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第1章
18話
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勝瑞は至って真面目な顔をしながら、こちらに視線を向けていた。
「元の名前で呼ばれるのは嫌いじゃないんだけど、一応身分を隠している身だから町で“勝瑞”と呼ぶのはやめてね」
何か不穏に感じていた俺が馬鹿だった。
至って普通のお願いをされただけだった。
「いや、すまない。そういうのは慣れていないから……その……気にしていなかった」
気にしなくていいよ。そんな言葉を言ってそうな表情を見せて、先に歩き始めた。
俺もその後をすぐ追うが、それから村長の家に着くまで会話というものはまるでなかった。
「さぁ、着きましたよ」
一言お礼を伝えると、勝瑞は何も言わずに山の方へと入って言った。
緑生い茂る山の中だから、すぐに姿は見えなくなった。
さて、これから1人だが、村長の家へと突撃しよう。
まずは、この鳴らしにくい呼び鈴。丸い金属製の輪っかでどう鳴らせばいいんだ?
分からずとも取り敢えずやってみる。
すると、キーンやコーンやカーンという金属ではなくて、ゴンと言うべきか低音で鈍い音が一瞬でだけ響いた。
それでも中の人は気付いてくれたのか、玄関の扉は開いた。
「ようこそ。お待ちしておりました」
昨日来た時と同じように、3人の給仕服を着た女性が待ち構えていて軽く頭を下げていた。
そして昨日と同じように、真ん中にいた1番年上だと思われる人が、「こちらへどうぞ」と言って長い廊下を先に歩いて行った。
これもまた昨日と同じように、慌ててスリッパに履き替えて後を追った。
だけど、部屋だけは昨日とはまるで違う所だった。
昨日は全く気付かなかったが、各部屋の障子に植物の絵が描かれていて、元いた世界の旅館を思い出させるような作りになっていた。
「こちらでございます」
年配給仕さんの立ち止まった所は、障子に松の絵が描かれていた。
松の間と言うことは1番いい部屋だと言うことか。
そう思っている間に扉が開くかと思っていたが、給仕服の女性は扉を開けることはなくただ立ち尽くしていただけだった。
これはもしかしなくても自分で開けろと言うことか。
深く深呼吸をし、息を整えた所で襖を軽く3回ノックして開けた。
「失礼します」
軽くお辞儀しながら入ると、ここは村長の自室らしく近代的な道具から古代文明の書物まで無数の物が置かれてある部屋だった。
ゴミ屋敷と呼ぶのが正しいくらいにごちゃついた部屋の中心には、丁寧に折り畳まれた布団とその上には固そうな枕が置いてあった。
村長は適当に座ってくれと、勉強机のような所で言ってはいるが、座る場所などない。
唯一座れる場所は中心の布団の上だが、座るのは気まずいし、おっさんの寝た布団の上に座りたくない。
結果俺は、立ったまま村長と話をすることになった。
「それで、俺にもできそうな仕事を紹介してくれるって話なんですけど……」
「まあまあ、そう焦るな」
そうだぞ、俺。焦りは禁物。
何事にも冷静に対処せねば。
「こちらとしても至る所で人手不足なのだが、君が何ができて何ができないのか分からない状況では仕事の斡旋は難しいのだよ。大工仕事ならいくらでも紹介はできるがのう」
笑い話で語られたが、大工だけは絶対に嫌だ。
ただでさえ体力のない上に年齢的にももう重い物とかは持ちたくない。
だがしかし、俺には何ができる?
学問に励む以外何もしてこなかった俺にできる仕事なんて存在するのか?
「暫くはワシの別荘に住みながら仕事を探すのはどうじゃ? それまでの面倒は息子に任せて見ておくから」
ありがたい申し出だけど、村長は俺たち異世界人の能力を相当怖がっているようだな。
息子、勝瑞に世話を任せると言うのはただの建前で、本当の目的は俺の監視だろう。
「早速、村におりてできそうな仕事を探してみます。それまでお世話になります」
深々と一度お礼のお辞儀をし、足早にこの場から立ち去った。
給仕服の女性が、玄関前でお辞儀をしながら何かを言っていたようだけど俺の耳には届かない、だって、玄関にはさっきの話を聞いていたかのように勝瑞大和が座って外出の準備をしていたから。
「やぁ、待ち草臥れたよ。じゃあ、早速行こっか」
固まっていた俺の手を、無理矢理ひっっぱり走り出した。
「ちょ! しょ、勝瑞! 待ってくれよ!」
「勝瑞と呼ぶのはやめてと言ったじゃんか。俺は村長の息子、ラベ・プラ・ゾール。ちゃんと覚えてよね」
そう言う話ではない。
無理に走らされている俺の足は、早くも限界を迎えそうであったから休憩がしたかったのだが、勝瑞は休むことなく村の中心まで俺の手を引きながら緩やかな坂道を下って行った。
村に着いたのか、勝瑞が立ち止まった所で俺は倒れ込んだ。
「本当に体力ないね。こっちで生活している以上、体力つけないと魔物に殺されるよ」
魔物? いかにもファンタジーの世界だな。そんなもの本当に存在するのか?
