今日の夜。学校で

倉木元貴

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22話

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「そ、それよりさ。今日は何で誘ったの? 前回に七不思議の検証は終えたから、もう学校には用事がないんじゃないの?」
 
 身長は変わらないけど、帽子を深く被って俯かれたから羽山の顔は見えなかった。
 
「……もう一度会いたかったから」
 
「え? どう言うこと?」
 
「いいから、行こ!」
 
 まずい。羽山を先に行かせてはならない。裕介の準備がまだなんだ。ここで足止めしないと。
 
「は、羽山。まだ外も明るいし、キャッチボールでもしないか? 校長先生から事前にボールとグローブを借りたんだ」

 羽山は呆然と立ち尽くしていた。
 
「何で校長先生から?」
 
 間違えた。
 こんなの僕が校舎の中にいたって言っているようなものじゃないか。何で校長先生から借りたのだっけ。な、何か言い訳をしないと。
 
「ほ、ほら、羽山。前に学校に来た時に、昔は運動好きだったって言っていただろ。だから、今まで体育も1度も一緒にしていないから、少し羽山と一緒に運動をしたかっただけだよ」
 
 焦って慌てて、頭に思い浮かんだことだけを口に出してみたが、大丈夫だろうか。おかげで自分が何を言っているのか、途中で見失ってしまったし、羽山からは疑われている目で見られるし、今のところ散々だ。あとは羽山がどんな反応をするかだけだ。全てはここにかかっいる。さあ、僕と楽しくキャッチボールをしようじゃないか。
 
「ふふん。そう言うことなら電話の時にでも言ってくれればいいのに。遊べないけどボールなら家にたくさんあったのに」
 
 満面の笑みとはこのことを言うんだろうな。羽山はワクワクした顔を浮かべて、僕が持っていたグローブ1つとボールを奪い取り、僕よりも先にグローブに手を入れた。
 ただの時間潰しのキャッチボールのここまで笑顔を輝かせることのできる人間を僕は羽山以外に知らない。
 僕もグローブに手を入れて、遠くに行こうとしていた羽山の手を取った。
 
「奥は僕が行くよ。あんまりはしゃいだらダメなんでしょ」
 
「……うん。ありがとう」
 
 羽山はまた帽子を深く被っていた。見られたくない顔ということは照れているんだなと思った。でも、羽山は知らない。本当は体育館に行くまでの渡り廊下が、僕の位置から丸見えになるから、僕がこっちに来たということを。
 もしかしたら裕介か他の誰かが体育館に行くかもしれないから、この位置を確保できてよかった。羽山に誰かが見られて計画が全てバレるなんて、そんなことがあったら笑い話にもできない。裕介も他のみんなも今のうちに準備を終わらせておいてくれよ。
 裕介と事前に、準備を終えた時の何かしらの合図を決めておくべきだったと後悔したのは、もう忘れよう。日が暮れたら自動的に校舎内に入って大丈夫としよう。
 それよりも今は羽山とのキャッチボールに専念しよう。前みたいに急に異変が起こることもあるかもしれないから。
 
「羽山ー、無理しない程度になー」
 
「うん! 分かった!」
 
 ボールは羽山が持っているから、お手並み拝見と行きますか。
 結論から言って羽山から送られてきたボールは無理しない程度のものじゃなかった。受け取った時の僕のグローブは街全体に響くくらい大きな音を立てた。シンプルに痛かった。
 羽山がいきなり全力で投げてくるとは思わなかった。
 
「羽山ー。そんなに強く投げて大丈夫なのー?」
 
「全力ー? 投げてないよー。6割くらいの力で投げたー」
 
 おいおい本当に女子かよ。痛さの加減で言ったら野球クラブに入っている正人君と同じくらいだったぞ。それが6割……み、見栄を張っているってことにしたい。でももし、真実なら、羽山やばすぎないか。ソフトボールじゃなくてサッカーボールにすればよかった。羽山のことを考えて、あまり動かなくていいキャッチボールにしたのが間違いだった。
 羽山とは比べ物にならないくら弱い力でボールを返した。
 
「羽山ー、もっと力抜いてー」
 
 でないと僕の手が先に死んでしまう。
 羽山は言うことを聞いてくれるだろうか。逆に全力で投げたりしないよな。もし、羽山の全力が飛んできたら、全力で回避行動に出よう。
 
「あとどのくら抜けばいいー?」
 
 1割の力で投げてとは言えず。
 
「これから学校の中にも行くんだからー、3割くらいの力で投げてー」
 
「分かったー」
 
 物分かりのいい羽山でよかった。あんなボールずっとは受けられないからな。
 
「いっくよー」
 
 もうポーズから違っていた。
 強い踏切足。細くしなった腕。これは避けないと、僕が怪我すると直感で悟った。
 前から飛んでくるものを、屈んで避けたり後ろに下がって避けたりする人がいるけど、それが危険物のときは間違いだ。正解は横に避けるのだ。
 僕は地面に飛び込むように羽山のボールを避けた。
 
「羽山ー! 3割って言ったじゃん!」
 
「大輔君が全力で投げて欲しそうな顔をしていたからー」
 
 してない。断じてしてない。
 遠目でも分かるくらいにっこりと笑っていたが、笑い事ではない。僕は命の危機を感じていた。何も笑えない。羽山自信、パワーがありすぎていることには気がついているのだろうか。流石に言えないから自分の力で気づいて欲しい。僕が避けたことで察してくれないか。
 羽山の投げたボールを僕が避けたから、ボールは運動場の端まで転がっていた。
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