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第1章

27話

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楽しみ! なんて思ってない。断固として思ってないのだが、仕事でまたやってしまった。
ポーションを作り過ぎたのだ。昨日に続き今日も。
それに、メチコさんにも「今日はフワフワしているねー。何かいいことでもあったの?」とにやけ面で訊かれてしまって、何故か恥ずかしい気持ちが込み上げてきて、恥をかいたような感覚に陥っていた。

別荘に帰っても同じようにムーにまで「何かいいことありました?」と訊かれてしまった。
勝瑞には道端でしか会わなかったのは幸いだか、これもまた同じように恥ずかしい気持ちが込み上げきて、恥をかいた感覚に陥っていた。

そして今日は眠れなかった。
勝瑞やムーに寝るのを邪魔された訳ではなく、単純に眠気というものがなかった。
何前もこんな風になってしまって、外の散歩でムーにまた会えたんだっけ。

数日前の記憶のはずなのに何故か古い記憶のように感じていた。
自覚したくはないけど“老い”を感じているのかな。

それでも全く眠れないから、また同じように散歩に出掛けることにした。
今日の月は薄く、手ぶらで外に出るには暗くてあれ以来使っていなかった提灯を手に持ち夜道を歩いていた。
草木の背は高いものが多く、別荘周辺だけ木々が切られた草原ができていたが、草原と呼ぶには荒れていて、荒地と言うには整い過ぎている場所が広がっていた。
この場所を越えるとそこにはムーの家がある。
だけど寝ているだろうからそっちには近付かない。かと言って、反対側はただの森、進むにはちょっと怖い。
だから今日は夜道を歩くより、星空を眺めるに変更だ。

星にロマンを感じる男ならばあの星は何々だ。あの星は何々だ! と興奮しながら頭を使うことができたのだろうけど、そこまで勉強してなかったから全ては分からない。
黄道十二星座くらいの簡単なのは覚えている。
だけど……見たことない星ばかりだ。
でもそうだよな。地球で見えている星が他の星からも同じに見えるとは限らないもんな。

完全に気を抜いていた俺は、ガサガサと揺れる草に子供のように飛び跳ねて驚いていた。
片手には手持ち提灯。前の草から獣が出てくれば俺は確実に死ぬ。
だって武器は何一つ持っていない。

「吉野川さん大変です!」

黒い毛に白い何かを纏った獣が目の前に現れて、俺はただただ恐怖で大声で叫んでいた。

「吉野川さん! しっかりしてください! 大変なんです!」

ムーの必死な呼びかけに俺は目を覚ました。
と言うか我に帰って恥じらった。

「散歩してたら倒れている人がいて、吉野川さんしか頼れる人はいないのです!」

そう言ったムーの横には、泥だらけでうつ伏せに倒れている大きな男がいた。
ムーも左側が泥で汚れているからここまで引っ張ってきたのか。

「吉野川さん……この人もう死んでますか?」

ムーは落ち込んでいた。俺も人の死体を見るのは久しぶりだ。
できればあまり見たくはないが……

「ムー安心しろ。こいつは生きている」

頸動脈に指を当てると確かに脈を打っていた。
胸の音は聞けないから、胸の動きを見たいが暗闇でよく見えない。
それでも手触りで確かに肺と心臓の動きを感じた。

ムーは肩の荷が降りたのか安心して座り込んでいた。

「よかった……。死んでしまったのかと思いました。本当によかったです」

でも見た限りではこいつに外傷はない。
出血もなければ、刺された痕や引っ掻かれた痕もない。
単に病気で倒れたのか?
何にしろ取り敢えず別荘まで運ぶか。

倒れた男を担ごうとするが上手く持ち上がらず、起こすのさえもできなかった。

「だ、大丈夫ですか?」

少女に手伝ってもらうのは漢が腐る。
なんとかしようと思ってはいるのだが、力無い俺には動かすのが精一杯だった。
倒れているこいつには悪いけど、腕を持って草を身体で掻き分けながら別荘を目指した。
ムーはと言うと、「先に行ってお湯でも沸かしてきます」と先に行ってしまった。

それにしてもこいつ重い。
そう言えば、横たわっている成人男性を1人で運ぶのは難しいと、何かのドラマで言ってたな。自衛隊や消防士でも2人や3人で運んでいるもんな。
それを俺は1人で……だからこれは俺に体力がないのではなく、難しいことをしているのだから仕方ないのだ。
やっぱり運動をしなくてもいいだな。

俺は変な妄想を繰り返しながら、全力でこの男を引っ張った。

「吉野川さん、手伝います!」

ムーが返って来たのか? 
いや違う。俺が別荘の手前まで来ていたのか。

俺とムーは力を合わせて男を別荘の中へと入れた。
この別荘は内装が和風様式で、日本人の俺からしてみればとても住みやすいのだが、こんな時だけは段差が大きい玄関を怨んだ。
と言うかこれ作らせた勝瑞を憎んだ。
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