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合同会社再生屋番外編 1話
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「おはようございます。田尾沙也加様。あなたは、本日2024年8月19日お亡くなりになられました。享年は21歳です。お短い人生の終焉にお悔やみの言葉もございません。ですが、津川様。あなたは、私めの初めてのお客様になります。私の話を聞いてくださりませんか?」
何もない灰色だけが無限に広がっている空間で、背丈には似合わないスーツを着て、メガネをかけている細目で、背は言うほど高くない男性が、不気味な笑みを浮かべながら、首を抑えながら倒れ込んでいる田尾に上から目線で、覗き込むように話しかけていた。
「何の冗談?」
田尾は体を起こし、座り込み、男性を睨みながらそう言った。
「冗談とは縁起でもない。私は初めから本心でございます。初めてなので緊張はしていますが」
男性の答えに、田尾は余計に言葉を強めた。
「そう言うことを言っているんじゃない! どうしてこんなことになっているのか聞いているの!」
座り込んでいた田尾は、立ち上がって、睨む視線を強めながら距離を取った。その間に、この男相手だったら、勝てるかどうかを計算していた。だが、男は距離を取ろうが、顔色1つ変えず、相変わらずの不気味な笑みを浮かべていた。
「では、順を追ってお話ししますので、まずは、お茶でも飲みませんか?」
田尾は驚いていた。今さっきまでは、何もなかったのに、突然、瞬間移動したかのように目まぐるしく景色が変わったからだ。田尾と男性は、田舎のアーケード街の一角にありそうな、昔ながらの古びた喫茶店の窓側の席に勝手に座っていた。
田尾は、何が起起こったのか理解できずに、男性の話を聞かずに、窓に両手と鼻と額をつけて外を覗き込んでいた。外は、古くなっているが、舗装をされた薄灰色のアスファルト道路に、昭和初期の建物のような剥き出しの木造建築が、右も左もずっと続いていた。空は晴れで、雲の流れも見てとれた。だが、男性と田尾以外に人はどこにも見られなかった。人だけでなく、鳥も虫も、植物だってどこにも見えていなかった。
状況は理解できなくても、これほどまで何もない空間だったから、田尾は数分で外を見ることに飽きてしまった。男性の方に顔を向けると、男性は今か今かと待ち侘びていた好機がやっと巡ってきたと、安堵したような表情を浮かべ、田尾に話しかけたのだった。
「田尾様。お飲み物は何にいたしましょう。私のおすすめは、リラックスできるハーブティーでございますが、苦手でしたらコーヒーでも紅茶でもよろしいですよ」
「飲み物は紅茶でお願いします。あと、こちらからも1つ質問いいですか?」
「承りました。何なりとどうぞ」
田尾が口を開いて話し出そうとしたその時に、手元にどこからかティーカップが現れて、勝手に右手で持っていた。そんなことがあったから、田尾は、言葉が出てこず、呆けた顔をしていた。理解できないことが起きている、と言うことは理解した田尾は、我に帰って、再び口を開いた。
「話をする前にあたなの名前を伺っても?」
「これは失礼いたしました。なんせ、私はあなたが初めてのお客様でして、緊張のあまり、自己紹介を怠るとは社会人失格です」
「そう言う説明はいいから。あなたが何者か教えてくれる?」
田尾は男性を睨みつけて、口調を強めているが、男性の方は、物おじ1つしない態度で、スーツについてある胸ポケットから、1枚の小さな厚紙を取り出した。
「申し遅れました。私、合同会社再生屋の尾形と申します。現世で未練を残したままお亡くなりになられた方々に、今一度人生をやり直してもらい、より良い人生を歩んでもらうのが、私共の仕事になります」
尾形と名乗った男性は、田尾に名刺を渡しながらそう言った。田尾は、恐る恐るではあるが、名刺を受け取り、名前だけを確認し、履いていた短パンのポケットに隠した。
「新手の宗教か。悪いけど、宗教はもう懲り懲りだから、何を言われても、何かをするつもりはない」
