを破片から守るために覆い被さった。
大きな音と地面が少し振動するような衝撃。
どのくらいミライを抱き締めていたのだろうか?
「あ、土岐野さん……血が……」
ミライの声で我にかえる。
聞こえてくるのは雨の音とパニックになった人の声。もうガラスの雨は降ってない。
俺はゆっくりと腕の力を抜きミライを離し振り向いて身体を震わせる。
俺が先程いた場所の床に細長い刀のような棒が突き刺さっていたから。
この施設の建物の壁面についていた飾りがああいう形だったことを思い出す。
この施設は都心の中のオアシスというコンセプトで作られていた事もあり、建物の壁面に植物の装飾が施され、ここのガラス張りの空間も温室をイメージしており真ん中に噴水がある。そのビルの壁面の装飾が、雷が直撃した衝撃で外れ落ちてきたようだ。
周りを見渡す。降ってきたガラスで怪我した人はいるようだが、記憶の中の俺のように落下物により死亡したり重傷となった人はいないように見えた。
「土岐野さん……」
おずおずとしたミライの声に俺は視線を戻す。見た感じ目立った所に怪我はないように見えた。
しかしショックのせいか顔色がひどく悪い。
「ミライさん、大丈夫? 怪我はない?」
俺が聞くと泣きそうな顔で顔を横に振る。
「大丈夫、でも土岐野さんが…怪我を……」
俺はそう言われて、自分が破片を浴びて頭と背中が傷だらけになっていた事に気が付いた。
背広の袖が大きく切れて血に染まっている。
しかし刀のような落下物に刺さって死ぬよりかなりマシな状況だけに、俺は冷静だった。
「ミライさん、ここは危険だから控え室でも避難していて」
「でも土岐野さん」
俺は安心させるように微笑む。
「俺は大丈夫だから」
駆けつけてきたマネージャーにミライを託して、俺は先輩らの元に指示を仰ぎにいく。しかし何か事後処理の手伝いを命じられるのではなく、病院へ直行させられて手当を受けることになった。
建築用のガラスは頑丈にしているが、割れるときは細かく粒になるように割れるようになっているらしい。そのために深い傷はないものの細かく多くの傷を負っていた。
死んだ記憶で受けた程ではないが、他に壁面の飾りの破片も降っていたようで、それにより左腕に十一針縫うほどの傷ができていた。
事後処理でどんなに人手があっても足りないほど大変だと思うのに、俺はタクシーまで用意され帰宅を命じられた。
マスコミが多くいるところで血だらけの服を着たミイラ男がいても困るだけということらしい。
痛み止めのせいで少しぼんやりしているので、俺は大人しく帰る事にした。
ズボンのポケットにある紙を思い出す。
俺はスマホを取り出し、ミライにメールを出す。
『ミライさん、土岐野廻メグルです。
今日は大変な目にあって怖かったですよね。
もう落ち着きましたか? 怪我されてなかったでしょうか?
私は手当をしてもらったのでもう大丈夫です。
心配かけて申し訳ありませんでした』
そうメールを送ってから、ため息をつく。
傷だらけの背中は痛いが、その痛みが生きているという実感を俺に与えてくれる。心に浮かび上がってくるのは悦びだった。生の悦び。
あの夢は何だったのだろうかとも思う。
不快なものではあったが、そのお陰で生きている。
俺は生きている。
スマホをもつ手が今更のように震える。そのスマホが着信を知らせる。俺のアドレスからLINEのアカウントを見つけてきたようだ。
返事はLINEの方できた。
『土岐野さん メールありがとうございます。
さっき病院に運ばれたと聞いて心配していたの。
私のせいで怪我をさせてしまってごめんなさい』
『君のせいではないよ。
忌々しい雷とガラスの天井のせい!
だから君が気にすることはないよ』
LINEの気やすさからつい口調が砕けてしまっていた。
『今どんな状態なんですか?』
『かなり中途半端なミイラ男という感じ?
