フェイタリズム

倉木元貴

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地学部合宿会 20

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 もしこれが、一年生だけのバーベキューだったなら、地獄のような空気になっていただろう。何も知らない乃木先輩が、いつも通りにワイワイ騒いでくれているおかげで、この場に賑やかさは消えていなかった。
 僕は誰にも話しかけられることも、話しかけることもなく、黙々と焼かれていた肉や野菜を食べていた。
 このバーベキューが終われば、そのままコテージに戻って横になりたい。
 疲れて調子が悪いと先輩に嘘をついて、休ませてもらおうか。いや、それはそれで無駄に心配されて、そんな先輩を見たら心が痛むからよしておこう。それ以外の休む言い訳はないし、流石に諦めるしかないか。

 バーベキューが終わり、後片付けを終えた地学部一同は、天体望遠鏡にカメラ、星図を持って隣にある公園の芝生広場に向かった。
 僕は、人数分の星図を持って、一年生のみんなとは距離を置いた。
 芝生広場に着くと、乃木先輩と大原先輩が天体望遠鏡に設置に取り掛かった。楠木先輩は、写真を撮るためにカメラの調整に入った。その間に僕が星図を配る役目だったが、山河内さんと岡澤君に配りたくなかったから、中村君には悪いけど、配る役目を押し付けた。何で僕が、みたいな顔をされるものだと思っていたが、案外素直に受け取ってくれた。心が少しだけ締め付けられたけど、中村君自体が何も感じていないのだったら、放っておこう。そう思っていると、自然に、心を締め付けていたものがどこかえと消えていった。
 
「よしできたぞ!」
 
 乃木先輩が天体望遠鏡の設置を終えると、女子は天体望遠鏡を占拠するように囲っていた。僕としては好都合だ。だって、誰も楠木先輩に興味を示していなかったから。僕が楠木先輩に話しかけるのも自然の流れになった。
 
「楠木先輩。先輩はどんな写真を撮っているのですか?」
 
「うーん。普通に星空の写真としか言えないね。知らない人から見れば、ただの星空写真だけど、知っている人が見れば星座の写真になっている。っているのに今は凝っているかな」
 
「へえー、そうなんですね……」
 
 僕は間違いなく知らない側の人間だ。見て見て、これ。なんて言われて星空写真を見せられても、何の星座なんて答えられない。わかって、一番有名で知っている人の多いオリオン座くらいだ。楠木先輩が興奮して僕に問題を出してきませんように。
 僕にできることはそう願うことだけだった。
 
「それで中田君?」
 
「はい、何ですか……」
 
 神に願っていたのに、早速質問タイムがやってきた。
 
「仲直りはできたの? その様子だと、まだみたいだね」
 
 星のことだと思っていたら、今一番言われたくないことを聞かれた。
 
「大丈夫です。話し合いの機会は用意してくれたので……」
 
 この場所にいたくない。やっぱり、仮病で休んでおけばよかった。
 楠木先輩は優しくていい人だ。それはわかっている。だからこそ、言われたくなかった。
 夜風に吹かれて一緒にこの気持ちも消し飛んでくれればよかったが、そんなことはもちろん起こることはなく、ただ涼しいだけの風が吹いているだけに過ぎなかった。
 
「そっか。変なことを訊いてごめんね。地学部の部員同士が仲悪いなんて見たくないから。僕のわがままだけど。中田君も辞めないでよ。辞めたら、また僕が一人になるんだから」
 
 言われっぱなしも嫌だから、ここは一つ言い返そう。
 
「そう言う楠木先輩はどうなんですか? 石川先輩とは仲が良さそうには見えませんでしたよ」
 
「痛いとこつくね。でも、あれは茶番だから。石川の方もわかっていると思うよ。だから心配されるほど、仲が悪いってわけじゃないよ。普通に話すし、一緒に帰ったりもしているよ。たまにだけど」
 
 学校の廊下ですれ違っても、誰かと一緒にいるところなんてほとんど見たことない、一匹狼の石川先輩が、誰かと一緒に帰るなんて想像もつかなくて、
 
「石川先輩って誰かと一緒に帰ったりするですね……」
 
 そんなことを呟いていた。
 慌てて口を手で塞ぐも、もう時すでに遅しだ。もう全文言ってしまった。
 
「あはは、知らない人間が見たらそう見えるだろ。でも、意外といいやつなんだよ」
 
「はい、それは、今日話して思いました」
 
 石川先輩は話しかけづらく、話もほとんどしなく、今日だって石拾いをサボっていたけど、悪い人ではなかった。石川先輩は意図していなかったと思うが、僕はサボりに呼ばれて嬉しかった。石拾いのグループで気まずさを感じていたから、距離を置くことができて清清していた。
 
「中田君。これ見てよ」
 
 楠木先輩は、突然僕にカメラの画面を見せた。画面には暗い紺色の夜空に、無数の星が散らばっている写真が見えていた。
 これは僕が警戒していたことの一つ、星座がこっそりと写っている写真だ。どうしよう、何の星座かなんて答えられない。
 僕が何も言わないでいると、楠木先輩は写真の解説を始めた。
 
「この真ん中に写っているの夜空が明るく見えるのが天の川で、その左右にある星が、こと座のベガとわし座アルタイル。この二つはおとぎ話で有名な織姫と彦星だよ。そして、天の川の中で明るく光っているのが、はくちょう座のデネブ。これら三つの星が、夏の大三角と呼ばれている星だよ」
 
「へえー、そうなんですね」
 
 そう言えば、初めて山河内さんと夜中に話をした時もそんなことを言っていたな。いやいや。何でこのタイミングで山河内さんのことを思い出すんだ。思い出すつもりなんてなかったのに、何で思い出してしまうんだ。
 記憶の中の山河内さんは、いつも笑っていて、夜中にはしゃいで叫んで、子供みたいだって、たまに辛い顔をしながら、悩みを僕に打ち明けてくれて、僕のつまらない話も真剣に聞いてくれて、答えを導き出してくれて、そんな……そんな、優しくて可愛い山河内さんが好きだった。
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