それよりも今は水が欲しい。
「勝瑞……いや、ラベ・プラ・ゾール……。水をくれ。死にそうだ」
いかにも余裕そうな顔をしていた勝瑞は、笑いながら腰に引っ掛けていた竹筒を俺に手渡した。
「元の名前で呼ばれるのは嫌いじゃないんだけど、一応身分を隠している身だから町で“勝瑞”と呼ぶのはやめてね」
何か不穏に感じていた俺が馬鹿だった。
至って普通のお願いをされただけだった。
「いや、すまない。そういうのは慣れていないから……その……気にしていなかった」
気にしなくていいよ。そんな言葉を言ってそうな表情を見せて、先に歩き始めた。
俺もその後をすぐ追うが、それから村長の家に着くまで会話というものはまるでなかった。
「さぁ、着きましたよ」
一言お礼を伝えると、勝瑞は何も言わずに山の方へと入って言った。
緑生い茂る山の中だから、すぐに姿は見えなくなった。
さて、これから1人だが、村長の家へと突撃しよう。
まずは、この鳴らしにくい呼び鈴。丸い金属製の輪っかでどう鳴らせばいいんだ?
分からずとも取り敢えずやってみる。
すると、キーンやコーンやカーンという金属ではなくて、ゴンと言うべきか低音で鈍い音が一瞬でだけ響いた。
それでも中の人は気付いてくれたのか、玄関の扉は開いた。
「ようこそ。お待ちしておりました」
昨日来た時と同じように、3人の給仕服を着た女性が待ち構えていて軽く頭を下げていた。
そして昨日と同じように、真ん中にいた1番年上だと思われる人が、「こちらへどうぞ」と言って長い廊下を先に歩いて行った。
これもまた昨日と同じように、慌ててスリッパに履き替えて後を追った。
だけど、部屋だけは昨日とはまるで違う所だった。
昨日は全く気付かなかったが、各部屋の障子に植物の絵が描かれていて、元いた世界の旅館を思い出させるような作りになっていた。
「こちらでございます」
年配給仕さんの立ち止まった所は、障子に松の絵が描かれていた。
松の間と言うことは1番いい部屋だと言うことか。
そう思っている間に扉が開くかと思っていたが、給仕服の女性は扉を開けることはなくただ立ち尽くしていただけだった。
これはもしかしなくても自分で開けろと言うことか。
深く深呼吸をし、息を整えた所で襖を軽く3回ノックして開けた。
「失礼します」
軽くお辞儀しながら入ると、ここは村長の自室らしく近代的な道具から古代文明の書物まで無数の物が置かれてある部屋だった。
ゴミ屋敷と呼ぶのが正しいくらいにごちゃついた部屋の中心には、丁寧に折り畳まれた布団とその上には固そうな枕が置いてあった。
村長は適当に座ってくれと、勉強机のような所で言ってはいるが、座る場所などない。
唯一座れる場所は中心の布団の上だが、座るのは気まずいし、おっさんの寝た布団の上に座りたくない。
結果俺は、立ったまま村長と話をすることになった。
「それで、俺にもできそうな仕事を紹介してくれるって話なんですけど……」
「まあまあ、そう焦るな」
そうだぞ、俺。焦りは禁物。
何事にも冷静に対処せねば。
「こちらとしても至る所で人手不足なのだが、君が何ができて何ができないのか分からない状況では仕事の斡旋は難しいのだよ。大工仕事ならいくらでも紹介はできるがのう」
笑い話で語られたが、大工だけは絶対に嫌だ。
ただでさえ体力のない上に年齢的にももう重い物とかは持ちたくない。
だがしかし、俺には何ができる?
学問に励む以外何もしてこなかった俺にできる仕事なんて存在するのか?
「暫くはワシの別荘に住みながら仕事を探すのはどうじゃ? それまでの面倒は息子に任せて見ておくから」
ありがたい申し出だけど、村長は俺たち異世界人の能力を相当怖がっているようだな。
息子、勝瑞に世話を任せると言うのはただの建前で、本当の目的は俺の監視だろう。
「早速、村におりてできそうな仕事を探してみます。それまでお世話になります」
深々と一度お礼のお辞儀をし、足早にこの場から立ち去った。
給仕服の女性が、玄関前でお辞儀をしながら何かを言っていたようだけど俺の耳には届かない、だって、玄関にはさっきの話を聞いていたかのように勝瑞大和が座って外出の準備をしていたから。
「やぁ、待ち草臥れたよ。じゃあ、早速行こっか」
固まっていた俺の手を、無理矢理ひっっぱり走り出した。
「ちょ! しょ、勝瑞! 待ってくれよ!」
「勝瑞と呼ぶのはやめてと言ったじゃんか。俺は村長の息子、ラベ・プラ・ゾール。ちゃんと覚えてよね」
そう言う話ではない。
無理に走らされている俺の足は、早くも限界を迎えそうであったから休憩がしたかったのだが、勝瑞は休むことなく村の中心まで俺の手を引きながら緩やかな坂道を下って行った。
村に着いたのか、勝瑞が立ち止まった所で俺は倒れ込んだ。
「本当に体力ないね。こっちで生活している以上、体力つけないと魔物に殺されるよ」
魔物? いかにもファンタジーの世界だな。そんなもの本当に存在するのか?
それよりも今は水が欲しい。
「勝瑞……いや、ラベ・プラ・ゾール……。水をくれ。死にそうだ」
いかにも余裕そうな顔をしていた勝瑞は、笑いながら腰に引っ掛けていた竹筒を俺に手渡した。
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