そんな感じだから事後処理作業も免除された。
君の方はどういう状況?』
『うーん
夏なのに毛布を被せられ控え室で保護されて、今は近くのホテルで待機。
マネージャーの加藤さんもあちらこちらと連絡取り合っていて大変みたい。
ゆっくり休んでと言われたので、部屋でお茶飲みながらノンビリしています』
実際あんなことがあったから彼女も動揺しただろう。でも元気な様子でよかったと思う。
そこでアパートに着いたので、チケットで支払いをしてタクシーを降りる。見上げるとさっきの雨と雷は何だったのかというくらい晴れ渡っている。
あの雷雨のせいで、ニシムクサムライ零はメチャクチャである。しばらく俺も色々大変な事になるだろう。
部屋に入りクーラーとテレビをつける。するともうワイドショーで話題となっていた。
とはいえあまり情報もないようだ。
オープン当時取材を受けた様子の映像。遠くから見たあのイベントエリアの様子。それが交互で映されているだけ。
落雷により事故が起こり、話題のショップが巻き込まれた悲劇。マスコミからしてみたらかっこうなネタだろう。
そこに忌々しさを感じながら、ネットとテレビで情報を収集する。
『あっ知らないうちに、私は無事ですというツィートもされているし』
ミライからLINEがまたくる
【みなさんご心配おかけしています
事故には巻き込まれたものの、スタッフの方に守っていただいたので私は怪我なく無事です。
ただ庇って下さったスタッフの方が怪我されてしまいましたので心配しています。
早く回復されることを祈るばかりです】
Twitterを確認するとそのようなコメントが流れていて、早くもイイネが激しくついていっている。
『すごいね、みんな君が無事なことを喜んでいる。
本当に怪我がなくてよかった。
でもワンピース血で汚してしまって』
『でもその所為で、土岐野さんが傷キズに…』
『俺は男だから問題ないよ。
「君の所為で傷物になった! どうしてくれる責任とってくれ!」
とかも言わないから安心して』
爆笑するスタンプがかえってくる。
『でも責任はともかく、お礼はしたいので今度二人で食事に行きませんか』
流石に相手はアイドル。そういうことはよくないように思える。
『いや気にしなくて良いよ。
それにこんなこと起こったから会社もしばらく大変だと思うから難しいかも』
無難な言葉で逃げる事にする。
『忙しくなりますよね。お身体も大変でしたよね。
でもいつかは御礼で食事させてください。
それとは別にこれからこういうLINEで話しさせてくださいませんか?』
あれ? 逃げれてない? 返事に悩んでいるとまたコメントがくる。
『実は、土岐野さんとお友達になりたかったの。
だから今日メルアドを渡したし、こうしてお話ししているのが嬉しいの』
お友達か……。
能天気と思われているが実はかなりの臆病者の俺だが、さっき飲んだ痛み止めの影響で思考が鈍化していたこともあるのかもしれない。
『光栄です! お友達になりましょう』
そう返していた。楽しい未来へ続きそうなワクワク感と、とんでもない事になりそうな不安。その双方の気持ちでドキドキしていた。
『はい! 不束者ですがよろしくお願いします!』
そうどこかズレた答えがかえってくる。そしてその後に大喜びしている猫のスタンプ。
ミライとの会話はマネージャーから電話が来たことで途切れる
俺は大きく深呼吸をして気分を落ち着かせるが上手くいかない。落ち着かなくて部屋でウロウロしてしまう。
明日からの仕事のことを思って。企画部は皆バタバタして大変なのだろう。そちらからの連絡はない。とりあえず明日は普通に会社に行くことだけを連絡として入れておいた。
ヒステリックな様子で同じことしか繰り返さないテレビは消し、次々と届く安否確認の連絡に返事を返す。これも生きているからこそ出来るんだとシミジミ思う。
