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僕のクラスには、とても不思議な女子がいる。
名は羽山愛《はやまあい》。
小学4年生の秋に転校してきて以来、3年連続、今年も同じクラスになったが、新学期が始まって約4ヶ月、会話の1つも交わしてない。ぶっきらぼうで冷たくて、話しかけても会話が成り立たない。でも、普段から物静かで頭は良くて、休み時間になるといつも1人で、僕には分からない難しい本を読んでいる。休み時間は大抵の生徒が外で遊んでいるにも関わらず、羽山が外で遊んでいるところ、どころか、体育をしているところも見たことがない。聞くところによると、どうやら病気らしくて、体育も運動もできないらしい。それでいつも本を読んでいるとか。もの珍しさから、本を読んでいる羽山に話しかける生徒は、4年生の時にはちらほらいたが、今となっては誰も話しかけない。そんなんだから、僕は羽山の声を思い出せない。どんな感じの声? と聞かれても、逆に僕が頭を悩ませる。それくらい思い出せない。
そんな夏。席替えで僕は羽山の隣になった。隣の席だから、自然と挨拶をするようになったけど、良くて「おはよう」の一言だけ。悪い時なんて「うん」としか言われない。「うん」としか言われなかったら、挨拶でさえ辞めてしまうのも納得だ。僕だって、もう話しかけるの自体を辞めようか悩んでいる。
ある日。朝から雨が降っていて、もう晴れてはいるけど、運動場はぬかるんで使えなく、外で遊べなくなってしまい、仕方なく羽山の隣で本を読んでいた。羽山は表紙には見たこともない果物? 食べ物かも分からない得体の知れないものが描かれていた本を読んでいた。
「何の本を読んでいるの?」
気付けば勝手にそう言っていた。
「人体の本」
「ああ、そうなんだ……」
そんな薄気味悪いものをよく読めるな。と思っていたら。
「嘘。ミステリー小説」
と言い。羽山が笑っていた。
羽山の笑顔を見るのは何気に初めてだった。修学旅行でも運動会でも、いつどんな時も笑わなかった羽山が笑った。それは僕にとっては言い表せないくらいの衝撃だった。
羽山ってこんな冗談も言うんだ……
「それ何て読むの? いし……とめ?」
羽山はくすくすとまた笑う。
「面白い読み方だね。これは当て字なんだよ。石に木へんに留めるで石榴《ざくろ》って読むんだよ。ちなみに、下の字だけでも榴《ざくろ》って読めるんだよ。この場合はザクロ科の木のことを表しているんだけどね」
「へえー。そうんだ。羽山って前から思っていたけど、頭いいな。少しでいいから脳みそを分けてほしいよ」
石榴《ざくろ》。名前は聞いたことはあるけど、見た目もどんなものなのか知らない。羽山の読んでいる本の、表紙に描かれている赤い果実が石榴のだろうか。そうでなければ描かれないよな。
羽山は黙り込んでいた。
本を読むこともせずに、真顔で僕の方を見ていた。その視線を本の方に向けると、やっと思い口を開いた。
「……如月君の方が羨ましいよ。何も気にせず外で遊べるから」
「ああ、ごめん」
羽山の病気のことをすっかり忘れていた。女子の誰かが噂をしていたけど、相当重い病気らしい。本当かどうかは知らないけど。
チャイムが鳴って、羽山との会話は強制的に終わらされた。
放課後。僕は掃除当番だって、残っていた。教室の掃除を終えて、「よし!」と一声かけて、教室を後にした。
季節は夏で、茜色の空になるまではまだ早く、かと言って始まったばかりの夏だから、思っているよりも暑くない。今日は残っていなければ、夏の暑さを感じながら下校をしていたのだろう。気の毒だ。
どちらの方が気の毒だと、クラスの人間にアンケートを取れば、間違いなく僕の方が不憫だと言うだろう。一人でいる学校は寂しいものだぞ。
それは突然だった。今までこんなことは一度もなかった。
靴箱で靴を履き替えようとしたら、壁にもたれて本を読んでいる羽山を見つけた。
誰かを待っているのだろうか。でも、もう僕以外に生徒はいないから、先生でも待っているんだな。
僕は本を読んでいる羽山を横目に、無言で通り過ぎようとしていた。
「あ、遅かったね」
羽山がそう言って、僕は足を止めた。もし僕のことじゃないのだったら、それはそれで恥ずかしいけど、振り向かずにはいられなかった。
振り返ると、そこには羽山以外、誰もいなかった。
もしかして、本当に僕を待っていたのだろうか。
そう思いながらも、前を向いて足を動かし始めた。
「ちょっと、どこ行くの?」
「え⁉︎ ぼ、僕?」
羽山は何でか僕を待っていたみたいだ。本当に何でだろうか。
「如月君以外に人はいないでしょ。ちょっと話したいことがあったから……ちょっとだけいい?」
僕はまだ、羽山と深く話をするほど仲良くはない。本当はなにものないけど、羽山に言った。
「お、親の手伝いがあるから、早くしてね」
羽山は僕と目を合わせながら、小さく頷いた。
「分かった。じゃあ、単刀直入に言う。明後日の終業式の日。放課後、体育館裏に来て」
それだけ言った羽山は、さらに「じゃ」と言って僕より先に帰って行った。
