合同会社再生屋

倉木元貴

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道は同じ 19話

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 それからと言うものの。野本はからは頻繁にメッセージが送られてきていた。返信が少し遅れれば、怒って電話をしてきて、正直参っていた。何度スマホの電源を落としたことやら。そんな野本は、半年に1回こっちに遊びにきていた。本当に勘弁してほしいけど、大学生になって一人暮らしをしている野本にとっては、長く遊べるほどのお金を持っていなくて、1泊とかで帰って行くからまだよかった。
 それにしても来る回数が多い。親なんてせいぜい1年に1回だ。親以上にこっちに来ないでくれ。誰かに見られたりしたら面倒だから。

 そんな感じで日々を過ごして約2年。卒業間近になった僕はハローワークなどを使って仕事を探していた。
 漫画家になりたいと言った手前、職業を変えるのは難しく、漫画家の勉強をしながら適当に就職できそうな仕事を探した。
 資格の類はほとんど持っていないから、資格のいらない仕事。できれば自分の時間を大切にできる仕事。自分の時間がなければ漫画が描けないから。勤務時間は変則でもなんでもいい。何かないかな。建設……お金はいいけど体力面大丈夫だろうか。肉体労働は給料が高いけど、漫画を描きながらなら難しいか。他には……スーパーの店員。悪くないな。勤務時間も長くないし、給料も少し低いけど生活できない程でもない。第一希望として一応持っておこう。他には……出版社。デザイン関係の仕事。一応、専門学校ではデザインの授業もあったからできないことはないかもしれない。デザインの仕事なら、仕事中に漫画の勉強にもなるし、給料もいい。行くならここだ。
 専門学校を卒業後、僕は地元の出版社に就職した。出版社では忙しくて大変な日々が続いたが悪い日々は1日もなかった。
 そんなある日のことだった。出版社に勤めてから3年目になる僕に、初めて出張に行くように命令が出た。それも、僕の地元である登久島県にだ。断りたかったけど、別の出版社で学べると言われて、行かないわけにはいかなくなった。
 地元に帰って来たら、誰とどこで会うからわからないから、できるだけ外出は避けたかったけど、地元民だからというだけあって、当然のように夜になれば居酒屋に連れて行かれた。何が起こるかわからないから僕はお酒を飲まなくて、頭を回せる状態を保った。目の前の2人が水のようにお酒を飲むから余計に心配だ。
 一通り酒を浴びるように飲んだ先輩方2人とともに、僕はホテルに向かっていた。
 両肩にふらふらの先輩を乗せているからこっちまで揺れている気分だ。それにしても2人とも酒臭い。
 ガブガブ飲んだ人間ってこんなに臭いんだ。
 ホテルまでもう少しってところだった。周りを気にしていなかったから直前になるまで気が付かなかった。僕の目の前に髪を短く切った野本が現れたのだった。
 
「颯太、久しぶり」
 
「ああ、久しぶり……」
 
 なんでこんなところに。大学はこの近辺じゃないのに。
 
「誰? 昔の知り合い?」
 
「ああ、そうなんです。高校の時の同級生で……」
 
 酔っ払った先輩たちが何か変なことを言わないうちにホテルまで送り届けて、ホテルの近くにある水際公園を野本と歩いていた。
 
「会って話すの何年振り?」
 
「さあ、専門学校卒業以来だね」
 
「久しぶりに颯太と話せて嬉しい」
 
「そ、そうだね。それよりも野本、髪の毛短くしたんだね」
 
「うん。というか昔みたいに名前で呼んでくれてもいいのに」
 
 それはできるだけ僕がしたくないからしていないんだ。
 
「別れているから、下の名前でなんて呼べないよ」
 
「そこまでしなくてもいいのに」
 
 役になり切っているわけではない。本心から嫌なんだ。
 
「それよりも、颯太はどうしてこっちに? まさか帰って来てくれたの?」
 
「そうじゃなくてさ。今、漫画だけじゃなくて出版社で働いていて、そこの出張で来ただけなんだ」
 
「そうだったんだ。就職したなら言ってくれればよかったのに」
 
「ああ、ごめん。スマホ壊れちゃって、新しい電話番号まだ親にも言ってないんだ」
 
「じゃあ、連絡先交換して」
 
「え?」
 
「だから連絡先交換して。お願いだからもうどこにも行かないで」
 
 2回も言わなくても聞こえているよ。そうじゃなくて、また僕はスマホを変えないといけなくなるから、咄嗟に否定的な言葉が出てしまっただけだ。
 涙目で必死に訴える野本。僕は、苦渋の決断を下す。
 
「ああ、うん……わかった、連絡先交換しようか」
 
 渋々だ。本当は泣きたい。なんで今日というタイミングで野本に出会ってしまうんだ。だから外出はできるだけ控えたかったのに。
 僕がスマホを取り出して操作をするために、視線をスマホに落としているその瞬間に、野本は僕に抱きついて来ていた。
 
「ちょ、ちょっと何するの!」
 
 抱きついて来ていたが、それは野本の意思ではなかった。野本の背後に、もう1人フードを被った人物がいた。フードの隙間から顔を見せた男には見覚えがあった。
 
「お前植田か。なんでここにいる」
 
 僕がそう言った瞬間に植田は野本の背後から離れた。それと同時に野本は力が抜けたようにその場に倒れた。
 野本の呼吸は荒かった。まるで高熱でも出しているかのように、うなされているようだった。
 
「俺の人生お前らのせいでめちゃくちゃになったんだ。これくらいしないと元が取れないんだよ」
 
 植田が手を挙げて、その時に野本に何があったのか悟った。血まみれの包丁。雨も降っていないのに、水たまりのようになっている地面。ああそうか、今日は3月16日だったな。
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