ネットで情報を調べる事にする。
誰が悪いとかいう事故ではない。世間の流れは壁面に植物の装飾を纏わせていた建物の構造に問題があったと、そちらへの非難がいっているようだ。
一年前に都内で大きな竜巻が発生するという事故もあったことで、ビルに余計な装飾ってリスクでしかないのでは? そういう意見なようだ。
できた当時は、素敵だとかオシャレとか褒め称えていたくせに。
薬が効いてきたのか、怠くなってきて俺は横になり少しだけ眠る事にした。l
アラームを止めて枕元で充電していたスマホを見る。
2020/07/11 05:30
今日からニシムクサムライ零にイベントが追加される日。
自分が死ぬという随分嫌な夢を見たものだと俺は苦笑する。
アイドルからメルアドを渡されたり、非業の死を遂げたりと、夢にしてもドラマを盛りすぎだろうと、自分で自分にツッコんでしまう。
いつものように朝食を食べて、着替えて仕事に向かう。
そこで俺はなんとも気持ち悪い想いをすることになる。
俺が夢だと思って体験した事と余りにも同じように人が動き話をしてくる。
夢同様に先輩の指示でタブレットを集めアプリをチェック。
空をチラリと見るが青く雨など降りそうもなく見える。
しかし夢の中の今日のこの時間はまだ晴れていた。
「ト~キノさ~ん♪ こんにちは~」
可愛い声が響く。
記憶の中と同じフワッとしたウェーブの髪にガーリーなレースのワンピースを着たミライが俺に笑いかけている。
「やぁ、ミライさんこんにちは。
今日はよろしくお願いします」
つい同じ言葉を返す俺。
「何をされているんですか?」
「今日から新展開なのでソレが注文システムに正しく反映されているかチェックです」
タブレットを興味ありげに覗き込んでくるミライ。
「そういうことって下っ端がするものでは無いの?」
「俺がその下っ端ペーぺーだから」
全く同じ仕草と表情で吹き出すミライ。
「才能溢れる若き名プロデューサーが?!」
俺が知っているままに進む状況が気持ち悪過ぎる。
「最初のコンセプトは俺だけど、それを実際に形にしたのは大先輩達。
俺はその様子を横で見て将来のために学んでいる最中なので、見習い状態ですよ」
内心動揺しながら、記憶の展開から離れたくて少し違う言葉を返す。
「フ~ン。ならば未来のプロデューサーという事?
将来仕事を貰えるように今から仲良くしておこうかしら!」
俺の顔をシゲシゲと見ながら悪戯げに笑うミライ。その視線がチラリとテーブルに向く。
ミライの綺麗な指が紙を置くところだった。
そのタイミングで雨が振ってきていたので、ミライのその行動には誰も気がついていない様子だった。
俺がその紙をとり、皆に見つからないようにポケットにしまう。
ミライは悪戯が決まった子供のように可愛い笑みを向けてきた。
その表情は余りにも無邪気で、そこに意地の悪い悪意は感じなかった。
「え、やだ雨? イベントなのに」
「この感じだと通り雨でしょ」
俺はそう答えながら緊張する。この流れだと非常にヤバい。
最初の雷が鳴る。
「大丈夫? ここだと雷こわいでしょうからミライさん建物の方に行きましょう」
雷に怯えるミライを労る体でここから離れる事にする。
周りを見るが、アレが落ちてくるであろう場所で作業していたのは俺だけだったようだ。
雷が鳴る度に俺にしがみつくミライと共に十メートル程テーブルから離れた所であの時聞いた激しい音と光が空間を支配する。
頭に過ぎるのは天井が割れた事で空間に降り注ぐガラスの雨。それが叫ぶミライの白い肌に赤い傷をつけていく光景。
天井が割れる音と同時に俺はミライを破片から守るために覆い被さった。
大きな音と地面が少し振動するような衝撃。
どのくらいミライを抱き締めていたのだろうか?
