今日の夜。学校で

倉木元貴

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43話

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 西階段での検証を終えた僕らは、次の七不思議の検証場所、体育館に向かっていた。
 通る道は前回と同じだ。
 
「二宮金次郎動いてないね」
 
 渡り廊下で立ち止まっていた羽山はそう呟いた。
 前回、それは後だったのに、先に言ってしまうのか。そんな適当でいいのか。
 そう思いながらも、僕は相槌を打つ。
 
「そうだね。二宮金次郎も変化なしだね」
 
「棒読みになっているよ」
 
 当たり前だ。前回と順番が違うのだから。動揺の1つくらいするだろ。
 羽山を軽く睨んでいたが、気付いてないのか無視をしたのか、そんな僕には目もくれず、体育館の渡り廊下を歩いていく。僕も仕方なくそんな羽山の後を追う。
 前回は、体育館を外から眺めるだけで、羽山も調子が悪くなってしまったから、ろくな時間をかけていなかった。でも今回は違う。校長先生から鍵を預かっている。思う存分体育館の中を確認できる。
 羽山も僕と同じつもりなのか、扉の前につくなり、中を確認せずにすでに鍵を開けていた。
 ただでさえ、体育の授業か集会でしか来る用事のない体育館。基本的には大人数でしか来ることしかない体育館。羽山と2人きりで、しかも時間は夜だ。特別で不思議な感覚に陥るのは仕方なのないことだ。
 断じて恋愛感情とかその類のものではない。珍しいから気持ちが高揚しているだけだ。
 鍵を開けた羽山は、体育館の中に入り一目散に右に向けて走り出した。ここの体育館の右端には、走り高跳びで使うマットや体操で使うマットに跳び箱が置いてある。
 走る先は何となく想像がついた。
 分かるぞ羽山。それ1度でいいからしてみたいよな。授業でも使わないし、クラブでも人がいないと使わないし、触れるだけじゃつまらないもんな。
 呆れたような顔で羽山を見つめていると、羽山は僕の予想通り、走り高跳びで使うマットに飛び込んでいた。
 子供らしいところも可愛らしい。誰も知らない僕だけが知っている羽山。
 そんな羽山は、マットに埋もれながら、僕に手を振っていた。
 
「大輔君もおいでー」
 
 手を振替し、僕もマットに飛び込もうとしたが、走り高跳び用のマットは、観音開きの折りたたみ式で、今羽山が乗っている状態で僕が飛び込めば、必ず羽山にぶつかる。下手したら抱きつく形になるかもしれない。そんな恥ずかしいこと僕にはできない。
 走り出そうとしたところを急遽変更して歩き出したから、初めの1歩だけスキップをした人のようになってしまった。羽山は見ていなかったみたいだけど、何でか恥ずかしい気持ちになっていた。
 
「そんな子供じみたことしないよ」
 
「そんなこと言って、本当は飛び込みたいくせに」
 
 マットとマットの隙間から顔を出して羽山が言う。
 あの一部始終を見られていたのか。顔こっち向いていなかったじゃないか。はっ! まさか、いつもの得意の推理ってやつか。なるほど。それで僕が動揺すれば、何かをしようとしていたことがわかると言うわけか。危うく羽山の思惑通りに行動するところだった。羽山もまだまだだな。そろそろ僕も羽山には慣れてきたんだ。まだ少しではあるけど、羽山の考えていることが分かるようになったんだ。最後の最後で勝利を手にするのは僕だ。
 
「行こうとしたけど、そのマット使ってないから埃すごくない?」

「うん。埃すごい。飛び込まなきゃよかったって今後悔している」
 
 やっぱり飛び込まなくてよかった。よく堪えてくれたよ僕の自制心。
 
「そもそも使うのが外だから、砂まみれになっているんじゃない?」
 
「うん。砂もすごいよ。外で転げた人くらい砂まみれになっているよ」
 
 だと思った。近付いただけで鼻と口を追いたくなるくらい埃がすごいよ。この中に今更飛び込むことはできないや。
 僕がマットの前まで行くと、羽山は僕に向けて両手を広げていた。
 「んっ」と言われても何をしろと。あー……手を取れってことか……何でそんな小っ恥ずかしいことできるんだ。こっちの気も知らないくせに。
 手を出していた羽山の手を掴んで、引っ張るように後ろに踏み込んだ瞬間だった。羽山は、僕の二の腕をそれぞれの手で掴み、巴投げをする形で僕をマットに投げ飛ばした。
 マットに倒れ、衝撃で立ち上がる砂埃。確かにこれはひどい埃だ。だから飛び込みたくなかったのに。
 羽山は満面の笑みで笑っていた。これで仲間だと言いたそうに。こんなことになるのなら、手を出していた羽山の手を取るんじゃなかった。というか何で巴投げなんてできるんだよ。柔道やってないとあんなのできないだろ。
 不貞腐れていた僕は、マットで寝そべりながら天井を眺めていた。頭の上から羽山が顔を出して、僕に告げる。
 
「大丈夫?」
 
 誰のせいだと思っているんだ。
 
「大丈夫じゃない」
 
「そんな嫌味を言えるということは元気だってことだね」
 
 何だその、うちの体育教師のような言い訳は。
 羽山は僕に手を伸ばすことはなく、僕を単に見ているだけだった。多分、手を差し伸べたら、同じようなことをされると思ってのことだろう。まあ、割と本気で同じ思いをさせてやろうと思っていたけど。
 羽山の助力をなしに1人でマットから脱出し、羽山の横に並ぶ。
 このまま、抱えてマットに落とすことはできないだろうか。そんなことを頭に思い浮かべていたけど、キャッチボールをした時の羽山の球威を思い出して、まるでなかったかのように頭から消し去った。
 
「体育館も何も起きてないね」
 
「そ、そうだね」
 
 僕は動揺を隠せないでいた。ありがたいことに羽山は、そんな僕を見ても何も言わなかった。
 
「ねえ。まだ時間あるし、ステージの下に潜らない」
 
 昼間でも真っ暗なステージ下。数々の噂があるけど、中に入って探索できたものは今までに1人もいない。みんな走って通り過ぎることで精一杯だ。それに真っ暗だし、何も見えない。学校に懐中電灯を持っている人なんて生徒ではいないし、ずっと謎が受け継がれてきていた。体育館に合法で入ったんだ。行かないわけにはいかないだろう。
 
「いいね。1度でいいから行ってみたかったんだよね」
 
「よし決まり! それじゃあ行こうか!」
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