今日の夜。学校で

倉木元貴

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29話

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 羽山との交渉は何とか上手く行った。本当は音楽室でが1番都合が良かったけど、羽山が短いと言うのなら仕方ない。
 裕介が音楽室で何を仕組んでいるのか知らないけど、羽山に速攻バレるようなことだけはしないでくれ。すでに答え合わせになっているなんて、本当に笑えないからな。
 
 2階から3階に差し掛かる踊り場。3階の階段に1歩足を踏み入れた瞬間に、静かな廊下から微かにピアノの演奏が響いていた。
 曲名は知らない。だけど演奏をしている人なら知っている。きっと真壁だ。
 流石に距離があるから音が小さいな。羽山なんて、何も言わないから聞こえているのかさえ分からない。
 そんな僕らが廊下に足を踏み入れた時、羽山はようやく気が付いたのか、階段と廊下のちょうど境目くらいのところで羽山は立ち止まった。
 
「どうしたの?」
 
 笑いを堪えながら羽山にわざとらしく訊く。
 
「大輔君の嘘って、そう言うこと?」
 
 どう言うことなのか、こと詳しく説明してくれなきゃ、そんな曖昧な言葉だけでは分からないぞ。と、頭の中で誤魔化さないといけないくらい冷や汗をかいていた。
 
「えーっと……何のこと?」
 
「だから、この音楽。大輔君が仕組んだことでしょ? 私をまた脅かそうとしているんでしょ」
 
 正解に1歩どころじゃなく、何歩も近づいている。でも、肝心なことはまだ分かっていないようだ。
 
「そんなことないよ。だって音楽は、僕らが廊下に差し掛かった時に聞こえてきただろ。僕にはカセットテープは操作できないよ」
 
「それは、時間が経てばスイッチを押せるように、仕掛けを作っていたんだよ」
 
 自信満々に仕掛けを語られても、僕がそんな品物作れるわけがないじゃんか。というか、こちらが関心してしまう。そんなことができるのかと。レコードのスイッチを人以外で押すことが可能なのかって。
 関心している場合じゃない。まずは否定をせねば。
 
「そんなもの僕が作れるわけないじゃん」
 
「それもそうか」
 
 納得されたらそれはそれで傷つく。
 
「それによく考えてみてよ。僕は学校に来る前に、羽山と電話をしていただろ。僕にはそこまで準備する時間はないよ」
 
「そうだったね。大輔君には不可能……つまり協力者がいると言うこと」
 
 何でこうも短時間に答えを導き出してしまうんだ。これだから頭のいい奴は。
 まさか僕の何気ない一言がヒントになってしまうとは、僕も言動を気をつけねば。
 でも、僕はそんなに間違えたことを言ったか。至って普通のことしか言ってないと思うぞ。何で分かるかな。
 何にせよ、また否定しないと、疑いが深まるばかりだ。
 
「……協力者? あいにく僕は、羽山が送ってくれた石榴のおかげで、今日1日の時間を潰されたんだよ。嘘だと思うなら僕の親に確認してみるといいよ。だから、僕が協力者を得ることは無理だよ」
 
 本当は途中で逃げ出したんだけど。まあ、羽山もそこまでして裏どりを取ったりはしないだろう。そう目論んでの発言だ。だって、僕の親に電話を掛けるには、職員室、校長室、外の公衆電話の3択。3階にいる僕らにとってはどこも遠い。そんな周り道をしてまで電話を掛けるなんて余程の変人じゃない限り、そこまではしないだろ。
 
「後で大輔君のお母さんに聞いてみよう」
 
 前言撤回だ。羽山は正真正銘の変人だ。
 そう言われてみれば、急に夜の学校に誘ったり、変な手紙を書いたり、羽山は最初から変人だった。
 そんなことはどうでもよくて、本気で母さんに聞くつもりなのか。短時間ではあるけど、石榴の種取りを手伝ったのは事実だから、母さんが変に言わない限りバレることはないけど。と言うか、その頃には、僕が答えを教えているか。端から何も心配することはなかったのか。ただでさえ、羽山の言動に恐れを抱いているのに、心配事が増えて余計に冷や汗が止まらなかった。まだ安堵はできないけど、少しでも心配事が減れば、落ち着きおとりもどせる。少なからずではあるけど。
 羽山は、相変わらず階段と廊下の境目みたいなところで立ち止まっていた。
 羽山をこの場所から動かせるのは僕だけだけど、前回、幽霊に対しての恐怖を羽山に話してしまっているから、僕も1歩が踏み出せない。せめて羽山の行く気を少しでも高められればいいけど。僕の言葉だけで羽山が動くとは思えない。でも、言うしかない。
 
「は、羽山。どうする。行くのやめる?」
 
 突然思いついたけど、やめるのもありだ。裕介を混乱させるには、予定とは違う動きをするのもいいかもしれない。どのタイミングで答え合わせをするのかを、また検討しないといけないけど。
 
「ううん。行くよ。検証はしっかりしないといけないから」
 
 僕は答えを知っているから、何も怖くはないのだけど、何も知らない羽山からしてみればとんでもない恐怖だろうな。心霊現象を目の当たりにしているんだから。それなのに、よく行く勇気が出てくるな。羽山はやっぱりすごいな。
 と思っていたけど、羽山は、僕の身体を盾にするように身体を隠して、先頭を僕に歩かせていた。
 
「……羽山さん。何で僕が先頭なの?」
 
「だって言い出しっぺは大輔君だから」
 
 そうなんだけど、これはやりすぎだ。最悪本当に幽霊に出会った時、僕を囮にして1人逃げるつもりだろう。まあ、この先に何があるのか知っているから、怖くないからいいけど。
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