さっきよりは柔らかい口調になったが、田尾は、まだ信用をしていない様子だった。それも当然だ。死んでしまったのに突然こんなことを言われているから、信じるどころか、宗教を疑ってしまうのも仕方がない。
それでも、尾形は、表情1つ変えることなく、不気味な笑みを浮かべながら、田尾に言った。
「安心してください。私共は、報酬として金銭を受け取ることは致しません。過去に戻るのは無料でございます。新興宗教でもないので、壺を売ったり、献金をいただくことは致しておりません」
それでも田尾は疑うことをやめなかった。
「それでも、頷くことはできない。1度痛い目をみたから、もう1度同じ苦しみがあるとか考えたくない。悪しけど、人生をやり直すつもりはない」
田尾がそう言った時、初めて尾形が表情を変えた。少し焦ったのか、眉間に皺を寄せて、顔を右に左に向けていた。そして、ため息を1度だけ吐いて、呆れたように言った。
「分かりました。本人がそうおっしゃるのでしたら、今回は諦めさせていただきます」
「そうしてくれると助かる」
尾形は、田尾を扉の前まで案内し、本人は1歩下がったところで待機した。
「こちらの扉を抜ければ天国へと行けますので、お好きなタイミングで、お旅立ちください」
尾形がそう言ったにも関わらず、田尾は、躊躇うことなくドアノブに手をかけた。そして、扉を開ける前に尾形の方へ振り返った。
「最後に質問していい?」
「何でもどうぞ?」
「尾形。あんたの顔を見たことある。同じ高校だったでしょ?」
「はい。同じ高校でしたよ。私は、田尾様の2つ上でしたが」
田尾は鼻で笑った。そこには、疑問が正解していたことへの安堵も含まれていた。
「先輩か。タメ口きいて悪かった。最後に1つだけ。部活は?」
「科学部でした。それが何か?」
質問の意図を読めなかった尾形は、眉間に薄ら皺を寄せながら答えた。
「いや。何でもない。一花ちゃんが言った通りだなって。あの子が絡んでいるんだね」
「すみません。他の社員の個人情報は教えることができないので、これ以上はお答えしかねます」
意味深な言葉を聞いた尾形は、また焦ったような表情を見せた。
「これ以上は時間の無駄か。あの子と知り合いなら伝えて。『君の思い通りにはさせない』って」
田尾は扉を開けるが、尾形は何も言わないまま、静かにお辞儀だけして見送った。
扉が閉まり、再び真っ白な空間に戻ったところで、尾形は呟いた。
「社会人とは大変なものですね……」
何もない灰色だけが無限に広がっている空間で、背丈には似合わないスーツを着て、メガネをかけている細目で、背は言うほど高くない男性が、不気味な笑みを浮かべながら、首を抑えながら倒れ込んでいる田尾に上から目線で、覗き込むように話しかけていた。
「何の冗談?」
田尾は体を起こし、座り込み、男性を睨みながらそう言った。
「冗談とは縁起でもない。私は初めから本心でございます。初めてなので緊張はしていますが」
男性の答えに、田尾は余計に言葉を強めた。
「そう言うことを言っているんじゃない! どうしてこんなことになっているのか聞いているの!」
座り込んでいた田尾は、立ち上がって、睨む視線を強めながら距離を取った。その間に、この男相手だったら、勝てるかどうかを計算していた。だが、男は距離を取ろうが、顔色1つ変えず、相変わらずの不気味な笑みを浮かべていた。
「では、順を追ってお話ししますので、まずは、お茶でも飲みませんか?」
田尾は驚いていた。今さっきまでは、何もなかったのに、突然、瞬間移動したかのように目まぐるしく景色が変わったからだ。田尾と男性は、田舎のアーケード街の一角にありそうな、昔ながらの古びた喫茶店の窓側の席に勝手に座っていた。
田尾は、何が起起こったのか理解できずに、男性の話を聞かずに、窓に両手と鼻と額をつけて外を覗き込んでいた。外は、古くなっているが、舗装をされた薄灰色のアスファルト道路に、昭和初期の建物のような剥き出しの木造建築が、右も左もずっと続いていた。空は晴れで、雲の流れも見てとれた。だが、男性と田尾以外に人はどこにも見られなかった。人だけでなく、鳥も虫も、植物だってどこにも見えていなかった。
状況は理解できなくても、これほどまで何もない空間だったから、田尾は数分で外を見ることに飽きてしまった。男性の方に顔を向けると、男性は今か今かと待ち侘びていた好機がやっと巡ってきたと、安堵したような表情を浮かべ、田尾に話しかけたのだった。
