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3話
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帰りのバス。
私がバスに乗り込むと、昨日と同じ席に彼が座っていた。今日は昨日と違って、初めから本を読んでいた。私がバスに乗ったことに気づいていないのか、気にしていないのか、それくらい本に没入していた。
そんな彼を見つめながら、私もいつもの席に座る。今までは、視界に誰も入らなくてベストポジションだと思っていたけど、彼の横顔がよく見えるベストポジションだ。
彼が何の本を読んでいるのか気になる。それほどまで真剣になれる本とは。
それを彼に訊く勇気はないが、また彼のことを見つめていた。彼のどことなく寂しげな、そんな表情を浮かべている横顔に惹かれていた。
今までは単につまらなかったバスでの帰り道が、彼に会えることで華やいでで見えていた。
彼に話しかけることができたら、きっと、今以上に楽しく華やぐに違いない。でも、私にはその勇気はない。彼に話しかけるなんてもってのほかだ。眺めているだけでもう十分だ。前と同じ轍を踏むわけにはいかないから。もう恋なんて2度としない。中学生の時にそう誓ったから。もう恋なんて懲り懲りだ。
あの夏は単に浮かれていたんだ。初めて好きな人ができたあの夏は……。
いけない。もう思い出さないって言っていたのに、気がついたらあの時のことを考えてしまう。忘れたくても忘れられないよ。記憶の上書きをしようと、ななちゃんと1日中目一杯遊んで楽しかったけど、忘れるじゃなくて、それはそれだもんね。あれから何1つとして忘れていない。何なら今でも一言一句違わずに、全てを思い出せる。どうして人間の脳は嫌なことばかり記憶するように設計されているんだ。焼き付いたこの記憶を微塵も残さず消し去りたい。脳に電気でも流せば、消し去ることができるかな。
人為的に人の記憶を消させる装置でも開発しようかと、本気になって考えていた。
考え事をしていたせいで、今日は彼の顔を満足いくまで見つめることができなかった。
私が乗ったバス停から、彼が降りるバス停までは、7個だから、長い時間を一緒しているわけじゃない。短いその時間で彼を脳裏に焼き付けなくてはならないのだ。案外大変だ。
彼のことをもっと知りたい。彼と話がしたい。彼と仲良くなりたい。
「それで、ストーカーまがいのことをしていると」
「ななちゃん、話聞いていた?」
ななちゃんこと、水浦奈々は私の親友だ。ななちゃんは普段からバイト付の毎日を過ごしていて、一緒に帰られる日は稀だ。自転車で通学しているから、バス停までだけど。
そんな、ななちゃんに友達の話として、彼のことを相談していた。
ななちゃんは私が無理を言って、美術部に入ってもらっている。今日はバイトが休みの日だから、1ヶ月ぶりくらいに美術部に来た。部長は今日も休みだった。だから、美術室は私とななちゃんの2人だけだった。ななちゃんは普段は絵を描かないけど、美術部に来た時だけは絵を描いてくれる。私みたいにイーゼルやキャンバスを使ったりはしないけど、画用紙にデフォルメされた動物をたくさん描いている。決して上手いとは言えないけど、私はななちゃんの絵が好きだ。
「一目惚れした相手の制服とか降りる駅を覚えて、帰ってから調べたんでしょ。していることはストーカーと同じじゃん」
「違うもん。一目惚れじゃないし、制服だってたまたま目についただけだし……」
「そんなに必死に否定して、友達の話じゃなかったの?」
ニヤニヤしたななちゃんに言われて、ふと思い出す。そんな設定にしていたことを。
「ち、違うって……と、友達が悪く言われたような気がして……ごめん」
「いや、私の方こそごめん。でもいちこも、嘘はつかないでほしいかな」
「嘘って? ナ、ナンノコトカナ」
この時ばかりは、ななちゃんの目を見て話すことはできなかった。
「そんなありきたりなことを言って、バレないとでも思った? と言うか、いちことは保育所からずっと一緒なんだから、いちこの友達は私も友達でしょ。私以外と滅多に話をしないいちこに、1番に相談なんてする人いないでしょ」
正論。と言うか、全て事実すぎてぐうの音も出ないは、惨めな気持ちになるは散々だった。
「塾の友達ダヨ……」
「塾なんて行ってないでしょ」
これ以上の敗戦はあってはならない。ここは必殺の……
「ななちゃん、上手に描けているね。犬?」
話題変え。
「猫だよ。そんなことよりもいちこ、いい加減認めたら」
ななちゃんの隣から離れ、自分の絵が置かれているイーゼルの前の丸椅子に座る。もちろんななちゃんには背を向けていた。
「そ、そうだよ。私のことだよ。悪い……」
ボソボソと言ったから聞こえなかったかもしれない。
「いや、悪くはないけど、その……意外だった」
「親友が犯罪を犯していて?」
「そうじゃなくって……まさか、いちこがそんな相談してくると思ってなかったから……」
ななちゃんは私の昔のことを唯一知っている。だからこそ心配をしてくれているんだろうか。見た目はチャラいけど、根は優しいんだ。
