今日の夜。学校で

倉木元貴

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25話

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 聞こえていないのか、羽山は何も言わずに何食わぬ顔で僕の後ろを付いてきていた。
 確かに大きな声ではなかったけど、聞こえないくらい小さな声でもなかったはずだ。羽山、聞こえていないふりをしているな。
 校長室の前に着いたら、羽山がわれ先にと扉をノックしようとしていたから、その手を掴んで止めた。
 
「羽山。さっきの聞こえていたよな」
 
 羽山はとぼけた顔を見せて首を傾げていた。
 
「なんのこと?」
 
 僕が掴んでいたのは片手だったから、羽山は塞がれていない左手でノックをしようとしていた。それを再び僕が阻止をする。校長室とノックしようとしていた羽山の間に入り、物理的な障害になった。
 
「聞こえていなかったのだったらもう一度訊くけど、羽山が僕を呼んだ本当の理由を聞かせてくれない」
 
 羽山は抵抗を諦めて手の力を抜いて、僕も掴んでいた羽山の腕を離した。自由の身になった羽山は、わざとらしい大きなため息をついて、校長室から1歩2歩と下がり離れていった。窓のある壁にもたれ掛かり、またため息を吐いた。
 
「用事なんて本当にないんだ。ただ、大輔君の顔を見たかった。最後になるから、校舎を一通り見ていたかった。それだけ。したいことはないからさ、今日はゆっくり校舎を見て周ろうよ。おやつも持ってきているから、後で一緒に食べよう」
 
 羽山は輝くほどの笑顔を見せていた。
 そんな羽山の笑顔を見ていると、肝試しなんてくだらないことを考えたことの罪悪感が込み上げていた。
 ここで白状して罪を軽くしたい気持ちも少なからずあるけど、羽山を裏切るか、裕介たちを裏切るか。究極の2択になっていた。
 僕だって肝試しのネタもほとんど知らないし、羽山に言ってしまっても、裕介たちを裏切るほどの重大なネタバレにはならないと思う。最悪、羽山に言ってもいいのかもしれない。本当に最悪になれば。
 羽山を言葉で追い詰めていたつもりが、まさか自分が追い詰められる側になるとは。無自覚な羽山も恐ろしいものだ。
 
「……そっか。まあ、とりあえず校長室の中に入ろうか」
 
 今度は羽山が僕の手を掴んでノックする手を止めた。
 
「待って」
 
「な、何かな……」
 
「なんか怪しい」
 
「何が怪しいの?」
 
「今日の大輔君、変だよ」
 
「そ、そんなことないよ。いつも通りだよ」
 
「その割には、私より先に来ていたり、校長先生に先に会ってグローブとボールを借りたり。1年半くらい同じクラスだから、大輔君の性格は大体は分かっているつもりだよ。私の知っている大輔君はそんなことしないもん。夏休みの宿題だって、まだ1つもしていないのでしょ」
 
 全部図星だ。でも、まだ真相には辿り着いていないようだ。羽山がこの真相にたどり着くにはまだまだ証拠が足りない。みんなうまいこと隠れてくれているから助かったよ。
 
「宿題は確かにしていないけど、今は関係ないんじゃないかな」
 
 強行突破をしようとしていた僕を羽山はさらに強い力で止める。
 
「グローブとボールは?」
 
「それは……は、羽山が運動しているところ見たことないから見たくって。あんまり走ったりしたらダメだって言っていたから、キャッチボールくらいならできるかなって思って」
 
 足止めのためだとは口が裂けても言えない。
 
「大輔君、自分のグローブ持っているよね。どうして持ってこなかったの?」
 
 確かに!
 いやいや。僕が羽山の言葉に納得したらダメだ。それこそ羽山の思う壺だ。ここはそれらしい嘘で否定をしないと。でも、それらしい嘘ってなんだ。何を言っても羽山にはバレそうな気がする。この期に及んで正直に全部話すか。確実に楽になれるけど、羽山からも裕介からも痛い目を見そうだ。考えるだけで身震いして鳥肌が立つ。早く校長室に入りたい。ああ、どうしようか。何かいい嘘を。って、何もないんだよな。あ、そうか。来ている途中で思いついたってことにすればいいんだ。それだったら不自然ではないし、借りたことの理由にもなる。
 
「学校に来ている途中で思いついたんだよ。最後だから羽山に目一杯楽しんでもらいたかったから」
 
「約束の時間まで余裕があったから、取りに帰る時間全然あったよね。どうして取りに帰らなかったのかな?」
 
 もうこれ以上追及しないでくれ。嘘を吐きすぎて自分が言った言葉を思い出せないんだ。どこからほつれが現れるか分からないから、これ以上嘘を吐きたくないんだ。
 羽山の目は、嘘を吐いている僕を許してくれそうな目ではなかった。
 
「遅れたら困るから、取りに帰らなかった。前回、大分待たせたみたいだから、今回は遅れないようにしようと思って」
 
 8割くらいは嘘だけど、2割くらいは本当だ。どこが本当か分からないって? グローブではないけど、メンコかベーゴマを取りに帰ろうかと一瞬でも悩んだ時間だよ。裕介と話をしていたら取りに帰る時間がなくなったあの瞬間だよ。少なからず悩んだ時間があるから、全くの嘘ではない。
 羽山は睨みつけるような鋭い視線を、僕に向けていた。獲物を狙う狩人のような視線を羽山に向けられた僕は、目を見れなくて視線を逸らした。
 
「大輔君。嘘吐いているでしょ」
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