「あ、土岐野さん……血が……」
ミライの声で我にかえる。
聞こえてくるのは雨の音とパニックになった人の声。もうガラスの雨は降ってない。
俺はゆっくりと腕の力を抜きミライを離し振り向いて身体を震わせる。
俺が先程いた場所の床に細長い刀のような棒が突き刺さっていたから。
この施設の建物の壁面についていた飾りがああいう形だったことを思い出す。
この施設は都心の中のオアシスというコンセプトで作られていた事もあり、建物の壁面に植物の装飾が施され、ここのガラス張りの空間も温室をイメージしており真ん中に噴水がある。そのビルの壁面の装飾が、雷が直撃した衝撃で外れ落ちてきたようだ。
周りを見渡す。降ってきたガラスで怪我した人はいるようだが、記憶の中の俺のように落下物により死亡したり重傷となった人はいないように見えた。
「土岐野さん……」
おずおずとしたミライの声に俺は視線を戻す。見た感じ目立った所に怪我はないように見えた。
しかしショックのせいか顔色がひどく悪い。
「ミライさん、大丈夫? 怪我はない?」
俺が聞くと泣きそうな顔で顔を横に振る。
「大丈夫、でも土岐野さんが…怪我を……」
俺はそう言われて、自分が破片を浴びて頭と背中が傷だらけになっていた事に気が付いた。
背広の袖が大きく切れて血に染まっている。
しかし刀のような落下物に刺さって死ぬよりかなりマシな状況だけに、俺は冷静だった。
「ミライさん、ここは危険だから控え室でも避難していて」
「でも土岐野さん」
俺は安心させるように微笑む。
「俺は大丈夫だから」
駆けつけてきたマネージャーにミライを託して、俺は先輩らの元に指示を仰ぎにいく。しかし何か事後処理の手伝いを命じられるのではなく、病院へ直行させられて手当を受けることになった。
建築用のガラスは頑丈にしているが、割れるときは細かく粒になるように割れるようになっているらしい。そのために深い傷はないものの細かく多くの傷を負っていた。
死んだ記憶で受けた程ではないが、他に壁面の飾りの破片も降っていたようで、それにより左腕に十一針縫うほどの傷ができていた。
事後処理でどんなに人手があっても足りないほど大変だと思うのに、俺はタクシーまで用意され帰宅を命じられた。
マスコミが多くいるところで血だらけの服を着たミイラ男がいても困るだけということらしい。
痛み止めのせいで少しぼんやりしているので、俺は大人しく帰る事にした。
ズボンのポケットにある紙を思い出す。
俺はスマホを取り出し、ミライにメールを出す。
『ミライさん、土岐野廻メグルです。
今日は大変な目にあって怖かったですよね。
もう落ち着きましたか? 怪我されてなかったでしょうか?
私は手当をしてもらったのでもう大丈夫です。
心配かけて申し訳ありませんでした』
そうメールを送ってから、ため息をつく。
傷だらけの背中は痛いが、その痛みが生きているという実感を俺に与えてくれる。心に浮かび上がってくるのは悦びだった。生の悦び。
あの夢は何だったのだろうかとも思う。
不快なものではあったが、そのお陰で生きている。
俺は生きている。
スマホをもつ手が今更のように震える。そのスマホが着信を知らせる。俺のアドレスからLINEのアカウントを見つけてきたようだ。
返事はLINEの方できた。
『土岐野さん メールありがとうございます。
さっき病院に運ばれたと聞いて心配していたの。
私のせいで怪我をさせてしまってごめんなさい』
『君のせいではないよ。
忌々しい雷とガラスの天井のせい!
だから君が気にすることはないよ』
LINEの気やすさからつい口調が砕けてしまっていた。
『今どんな状態なんですか?』
『かなり中途半端なミイラ男という感じ?
