未完成の絵

倉木元貴

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8話

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 親友の本庄いちこに、相談したいことがあると言われたのは、昼休みがあと5分で終わる頃だった。こんな時間から相談に乗ったって、絶対に途中になる。幸いにも今日はバイトが入っていない。何ヶ月ぶりかの部活に行ってもいいのかもしれない。
 いちこが入ると言うから、真似して私も名前だけは書いた部活。
 そもそも、絵もろくに描けないのに、美術部に入るっておかしな話だ。小学生が描いたような下手くそな絵で、入部を容認してくれた部長も副部長もおかしな人たちだ。そんな下手くそな絵を、輝いた目で見てくれるいちこが1番おかしな人だ。
 私はいちこの、写実的? どこかにありそうな優雅な田園風景や街並みをリアルに描けている風景絵が何よりも好きだ。いちこはまだまだ下手くそだと言うけど、私が審査員なら間違いなく金賞を授ける。誰になんと言われようとも、いちこの絵は最高だったんだ。
 そんないちこの絵が好きだったんだ。
 あの時、相談があると久しぶりに美術美に行った時、いちこの描いている絵がいつもと違っていた。描き方じゃなくて、雰囲気が。
 
「友だちの話なんだけどね」
 
 相談内容は恋愛についてだった。
「友達の話」……そんなありきたりな言葉を聞いて本気で友達の話だと思うやつはどれほどいるのだろうか。誰だって気づくさ。それはいちこ本人のことだって。
 今の私はどんな顔をしていたんだろう。いちこがキャンバスばかり見ているから、顔を見られなく済んだけど、きっと、いちこには見せられない顔だっただろうな。
 相談内容は恋愛について、新しいキャンバスの絵。いちこが何を描こうとしているのか何となく分かった。
 
「それでストーカーまがいのことをしていると?」
 
「ななちゃん、話聞いていた?」
 
 ちゃんと聞いていたさ。いちこに気になる人ができたんだろ。分かっているよ。でもね、こうして茶化さないと、私の心が持たないんだ。
 いちこは描いている手を止めて、キャンバスから私の机に移動してくる。私の目を見て、訴えかけていた。
 今はあまり近寄らないで欲しいかな。
 
「一目惚れした相手の制服とか降りる駅を覚えて、帰ってから調べたんでしょ。していることはストーカーと同じじゃん」
 
「違うもん。一目惚れじゃないし、制服だってたまたま目に入っただけだし……」
 
「そんなに否定して、友だちの話じゃなかったの?」
 
 ごめんいちこ。いちこの心を弄ぶつもりはないけど、今だけは許してほしい。こうでもしないと、私の心が壊れそうなんだ。
 
「ち、違うって……友達が悪く言われたような気がして……ごめん」
 
「いや、私の方こそごめん」
 
 本当は、からかってしまってだ。本当にごめんいちこ。からかいたくはないけど、笑わないと、私が維持できない。
 
「でもいちこも、嘘はつかないで欲しいかな」
 
 これは本心だ。
 この話自体聞きたいものではないけど、それよりも下手な嘘をつかれる方が嫌だ。
 
「嘘って? ナ、ナンノコトカナ」
 
 棒読みになっている。
 バレてないと思っている。こうゆう可愛いところが私は好きなんだ。
 目も合わせてくれないし、いつ白状してくれるのやら。
 まだまだ、しらをきりそうだから、追い討ちをかける。
 
「そんなありきたりなことを言って、バレないとでも思った? と言うか、いちことは保育所からずっと一緒なんだから、いちこの友達は私も友達でしょ。私以外と滅多に話をしないいちこに、1番に相談なんてする人いないでしょ」
 
 きつい一言かもしれないけど、嘘をついていたいちこも悪いんだから。
 流石に言いすぎたのか、いちこは涙目になっていた。
 それでもなお、いちこはわかって当然のような嘘をつく。
 
「塾の友達ダヨ……」
 
「塾なんて行ってないでしょ」
 
 ついには話まで変えてきた。
 
「ななちゃん上手に描けているね。犬?」
 
「猫だよ。それよりもいちこ、いい加減認めたら」
 
 いちこは急に立ち上がり、トボトボと歩いてキャンバスの前の丸椅子に腰を落とした。
 言いすぎていじけてしまったか。割と本当に怒っているのか。1度謝ったほうがいいかもしれない。
 
「ご……」
 
 私が声をかけようとした瞬間に、いちこも言葉を発した。言い負けたわけではないけど、私は口を閉ざす。
 
「そ、そうだよ。私のことだよ。悪い……」
 
 ボソボソと小さい声で力無くいった声。もし私が聞こえずに話していたら、もう聞くことはなかったかもしれない。でも、聞きたくなかったかな。聞かずに済む世界があるのなら、そっちの方が良かったのかもしれない。秘密にされるのはもっと嫌だけど。
 いちこが顔を見られたくなくてか、私に背を向けているのは助かった。私だっていちこに顔を見られたくないから。こんな顔いちこにだけは見せられない。
 いちこが暗い気持ちになるのなら、せめて私は平常心でいよう。
 
「いや、悪くはないけど、その……意外だった」
 
「親友が犯罪を犯していて?」
 
「そうじゃなくって……まさか、いちこがそんな相談をしてくるとは思ってなかったから……」
 
 本当に聞きたくなかったよ。
 
「ありがとうななちゃん。でも大丈夫だよ。仲良くなったりしないから」
 
 振り向いたいちこの寂しそうな顔は、何があっても忘れることはできないだろう。
 私の気持ちを汲んでくれているわけではない。多分、いちこは過去のことを気にしている。あんなことがあったのだから、仲良くなんてできないよな。
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