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第1章

53話

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ムーのいつも通りの元気よさで朝は起こされ、フラフラしながら一階に下りリビングの机に頭を沈めた。
 
「吉野川さん、こんなところで眠らないでください!」
 
 昼間まで眠るつもりだったけど、眠られなかった。
 ムーの声だけならば、聞きながらでも眠れそうだったが、うるさいのは同時にやって来た。
 
「おはようがっくん! 今日もいい朝だね! ムーちゃんもおはよう! いつも朝早いね!」
 
 俺の睡眠時間はこれにて終了の合図を告げた。
 
「うるさい若人だのう。最後の日くらいは大人しくできんのか」
 
 珍しく賛同できる意見を神が言い放った。
 俺も大きく頷いて勝瑞の方を見つめるが、能天気な勝瑞は黙るという言葉を知らない。ムーとずっと話をしていた。
 
「もうええわい!」
 
 ついに神が怒った。
 突然立ち上がり、机を部屋いっぱいに響く音で叩きあげ、耳を塞ぎたくなるくらい大きな声を出した。
 
「わしは腹が減ったのじゃ! 早くフルのご飯が食べたいのじゃ!」
 
 少しだけ神に期待をしていたが、俺は一つ忘れていた。神はこういうやつだった。
 だけど、その効果は大きく、ムーが台所に入ったことで勝瑞は話し相手を失った。勝瑞と神が話をすることはレアだから、矛先は間違いなく俺に向く。その前にムーの手伝いにでもと思い台所に行くが準備はすでに整っていた。
 
「吉野川さんが眠っている間に準備していたので、今日はお手伝い大丈夫ですよ」
 
 追い返されてしまった。だけど、朝食ができているなら好都合。食事中は必然的に口数が減るから、さっきよりは静かになる。
 予想通り食事中は口数が減ったが、終わった途端に火山が噴火したかのようにペラペラと喋り出した。でも、その矛先はずっとムーだけだった。
 被害を受けないことはいいとして、ムーは勝瑞と一緒に話していて大丈夫なのか?
 心配になった俺は、気は進まないが二人の会話を間接的に聞いていた。二人はそれほど高度な会話はしておらず、ムーが勝瑞に村の外についてずっと話を聞いていた。
 胸を撫で下ろした矢先、俺の目の前には神が眉を顰めて突っ立ていた。
 
「お主。人間として最低な行為をしたという自覚はあるのか?」
 
 何か弁解せねば、と思いつつも碌な言葉が思いつかなかった。
 
「ち、違うからな! 断じて盗み聞きをしようとは思っていないからな!」
 
 言い終わってから言葉を間違えたことに気が付いたが、時すでに遅し、神はムーと勝瑞に言いふらした。
 
「ち、違うんだ! ムーがずっと勝瑞の話し相手をしているから、負担になっていないか心配してだな……」
 
 冷や汗をかきながら必死に弁解すると、勝瑞もムーも笑っていた。
 
「そうだと思いました。吉野川さんはそんなことする人じゃないですよね」
 
「がっくん。君は僕の能力を忘れたのかい? それに能力がなくても、がっくんよりは人の気持ちがわかる自信はあるよ」
 
 純粋すぎるムーの言葉と辛辣すぎる勝瑞の言葉で、俺の心はダウン寸前だった。そんな俺の心を読んでか、神は追い討ちをかけるのだった。
 
「最低」
 
 この神の言葉が一番心に響いた。
 俺は逃げ出したい一心でこう言った。
 
「折角早起きをして用意を済ませたのだから、もうそろそろ出発しようよ」
 
 誰かが止めるなら意義の申し立ても受理するつもりだったが、反対意見は出なかった。
 そうと決まり皆それぞれの荷物を玄関に集めた。
 
「今日でここともおさらばだね、がっくん」
 
「ああ、そうだな……」
 
 短い間だったけどお世話になりました。
 心の中でそう呟きながら建物に深く一礼して別荘を出た。
 
「吉野川さん行きましょう!」
 
「ああ、そうだな」
 
 勝瑞によれば、この村には裏口があり門番に見つかることなく外に出られるらしい。
 凸凹の整備されていない森や山を抜け、大きな岩壁の前で勝瑞は立ち止まった。
 
「ここにトンネルがあるから岩を除けるのを手伝って」
 
 そう言われ岩壁の前の俺の身長くらいある岩を勝瑞と俺と神の三人がかりでどかした。
 
「中には蝋燭を立てる場所が無数にあるから、この短い蝋燭を使って。君たちが中に入ったら僕はまた岩で道を塞ぐから……。これで本当に最後だよ」
 
 そう言われトンネルの中の一番手前の蝋燭立てに、火のついた蝋燭を立てた。
 
「勝瑞……今までありがとう。この世界に来て散々なことばかりだったが、お前に出会えて嬉しかったよ」
 
「勝瑞さん。今まで本当にお世話になりました。また会いましょう」
 
「わしらで楽園を見つけておくから楽しみにしておれよ」
 
 最後の別れではないのに勝瑞は涙ぐんでいた。
 
「ああ、みんなも元気でね」
 
 そう言って、勝瑞は岩を動かした。同時に、このトンネル内は蝋燭の明かりのみになった。
 時々蝋燭を立てながら先の見通せないトンネルを進んだ。行き着いた先は行き止まりだった。
 
「嘘だろ?」
 
 落胆していた俺の様子を見てか、神は壁を思いっきり蹴り飛ばした。すると、蝋燭の明かりが漂うだけのこのトンネルに日の光が差し込んだ。久しぶりに見た太陽は眩しく、木漏れ日さえも見えなくなっていた。
 
「外に出られましたね」
 
 トンネルを抜けた先は全面緑が生い茂る森だったけど、この瞬間から俺たちの旅が始まったのであった。
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