羽山とは帰る方角が違うから助かる。ゆっくりと歩く羽山を抜くに抜けない。
名は羽山愛《はやまあい》。
小学4年生の秋に転校してきて以来、3年連続、今年も同じクラスになったが、新学期が始まって約4ヶ月、会話の1つも交わしてない。ぶっきらぼうで冷たくて、話しかけても会話が成り立たない。でも、普段から物静かで頭は良くて、休み時間になるといつも1人で、僕には分からない難しい本を読んでいる。休み時間は大抵の生徒が外で遊んでいるにも関わらず、羽山が外で遊んでいるところ、どころか、体育をしているところも見たことがない。聞くところによると、どうやら病気らしくて、体育も運動もできないらしい。それでいつも本を読んでいるとか。もの珍しさから、本を読んでいる羽山に話しかける生徒は、4年生の時にはちらほらいたが、今となっては誰も話しかけない。そんなんだから、僕は羽山の声を思い出せない。どんな感じの声? と聞かれても、逆に僕が頭を悩ませる。それくらい思い出せない。
そんな夏。席替えで僕は羽山の隣になった。隣の席だから、自然と挨拶をするようになったけど、良くて「おはよう」の一言だけ。悪い時なんて「うん」としか言われない。「うん」としか言われなかったら、挨拶でさえ辞めてしまうのも納得だ。僕だって、もう話しかけるの自体を辞めようか悩んでいる。
ある日。朝から雨が降っていて、もう晴れてはいるけど、運動場はぬかるんで使えなく、外で遊べなくなってしまい、仕方なく羽山の隣で本を読んでいた。羽山は表紙には見たこともない果物? 食べ物かも分からない得体の知れないものが描かれていた本を読んでいた。
「何の本を読んでいるの?」
気付けば勝手にそう言っていた。
「人体の本」
「ああ、そうなんだ……」
そんな薄気味悪いものをよく読めるな。と思っていたら。
「嘘。ミステリー小説」
と言い。羽山が笑っていた。
羽山の笑顔を見るのは何気に初めてだった。修学旅行でも運動会でも、いつどんな時も笑わなかった羽山が笑った。それは僕にとっては言い表せないくらいの衝撃だった。
羽山ってこんな冗談も言うんだ……
「それ何て読むの? いし……とめ?」
羽山はくすくすとまた笑う。
「面白い読み方だね。これは当て字なんだよ。石に木へんに留めるで石榴《ざくろ》って読むんだよ。ちなみに、下の字だけでも榴《ざくろ》って読めるんだよ。この場合はザクロ科の木のことを表しているんだけどね」
「へえー。そうんだ。羽山って前から思っていたけど、頭いいな。少しでいいから脳みそを分けてほしいよ」
石榴《ざくろ》。名前は聞いたことはあるけど、見た目もどんなものなのか知らない。羽山の読んでいる本の、表紙に描かれている赤い果実が石榴のだろうか。そうでなければ描かれないよな。
羽山は黙り込んでいた。
本を読むこともせずに、真顔で僕の方を見ていた。その視線を本の方に向けると、やっと思い口を開いた。
「……如月君の方が羨ましいよ。何も気にせず外で遊べるから」
「ああ、ごめん」
羽山の病気のことをすっかり忘れていた。女子の誰かが噂をしていたけど、相当重い病気らしい。本当かどうかは知らないけど。
チャイムが鳴って、羽山との会話は強制的に終わらされた。
放課後。僕は掃除当番だって、残っていた。教室の掃除を終えて、「よし!」と一声かけて、教室を後にした。
季節は夏で、茜色の空になるまではまだ早く、かと言って始まったばかりの夏だから、思っているよりも暑くない。今日は残っていなければ、夏の暑さを感じながら下校をしていたのだろう。気の毒だ。
どちらの方が気の毒だと、クラスの人間にアンケートを取れば、間違いなく僕の方が不憫だと言うだろう。一人でいる学校は寂しいものだぞ。
それは突然だった。今までこんなことは一度もなかった。
靴箱で靴を履き替えようとしたら、壁にもたれて本を読んでいる羽山を見つけた。
誰かを待っているのだろうか。でも、もう僕以外に生徒はいないから、先生でも待っているんだな。
僕は本を読んでいる羽山を横目に、無言で通り過ぎようとしていた。
「あ、遅かったね」
羽山がそう言って、僕は足を止めた。もし僕のことじゃないのだったら、それはそれで恥ずかしいけど、振り向かずにはいられなかった。
振り返ると、そこには羽山以外、誰もいなかった。
もしかして、本当に僕を待っていたのだろうか。
そう思いながらも、前を向いて足を動かし始めた。
「ちょっと、どこ行くの?」
「え⁉︎ ぼ、僕?」
羽山は何でか僕を待っていたみたいだ。本当に何でだろうか。
「如月君以外に人はいないでしょ。ちょっと話したいことがあったから……ちょっとだけいい?」
僕はまだ、羽山と深く話をするほど仲良くはない。本当はなにものないけど、羽山に言った。
「お、親の手伝いがあるから、早くしてね」
羽山は僕と目を合わせながら、小さく頷いた。
「分かった。じゃあ、単刀直入に言う。明後日の終業式の日。放課後、体育館裏に来て」
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