「田尾様。お飲み物は何にいたしましょう。私のおすすめは、リラックスできるハーブティーでございますが、苦手でしたらコーヒーでも紅茶でもよろしいですよ」
「飲み物は紅茶でお願いします。あと、こちらからも1つ質問いいですか?」
「承りました。何なりとどうぞ」
田尾が口を開いて話し出そうとしたその時に、手元にどこからかティーカップが現れて、勝手に右手で持っていた。そんなことがあったから、田尾は、言葉が出てこず、呆けた顔をしていた。理解できないことが起きている、と言うことは理解した田尾は、我に帰って、再び口を開いた。
「話をする前にあたなの名前を伺っても?」
「これは失礼いたしました。なんせ、私はあなたが初めてのお客様でして、緊張のあまり、自己紹介を怠るとは社会人失格です」
「そう言う説明はいいから。あなたが何者か教えてくれる?」
田尾は男性を睨みつけて、口調を強めているが、男性の方は、物おじ1つしない態度で、スーツについてある胸ポケットから、1枚の小さな厚紙を取り出した。
「申し遅れました。私、合同会社再生屋の尾形と申します。現世で未練を残したままお亡くなりになられた方々に、今一度人生をやり直してもらい、より良い人生を歩んでもらうのが、私共の仕事になります」
尾形と名乗った男性は、田尾に名刺を渡しながらそう言った。田尾は、恐る恐るではあるが、名刺を受け取り、名前だけを確認し、履いていた短パンのポケットに隠した。
「新手の宗教か。悪いけど、宗教はもう懲り懲りだから、何を言われても、何かをするつもりはない」
さっきよりは柔らかい口調になったが、田尾は、まだ信用をしていない様子だった。それも当然だ。死んでしまったのに突然こんなことを言われているから、信じるどころか、宗教を疑ってしまうのも仕方がない。
それでも、尾形は、表情1つ変えることなく、不気味な笑みを浮かべながら、田尾に言った。
「安心してください。私共は、報酬として金銭を受け取ることは致しません。過去に戻るのは無料でございます。新興宗教でもないので、壺を売ったり、献金をいただくことは致しておりません」
それでも田尾は疑うことをやめなかった。
「それでも、頷くことはできない。1度痛い目をみたから、もう1度同じ苦しみがあるとか考えたくない。悪しけど、人生をやり直すつもりはない」
田尾がそう言った時、初めて尾形が表情を変えた。少し焦ったのか、眉間に皺を寄せて、顔を右に左に向けていた。そして、ため息を1度だけ吐いて、呆れたように言った。
「分かりました。本人がそうおっしゃるのでしたら、今回は諦めさせていただきます」
「そうしてくれると助かる」
尾形は、田尾を扉の前まで案内し、本人は1歩下がったところで待機した。
「こちらの扉を抜ければ天国へと行けますので、お好きなタイミングで、お旅立ちください」
尾形がそう言ったにも関わらず、田尾は、躊躇うことなくドアノブに手をかけた。そして、扉を開ける前に尾形の方へ振り返った。
「最後に質問していい?」
「何でもどうぞ?」
「尾形。あんたの顔を見たことある。同じ高校だったでしょ?」
「はい。同じ高校でしたよ。私は、田尾様の2つ上でしたが」
田尾は鼻で笑った。そこには、疑問が正解していたことへの安堵も含まれていた。
「先輩か。タメ口きいて悪かった。最後に1つだけ。部活は?」
「科学部でした。それが何か?」
質問の意図を読めなかった尾形は、眉間に薄ら皺を寄せながら答えた。
「いや。何でもない。一花ちゃんが言った通りだなって。あの子が絡んでいるんだね」
「すみません。他の社員の個人情報は教えることができないので、これ以上はお答えしかねます」
意味深な言葉を聞いた尾形は、また焦ったような表情を見せた。
「これ以上は時間の無駄か。あの子と知り合いなら伝えて。『君の思い通りにはさせない』って」
田尾は扉を開けるが、尾形は何も言わないまま、静かにお辞儀だけして見送った。
扉が閉まり、再び真っ白な空間に戻ったところで、尾形は呟いた。
「社会人とは大変なものですね……」
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