「ありがとうななちゃん。でも大丈夫だよ。仲良くなったりなんかしないから」
私がバスに乗り込むと、昨日と同じ席に彼が座っていた。今日は昨日と違って、初めから本を読んでいた。私がバスに乗ったことに気づいていないのか、気にしていないのか、それくらい本に没入していた。
そんな彼を見つめながら、私もいつもの席に座る。今までは、視界に誰も入らなくてベストポジションだと思っていたけど、彼の横顔がよく見えるベストポジションだ。
彼が何の本を読んでいるのか気になる。それほどまで真剣になれる本とは。
それを彼に訊く勇気はないが、また彼のことを見つめていた。彼のどことなく寂しげな、そんな表情を浮かべている横顔に惹かれていた。
今までは単につまらなかったバスでの帰り道が、彼に会えることで華やいでで見えていた。
彼に話しかけることができたら、きっと、今以上に楽しく華やぐに違いない。でも、私にはその勇気はない。彼に話しかけるなんてもってのほかだ。眺めているだけでもう十分だ。前と同じ轍を踏むわけにはいかないから。もう恋なんて2度としない。中学生の時にそう誓ったから。もう恋なんて懲り懲りだ。
あの夏は単に浮かれていたんだ。初めて好きな人ができたあの夏は……。
いけない。もう思い出さないって言っていたのに、気がついたらあの時のことを考えてしまう。忘れたくても忘れられないよ。記憶の上書きをしようと、ななちゃんと1日中目一杯遊んで楽しかったけど、忘れるじゃなくて、それはそれだもんね。あれから何1つとして忘れていない。何なら今でも一言一句違わずに、全てを思い出せる。どうして人間の脳は嫌なことばかり記憶するように設計されているんだ。焼き付いたこの記憶を微塵も残さず消し去りたい。脳に電気でも流せば、消し去ることができるかな。
人為的に人の記憶を消させる装置でも開発しようかと、本気になって考えていた。
考え事をしていたせいで、今日は彼の顔を満足いくまで見つめることができなかった。
私が乗ったバス停から、彼が降りるバス停までは、7個だから、長い時間を一緒しているわけじゃない。短いその時間で彼を脳裏に焼き付けなくてはならないのだ。案外大変だ。
彼のことをもっと知りたい。彼と話がしたい。彼と仲良くなりたい。
「それで、ストーカーまがいのことをしていると」
「ななちゃん、話聞いていた?」
ななちゃんこと、水浦奈々は私の親友だ。ななちゃんは普段からバイト付の毎日を過ごしていて、一緒に帰られる日は稀だ。自転車で通学しているから、バス停までだけど。
そんな、ななちゃんに友達の話として、彼のことを相談していた。
ななちゃんは私が無理を言って、美術部に入ってもらっている。今日はバイトが休みの日だから、1ヶ月ぶりくらいに美術部に来た。部長は今日も休みだった。だから、美術室は私とななちゃんの2人だけだった。ななちゃんは普段は絵を描かないけど、美術部に来た時だけは絵を描いてくれる。私みたいにイーゼルやキャンバスを使ったりはしないけど、画用紙にデフォルメされた動物をたくさん描いている。決して上手いとは言えないけど、私はななちゃんの絵が好きだ。
「一目惚れした相手の制服とか降りる駅を覚えて、帰ってから調べたんでしょ。していることはストーカーと同じじゃん」
「違うもん。一目惚れじゃないし、制服だってたまたま目についただけだし……」
「そんなに必死に否定して、友達の話じゃなかったの?」
ニヤニヤしたななちゃんに言われて、ふと思い出す。そんな設定にしていたことを。
「ち、違うって……と、友達が悪く言われたような気がして……ごめん」
「いや、私の方こそごめん。でもいちこも、嘘はつかないでほしいかな」
「嘘って? ナ、ナンノコトカナ」
この時ばかりは、ななちゃんの目を見て話すことはできなかった。
「そんなありきたりなことを言って、バレないとでも思った? と言うか、いちことは保育所からずっと一緒なんだから、いちこの友達は私も友達でしょ。私以外と滅多に話をしないいちこに、1番に相談なんてする人いないでしょ」
正論。と言うか、全て事実すぎてぐうの音も出ないは、惨めな気持ちになるは散々だった。
「塾の友達ダヨ……」
「塾なんて行ってないでしょ」
これ以上の敗戦はあってはならない。ここは必殺の……
「ななちゃん、上手に描けているね。犬?」
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ななちゃんの隣から離れ、自分の絵が置かれているイーゼルの前の丸椅子に座る。もちろんななちゃんには背を向けていた。
「そ、そうだよ。私のことだよ。悪い……」
ボソボソと言ったから聞こえなかったかもしれない。
「いや、悪くはないけど、その……意外だった」
「親友が犯罪を犯していて?」
「そうじゃなくって……まさか、いちこがそんな相談してくると思ってなかったから……」
ななちゃんは私の昔のことを唯一知っている。だからこそ心配をしてくれているんだろうか。見た目はチャラいけど、根は優しいんだ。
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