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第1章

25話

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再びだが、こちらの世界の朝は早い。
鳥の囀りそれと誰かの足音、その2つの音が重なって目が覚めた。

そうだった。昨日突然ムーが「泊まってもいい?」と訊いてきたから泊めたのだった。
それともう一つ思い出した、今ピチピチの服を着ているのだった。
勝瑞が来る前に着替えて、村長の所へ行かないと。

起きて1番に窓を開けて朝の空気を吸うと、下に人影が見えた。慌てて隠れるように窓を閉めると、下でムーが扉を開ける音が微かに聞こえた。
それと同時に頭をフル回転させて、上の服を脱いでその服を布団の中に隠し、上半身裸の状態になっていた。
そんなまま窓から外を眺めていると、後ろで扉が大きな音を立てた。

「おはよう! まだ寝ているの?」

微かに窓に写っている顔は、何かを期待しているようなワクワクとした顔だった。
だけど、その目の前には上半身裸のおっさんがいるだけだから次第に視線は痛いものへと変わって行った。

「何しているの?」

「勝瑞! 丁度いいい頃に来た。悪いけど、俺の服を持ってきてくれないか?」

何で俺が。そんな言葉を言いたそうに嫌な顔を見せながら、勝瑞は無言で下の階へ向かっていた。
その姿を見送り、窓の外へと目を向けるも、もう階段を上がる足音が聞こえていた。

「はい、持ってきたよ。もう、服がないならそう言ってよね。新しいのくらいすぐに用意したのに」

服がないことを言わなかった俺が完全に悪いから何も言い返せないし、言葉を繕うことさえもできなかった。
言葉は出ることがなかったが、ムーが洗ってくれた服を着て、今日と言う1日の再出発をはかった。
と言っても、ムーが作ってくれた朝ごはんを食べて、仕事に出掛けるだけだが。

「それよりも勝瑞……。昨日の件なんだが」

真剣な眼差しを勝瑞に向けるも、外方を向いていて答える気などさらさらないようだ。
そんな勝瑞は着替えている俺を置いて先に下に降りてしまった。
服を整えた俺は、後を追うように下に降りた。

「あ、おはようございます。今日は思ったより天気が良くて洗濯物も乾いてました」

そんなことをすっかり忘れていた。生乾きも覚悟していたが、服は濡れている様子はなかった。
ムーの施しがよぼと良かったのだろうな。本当になんていい子なんだ。

「さぁ、早速朝ごはんにしよう!」

そんな風に2人の会話に割って入ってきたのは勝瑞だ。いや、こちらの世界ではラベ・プラ・ゾールか。

そんな勝瑞の言葉を期に3人で机を囲い朝食を摂った。
終わると早々に用意を済ませて、別荘を後にした。
ムーとは別荘の前で別れて、勝瑞と共に村長の家まで続く森を突き進んでいった。

「しょ、ラベプラゾール。村長との話し合いはいつ行われるのだ?」

「ふふっ、僕がこんな朝早く来たという時点で気付いてほしいけどねー」

つまりは、今すぐにってこと……だった。村長の家に着いた途端に、応接室の様な部屋に案内された。アンティーク調の1人掛けソファーが4つ、2対2で向かい合っていて、その中央には焦茶色のこちらもアンティーク調のテーブルが置いてあった。
詳しいことは知らないけど、扉から1番近い席に座って村長が来るのを待った。
勝瑞はどこに行ったのか。入るなり給仕さんに「後は任せた」と言ってどこかへか行ってしまった。
そのお陰で俺は妙な気持ちのままこのソファーに座っているんだ。

「お待たせしました。エソメ・プラ・ゾール村長が参りました」

突然扉を開けて入って来た年配の給仕さんはお辞儀をしながらそう言った。
俺も2、3センチ飛び跳ねて、その行動注視していた。そして、入れ替わるように村長は入って来た。

「待たせて悪かったね」

その後に続いて勝瑞が入って来た。

「お待たせしました」

礼儀正しい勝瑞を見るのは2回目だけど、中身を知ってしまっているから、見るに見かねない。むずがゆい気持ちと笑いが込み上げていた。
村長は入り口から1番遠い席に座って、その隣の席に勝瑞は座った。
本来なら、俺は村長と対面するように座らないといけないのだろうけど、もうこの席から動くことはできなくなっていた。

「それで私に訊きたいことがあると聞いたが何を訊きたいのかね」

早速本題に入るのか。外堀から埋めていこうかと思っていたけど、ストレートに単刀直入に伺おう。

「俺は……12年前の真実が知りたいのです。誰に訊いても詳しくは教えてくれなかった。村長なら全てを知っている……」

俺のターンの筈だったけど、風向きは村長に変わった。

「その真実を知ってどうする? 君は部外者で、興味本位の好奇心でその話を訊くのならば私は何も話さない。言いたくないのだよ」

これは話すまで時間を有しそうだ。
だけど、時間は限られている筈。俺がここで引いてしまったら村長はそのままどこかへ行ってしまうのだろう。それだけは避けなければ……。

「俺は……。ムーが、あんなに優しくて、面白くて、お節介だけど優しくて、普段は死んだような目をしているけど好奇心旺盛で、子供のようにはしゃぐ普通の女の子が“魔女の子”と呼ばれているのが納得いかないのだ。その原因が知りたいのだ」