そんな感じだから事後処理作業も免除された。
君の方はどういう状況?』
『うーん
夏なのに毛布を被せられ控え室で保護されて、今は近くのホテルで待機。
マネージャーの加藤さんもあちらこちらと連絡取り合っていて大変みたい。
ゆっくり休んでと言われたので、部屋でお茶飲みながらノンビリしています』
実際あんなことがあったから彼女も動揺しただろう。でも元気な様子でよかったと思う。
そこでアパートに着いたので、チケットで支払いをしてタクシーを降りる。見上げるとさっきの雨と雷は何だったのかというくらい晴れ渡っている。
あの雷雨のせいで、ニシムクサムライ零はメチャクチャである。しばらく俺も色々大変な事になるだろう。
部屋に入りクーラーとテレビをつける。するともうワイドショーで話題となっていた。
とはいえあまり情報もないようだ。
オープン当時取材を受けた様子の映像。遠くから見たあのイベントエリアの様子。それが交互で映されているだけ。
落雷により事故が起こり、話題のショップが巻き込まれた悲劇。マスコミからしてみたらかっこうなネタだろう。
そこに忌々しさを感じながら、ネットとテレビで情報を収集する。
『あっ知らないうちに、私は無事ですというツィートもされているし』
ミライからLINEがまたくる
【みなさんご心配おかけしています
事故には巻き込まれたものの、スタッフの方に守っていただいたので私は怪我なく無事です。
ただ庇って下さったスタッフの方が怪我されてしまいましたので心配しています。
早く回復されることを祈るばかりです】
Twitterを確認するとそのようなコメントが流れていて、早くもイイネが激しくついていっている。
『すごいね、みんな君が無事なことを喜んでいる。
本当に怪我がなくてよかった。
でもワンピース血で汚してしまって』
『でもその所為で、土岐野さんが傷キズに…』
『俺は男だから問題ないよ。
「君の所為で傷物になった! どうしてくれる責任とってくれ!」
とかも言わないから安心して』
爆笑するスタンプがかえってくる。
『でも責任はともかく、お礼はしたいので今度二人で食事に行きませんか』
流石に相手はアイドル。そういうことはよくないように思える。
『いや気にしなくて良いよ。
それにこんなこと起こったから会社もしばらく大変だと思うから難しいかも』
無難な言葉で逃げる事にする。
『忙しくなりますよね。お身体も大変でしたよね。
でもいつかは御礼で食事させてください。
それとは別にこれからこういうLINEで話しさせてくださいませんか?』
あれ? 逃げれてない? 返事に悩んでいるとまたコメントがくる。
『実は、土岐野さんとお友達になりたかったの。
だから今日メルアドを渡したし、こうしてお話ししているのが嬉しいの』
お友達か……。
能天気と思われているが実はかなりの臆病者の俺だが、さっき飲んだ痛み止めの影響で思考が鈍化していたこともあるのかもしれない。
『光栄です! お友達になりましょう』
そう返していた。楽しい未来へ続きそうなワクワク感と、とんでもない事になりそうな不安。その双方の気持ちでドキドキしていた。
『はい! 不束者ですがよろしくお願いします!』
そうどこかズレた答えがかえってくる。そしてその後に大喜びしている猫のスタンプ。
ミライとの会話はマネージャーから電話が来たことで途切れる
俺は大きく深呼吸をして気分を落ち着かせるが上手くいかない。落ち着かなくて部屋でウロウロしてしまう。
明日からの仕事のことを思って。企画部は皆バタバタして大変なのだろう。そちらからの連絡はない。とりあえず明日は普通に会社に行くことだけを連絡として入れておいた。
ヒステリックな様子で同じことしか繰り返さないテレビは消し、次々と届く安否確認の連絡に返事を返す。これも生きているからこそ出来るんだとシミジミ思う。
ネットで情報を調べる事にする。
誰が悪いとかいう事故ではない。世間の流れは壁面に植物の装飾を纏わせていた建物の構造に問題があったと、そちらへの非難がいっているようだ。
一年前に都内で大きな竜巻が発生するという事故もあったことで、ビルに余計な装飾ってリスクでしかないのでは? そういう意見なようだ。
できた当時は、素敵だとかオシャレとか褒め称えていたくせに。
薬が効いてきたのか、怠くなってきて俺は横になり少しだけ眠る事にした。l
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