今日の夜。学校で

倉木元貴

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7話

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 羽山の言う通り、屋上への道は壁と扉しかない。さらに扉の前は、壁に囲まれていて、窓も設置されていないから、光がないとほとんど何も見えない状態だった。
 壁を伝って、屋上の扉に触れる。ドアノブがありそうな左端中央付近に手を伸ばす。金属製のドアノブだろうか、ひんやりとした冷たさが手に伝わってくる。ドアノブの中央には鍵をかけるのであろう鍵穴があった。ドアノブに手をかけて、右に回す。押すのか引くのかわからないから、どっちにも動かしてみる。が、ドアはびくともしない。やっぱり鍵がかかっていた。羽山の言っていることは本当だった。
 
「どうだった?」
 
 バカにされるのだろうと身構えていたけど、落胆しながら階段を降りる僕に、何食わぬ顔で羽山が言った。
 
「鍵がかかっていて何もできなかった。おまけに何もなかったし、損した気分だよ」
 
 ため息を吐く僕に羽山は笑いかけながら言った。
 
「何もないことが分かったのだったら、気を取り直して次に行ってみよう!」
 
 今だけは元気な羽山について行くことができなかった。
 少し休ませてくれ。
 僕の願いも虚しく、僕は半ば無理やりに、羽山に階段から連れ去られた。今度は西の方角に向けて廊下を歩いていた。
 理由はさっぱり分からない。
 この先にあるのは、物置の部屋と5年生の教室とほとんど誰も使わない西階段だけだ。教室と物置はどちらも鍵がかかっていることは分かりきっている。となれば西階段だけだが、あんな場所に何の用事が?
 この学校は、靴箱が全学年東側にあるから、普段生活していて西階段は使うことがない。さらには、教室も1年生以外は東側、理科室、図書室、音楽室のような主要な移動教室も東側にあり、掃除の時間以外に西階段に足を踏み入れること自体ない。尚更何でそんな場所に連れて行かれているのか。羽山の考えていることは分からない。
 僕の考えていた通り、羽山の目的地は西階段だった。
 
「よし!」
 
 意気込みを入れる羽山に僕は尋ねる。
 
「こんな場所で何をするの?」
 
「階段にある鏡に異世界へ通ずる扉があるかどうか、確かめるの。鏡がある階段は校内ではここだけだし、ここでしかできないから」
 
 また怖いことをしようとしている。羽山は止まらないから、もう止める気もないけど。
 でも待て、この学校の西階段にそんな噂はなかったはずだ。僕の知らないだけで、別のクラスでは七不思議にそんなことが組み込まれているのか。
 そう言えば、クラスの誰かが言っていた。姿鏡の前で、呪文かなにかを唱えると、こことは違う世界に行けると。でも、確かそれって……
 
「羽山。鏡の怪談って、0時にするのじゃなかった?」
 
 羽山は大きく頷いた。
 ズボンのポケットから金色の懐中時計を取り出して、僕に見せる。
 
「そうなんだよ。今は20時半だから、3時間以上待たないといけないの。まさかこんな短時間で七不思議のを3つも回れるとは思っていなかったから。時間どうやって潰そうか……」
 
 羽山ともあろうものが、こんなズボラな予定を組んで夜の学校に来ていたとは。もっと綿密に組んでいるとばかり思っていた。
 今まで何も起きていないから、これから先も何か起きる可能性は低い。どれだけゆっくり回ったとしても、22時までかからない。狭い学校が仇となったな。
 羽山は落ち込みながらも、階段をゆっくりと降りていく。2階と3階の踊り場に何故か設置されている姿鏡を張り付くように見つめていた。
 
「そういえば、なんでここに来たの? 検証は0時なら、0時にくればよかったんじゃないの?」
 
 僕の質問を鼻で笑いながら羽山は答える。
 
「分かってないなあ。検証なんだから、事前と事後を調べないといけないんだよ。今はこの鏡に何も起きていないことを調べる時間なの」
 
「そうなんだ……」

 これ以外僕は何も言えなかった。
 と言うか、今更だけど、羽山は0時まで学校でいるつもりなのか。僕は親に散歩だと言ってしまったから、あまり遅くなりすぎると帰った時に恐ろしい。下手したら、宿題が終わるまで外で遊ばせてくれなかったり、しばらくの外出禁止令を出されるかもしれない。何としてもそれは阻止したいけど、羽山が大人しく帰してくれることはないだろう。置いて帰って何かあっても後味が悪いし、羽山と行動を共にするしかない。
 さよなら僕の平穏で楽しい夏休み。
 鏡を見終わった羽山は、西階段を使って1階まで降りた。僕もそれをついて行く。
 今度は何を検証するのかと思えば、階段下にあるほとんど誰も使わない出入り口の鍵を勝手に開けて、外に出た。
 ここの学校は、校舎の南側全面に1・5メートル幅のコンクリート製のテラスが設けられている。だから扉を開けたらいきなり土があるわけではない。でも、ここのテラスはほとんどの確率で土が溜まっている。どれだけ掃除をしても毎日のように土が溜まっていた。
 それなのに羽山は躊躇なく外に出る。
 
「羽山、靴汚したら怒られるよ」
 
 羽山の手を取り損ねて、仕方なく声で呼び止める。
 テラス1歩踏み出て振り返った羽山は、きょとんとした顔で僕に言う。
 
「大丈夫だよ。今日は晴れているし、夏休みに入るから、靴だって洗うでしょ」
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