俺は何を言っているのか。
そんな言葉を言いたくてここの来たわけじゃないのに……。

暗く俯いていた俺に村長は笑いかけていた。

「はっはっはっ、いやー、すまないね。こいつがどうしてもそう言えというものだから。そんなに落ち込まないでくれ。我々も12年前のことは隠しているわけじゃないのだよ。だけど噂を減らすためにそうやって皆に話さないようにしているのだがな」

村長は勝瑞の肩を2度強く叩いてそう言った。
俺には一瞬意味が分からなかったけど、徐々に理由は理解できていた。

つまりは、村長も12年前のことを風化させるつもりはなく、だけど、誰にもそのことを話さないようにしている。何故だ?
村長はその他に“噂を減らす”そう言った噂とは? ムーが“魔女の子”と言われていること。

「じゃあ何故、ムーは未だに“魔女の子”と呼ばれているのですか?」

隠しているわけじゃないと言っておきながら、村長は口を固く閉ざしていた。
そこはまず訊くなということか。

「では、こと細かく12年前のことを話してもらってもいいですか?」

こちらの質問に関しては言葉を発することはなかったが、大きく首を縦に振り頷いていた。

「12年前、この村の北門付近の集落で住民の殆どが“咳”をする状態に陥ったのだ。だが、原因は解らず万能薬と呼ばれる薬を皆飲んでいたのだが治ることはなく、次第に何人かが亡くなってしまったのだ。それも“成人”ばかり。“子供”で亡くなった子は1人もいなかった。村も王国も総出で新薬の開発や原因を突き止めようと頑張ってみたのだが、研究のために北門集落に行った者は、全員謎の咳に襲われ次第に研究をする者はいなくなった。村の全員が災いだと言い、村から出て行く者も居れば、死ぬのを覚悟して毎日祈る者もいた。私も天罰が下ったともう諦めておったのだが、アイロ君が、自分なら止めれる。と言って薬を大量に作り始めたのだ、そしてそれを散布して霧の大災害と言われておるのだ。彼もまた、その病気に罹り死んでしまったのだがな」

……うん。紙とペンを持ってくるべきだったな。ここまでの長文を一気に話すとは思いもしなかった。
だけど、幾つかの疑問点は生まれた。
取り敢えず1つずつ片付けていくか。

「住民の殆どが“咳”をしていたと言ってましたが、どの程度の咳だったのですか? 例えば、お腹や胸を押さえていないと痛いくらいの重度の咳。ゴホゴホ言うような軽い咳。どちらかに当てはまりますか?」

咳をする病は沢山ある。その中でも菌やウイルスによる咳が多い。
初期症状が咳ならば、菌かウイルスの可能性が極めて高い。医療が発達していないこの国では、インフルエンザで多くの人が亡くなっていてもおかしくはない。

「最初は皆、然程酷い咳ではなかったと聞いておる。それが徐々に酷い咳に見舞われる者が増えていったと……」

村長は涙ぐんでいた。
そんな様子を見ていた俺は、嫌な記憶を思い出させていると、罪悪感に見舞われていた。

咳をする患者が増えていったと言うことは、感染症でほぼ間違いない。
後はその他の症状だ。
菌やウイルスによる感染症ならば、くしゃみや鼻汁がある筈。

「他に鼻水が出たりくしゃみをするとかの症状はありませんでした?」

涙を拭って呼吸を整えた村長はこう言った。

「確かに咳をし始める前に何人か“鼻水が出る”と言っておったな。それで“万能薬”を飲んでも治らずと聞いておる」

万能薬? 確か勝瑞もそんなことを言っていたような?
それよりも、くしゃみについて訊いていたが何も言わないと言うことはくしゃみはみられなかったのか。
聞く限りでは、菌やウイルスにやる風邪としか言いようがない。
もっと詳しく訊かなければ。

「身体症状。皮膚に何かできていたり、体のどこかが痛むとかは知らないですか?」

「詳しいことは分からないが、胸の痛みを訴えている人が多かった。万能薬の効果でそれは抑えられていたがのう」

単純に咳のし過ぎで痛んだのだろうな。
特徴的な身体の痛み、関節痛がみられないならインフルエンザの線は薄い。そもそも子供も発症する。
喘息かとも思ったが、子供にも感染る。何なら子供の方が多いこともある。
益々原因が分からなくなってきた。
徐々に絞られてきているが当てはまるものが分からない。

「最後に、“アイロ君”とは誰ですか?」

その質問には固く口を閉ざした。
今日はこのくらいにしようか。

「村長さん。今日はありがとうございました。また改めて質問に伺うかもしれませんが宜しいですか?」

村長は首を縦に振って頷いた。
そして、忙しいのか足早にこの部屋を後にした。
だから、この部屋には俺と勝瑞の2人っきりになっていた。

「何か分かったの?」

「あぁ、だが分からないことの方が多い」

勝瑞は何も言わずに、苦笑いを顔に浮かべて椅子から立ち上がった。
そして、入口の目の前にいって立ち止まった。

「ずるいのは分かっているけど、分かったことだけ簡潔に教えてくれない?」

特に隠す必要のないことだし、俺は全てを勝瑞に話した。
インフルエンザ、喘息の可能性は低いこと。現状風邪と纏めるのが現実的で、もしかすれば肺炎かもしれないということを。

それを訊いた勝瑞は、「そうか」とだけ言って部屋から出て行った。
俺も仕事に向かうために村長の家を後にした。
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